「ハシシタ」「ヒロシマ」というレッテルこそが暴力である

2012-11-08 | 社会

「ハシシタ」「ヒロシマ」というレッテルこそが暴力である
JBpress2012.11.08(木) 佐川光晴
 石原慎太郎東京都知事が辞任をして新党を結成し、国政に進出するというニュースが報じられたのは10月25日木曜日だった。
  それ以前の10日間は、10月16日火曜日発売の「週刊朝日」(2012年10月26日号)に掲載されたノンフィクション作家・佐野眞一氏による連載記事に橋下徹大阪市長が憤激するという話題で持ち切りだった。
  インターネット上のツイッターでは、問題の週刊朝日が売り切れで、どこにも売っていないということだったが、わが家の近所にある書店では20日の土曜日まで棚に並んでいた。
  私は、たまたま発売当日の昼間にその書店で週刊朝日の表紙を見かけて、ちょっと異様の感に打たれた。今、インターネット上に掲載されている画像でその号の表紙を確認してみると、ワイシャツにノーネクタイ姿の橋下市長の胸の辺りに赤帯に白抜きの大文字で「ハシシタ」とあり、続いて黒字で「救世主か 衆愚の王か」とある。
  さらに、「橋下徹のDNAをさかのぼり 本性をあぶり出す」とまであって、私は雑誌に手を伸ばそうかどうか迷った末にやめた。
  翌17日水曜日には、橋下市長が定例記者会見の場で語気荒く週刊朝日と朝日新聞および佐野眞一氏への批判を捲くし立てた。それ以降の展開については、みなさんご存じの通りである。
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  私は、懐に余裕がある時は、週刊誌を立ち読みで済ませずに、なるべく買うようにしている。執筆や家事に追われて、ろくに頁をめくらずに廃品回収に出してしまうこともあるのだが、文筆を稼業とする者としては、雑誌にせよ、単行本にせよ、やはり身銭を切って購入した上で読むのが最低限の心構えではないかと思っている。
  当該の週刊朝日を買おうかどうか、私は数日迷ったが、やはり買わないことにした。近所の書店で一度手に取り、橋下氏に関する記事の頁も眺めたが、レイアウトもこれ見よがしだし、人形めいたイラストにも好感が持てなかった。よって、佐野氏による本文も読んでいない。
  実は、私は佐野眞一氏の著作をまったく読んだことがない。ことさら敬遠しているつもりもないのだが、巷間評価の高い『東電OL殺人事件』をはじめ、縁がないまま今日まで来てしまった。
 したがって、私は佐野氏の文章や物事に当たる際のスタンスについて、なんら語る資格がない。ただ、表紙でまで「ハシシタ」という呼称を用いた点に関しては、佐野氏と週刊朝日編集部はよくなかったと思っている。
  私を担当してくれている某社の編集者に橋下嫌いの御仁がいて、いつ会っても「ハシシタ」を連発する。
  「橋下(はしもと)ですよ。自分でそう名乗ってるんだから」とその度に注意しても、よほど「ハシシタ」が頭に染み付いているらしく、改めるつもりもないようなので、このところ会話が弾まない。
  私は橋下徹を支持するどころか、かなり危険な輩だと思い、警戒を怠らないようにしている。警戒心が高じて、イズメディア・モールで小説『日本消滅』を連載しているほどだ。
  未読の方々のために付記すれば、『日本消滅』は2015年の日本を舞台にした近未来政治小説である。民主党はすでに政権の座になく、「日本維新の会」代表の“日下享”が内閣総理大臣として国政を率いているという設定で、今年の3月11日に連載を開始した。
  橋下氏が代表を務める「大阪維新の会」が国政進出に当たり、「日本維新の会」を設立する半年以上前のことで、ご一読くだされば、私の橋下氏に対する見方をご理解いただけるのではないかと思う。
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  私は主に小説を書いているが、文章によって何事かを表現するという意味で、ノンフィクションもエッセイも小説も区別はないと思っている。
  当コラム「結婚のかたち」は、私が日ごろ考えている事柄を縷々(るる)記述するというスタイルをとっている。出だしでは、私の頭の中にあることをそのままなぞっていても、書いていくうちに自分の思い違いに気づいたり、新たな発見をしたりといった瞬間が訪れる。
  文章を書くとは、変化の契機を自らのうちに孕ませながら、未知の冒険に乗り出すことである。つまり、われわれは常に自分自身の思考や生活を問い直しつつ、文章を書き進めていくわけだ。
 橋下氏を「ハシシタ」と呼んで憚らない人たちは、「ハシシタは危険人物なのだから、政治の表舞台から葬り去るためなら、どんな手段を使ってもかまわない」と一方的に決めつけて、その立場を崩そうとはしない。
  「ハシシタ自身が、大阪市民や大阪市職員の人権を平気で蹂躙しているのだから、ハシシタに対してなら何を書いてもかまわない」という趣旨の書き込みも、インターネット上でいくつも見かけた。
  それも1つの意見であるだろうけれど、一方的な見解を粗雑な言葉で述べているだけで、読み手に訴えてくるものが皆無であることは、きちんと言っておきたいと思う。橋下氏が用いる罵詈雑言はもっとひどいが、彼の場合は自らの顔を表に出しての発言であることを、匿名による批判者たちはもっと意識したほうがいい。
  激務にもかかわらずいつも若々しく、どこか愛嬌を感じさせるところが橋下氏の最大のセールスポイントである。野田佳彦総理をはじめとする民主党の面々の人相が日々衰えていくのに比べて、打たれれば打たれるほど生き生きとしてくる橋下氏の精神力が人々の支持を集めているわけで、橋下氏は佐野氏と週刊朝日による攻撃を喜んでいたに違いない。
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  10月30日火曜日の毎日新聞朝刊に掲載の「火論 ka-ron」という欄で、「専門解説委員」の玉木研二氏が以下の記事を書いていた。

  〈原発事故後、「フクシマ」という片仮名表記がよく使われる。本紙の本橋由紀福島支局長が24日の東京本社発行夕刊のコラム「憂楽帳」で、その違和感を書いている。
 以前は気に留めなかったが、福島の人がこれに胸を痛めているのを知り、意識し始めたという。
 そうか、と意外な向きもあるだろうが、そこを故郷とする人の側からすれば片仮名表記に違和感もわくだろう。
 時代も状況も異なるが、広島に生まれ育った私は「ヒロシマ」に違和感を持ってきた。10年前にコラム「発信箱」で〈「ヒロシマ」と表記される街を私は知らない。そこには、色も、においも、風も感じない〉と書いた。
 (中略)
 この表記が根を下ろしたのは、米ピューリツァー賞作家、ジョン・ハーシーのルポ「HIROSHIMA」の邦訳題名を、そのまま「ヒロシマ」としたころと思われる。
 (中略)
 そして占領期終了から2年たった54年、ビキニ水爆実験で被ばくした第5福竜丸事件が発生。これ以後、日本では原水爆禁止運動が高まり、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ」が国を越えたスローガンに掲げられた。「ヒロシマ」「ナガサキ」は土地ではなく、人類共通の危機という象徴的意味を持った。
 私はその意義を否定しない。(中略)ただ、意味もなく片仮名表記にはしない。人には生まれ育った土地、風光、方言などに自然な愛着がある。(中略)地名に込められた懐かしさ、いとしさ。復興の支柱となるものはそれではないか。
  「フクシマ」という表記を用いる際、それが人々の思いにそぐうか、メディアも役所も少しそこに思いを致してもいい。〉

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  長い引用になってしまったが、書き写しながら、立派な見識だと、私はあらためて感心している。
  橋下徹大阪市長と、原爆を投下された広島を同列に扱うわけにいかないのはもちろんである。また、橋下徹氏の苗字が、以前は「はしした」と読まれていたのも事実なのだろう。
  しかし、自分の名前を「橋下徹(はしもと・とおる)」と名乗っている人に対して、「ハシシタ」とレッテルを張るのは、橋下氏がこの世に生を受けてからの、自らの名前に感じてきたはずの「懐かしさ、いとしさ」を否定することである。
  それは純然たる暴力であり、橋下氏を批判する人々がしばしば用いる「ハシズム」(=ファシズム)そのものであると私は思う。
  そして、われわれが橋下氏に働きかけなければならない点も、まさにそこなのである。
  すべての人々はそれぞれに、「生まれ育った土地、風光、方言などに自然な愛着があ」り、グローバリズムの名のもとに、「懐かしさ、いとしさ」を蔑(ないがし)ろにしてはならないということを、橋下氏に理解させなければならないのだ。
  民主党・野田政権の迷走が続き、国会が機能不全から抜け出せない中、読売新聞の大誤報と、今回取り上げた週刊朝日の事件が立て続けに起きて、人々の政治不信・マスコミ不信はさらに進行中である。
  私自身も文筆に携わる一人として、いたずらに注目を集めようとする文章を書くことを慎み、自らの納得するものを誠実に書いていこうと自戒して、一文の結びとします。
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