中国現代史研究家・鳥居民 習氏が継ぐ腐敗の政経一致体制
産経ニュース2012.11.16 03:10[正論]
この3カ月、中国にかかわるニュースの中で、私が衝撃を受けたのは、尖閣諸島をめぐる日中間のごたごたでもなければ、15日に党総書記となった習近平氏の在任が2期10年を全うできず1期5年で終わるかもしれないといった予測でもない。温家宝首相一族の膨大な蓄財を暴露した米紙ニューヨーク・タイムズの報道である。
≪暴かれた「孤独な改革者」≫
中国研究者の端くれとして、温夫人がダイヤに執着し、それを大きなビジネスにしていること、温氏の母親が国内最大を誇る保険会社の大株主であること、一人息子の温雲松氏が、昨日まで政治局常務委員だった呉邦国氏の女婿、そして、中央宣伝部長で今回、政治局常務委員入りした劉雲山氏の息子ら「紅二代」と呼ばれる御曹司たちと組んで、株式市場で大儲(もう)けをしていることなどは、新聞や雑誌で読み、承知していた。
その私も、温家宝首相に必ず付く、「孤独な改革者」という枕詞(まくらことば)には何となく納得していた。
温首相は昨年7月、温州で起きた高速鉄道の事故の現場に駆けつけ、「背後に腐敗があれば、追及の手を緩めない」と断言した。今年4月には、党理論誌「求是」に腐敗こそが党最大のリスクだといった論文を載せた。重慶市トップだった薄煕来氏の断罪、失脚、党追放を予告する一文である。
同じ4月、地方中小業者の集まりでは、中国工商銀行を筆頭とする4つの国有銀行を批判し、あまりに儲けすぎて力を持ちすぎている、国有大銀行の独占を打破しなければならない、と説いた。
温首相は繰り返し、腐敗の根絶を説き、政治改革の必要性を強調してきた。富の分配についても語り、財産が一握りの人たちの手中にあるのは不公平だ、そんな社会は不安定だ、と語ってきた。
≪首相の子息に逆らう者なし≫
その温氏の一族による巨額の蓄財の、しかも、今回の中国共産党大会開幕直前の暴露である。
3ページに及ぶ特集記事の1ページ目には、ふてぶてしさなど全く感じさせない、いつもの表情の温氏の写真を中央に置き、周りに実母、実弟、長男、長女、妻の弟、そして妻の小さな顔写真を配し、彼らは「温家宝氏が指導的地位にいる間に、驚くほどに豊かになった」と記してあった。別のページでは、温氏を囲む一族の写真を再び載せて「温ファミリー・エンパイア」と題し、彼らの資産は総計27億ドル(約2200億円)に上ると伝えていた。「一族のファミリービジネスで温氏の役割は明らかでない」と留保も付けてあった。
とはいっても、中国共産党が支配する世界は、他の国には存在しないものだ。かつて中国駐在特派員だったリチャード・マクレガー氏が、米国を例に取り、米国の全閣僚、各州の知事、主要都市の市長、ゼネラル・エレクトリックやウォルマートの経営者、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルの編集トップ、各テレビ局のトップ、主要大学の学長まで、中国では、すべてを共産党の中央組織が決めると説明したことがある。温首相の子息の一言に逆らう党幹部、役人、経済人は中国にはいないのである。
≪これぞ真の「黄金の10年」?≫
今党大会の前から、中国の報道機関は、胡-温の統治時代を「黄金の10年」と称(たた)えていたが、温氏の一族にとってこそ、本物の「黄金の10年」だったといえる。
さて、温氏の一族が大層な蓄財をしていたことがさらけ出される前のことである。温首相を口舌の徒だと批判し、「中国一の名優」だとからかう声まであった。が、それは正しくない。温氏の決意なしに薄氏追放はできなかった。それは小さな出来事ではない。薄氏と氏に自らのポストを譲る予定だった周永康氏の2人の「明日の中国」構想を打ち砕いたのだ。
政治局常務委員の周氏は中央政法委員会を一手に握っていた。裁判所、検察院から公安部、国家安全部までを監督し、地方各レベルの政法委員会は「安定の維持」を至上目標に据え、党・政府機関に抗議し裁判所に訴えようとする市民、農民の行動を阻止し、場合によっては「労働を通じて再教育する」といった名目で、裁判なしに彼らを牢獄(ろうごく)送りにしてきた。
薄氏を追放し、政法委員会を掌握する政治局常務委員のポストをなくしてしまい、同委員会の力を削(そ)ごうとしたのは、10年任期の最後の年に温氏が断行した、「政治改革」の重大な布石だった。
そのことを恨んだ保守勢力が、温氏一族の蓄財の事実を米紙の記者に提供し、今回の党大会に出席した代表たちが語り合う絶好の話題にしてやろうとたくらんだという事情が、蓄財報道の裏にはあったとの見方がある。これをどのように批評したらいいのか、私には分からないが、それとは別の事実は語らねばならないだろう。
汚職と腐敗は少なからぬ国の風土病である。だが、政治と経済が密着した中国共産党の世界では、汚職と腐敗は一つの文化を織り成している。改革開放政策の副産物でもある莫大(ばくだい)な負の遺産を、習総書記は引き継いだのである。(とりい たみ)
=========================================
◆ 危機に瀕する中国社会 胡政権の失敗と不作為 [石平のChina Watch] 2012-11-08 | 国際/中国/
危機にひんする中国社会 胡政権の失敗と不作為
産経ニュース2012.11.8 11:09[石平のChina Watch]
10年前に胡錦濤政権ができたとき、中国国内では「胡温新政」という言葉がはやった。政治改革の停滞と腐敗の蔓延(まんえん)が彩った「江沢民時代」がやっと終わった後、多くの人々は清新なイメージの胡錦濤・温家宝両氏に多大な期待を寄せ、新しい国家主席と首相となったこの2人が政治を刷新して明るい時代を切り開いてくれるのではないか、との希望的な観測が広がっていた。
だが蓋を開けてみれば、胡・温両氏が中国の政治をつかさどったこの10年間はむしろ、「新政」への期待が裏切られる日々の連続だった。待望の政治改革は10年にわたって一歩も進まず、「創新」よりも「守旧」の方が胡政権のモードとなったからである。
政治改革が進まなかった結果、権力と市場経済との癒着から生まれた「権貴資本主義」の利権構造が空前の規模において拡大かつ強化され、腐敗の氾濫は未曽有の新境地に達した。政権末期になると、「清廉潔白」な政治家として腐敗の一掃を期待された温家宝氏その人の身辺でさえ、巨額の不正蓄財の情報が流されるありさまだ。
「権貴資本主義」の利権構造が拡大されている中で、貧富の格差の是正と社会的対立の解消を目指した胡政権の「和諧社会(調和のとれた社会)建設」はただのかけ声だけに終わっている。胡政権成立時と比べれば、格差はむしろ数倍以上に拡大している観がある。
人民日報系の雑誌「人民論壇」が今年10月に実施した意識調査で、回答者の70%が「特権階級の腐敗は深刻」とし、87%が特権乱用に対して「恨み」の感情を抱いていると回答したことは前回の本欄でも紹介した。それはまさに「和諧社会建設」の失敗に対する現実からの嘲笑であろう。
貧富の格差が極端に拡大し「特権階級」に対する人々の「恨み」が増大すると、社会的不安はますます高まってくるものだ。全国で発生した暴動などの集団的抗議活動が年間9万件に上ったのは胡政権中盤の2006年のことだったが、政権末期の11年になると、暴動・騒動事件の発生件数が18万件を超えた。さすがの「胡温新政」、ただの5年間で「国民所得倍増」ならぬ「国民暴動倍増」を見事に実現させたのである。
胡錦濤政権はその成立した日から、「維穏」、すなわち「社会的安定維持」を最重要課題にして国政の運営を行ってきたが、上述の「暴動倍増」の数字によっても示されているように、政権が「維穏」に熱を入れれば入れるほど社会的不安はむしろ高まってきている。揚げ句の果てには、胡政権最後の年である今年の国家予算に計上された「治安維持費」は当年度の国防費を上回る巨額となったほど、中国社会は完全に乱れている。
こうしてみると、過去の10年間にわたって、胡錦濤政権が推進してきた諸政策はほとんどが失敗に終わってしまい、いわば「胡温新政」たるものは、単なる黄粱一炊(こうりょういっすい)の夢に過ぎなかった。そして、10年間にわたる胡政権の失敗と不作為の結果、中国社会全体はかつてないほどの危機にひんしているのである。
今年9月、「中国経済学界の良心」と呼ばれている著名学者の呉敬●(=王へんに連)氏が「中国の経済・社会の矛盾はすでに臨界点に達している」と警告を発したことは、まさに「中国の危機」に対する知識人たちの現状認識を代弁したものであろう。
危機打開の難題は結局、胡・温の後の新政権に委ねられることになる。ちょうど今日開かれる党大会で誕生する予定の習近平政権には果たして危機脱出の妙案があるのか。お手並み拝見である。
=========================================
◆ 【中国共産党大会】習氏に「国民不満解消」課題 胡総書記が残す“負の遺産” ネット世論無視できず 2012-11-08 | 国際/中国/アジア