なんと多くの要らない言葉を発しながら生きていることだろう

2006-03-19 | 日録

 今朝聖堂に入ると、「聖心の布教姉妹会」とはちょっと制服の異なるシスターが、団体で座っておられた。よその修道女会の方たちだ。ミサが始まると、甘く美しい歌声。こういうのが、オルガンを弾いていて、とっても嬉しい。私は別人のように、今日はオルガンを間違えなかった♪ 

 ミサが終わって、いつものように姉妹会のシスターが私の愛車に。

「今日は、よそのシスターがいらしてましたね」(来栖)。

「そうね」(Sr.熊)。

「どちらの修道会なんですか」

「さぁ、どこなんでしょう。カリタスか、純心か・・。知らないわ」

「え? ご挨拶とか、ないんですか」

「顔を合わせれば『おはよう』くらいは云うけれども」

「いいですね。べちゃべちゃおしゃべりすること(必要)、ないですよね」

「そう。修道会の集まりで久しぶりの人に会っても『こんにちは』って云って、でもそれだけで、『さよなら』も云わずに帰ったりね。さらっとしてるのよ」

「いいですね。私たちは、なんと沢山の要らない言葉を発しながら生活しているんだろう、なんて思います」

「そうね。うちのお母さん(保護者)たち--Sr.熊は幼稚園の園長--のなかにも、園のバスの送迎とか行事とかでお母さん同士のおしゃべりやお付き合いが難しくなって引越しってこともあるからね・・・」 


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