記者の目:父・史郎氏のボクシング界追放=来住哲司
どの競技でも選手の親がしゃしゃり出てくると、大概はその選手が伸び悩んだり、イメージダウンしたりと悪影響が出るが、ここまで息子たちの足を引っ張る親も珍しい。プロボクシングの亀田3兄弟の父史郎氏(44)のことだ。
日本ボクシングコミッション(JBC)の倫理委員会からセコンドライセンスの取り消し処分を4月13日に受け、今後は会場への出入りを制限されるなどプロボクシング界から「永久追放」された。3月27日、長男興毅選手(23)が世界王座の初防衛戦で判定負けした直後の控室で、安河内剛・JBC事務局長らに採点の不満を訴えて「おれを怒らせたらどうなるか覚えておけ。おのれの首を取ったる」などと暴言を吐いたためだ。
◇ドア越しに怒声
その試合を取材した私も控室の外で、室内から響く史郎氏の怒声を聞いた。それは数十分間にわたり聞くにたえないものだったが、私は「またか」と思った。これまでも彼は息子が負けたり、苦戦したりすると、試合後に「あんな採点があるか」「あんなレフェリングはないやろ」などと周りに訴えることが多かった。07年3月の興毅選手の試合後にはレフェリーに直接暴言を吐き、JBCから文書で注意を受けた。
試合結果や内容にどんな不満を持とうが、それは個人の自由だ。判定や審判に対する不平不満は採点競技には付き物でもある。今回は、史郎氏の暴言もさることながら、試合役員に直接抗議したことが最大の問題だ。彼は07年10月、次男大毅選手(21)が世界戦で反則を重ねた責任を問われてJBCからライセンス無期限停止処分を受け、ボクシング活動を一切禁止されているから、抗議自体許されないのだ。
過去に厳しく対処していなかったことが今回の「事件」を招いたと思う。ライセンス停止中なのに、息子のマッチメークに携わったり、世界ボクシング協会(WBA)本部へ出かけて大毅選手の世界挑戦を訴えたり、大毅選手の公開練習でスパーリング相手を務めたりと、公然とボクシング活動を続けていた。
そうした事実が発覚するたび、私は安河内事務局長に「放置せず、処罰すべきではないか」とただしたが、返答はいつも「彼は今ライセンスがないからJBCの管轄外の人間であり、処分は難しい。今後、処分解除申請があった場合、彼の行為は我々の判断材料になるでしょう」。五十嵐紀行・亀田ジム会長に注意を与え、時に報告を求めるだけで、事実上“放任”していた。
もっと不可解なのは、亀田ジムが加盟する東日本ボクシング協会の対応だ。3月中旬、史郎氏の処分解除をJBCに要望したのだ。その時、同協会の北沢鈴春事務局長は「亀田ジムから要請された。本人も反省しているし、ジムの活動も非常に頑張っている」と説明した。日本で初めて兄弟世界王者を育成したことを評価したらしい。同協会の大橋秀行会長は以前から「亀田寄り」の姿勢だったが、業界を指導する立場にいる協会幹部が、規則を公然と破っている人間の処分解除に動いたのは理解に苦しむ。
かつて興毅選手が台頭してくるまでボクシング人気は低迷し、関係者の間ではスター待望論があった。一時は爆発的な人気を博した亀田兄弟を、多くの関係者が「救世主」と頼った。亀田家の傍若無人な振る舞いを放置し、プロボクシング界に亀田批判をタブー視する風潮を生んだ。だが、当初は好意的だったファンやマスコミも騒動を繰り返す彼らを批判し始め、大毅選手の反則騒動で人気はがた落ちした。それなのに、業界には今なお「亀田依存体質」が根強く残っていると感じる。
◇兄弟は父離れし名王者に成長を
兄弟を好選手に育てた史郎氏のトレーナーとしての手腕には一定の評価を与えていい。私は06年6月、亀田陣営を批判する元世界王者の具志堅用高・同協会副会長(当時)のインタビュー記事を載せたところ、史郎氏に散々怒鳴られたあげく「もうお前とはしまいや」と言われたが、実際に取材を拒まれたことはない。根は悪い人ではないかもしれない。だが、彼の言動でボクシングのイメージがどれだけ悪化したことか。
JBCや協会は今後、史郎氏の処分が厳正に守られているか監視し続けなくてはならない。さらに、24日に決める五十嵐会長の処分の軽重で、協会の姿勢も問われる。
亀田兄弟にとっても「父離れ」は新しい技術を学ぶいい機会だと思う。最近の興毅、大毅両選手は会見で敬語を使うなど人間的な成長が見られる。ファンに支持される名王者になってほしいし、それが父の汚名をそそぐことにもつながるはずだ。(大阪運動部)毎日新聞 2010年5月14日 0時06分
どの競技でも選手の親がしゃしゃり出てくると、大概はその選手が伸び悩んだり、イメージダウンしたりと悪影響が出るが、ここまで息子たちの足を引っ張る親も珍しい。プロボクシングの亀田3兄弟の父史郎氏(44)のことだ。
日本ボクシングコミッション(JBC)の倫理委員会からセコンドライセンスの取り消し処分を4月13日に受け、今後は会場への出入りを制限されるなどプロボクシング界から「永久追放」された。3月27日、長男興毅選手(23)が世界王座の初防衛戦で判定負けした直後の控室で、安河内剛・JBC事務局長らに採点の不満を訴えて「おれを怒らせたらどうなるか覚えておけ。おのれの首を取ったる」などと暴言を吐いたためだ。
◇ドア越しに怒声
その試合を取材した私も控室の外で、室内から響く史郎氏の怒声を聞いた。それは数十分間にわたり聞くにたえないものだったが、私は「またか」と思った。これまでも彼は息子が負けたり、苦戦したりすると、試合後に「あんな採点があるか」「あんなレフェリングはないやろ」などと周りに訴えることが多かった。07年3月の興毅選手の試合後にはレフェリーに直接暴言を吐き、JBCから文書で注意を受けた。
試合結果や内容にどんな不満を持とうが、それは個人の自由だ。判定や審判に対する不平不満は採点競技には付き物でもある。今回は、史郎氏の暴言もさることながら、試合役員に直接抗議したことが最大の問題だ。彼は07年10月、次男大毅選手(21)が世界戦で反則を重ねた責任を問われてJBCからライセンス無期限停止処分を受け、ボクシング活動を一切禁止されているから、抗議自体許されないのだ。
過去に厳しく対処していなかったことが今回の「事件」を招いたと思う。ライセンス停止中なのに、息子のマッチメークに携わったり、世界ボクシング協会(WBA)本部へ出かけて大毅選手の世界挑戦を訴えたり、大毅選手の公開練習でスパーリング相手を務めたりと、公然とボクシング活動を続けていた。
そうした事実が発覚するたび、私は安河内事務局長に「放置せず、処罰すべきではないか」とただしたが、返答はいつも「彼は今ライセンスがないからJBCの管轄外の人間であり、処分は難しい。今後、処分解除申請があった場合、彼の行為は我々の判断材料になるでしょう」。五十嵐紀行・亀田ジム会長に注意を与え、時に報告を求めるだけで、事実上“放任”していた。
もっと不可解なのは、亀田ジムが加盟する東日本ボクシング協会の対応だ。3月中旬、史郎氏の処分解除をJBCに要望したのだ。その時、同協会の北沢鈴春事務局長は「亀田ジムから要請された。本人も反省しているし、ジムの活動も非常に頑張っている」と説明した。日本で初めて兄弟世界王者を育成したことを評価したらしい。同協会の大橋秀行会長は以前から「亀田寄り」の姿勢だったが、業界を指導する立場にいる協会幹部が、規則を公然と破っている人間の処分解除に動いたのは理解に苦しむ。
かつて興毅選手が台頭してくるまでボクシング人気は低迷し、関係者の間ではスター待望論があった。一時は爆発的な人気を博した亀田兄弟を、多くの関係者が「救世主」と頼った。亀田家の傍若無人な振る舞いを放置し、プロボクシング界に亀田批判をタブー視する風潮を生んだ。だが、当初は好意的だったファンやマスコミも騒動を繰り返す彼らを批判し始め、大毅選手の反則騒動で人気はがた落ちした。それなのに、業界には今なお「亀田依存体質」が根強く残っていると感じる。
◇兄弟は父離れし名王者に成長を
兄弟を好選手に育てた史郎氏のトレーナーとしての手腕には一定の評価を与えていい。私は06年6月、亀田陣営を批判する元世界王者の具志堅用高・同協会副会長(当時)のインタビュー記事を載せたところ、史郎氏に散々怒鳴られたあげく「もうお前とはしまいや」と言われたが、実際に取材を拒まれたことはない。根は悪い人ではないかもしれない。だが、彼の言動でボクシングのイメージがどれだけ悪化したことか。
JBCや協会は今後、史郎氏の処分が厳正に守られているか監視し続けなくてはならない。さらに、24日に決める五十嵐会長の処分の軽重で、協会の姿勢も問われる。
亀田兄弟にとっても「父離れ」は新しい技術を学ぶいい機会だと思う。最近の興毅、大毅両選手は会見で敬語を使うなど人間的な成長が見られる。ファンに支持される名王者になってほしいし、それが父の汚名をそそぐことにもつながるはずだ。(大阪運動部)毎日新聞 2010年5月14日 0時06分