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石井妙子著『女帝 小池百合子』 【書評】2020.06.12

2020-06-16 | 本/演劇…など

【書評】陽の当たる場所へ:石井妙子著『女帝 小池百合子』
Books 社会 政治・外交 文化  
幸脇 啓子 【Profile】
 4年前の選挙で圧勝し、再選確実と言われている小池百合子東京都知事。出馬表明を前に、カイロ大学からは突然「(小池氏の)卒業を証明する」との声明が出された。彼女はいったい、何者なのか。書かれてこなかった“何か”に迫るノンフィクション。

「東京アラートの発動を、決定をいたしました」
 目の前のテレビで、小池百合子都知事がそう宣言していた。
 新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が解除された後、再び感染者数が増加傾向に移った2020年6月2日のことだ。
 東京アラート……。
 インターネットで調べる。なるほど、注意喚起らしい。
 新型コロナウイルスが日本に広がり、東京の感染者が爆発的に増加するにつれて、都知事のメディア登場頻度は格段に上がった。
 記者会見を見ながら、ふと思う。
 「小池百合子」とは、どんな人物なのか。
 日本に彼女の名前を知らない人は、ほとんどいないだろう。
 だが、政治哲学は何か、信念は何かと考えてみると、ほとんどわからない。
 カイロ大学を卒業した元テレビキャスター。
 日本新党、自由党、新進党、自民党と政党を移り、都民ファーストの会を発足させた。
 小池百合子はどこから来て、何を目指すのか。
 本書はその問いに、真正面から向き合う。
 読み応え十分。むしろ、そのへんのドラマよりよっぽど刺激的だ。

Truth is stranger than fiction
 著者は『原節子の真実』で新潮ドキュメント賞を受賞するなど、これまでも女性の評伝を多く書いているノンフィクション作家である。
 膨大な資料にあたり、丹念に取材を重ね、人に会う。そして、時間の中に埋もれていた真実に光を当ててきた。
 本書のように優れたノンフィクションを読むと、作家マーク・トウェインの“Truth is stranger than fiction”という言葉を思い出す。
 小池百合子を描くなかで著者が強くこだわったのが、“小池百合子”を表舞台に立たせた輝かしい学歴だ。
 エジプト最難関のカイロ大学を、留年せずに4年間で卒業した初の日本人。しかも首席で――。
 「学生数は十万人、エジプト人でも四人にひとりは留年するという大学で、そんなことがあり得るのだろうか。私にはとても信じられなかった」
 著者はそう述べ、小池自身が語ってきた言葉や周囲の証言、彼女が話すアラビア語のレベルなどから、多くの矛盾を指摘する。
 そんな折、ひとつのニュースが飛び込んできた。
 カイロ大学が「小池百合子氏が1976年10月にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明する」と、大使館を通じてフェイスブック上で声明を出したのだ。
 本書が話題になっている、このタイミングで。
 真偽は、読者の判断に委ねるしかない。

読めば読むほど怖くなる
 これまで手にしてきた評伝と本書が異なるのは、読んでいるうちに対象者に共感するのではなく、読めば読むほど怖くなってくるところだ。
 早く読みたくてページを繰るというより、次にどんなぞっとする出来事が起こるのか、怖いものみたさでページをめくってしまう。
 防衛大臣を務めていた際に守屋武昌事務次官を突如更迭した経緯や、都知事就任以降、築地市場の豊洲移転を巡り態度を二転三転させる様子。環境大臣時代に、アスベスト被害者家族に発した言葉。
 当事者の声を拾いながら丁寧に綴られたエピソードから浮かび上がるのは、「戦場でしかヒロインになれないと知って」いる彼女のしたたか、かつ、命懸けの生き様だ。
 心の中で「なぜ?」の嵐が渦巻く。
 学歴の疑惑は、その最たるものだろう。
 本当に卒業しているなら、卒業証書を公に見せればいいのに、なぜ?
 メディアで報じられた自らの発言を、「言ってません」とあっさりと否定する。
 都知事選で掲げた公約を忘れたように、次から次へと新しいことを言う。
 自身を慕う人でも、自分に益がないとわかれば、あっさり切り捨て、貶める。
 なぜ?
 普通の人間なら、常識ある大人なら、さらにいえばまっとうな政治家なら、どこかで身や心が持たなくなるだろう。
 でも彼女は違う。
 陽の当たる場所を見つければ、今いる場所を振り返ることなく移り住める人なのだ。
 「ひたすら上だけを見て、虚と実の世界を行き来している」。
 著者の小池評は鋭く、恐ろしい。

書かぬことの罪
 もうひとつ、胸に残る言葉があった。
 「ノンフィクション作家は、常に二つの罪を背負うという。
  ひとつは書くことの罪である。もうひとつは書かぬことの罪である。後者の罪をより重く考え、私は本書を執筆した」
 あとがきに記された文章である。
 本書を書くために、どれほど多くの取材が必要だったろうか。
 インタビューを依頼したものの、恐怖から口をつぐんだ人も多いとも書かれている。
 著者曰く「皆、『彼女を語ること』を極度に恐れているのだ」。
 エジプトで小池と暮らしていた女性は、著者に宛てた手紙の封筒に赤字で「親展」と記し、「どうか私の連絡先をマスコミの方に言わないでください。おひとりで会いに来て頂けないでしょうか」と訴えていた。
 恐れに相対し、証言を決意した人々の気持ちを背負い、著者はこの本を書いたのではないか。
 「書かぬことの罪」
 その言葉が胸に迫ってくる。
 最終ページにたどりついた時、目に映る景色はきっと変わる。
 あなたは何を信じるか。
 読む側にも、覚悟がいる本だ。
 (敬称略)

女帝 小池百合子
 石井妙子(著)
 発行:文藝春秋
 四六判:440ページ
 価格:1500円(税別)
 発行日:2020年4月14日
 ISBN:978-4-16-391230-1

幸脇 啓子SAINOWAKI Keiko経歴・執筆一覧を見る 
 1978年東京生まれ。編集者。東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。2017年、独立。スポーツや文化、経済の取材を重ね、ノンフィクション作品に魅了される。

 ◎上記事は[nippon.com]からの転載・引用です
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『女帝 小池百合子』で「カイロ大学」問題はもう正直、どうでもよくなった 2020/6/15 矢部万紀子


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