木村正人 欧州インサイドReport
民衆法廷「中国は犯罪国家」と断罪 「良心の囚人」からの強制臓器収奪は今も続いている
2019年06月19日(水)16時15分
[ロンドン発]中国による「良心の囚人」からの強制臓器収奪に対する民衆法廷が6月17日、ロンドン市内で開かれ、判事団は最終裁定で「2015年に全面禁止されたことになっている違法な臓器の収奪と移植は今も続けられている」と指弾した。民衆法廷とは、NGOや市民が人道上の罪などを裁くために設置する模擬法廷のこと。「判決」に法的拘束力はないが、影響力は大きい。
判事団は「ジェノサイド」という位置付けこそ避けたものの「中国は人道に反する罪で有罪だ」と断定した。中国は一貫して強制的な臓器収奪を否定している。
■囚人の臓器使用は続いている?
判事団は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷でセルビアのスロボダン・ミロシェビッチ初代大統領(故人)を起訴したジェフリー・ナイス議長ら8人。昨年12月8~10日に第1回公聴会、今年4月6〜7日に第2回公聴会を開き、専門家や当事者ら49人の証言を調べた。
1980年代、中国政府は処刑された囚人の遺体や臓器の使用を一定の条件下で許可する規則を公表。
1990年代、新疆ウイグル自治区のウイグル族の政治犯が臓器摘出の対象となり、2006年には気功集団「法輪功」学習者からの強制的な臓器摘出疑惑が浮上した。国際的な批判を受け、中国政府は2015年1月、死刑囚からの臓器摘出は完全に停止したと表向き発表していた。
しかしこの日、ナイス議長が読み上げた裁定は次の通りだ。
・死刑囚からの臓器摘出を停止した証拠は見当たらず、継続していると確信している
・移植手術のレシピエント(受容者)は予約が可能で、待ち時間は極端に短いことから、病院はドナー(提供者)の同意を得ずにオンデマンドで臓器の摘出を要求していることが疑われる
・強制的な臓器収奪のドナーには確実に法輪功学習者が含まれる。おそらく主なドナーは法輪功学習者だ
・イスラム教徒のウイグル族も同じような扱いを受けているリスクがある
・非常に多くの人が理由もなく残酷な死を遂げている
公聴会で証言したスウェーデンの実業家ジョージ・カリミ氏は衣服や食料品の貿易を手掛けていた。2003年10月、連絡が取れなくなった北京の友人を訪ねた際、待っていた公安に理由もなく拘束された。インド出身の友人が犯した事件で事情を聴きたいとだけ告げられた。
1カ月後、公務執行妨害罪で起訴され、勾留された。取調室では長時間、鎖でイスにつながられた。友人の悲鳴が聞こえた。後に分かったことだが、友人は、カリミ氏が米ドル札を偽造しているという調書に署名するよう公安に強要されたという。カリミ氏のアパートから53万4000ドルの偽造米ドル紙幣が見つかったと公安は主張した。
約7カ月たっても勾留は続き、それから2~3カ月後、友人は釈放され、インドに帰国した。中国の収容所でHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染し、エイズ(後天性免疫不全症候群)を発症していた。カリミ氏の無実を証明するため、友人はインド当局に申し出て、カリミ氏が偽造に関与したと証言するよう拷問を受けたという宣誓供述ビデオを作成した。
にもかかわらず2005年、カリミ氏は主犯扱いされ、終身刑を言い渡された。インドに送り返された友人の罪を問うことができなくなったからだ。友人の宣誓供述ビデオは無視された。それから4年後、スウェーデンに移送され、最終的にカリミ氏が釈放されたのは2015年になってからだ。
カリミ氏は「中国ではすべての罪状を受け入れなければ、家族との面会も移送も許されない」と振り返る。
カリミ氏が勾留されていた古い収容所の処刑場は1階にあった。処刑時間は通常、午前5時だった。夜の11時や12時になると何人かの囚人が悲鳴を上げ始めた。彼らが処刑されるのはみんな、知っていた。
カリミ氏は床を引きずられていく囚人の苦悶の表情が忘れられない。中でもショックだったのは囚人が別の囚人を引きずっていく役割を負わされていたことだ。7キロはある鎖や手かせ、足かせでつながれた囚人が床の上を引きずられていく。引きずっていく囚人も翌日には処刑される運命だと聞かされた。
■病気の囚人だけが生き残る
後に処刑された中国共産党幹部と同房になったことがある。共産党は党員を処刑に立ち会わせた。もし共産党を裏切れば、どんな最期を遂げるのかという見せしめのためだった。恐怖が支配していた。
臓器収奪については囚人仲間が教えてくれた。看守は口にしないものの周知の事実だった。カリミ氏に英語の通訳をしてくれていた台湾人の囚人は「とにかく彼らは犯罪者だ。処刑されたら臓器は必要でなくなる。だから何も問題ないんだ」と説明した。
「処刑された囚人は火葬される。遺族が受け取るのは遺灰だけだ。臓器が取り出されていようがいまいが決して問題にはならない。とにかく囚人は処刑される運命にある。死人に生きている臓器は必要ない。だから収奪して他の人の役に立てているわけさ」
またある時、その囚人がこう言った。「最近、法輪功の24~25人のグループが処刑された。1人だけ処刑を免れた。病気だったからね」。カリミ氏は「どうして」と尋ねた。「もし囚人が病気なら臓器は使えないからだよ」という答えが返ってきた。
公聴会ではカリミ氏のほか、肉体的・精神的な拷問を受け、臓器収奪に備えたとみられる血液検査や内臓のスキャン検査を受けた法輪功の女性学習者や、腎臓や心臓、肺のメディカルチェックを受けたウイグル族の男性も証言した。
1995年、新疆ウイグル自治区のウルムチ市で外科医として勤務していたエンヴァー・トフティ氏(57)は頭を撃たれた15人の「遺体」から腎臓と肝臓を取り出すよう上司に命ぜられた。メスを入れると血液があふれ出してきた。心臓がまだ動いている、「遺体」は生きているという証拠だった。トフティ氏は今も悪夢に苛まれている。
アムステルダム大学のネベンカ・トロムプ=ブルキク講師は筆者に「判事団のメンバーの信用性は非常に高く、民衆法廷では正規の手続きと同じように証拠が集められ、審議が進められた。最終裁定は『中国は犯罪国家だ』と明確に断じた。中国はもうこれまで通りにはできないし、国際社会はもっと声を上げるべきだ」と語った。
◎上記事は[NewsweekJapan]からの転載・引用です
※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。