犯罪心理学者が読み解く、座間9遺体遺棄事件「最大のナゾ」 「黒い衝動」と「冷たい脳」について 原田隆之 筑波大学教授

2017-11-09 | 死刑/重刑/生命犯

犯罪心理学者が読み解く、座間9遺体遺棄事件「最大のナゾ」 「黒い衝動」と「冷たい脳」について
2017/11/08  原田 隆之 筑波大学教授
■事件をめぐる多くの謎
 神奈川県座間市で9人の若い男女のバラバラ遺体が見つかった事件、連日メディアが大きく取り上げている。
 これが、わずか2ヵ月の短い期間になされた連続殺人事件だとすれば、間違いなくわが国の犯罪史上に残る特異な凶悪事件である。
 容疑者の白石隆浩(27歳)は、SNSで「首吊り士」などという不気味な名前のアカウントを作り、自殺願望のある若い女性を言葉巧みに誘っては殺害を繰り返していたという。
 遺体はすべてバラバラにされ、全員の頭部や骨がクーラーボックスなどの中に入れられて、被害者の自宅に放置されていた。
 2ヵ月で9人を殺したとすれば、単純に計算すると1週間に1人のペースである。いったいどのようにして、これほどコンスタントに被害者を見つけ、誘い出すことができたのだろうか。
 また、これまで職業安定法違反という、いわば微罪での逮捕はあったものの、それ以外に大きな逸脱行動もなかったという人間を、これほどの爆発的ともいえる殺人の連鎖に駆り立てたものは何か。
 依然として大きな謎に包まれた事件である。
 しかし、残念ながら、犯罪心理学はその謎に明確な答えを持ちえない。それは、このような事件は、数多くの犯罪のなかでも例外的な特異事件であり、データや過去の事例で説明することが困難だからである。
 したがって、この事件を解き明かすには、限られた断片的な情報によって点と点をつなぎ合わせ、その隙間は想像力で埋めるしかない。
 すると、100人いれば100通りの「ストーリー」が作り上げられるだろうし、それがどれだけ真実に近いかは、おそらくは容疑者本人にしか、いや本人にもわからないのかもしれない。
 「犯罪心理学者」なる者は、したり顔で自信たっぷりに自説を展開するが、所詮答えは誰にもわからないのであれば、言った者勝ちの何でもありの世界である。これでは、犯罪心理学は学問として成り立たないし、そのようなものであってはならない。
 したがって、犯罪心理学者の端くれとして、私は想像力のみに頼って、この不可解なジグソーパズルのピースを埋めることはしたくない。
 数少ない過去のデータだけでなく、できるだけ行動科学や脳科学の知見に基づいて、少しは真実に近づくことができるよう分析を試みたいと思う。
 もちろん、それとて真実にはほど遠いかもしれないが、現時点で可能な最善を尽くしたいと思う。
■「冷たい脳」と「温かい脳」
 殺人者の脳には特徴的なパターンがあることが、最近の研究で次々と明らかになりつつある。
 われわれの脳の一番前に位置する部位を前頭前皮質と呼ぶが、それを上部(背側部)と下部(腹側部または眼窩部)に分けると、上部は冷静な思考や判断などを司る「冷たい脳」であるのに対し、下部は感情、倫理などに関連する「温かい脳」であると考えられている。
 これらがバランスを保っていればよいが、ひとたびバランスを欠くと、社会生活や対人関係でいろいろな問題が生じてくる。
 たとえば、「冷たい脳」の働きのみが活発な場合には、冷静で実行力には秀でているが、感情のない冷たい人間と評されるかもしれない。
 逆に「温かい脳」の働きのみが目立つ場合には、情緒的で共感性には優れているが、テキパキと仕事や物事をこなすことが苦手な人物となる。
 また、大脳辺縁系と呼ばれる脳のもっと奥の部分に、扁桃体と呼ばれる小さな部位がある。
 扁桃体は、われわれの欲求や感情の調節に関係する部位で、ここに機能の異常があると、欲求のコントロールができず、衝動的で爆発的な行動パターンが出現しやすくなる。
 複雑な脳の機能をあまり単純化することは慎むべきではあるが、犯罪者の脳と行動の関係を見るとき、よく指摘されるのがこれらの部位の関連である。
 神経科学者ジェームズ・ファロンは、さまざまな暴力的殺人者の脳画像を分析し、衝動的な殺人者は、扁桃体の機能の亢進や「冷たい脳」の機能低下が見られることが多いと述べている。これは、喧嘩で激高して、後先を考えず、相手を殺すような殺人者である。
 一方、冷静で計画的な殺人者には、扁桃体の機能亢進が見られるのは同じであるが、「冷たい脳」は比較的正常に動いており、「温かい脳」のほうに機能低下が見られるという。このパターンを持つ殺人者は、「サイコパス」と呼ばれる者である。
■容疑者の二面性
 さて、座間事件の容疑者に関して、その犯行時や日常の行動が、徐々に明らかになってきている。犯行場面では、SNSなどを通して知り合った被害者を、言葉巧みに「首吊り自殺」へと誘い、自宅に連れ込んだ直後に殺害したということである。
 さらに、その遺体をまるで物でも扱うように切り刻んだ挙句、ゴミとして捨て、頭部などの一部は自宅に「保管」していた。そこには、身の毛もよだつような残虐性、冷酷性が顕著である。
 また、途中からは殺害にも慣れて、「被害者のことをよく覚えていない」などとも供述しているように、人間らしい共感性の欠片もない。
 一方、過去の交際相手の証言などから、普段は優しく、気遣いのできる人物だったという一面も明らかになっている。また、SNSで知り合った女性にも、優しい言葉をかけたり、親身に悩み相談に乗ったりもしていたという。
 このような容疑者の「二面性」について、メディアでは不可解だという論調がよく見られたし、それを不思議に思われている方も多いだろう。
 しかし私は、その二面性についての報道を聞いたとき、この犯人像について徐々に焦点が絞られてくるのを感じた。
 つまり、この二面性こそが、容疑者を特徴づける重要なポイントであり、それは「サイコパス」の重要な特徴と一致する。
■サイコパスの4つの特徴
 犯罪学者、ロバート・ヘアは、サイコパスを定義づける特徴として、4つの特徴を挙げている。それを簡単にまとめると、以下のようになる。
1)対人面-浅薄な魅力、操作性、病的な虚言、無責任、性的放縦、短い婚姻関係
2)情緒面-残虐性、冷酷性、感情の浅薄さ、共感性欠如、罪悪感欠如
3)ライフスタイル-現実的・長期的目標の欠如、衝動性、刺激希求性
4)反社会性-攻撃性、規範の無視、少年期の非行、多様な反社会的行動
 これを見ると、白石容疑者は、これらほとんどに合致している。
 もちろん、正確な診断を下す際には、訓練を受けた専門家が本人と面接をし、正式なツールを用いて、定義された特徴との適合度を厳密にチェックしなければならない。
 私自身、このようなサイコパス診断のための正式な訓練を受けているが、本人との面接ができなくても、犯行や周囲の者の証言などをもとにして、ある程度の判断をすることは可能である。
 容疑者において、特に顕著なのは、卓抜したコミュニケーション能力(浅薄な魅力、操作性)と、事件に見られる残虐性、冷酷性、共感性欠如という二面性であることは、先述のとおりである。
 また、事件前には短い間に職業を転々とし、その場しのぎの借金を重ねていたりするなど、浮草的なライフスタイルも目立っていた。
 加えて、取り調べでは意外なほどペラペラと供述したかと思うと、「嘘でした」とあっけなく前言を翻すなど、呆れるほどの虚言性も見られている。
■サイコパスはこう意思決定する
 サイコパスは、脳の機能障害という説が有力になりつつある。
 サイコパスの脳は、前述のとおり「冷たい脳」が優勢で、冷静な判断や計画的な行動に長けている。
 したがって、周到な計画を立てて、被害者を物色したり、誘い出したりすることが得意である。相手の弱みを察知し、それにつけ込んだり、相手に取り入るための嘘をついたりすることも朝飯前である。
 今回の事件では、自殺志願者が被害者の多くを占めていると報道されているが、もしそれが本当だとすると、心理的に弱っていた被害者の心のなかに、一見優しく思いやりあふれる言動で、巧みに入り込んでいったのであろう。
 また、相手が自殺志願者でなくても、誰しも1つや2つは心に弱い部分がある。サイコパスにとって、それを見抜いて相手の懐に入っていくことは、難しいことではない。
 しかし、それは「冷たい脳」の計算づくによる言動であり、そこに感情はない。相手に共感して、救いの手を差し伸べているのではない。
 共感しているように見えても、それは演技をして、嘘を並べて相手の心を操作しているだけである。サイコパスには、「温かい脳」が働いていないからだ。
 彼にとっては、一種のゲームのような感覚であり、相手の人格には関心がない。だから、事件後になって「被害者のことはよく覚えていない」などと平気で言えるのである。
 そして、一旦被害者がその手中に落ちると、そこにためらいは見られない。知り合ってすぐに殺したと証言しているように、扁桃体に由来する欲動の赴くままに、残虐の限りを尽くす。
 正常な人間であれば、暴力を振るったり、相手を傷付けたりするときに、不安や恐怖を感じて心臓の鼓動が激しくなって、手が震えたり、足がすくんだりする。これは、「温かい脳」と結びついた交感神経が興奮するためである。
 しかし、サイコパスは交感神経の働きも鈍く、胸がドキドキしたり、不安や恐怖を感じたりすることがない。
 このような生理的反応は、共感性とともに、犯罪行動のブレーキとなるものであるが、彼らには扁桃体由来のアクセルがあるのみで、生理学的なブレーキを欠いている。
 さらに、ファロンによれば、サイコパスに関連して、脳にはもう1つの重要な回路がある。それは、自分の外界に注意を払う部位(外側新皮質)と、自分の内的世界に注意を払う部位(大脳半球間の内側中央皮質)から成り立つ回路である。
 ファロンは、これら対立する部位に由来するのが、われわれの有する世界に対する二元論的な見方であると述べる。つまりわれわれが、世の中には物的世界と心的世界があるという見方をするのは、この回路が正常に働いているからである。
 例えば、生物としての人は死んでも、「たましい」はどこかに生きていると感じたり、遺体には生きている人以上の敬意を持って接したりする。
 しかし、サイコパスはこの回路が壊れており、自分以外の外の世界に「こころ」や「たましい」などの心的世界を感じることができない。
 他者の生命を機械的に抹殺したり、遺体を平気で物のように扱ったり、遺体に囲まれた部屋で平然と寝起きできたりするのも、そのためである。
 われわれは、今回の事件を見て、容疑者のことを理解できないと感じる。
 それと同様に、容疑者のほうも、われわれが被害者を思って涙したり、遺体をバラバラにしたことに激しい怒りを示すしたりすることが理解できない。
 「首吊り士」などというハンドルネームには、嫌悪感しか感じられないが、彼にはそんなことはわからない。
 われわれの断罪の言葉は、彼には、あたかも初めて聞く外国語のようにしか響かない。
 ただ、サイコパスについて、いたずらに恐怖心を募らせる必要はない。
 なぜなら、サイコパスのなかでも、このような凶悪犯罪に至るのは、例外的と言っていいほどごく少数であり、犯罪に至らず社会にある程度適応して生活しているサイコパスのほうが多い。
 また、かつては「治療不可能」と言われていたサイコパスへの治療も、少しずつではあるが進歩が見られつつある。
 われわれ社会として今できることは、冷静にこの事件を分析し、そこから学び得たことを今後の犯罪予防にどう生かしていくかを考えることであろう。
■彼は「きっかけ」を語るのか
 このように、サイコパスの脳と心理から、この事件を読み解くと、容疑者の行動に対して少しは理解が進んだように思われる。
 しかし、その一方で、最初に呈示した「最大の謎」はまだわからないままである。彼がサイコパスだったとして、この事件へと向かわせた契機となったものは、一体何だったのかという謎である。
 人は、ある日突然サイコパスになるのではない。それは、生まれ持った傾向と環境の掛け算として、発達の早期から準備される。ただし、犯罪神経学者のエイドリアン・レインは、前者の影響が80%を超えると述べている。
 また、扁桃体に由来する、あたかも殺人を愉しむかのようなサディスティックな衝動や「首吊り」に対する異様なまでの執着も、ある日突然生まれてくるわけではない。それは、おそらくは性的欲求が芽生え始める思春期ころにその萌芽を辿ることができるだろう。
 彼は、自分のなかにある黒い衝動に気づきながらも、これまでどうにかして「冷たい脳」で、それを抑えようとしてきたのではないだろうか。高校卒業後、就職をしたあたりまでは、普通の社会生活を送っていたのだとすれば、それは彼なりの努力の現れであろう。
 しかし、その後仕事を転々とし、繁華街で風俗スカウトの仕事をし始めたあたりから、生活が乱れ始めている。そして、それに呼応するように、彼は「首吊り士」となっていく。
 これは想像でしかないが、「何かのきっかけ」で最初の殺人を犯してしまった後、強烈な快感を得て、それまで辛うじて蓋をしていた欲動が暴発し、もはやとめどなく溢れるに至ったように思える。
 しかし、その「何かのきっかけ」は、今のところわからない。
 彼はそれを語るだろうか。
<筆者プロフィール>
筑波大学教授 原田隆之
 1964年生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学院社会学研究科博士前期課程、カリフォルニア州立大学心理学研究科修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科でPhD取得。法務省、国連薬物犯罪事務所(ウィーン本部)、目白大学人間学部教授等を経て、現在筑波大学人間系教授、東京大学大学院医学系研究科客員研究員。専門は、臨床心理学、犯罪心理学。著書に『リラプス・プリベンション―依存症の新しい治療』(日本評論社)、『認知行動療法・禁煙ワークブック』(金剛出版)、『入門 犯罪心理学』(ちくま新書)、『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』(金剛出版)などがある。

 ◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です
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