「恥ずべき人」トランプ氏に賭けたアメリカ人 大澤真幸さんに聞く大統領選
2016年11月20日 7時0分 withnews
世界を大きな渦に巻き込んでいる次期米大統領のドナルド・トランプ氏。当選を受け入れないデモも全米各地で起きていますが、社会学者の大澤真幸さんは「強烈な価値観の分断があるわけではない」と話します。革命に関する考察を続ける大澤さんに、米国社会が直面しているものを語ってもらいました。
*アイロニカルな没入
【大澤さんは、トランプ氏の政策について、むしろ中道寄りに近いと指摘します】
米大統領選の結果には、三つのポイントがあります。
まずクリントン氏有利という事前の予想が外れたこと。二つ目は、トランプ氏の暴言は究極的にはマイナスにならなかったこと。三つ目は、ほぼすべての陣営がクリントン氏を支持したこと。ウォール街のトップバンカーもLGBTもフェミニストもいた。圧勝してもよかったのに負けました。
これらはなぜでしょう。
事前予想が外れたということは、情勢調査でトランプ氏支持と答えなかった人が多数いたということです。トランプ氏を支持することは恥ずべきことだと思っていました。
この現象はおもしろい。ここには(虚構だと知りながらのめり込む)「アイロニカルな没入」の要素が入っています。トランプ氏が恥ずべき人なのは、支持者は百も承知でした。なぜ暴言がマイナスにならなかったか。これは後で説明します。
トランプ氏の政策は、「アメリカを再び偉大にする」など極端な提案やスキャンダラスな差別発言を除いていくと、むしろ中道寄りです。「炭鉱で失業した労働者を救う」といった失業対策は、民主党の政策に近い。
ああいうことを言って当選するならばまねをすればいいのですが、だれもやらない。不可能だからです。ふつうであればためらう公約を、トランプ氏は掲げました。
*避けられない搾取
【トランプ氏はなぜ支持されたのか。大澤さんがあげるのは、「自分たちは搾取されない資本主義の繁栄」という政策です】
繁栄を誇った1950年代の米国には、もう戻れません。トランプ氏の支持者は「自分たちは搾取されない」資本主義の繁栄を望んでいます。
でも資本主義はどこかに搾取があります。どこかで半分は奴隷のように働いている人がいるから剰余価値が発生します。
かつて先進国は、階級的搾取を第三世界でやっていました。自分たちの国は平等になってきてよかったねと言っていた。今でもアジアやアフリカで異様な搾取をされている労働者はいますが、それだけは済まなくなって自国でもやるようになりました。
日本の非正規労働者の問題も同じです。国内でも部分的に搾取しないと資本主義が維持できない状況にあります。
階級的搾取のない資本主義は不可能です。支持者たちは不法移民の労働者に仕事を奪われると言っていますが、移民のせいではない。移民を雇う企業が、搾取に目をつぶっているのです。
トランプ陣営は「資本主義の繁栄は良い。それを我々への搾取がない方法でやってみせよう、どんな手を使ってでも」と言っている。そこが異様に魅力あるのです。
*外に出られる幻想
【クリントン氏の敗因について大澤さんは、文句の言えない正しさに対する「うさんくささ」があったと言います】
クリントン陣営は、現実性をとりました。価値観の多様性も掲げた。でも全部の価値観を受け入れる前提として、暗黙の合意があります。グローバル資本主義を維持する限りで、と。ポリティカル・コレクトネスも多文化主義も、グローバル資本主義を受け入れる限り、お互いを許し合いましょうとなっています。
逆に言うと、この文句の言えない正しさに対する「うさんくささ」に多くの人が気づきました。資本主義によって生じる不平等です。この一番基本的な不公平は仕方がない、それ以外はそれぞれの正義を認めようというのがクリントングループだったと思うのです。 ここでトランプ氏の暴言を買う態度が効いてきます。
価値観の多様性を掲げる民主党を前に、共和党はもう21世紀で大統領選に勝てないのではないかと私は思っていました。創造説の支持も、同性愛嫌いも、民主党が掲げる多様な価値観のひとつにのまれると。
そこから、抜け出すには、どんな寛容なグループでも許せないことを言わないとダメです。そこまで言ったらおしまいの人種差別や性差別が、それです。
クリントン陣営はリベラルなことを言うけれど、要はグローバル資本主義が持っている過酷な部分は引き受けざるをえないという前提で話しています。トランプ支持者たちは、その外に出たいわけです。外に出られないことはわかっているので、共和党員でも勇気はない。
そのときトランプ氏が人種主義的な主張やセクシズム的な極端なことを言うと、このグループの外に出ようとしている感じを出せるわけです。外に出られる幻想を作れる。ひんしゅくを買いすぎて。
ただし、トランプ氏のグループも資本主義の豊かさだけは絶対欲しいと思っています。資本主義以外のことをやろうと思っているわけではありません。そもそも、トランプ氏自身が、資本主義の権化のような人ですから。
*現実性か不可能性か
【大澤さんは、選挙による強烈な価値観の分断はないと主張します。両陣営は、同じ資本主義をベースにしていると】
今回の選挙戦は分断がすさまじいと言われます。トランプ氏が勝つくらいだったら隕石で地球が消滅したほうがましだと、若者の半数が答える調査もありました。
実はそんなに強烈な価値観の分断があるわけじゃないのですよ。ものすごく乖離(かいり)しているように見えますが、同じ資本主義をベースにして分かれています。
それを現実的に受け入れるグループと、不可能な仕方で受け入れるグループがあるわけです。そんな資本主義は無理だよ、みたいなことを平気で言ってしまう不可能なグループが勝った。トランプ陣営と支持者たちは、不可能な夢を見ていると思います。
そのことを自覚しているかどうかは微妙です。現実的なグループの掲げることは実現するかもしれないけれど、その世界は白人中間層の許容範囲を超えてしまっている。トランプ氏の掲げることは不可能な政策かもしれないけれど、自分の人生としては許容できる。でもたぶん、実現できません。
クリントン陣営の主張は、オバマ大統領のときのスローガン〝Yes, we can change〟を使えば change without essential change(本質的な変化なき変化)なのです。基本的な枠組みであるグローバル資本主義は変えないところでどんなところも許す。そういうことを主張していると、トランプ氏みたいな幻想を振りまく人にやられちゃう。
結局どうすればいいかというと、資本主義も含めて相対化したり問題にしたりするチェンジ、革命的なチェンジまで視野に入れて社会を考えなければだめなんだということを、今回の大統領選は示していると思います。
*誤った選択の先に
【大澤さんが強調するのが「資本主義そのもののを乗り越える変化を受け入れること」です】
今回の米大統領選では、資本主義の中で生じるある種の矛盾に対して、世界で最も豊かな国にとっても耐えがたいことを明示しました。英国がEU離脱を決めたBrexitに続いて2度連続で起きています。
ただし、英国も米国も正しい選択をしていないと思います。中間層が没落するのは、トランプ氏のような大富豪がいるからです。その人をあがめている状況です。
より正しい選択は、やや(民主党の)サンダース候補のほうにありました。資本主義の不公正を正すという一種の社会主義ですが、そこには正しい選択の萌芽(ほうが)があったかもしれない。ただし彼の主張は受け入れられませんでした。
資本主義そのものをどう乗り越えられるかは、共産主義の失敗以来、人々の想像力の中に入れないことにしています。それが何なのかを、うまく言える人はまだいません。でもそこまで視野に入れた変化を考えないと、とんでもなく誤った選択しかなくなります。それを米国が実験しています。クリントン氏が勝っていたらいつまでも同じことが続くので、過ちを経ないといけません。
*〝change〟が明確に
【「米大統領選で、はっきりしたこと」として大澤さんがあげるのが、格差です】
日本で民主党が政権をとったときも、よく見れば似たような有権者の欲求が背後にありました。でも政治家たちは、問題が何なのかをつかみきれていなかったと思います。政治家も国民も不満を官僚にぶつけていました。
今回の米大統領選は、はっきりしているところがある。問題になっているのは階級や階級的搾取です。これだけ格差がはっきりしてきて、ようやくchangeの正体がつかめるようになった。そこが見えてくることが一歩です。
日本の場合、自分たちは世界の部分だと思っていいます。米国はだれも頼りにできない。それを私たち日本人も一緒に体験しています。
トランプ次期大統領が何をやるとしても、彼が何を求められているかははっきりしています。米国の民主党は特別な失政がなくても失脚しました。求められていた変化を理解していたのかどうか。
無職の人が職を得られて所得が増えていかないと、裏切りになります。もしトランプ氏がふつうにやったら、ふつうにやっていることによって裏切りになります。クリントン陣営の現実性が耐え難いということで不可能かもしれない選択肢をとっているのですから、不可能なことが可能であることを示さなければなりません。
トランプ氏には、暴言を除けば驚くべき想像力はありません。保護主義的な政策も、現実的ではないでしょう。資本主義という将棋は、いわば詰まれた状況です。私的所有・賃金・貨幣のあり方などを、別のゲームにする想像力が求められています。
今回の米大統領選は世界のできごとです。それを目にした人たちも驚きや不安を体験しました。現代の日本という文脈の中で、資本主義の一番前提となっている部分を別の問題に置き換えていくことを少しずつ考えていくことが大切です。(構成・木村円)
*大澤真幸(おおさわ・まさち) 1958年長野県松本市生まれ。社会学者。専門は理論社会学。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。著書に『ナショナリズムの由来』『不可能性の時代』、共著に『ふしぎなキリスト教』など多数。
*取材を終えて
大澤さんは今秋、革命や日本の歴史に関する本を相次いで出版しています。変化が求められながら変わりにくいとされる日本で、「革命」と言えるような大きな社会の変化がいかにして可能かを考えています。
『日本史のなぞ なぜこの国で一度だけ革命が成功したのか』(朝日新聞出版)では、日本の歴史でただ一度だけ革命に成功した人物がいると書いています。織田信長でもなければ明治維新の志士たちでもないその人物の業績を通じて、日本の社会の成り立ちを謎(なぞ)解きしています。そこであらわになるのは、日本独自のふしぎな権力構造です。
革命は暴力的なイメージもあるためか、今日ではほとんど語られなくなりました。その言葉をあえて使う理由について、大澤さんは「革命という言葉だけが唯一、資本主義を相対化できるから」と話しています。私たちの世界が求めている劇的な変化について、大切な構想力を授けてくれるといいます。
◎上記事は[livedoor・NEWS]からの転載・引用です
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◇ トランプのふしぎな勝利 (上)顰蹙発言・行動に米国人は惹かれた (下)“危険な賭け”人々は革命を求めた 大澤真幸 2016.11.16
◇ 【この国はどこへ行こうとしているのか トランプという嵐】大澤真幸
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