中日春秋(朝刊コラム)
2020年3月27日 中日春秋
坪内逍遥の明治期の小説『当世書生気質(かたぎ)』にある学生の会話である。<例のイヂヲツト(愚人)のシクエンス(後談)ハどうなツたか><それに付(つい)て実にリヂキユラスな(をかしい)話があるのさ> ▼不自然な外来語を得意げに使う気質は開国以来、わが国に存在し続けているようだ。立派な日本語があるのに、カタカナ言葉を多用する。書生のような言葉遣いが広がることを、国語学者の金田一春彦さんは『新日本語論』で、<日本語の危機>と述べている ▼「後談」は「後日談」か。指摘のように日本語で何の不自由もない。オーバーシュート(爆発的患者急増)、ロックダウン(都市封鎖)、クラスター(感染者の集団)…。言われてみれば、こちらもかっこの中の日本語で、十分に思える。新型コロナウイルスに関する言葉遣いについて、河野防衛相が疑問を呈したのを機に、政府に見直しの機運があるという ▼手元の英和辞典でオーバーシュートの項目を引いたが、病気に関する意味は、載っていない。特殊な用法のようである ▼なじみのないカタカナ言葉に危機意識を高める効果があるのかもしれないが、高齢の方の健康が心配な病気である。分かりやすさ以上の価値はあるようには思えない ▼爆発的な患者の増加や都市の封鎖が必要な事態が、現実の心配になっている。言葉遣いも重みを増している日本の危機である。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です