ISは前近代を掲げている / シリア、イラクの国境線や国の枠組みはISによって否定された 山内昌之氏講演

2015-12-26 | 国際

 産経WEST 2015.12.16 17:51更新
【京都「正論」懇話会】「シリア内戦は第2次冷戦だ」 山内昌之氏が講演 ISは「前近代を掲げている」
 京都「正論」懇話会の第49回講演会が16日、京都市東山区のハイアットリージェンシー京都で行われ、東大名誉教授でフジテレビ特任顧問の山内昌之氏が「第2次冷戦と中東政治-米ロ関係と日本-」と題して講演した。
 山内氏は多くの難民を生み出した中東のシリア内戦について「多くのシリア人を死に追いやったアサド大統領を排除すべきだと考える欧米と、国民に選ばれたアサド大統領を信任することで混乱の収拾を図ろうとするロシアやイランの代理戦争で、第2次冷戦と呼ぶべき状態」と指摘した。
 一方、過激組織「イスラム国」(IS)は、自由や人権を尊重したモダン(近代)の原理を否定し、7世紀のイスラム共同体を復活させようとする「プレモダン(前近代)」を掲げていると説明。中東の問題は「第2次冷戦とモダニズムをめぐる問題が複合された危機だ」と述べた。

2015.12.24 18:28更新
【京都正論詳報】(上)「シリア、イラクの国境線や国の枠組みはISによって否定された」 東大山内昌之名誉教授
 京都「正論」懇話会の第49回講演会が16日、京都市のハイアットリージェンシー京都(京都市東山区)で行われ、東大名誉教授でフジテレビ特任顧問の山内昌之氏が、「第2次冷戦と中東政治-米ロ関係と日本-」と題して講演した。詳報は以下の通り。
     *   *
■ロシア帝国とオスマン帝国
 最初にまずあまり耳慣れないトルコの古いことわざを紹介したい。
 「ひどく興奮した2人の男でも、差し向かいになると、自分の棍棒を相手の目から隠すものだ」。さながらロシア機の撃墜事件に端を発した今の中東情勢におけるロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領を思わせる。
 プーチン大統領は、歴史的背景として、ロマノフ朝のロシア帝国という伝統があり、1917年に起きたロシア革命で成立したソ連という世界の超大国としてアメリカと伍した強国であったという自負と伝統を継承している野心的な人物だ。
 この超大国ロシアの飛行機を撃墜したトルコのエルドアン大統領にも、1453年にオスマン帝国のメフメト2世がコンスタンチノープルを陥落させて以来、3つの大陸と3つの海を支配した大帝国の末裔であるという自尊心がある。
 トルコはそうした時代から、シリアの統治を長くしてきたという自覚が消えていない。しかもトルコ南部の安全保障の要はシリアであり、そのシリアで内戦、ひいては戦争が進行することは自国の安全保障にも関わってくる。トルコの安全保障を直接間接に脅かしているのが、シリアを支配しているロシアになると大変複雑なことになる。この複雑な情勢下で起きたのがロシア機撃墜だ。
■情勢はすでに第2次冷戦
 もう少し大きな絵柄でこの問題を見てみたい。ロシアは、2008年のグルジア戦争に始まり、2014年のクリミア併合でウクライナとの関係を緊張化させた。ウクライナの領土だったクリミアの併合は通常の国際政治への真っ向からの挑戦であり、国際法や秩序への正面からの挑戦はすでに始まっていた。そうした流れの中に今の中東危機があることを念頭に置いてほしい。
 今の情勢を第2の冷戦と呼びたい。この事態をもたらしたのは、ユーラシア西部におけるアメリカの戦略的な掌握力、存在感の低下だ。これは昨年のギリシャの金融危機などを通じて、ヨーロッパの均衡と安全保障を保つEUの統合の限界が露呈したのと無縁ではない。これにより政治の真空、空白が生じ、それを奇貨として自分の勢力を伸ばそうという作用が起きる。
 中東では第1次世界大戦で分割された影響もあり、アラブの自国統治能力の欠如により、過激組織「イスラム国」(IS)という、類を見ない勢力の台頭をまねいた。力の均衡を外から埋めたのがロシアであり、中から埋めたのがISだ。
■ISに否定された中東の国家枠組み
 地図や地球儀を見ると、シリアやイラクという国がさながら今でもあるかのように思えるかもしれないが、私からすればそれは大いなる幻想である。誤解を恐れずに言うと、シリア、イラクという国の国境線や国の枠組みはISによって否定された。
 度重なる攻撃で、ISの石油の掘削能力や石油生産高は低下している。国際的制裁が効いてきて、収入源が弱体化しているのでは、ということは言われるが、まだ、音(ね)をあげているわけではない。
 ISは確かにテロ組織だが、これはかつてのアルカーイダや類似のテロ組織と違い、大きな領域を支配しているという点に重い現実がある。この組織がシリアやイラクという国の枠組みを否定しているということは、すなわち中東の国際秩序国家の枠組みが大きく変質し、消滅しつつあるということだ。
 従来の国際秩序が通るような地域ではなくなっている。そしてロシアがあたりはばかることなく国際秩序に挑戦している。こういうことの総体として第2次冷戦と表現すべきだと思っている。
■異質な国々-中国はグロテスクなあだ花、イランは
 冷戦という概念は、自由主義対共産主義、資本主義対社会主義というイデオロギーの違いを基本とする国家のブロック間の対立を特徴としていたが、現在直面している冷戦はやや装いを異にしている。資本主義と市場原理を受け入れながらも、すこぶる異質な国際法や国際秩序を有する国が複数あることで、彼らが時にはスクラムを組み連合同盟を組む、時には離合集散するという形をとりつつ、全体として一種の共通性、同一性を持っている点に着目しなければならない。
 たとえば中国は共産党の一党独裁で、東シナ海、南シナ海という水域を排他的に領有しようとし、国際的通行を規制しようとする。こういう国は、資本主義のグロテスクな「繁栄」のひとつのあだ花とされている。
 もう一つはイラン。シーア派国家でありながら、法学者という宗教指導者も革命戦争を指導している。シーア派は少数派といわれるが、イランとペルシャ湾岸地域、あとは、湾岸を構成している国々に広がった。同時にイラクの多数派となり、今のシリアのアサド大統領もシーア派の流れをくむ。レバノンも事実上、ヒズボラというシーア派の政党が支配している。
 つまり、イランやイラク、湾岸諸国にシーア派の人がいるというわけではなく、イラク、シリア、レバノンという地中海からペルシャ湾にまたがっている。その一点で言うとシーア派は地図には出てこないが、最も強力な広がりを持った一種の国家であるという一面を持っている。
 イラン人は、自分たちはシーア派の総本山である、という強い意識を持っている。イランは憲法第1条で元首は最高指導者と明記しており、現在の最高指導者はハメネイ師だ。プーチン大統領はこれをよく知っており、ハメネイ師を厚遇する。一方でアメリカは民主的に選挙を経て選ばれたロウハーニー大統領を重視する。民衆に選ばれているということに民主化の基準があるという、いかにもアメリカ的な理屈も、中東への無理解と混迷に導く原因だ。どこに権力の中心があり、問題の本質があるかをプーチン大統領は正しく見抜き、米オバマ大統領は見抜けない状態が続いた。
 ともかくイラン人にとって、歴史認識の中で自分たちは地中海国家であるという記憶が消えず、さらにシーア派の領域は地中海まで迫っている。従ってシリアは自分たちの勢力圏だという認識が抜けない。これを根拠に、イランはロシアと並んで、中東における冷戦構造で、一方の極を構成する重要な国家となっている。
 他方でロシアは、黒海艦隊という大艦隊を機動させる際、地中海で物資調達や造船修復する港が必要になる。そうした拠点はアラブの春でほとんどが消え去ったが、唯一残ったのがシリアのタルトゥース港だ。ロシアはこれを失うと地中海での自由な機動ができなくなり、死守しなくてはならない拠点なのだ。シリアにおけるロシアのプレゼンスがますます強まっているというのは、そういう理由があるのだ。

2015.12.25 08:30更新
【京都正論詳報】(下)歴史的視点欠如の日本人「9条を呪文のように唱えれば安全保障が成立すると考えている」 山内氏が警鐘
■シリア戦争の構造とは
 次に、イランとトルコの同盟が深まり、ロシアとトルコの対立が深まり、シリアの事態が複雑化したことを説明したい。そのためには国内レベル、中東地域レベル、国際(グローバル)レベルに分けて考えるとわかりやすい。
 われわれはこれまでシリア内戦という言葉を使ってきたが、ここではシリア戦争という言葉を使う。シリアの政治紛争は当初はアサド政権対反アサド政権であり、この側面だけ見ると内戦になる。
 ところが、そこから国際的にアサド政権を認めるか認めないかという点に変わっていく。
 アメリカやEUは、アサド政権は国民の信用を失い、かつ数十万単位どころか百万単位で国民を殺戮、難民化させた政権だとして、共和国大統領の名に値しないというもっともな主張をする。一方でロシアやイラン、中国は、アサド政権は国民に選ばれており、つくられるべき暫定政府、過渡期の政権にはアサド大統領も関与すべきだと考えた。これがかみ合うと代理戦争になり、結局、冷戦と同じ状況になった。
■現在の平和はどこかの犠牲の上にあるという視点
 問題は実際に武器を持って戦う戦争というエネルギー発散によって、冷戦が維持されたということだ。冷戦の舞台になり、同時に最新兵器の実験場になっている場所がシリアであり、広い意味で言えば湾岸戦争時のイラクであり、また中東戦争である。これは遺憾なことだが、中東を犠牲にして世界は第1次冷戦期や今の第2次冷戦期を迎えたのである。
 われわれ日本人は、憲法9条を呪文のように唱えていれば、安全保障が成立すると考えている。これは歴史的視点が欠如しているし、現在の平和がほかの国の犠牲の上に維持されているという事実に対して、あまりにも無関心ではないだろうか。
 中東はそれどころではない。ロシアはシリア戦争の当事者になった。つまり内戦から戦争になり、ロシアという超大国が遠慮会釈なくシリアにおいて海軍空軍を駆使して戦争をしている。この現実を見ると、偶然性に導かれて大戦につながる危険性がある。
 あまり知られていないが、実はロシアはカスピ海の艦隊を動かして、シリアのIS、あるいは反アサド勢力に巡航ミサイルを撃ち込んだ。ロシアのユーラシア国家としての大きさ、海軍力が内陸にもあることを改めて痛感させた。また、アメリカに匹敵する巡航ミサイルの能力の高さを見せつけた。
 この攻撃で、イラン領内に一部のミサイルが着弾した。ロシア製のミサイルの技術に問題があったという見方もあったが、私は「4発はイランに落とし、イランに警告した」と見るべきだと考える。
■シリアを巡る各国の思惑とポストモダン型戦争
 ロシア、イラン両国はシリアについてアサド大統領の存続を願っているように見えるが、イランはアサド大統領でなくてもかまわず、純粋なシーア派の国家ができればいいと考えている。一方、ロシアにとって、宗教と政治を分離する世俗主義のアサド大統領は使い心地のいい政権だ。イランにミサイルを落としたのは「シリアを軍事的に握っているのは誰か忘れるなよ」という警告だろう。
 いずれにしても中東情勢の行方を現時点で握っているのは、アメリカでもEUでもなくロシアとイランなのだ。
 もうひとつ、シリア戦争にはポストモダン型の戦争という側面があることを指摘しておきたい。
 現代に生きるわれわれは、自由、人権、民主主義を基本にしたモダニズム(近代主義)に依拠している。しかしISは、社会を7世紀のイスラム共同体に戻し、その時代の指導者カリフを復活させるというプレモダン、前近代の思想をもっている。つまり社会を構成している時代を一つ前に戻すというのである。
 この非対称な状態がポストモダン型の戦争をひきおこしている。
 シナイ半島のロシア旅客機の墜落、カリフォルニアの銃の乱射、ロンドン地下鉄の襲撃事件。いずれもISが直接指揮しているか、思想的影響を与えているところで起きている。これを私は「遠隔地戦争」と考える。
■歴史認識の違いをテロの正当化の理由にさせない
 ISの立場からすれば、欧米はシリア人を傷つけている、シリアは戦場になっている、なぜわれわれがパリに行ってロンドンに行ってカリフォルニアで戦争をしてはいけないのか、ということなのだ。テロというのは欧米側の理屈で、こちらとしてはシリア戦争の拡大としてやっている。すなわちISは、これらは遠隔地に波及した戦争だと理解しているのである。
 ポストモダン型の戦争、大規模テロは非常にやっかいである。原因は差別や人種の偏見に基づくといわれるが、そういう偏見や、たとえば就職における差別はどこにでもつきまとう問題である。それに対して、いちいちテロ、歴史的な復讐としてテロをするかというとそんなことはない。
 歴史認識がかなり緊張している東アジアでもテロを行うことはないし、あり得ない。その意味で(韓国人が行ったとされる)靖国神社の爆発物問題はすこぶる重大なシンボリックな問題で、きちんと禍根を断たなければならない。中東のように、歴史の認識の違いでテロや対立を正当化するのは危険な論理だ。
 産経新聞の元ソウル支局長が起訴された問題も重大であった。国家は人を保護する装置で、独立主権国家において外国人の保護は平時に欠かせないものである。れっきとした独立主権国家である東アジアの重要な国の司法が最後の瞬間で普通の判断をしたのは当然である。
■敵の敵が味方になる危険
 中東の現状の本質は第2次冷戦とポストモダン型の戦争の複合危機だと考えている。この危機は基本的にやっかいだが、違う原理、違う性格のものが同時に働いて戦争が行われている。
 われわれはロシアが戦争当事国になっているという認識を持つべきだが、一方、当事者能力を失ったアメリカも、ある意味で大きな取引をしたのではないか。つまりイラクはアメリカが預かる、シリアに関してはプーチン大統領に預ける、と。冷戦の論理は、弱い国を犠牲にして自分たちの国際的権益を確保することにある。
 最初に戻るが、なぜプーチン大統領はトルコをたたくのか、なぜトルコは対抗するのか。トルコはオスマン帝国の時代からアラブとつながりがある。ロシアは中東からトルコの影響力を引きはがし、領土的にもトルコとアラブを切断したい。それがシリアの下にクルド国家を作るという考え方につながる。
 一方のトルコはシリアとトルコの間に中立地帯と飛行禁止区域を設けて、スンニ派のアラブとスンニ派のトルクメン人の領域か国家をつくることでトルコの影響力を保持したい。
 こういう中で起きたのがロシア軍機の撃墜事件だ。シリア問題の解決が暗礁に乗り上げており、それを突破するために圧力をかけたかったのか、撃墜することで交渉のテコにしたかったのかは謎である。複雑だが、イスラエルはロシアの肩を持っている。つまり敵の敵は敵にも味方にもなり得るのだ。
■偶発的熱戦が世界大戦へつながる危機に日本も覚悟の外交を
 実はロシアにしてもトルコとの軍事的緊張なら問題ないと考えているはずだ。両国は16世紀以来12回の戦争をやっている。そうでありながら同盟に近い関係にさえなる。トルコとロシアは天然ガスや観光で相互依存の構造ができあがっている。ロシア機の撃墜で、多少の経済的打撃は受けるだろうが、しかし両国は歴史的に、多少の武力衝突で緊張が高まることはあっても、中期で見れば解決するという伝統がある。
 いまプーチン大統領にとってもエルドアン大統領にとってもISというすさまじい集団が最大の問題となっている。ポストモダン戦争のさなかに第2次冷戦から一部で偶発的な熱戦が始まると世界大戦になるという危機感を現実の脅威として持っている。
 そろそろプーチン大統領とエルドアン大統領は、隠した棍棒を捨てて正気に戻る必要がある。日本が両者の間の調整に入ることは外交の幅を広げるためにも歓迎されるべきだが、各種関係者の反応も見極めながら、慎重に事を運ぶ必要がある。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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