【介護社会】俺しかおらんのや (4)解雇で気力も失う (5)残った無念、続く自問

2009-12-14 | Life 死と隣合わせ

【介護社会】
<俺しかおらんのや>(4) 解雇で気力も失う
中日新聞2009年12月12日
 給料をもらいに行く足取りが重たかった。
 2週間ぶりの出社。帰り際、社長が声を掛けた。「会社つぶすわけにはいかんのや」。ことし3月末、夫(61)はとび職として足かけ20年近く勤めた会社を解雇された。外国人労働者2人を除く6人全員も同じ道をたどった。「恨みがないって言ったらうそやけど。こうなるのは大体分かってた」
 昨秋のリーマンショックに端を発した世界的な不況の波は一地方の鉄工所をものみ込んでいた。パチンコチェーンの出店が相次いだ10年前、鉄骨の山が積み上げられていた工場の敷地には空き地が目立ち始めていた。年が変わってから受注がなく、従業員らは日を置いて出社しながら残された仕事をほそぼそと続けていた。
 貯金を切り崩す生活を、彼も強いられていた。週に2回ずつのデイサービスとリハビリ通院を含めた妻=死亡時(56)=の介護費用は毎月4万円程度。2人で暮らしてゆくには毎月、30万円近くが要った。三十数万円ほどあった給料は仕事が減ったせいで20万円台に落ち込んでいた。解雇された当時、預貯金はすでに10万円を切っていた。
 悩めば悩むほど何も考えられなくなった。「死んだ方がましか」。思わず口を突いた言葉に、妻は無言で首を横に振った。「せっかくここまでようなったんや。とにかく仕事を見つけなくては」と思い直した。
 だが、すでに60歳。肝臓の持病も抱えていた。職業安定所で理想の仕事が見つかるとは到底思えない。昔のつてを頼るくらいしか思い付かなかった。
 「すまん。うちも遊んどんのや」。5月の大型連休明け。電話口から聞こえてくるかつての仕事仲間の声が遠くなっていった。手元に残っていたのは、当座を食いつなぐ資金として解約した生命保険で手にした七十数万円だけだった。「生きながらえたところであと、2カ月や」
 近くで暮らす長女を頼る気はなかった。同じ建設業で夫婦で働く長女宅の事情はわかっている。「向こうも目いっぱいや」
 ベッドの妻にもう一度、尋ねた。「一緒に死んだあの子(長男)のところに行こうか。それとも娘のところで面倒みてもらおうか」。妻は何も言わず、左手で自分の顔を指さした。
 銀行に残っていた60万円を引き出し、テレビ台に置いた。2人の葬儀代に充ててもらうつもりだった。
 「迷惑掛けられんから」
 親として長女にできる最後の気遣い。さよならの準備は整った。

<俺しかおらんのや>(5) 残った無念、続く自問
2009年12月13日
 「お父さん大好きだよ。ごめんはナシだよ!」
 3枚のB5用紙に懐かしい丸文字が並んでいた。妻=死亡時(56)=をあやめておよそ1カ月、拘置所で公判を控える夫(61)に、長女からの手紙が届いた。「お父さん大好きだよ」。そう何度も繰り返す長女の優しさがつらかった。「娘にとっちゃおふくろさん殺されたんだよ。何てばかなことしたんや、俺は」
 心中を図った前日、長女は近くの自宅から様子を見に来た。「迷惑かけるだけや」。疑われないようにふだん通り振る舞った。「気をつけて仕事せい」。自宅まで長女を送り届けた別れ際、そう声をかけると足早に立ち去った。心の中でつぶやいた「さよなら」に、長女は気付かなかった。
 長女夫婦も楽な暮らしではない。独りで背負ってゆくことがせめてもの愛情だと考えた。「父は不安や不満を全部独りで抱え込んでいました。事前に相談してくれていれば…」。公判の証人尋問に答える長女の言葉にうなだれるしかなかった。
 「俺が間違っとった」
 長女だけではなかった。執行猶予判決を受けて自宅に戻ってから毎朝、関西の姉は電話をくれる。「どうやあ」。姉とのたわいのない会話で一日が始まる。嘆願書を出してくれたご近所さんらも「これ作ったんや、食べなあ」。玄関口から声を掛けてくれる。
 妻との38年間。あっという間に思えた日々が、今はゆっくりと過ぎてゆく。独り縁台でたたずみ妻を思う。「今時分やったらご飯食べとるかなあとか、そんなん思う」
 執行猶予で釈放された後、生活保護を担当する市役所の職員から「なんで申請しなかったん?」と残念がられた。
 だけど、あの時の心理状態を振り返っても、出てくる答えは変わらない。「ああするより仕方なかった」。ぼうぜん自失の中で残ったのは「死に損なった」という無念さだけ。
 あの時、妻は確かに自分と死ぬことを望んだ。「一緒に死にたかった」。その妻ともう一度会いたい、せめて夢だけでも。「なんで殺したんや」。夢の中でも、そう責められたら、謝ることができたら、どれほど楽な気持ちになれるだろう。
 「なんで早まったんか」
 朝晩、妻と長男の遺影が並ぶ仏壇に向かい、手を合わせながらの自問が、今も続いている。 (終わり)


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