「奈良女児誘拐殺害事件 2004/11/17」小林薫公判最終弁論要旨--奈良地裁判決--控訴取り下げ、死刑確定

2015-11-16 | 旧HP原稿

奈良女児誘拐殺害事件
 小林薫公判最終弁論要旨
 2006年6月26日、奈良地裁で行われた小林被告の最終弁論の要旨は次の通り。(敬称略)
▽被告人の生育環境
  被告は幼稚園から小学校、中学校といじめの標的にされていた。またこの時期、父による暴力は常軌を逸し、ゴルフクラブや金属バットなどを用いることもあった。小学四年生時には、母が三男の誕生と同時に死去。すべての家事をこなし、子供たちに愛情を注いでくれた母の死により、被告の生活状況や精神状態は一変した。
▽被告人の生育環境がもたらした影響
  被告は、幼児期からの継続的ないじめや父による暴力、母の死から終始無力感が付きまとい、対人理解を欠くこととなった。
  さらに幼少時代から刻み込まれた孤立感や感情の抑制は、今日に至るまで引き継がれ、社会を一生憎悪し続けるものとなった。
▽殺意の発生時期について
 女児が風呂を出ようとしたときに、殺意が発生したと捉えるのが相当である。
  検察官の理解では、女児が風呂場で大声を出したり暴れるなどの状況にあったわけでなく、直ちに女児を殺害しなければならないまでの差し迫った状況は認められない。
  マンションに連れ込み、宿題をしている女児の様子や入浴している姿を見て、女児に対してわいせつ行為の対象であると同時に、それ以上の幸福感をもたらしてくれていた。
  ただ被告人は、女児が風呂場で「おっちゃんエッチ」と言って、風呂から出ようとした言動に驚き、とっさに殺意が生じて、殺害に及んだ。
  被告は女児の風呂場での言動によって、「愛情」から「憎しみ」に転化し殺意を形成した。殺意が突然、衝動的に生じたもので、犯行は計画的なものでないといえる。
▽殺害後の死体損壊とメール送信について
 本件で特徴的なのは、殺害した死体を損壊した行為、死体写真を添付しての「娘はもらった」とのメール送信、被害女児の妹の写真と次は妹だとのメール送信行為である。これらの行為は本件全体の残虐性、凄惨さを強力に印象付けている。
  しかし、殺害後の行為はもともと被告が殺害までも意図していなかったのに、殺してしまったという予想外の状況の中でパニック状態に陥り、絶望感や開き直った心境となって場当たり的に展開された行為とみるべきである。
▽死刑求刑について
 本件の犯行は被告の反社会的性人格障害が根底にある。
  小学生時代、母親が病死した直後の作文を読んだり、被告との接見から考えれば、あまりにも犯行と落差があり、犯行は社会によって作り上げられたものとしか考えられない。
  弁護人は被告に対する同情を求めているのではない。本件では社会のありようが問われていることを指摘したい。
 【おわりに】
  旧西ドイツの元大統領であったワイツゼッカーは連邦議会で「問題は過去を克服することではない。過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」と演説した。
  過去とは、ナチスドイツ支配下のドイツ。過去を犯罪、重大な事件と置き換えて本件を振り返って見るべきだ。過去を心に刻む、即ち本件を心に刻むことが社会に求められている。
  すべての責任を被告になすりつけ処刑することは、本件を葬ることになる。過去に口を閉ざして、悲劇を忘れてしまえば、再発は防げない。裁判所の高い見識による英断を確信じて、この弁論を終わる。
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 奈良地裁判決  裁判長奥田哲也 2006年9月26日言い渡し
判決要旨
 殺意の発生時期
  女児が風呂に入る時点では被告に殺意があったとまでは認められず、風呂場での女児の言動を契機に殺意が発生した。犯行の発覚を逃れるためには女児を殺害しなければならないと考えていたことがあり、殺害直前の女児の言動のみに触発され殺意を抱いた激情犯的なものとは異なる。
 犯行態様
  浴室で女児にわいせつ行為に及んだところ抵抗されたため、湯に沈めて殺そうと決めた。体重をかけて力の限り女児の体を沈め、抵抗する女児が動かなくなってからも続けており、極めて執拗で残忍というほかない。
 結果の重大性
  女児は助けを求められない密室で悲惨な方法により殺害され、肉体的苦痛がいかに甚大なものだったかは想像に難くなく、救助の願いが届かない絶望の中で感じた恐怖感も筆舌に尽くし難かったと思われる。無限の可能性がある人生を楽しむことなく、わずか七年の短期間で終えなければならなかった女児の無念さは察するに余りある。
 犯行の動機、経緯
  被告は賢そうな女児が被告を覚えていて犯罪が明るみに出ると考え、わいせつ行為後の殺害を考え、抵抗されたため犯行に及んだ。犯行の態様からみても確定的殺意に基づいており、わいせつ行為の着手前に殺害を決意していた。
  被告は女児への異常な性欲を満たすためわいせつ行為に及んでおきながら、抵抗されると発覚を恐れて殺害に及んでおり、動機は身勝手極まりなく、酌量の余地はみじんもない。
 犯行後の情状
  被告は女児を殺害後、遺体損壊などの犯行に及び、アリバイ工作をしたり証拠品を破棄して犯行の跡を隠ぺいしようとしたりした。遺体損壊後の裸の女児を、顔が見分けられるように血をぬぐって写真撮影し、「娘はもらった」とのメールに添付して女児の母親に送信し、自慢げに知人に見せびらかしている。
  殺害後も後悔の気配がなく、女児の親族の気持ちをもてあそぶ冷酷で非人間的な行為をし、自己顕示欲を満たす自己中心的な行動を取っており、犯行後の情状も極めて悪い。
 遺体の損壊など
 被告は女児の遺体を物のように取り扱い損壊しており、冷酷非情、残虐でおぞましい。世間を大騒ぎさせようと、遺体が容易に発見されるように道路脇の側溝に捨てた。自分の犯罪が注目されるとの思いから行い、下劣というほかない。
  ショックを受けている女児の母に遺体損壊後の女児を撮影し、「次は妹だ」と、さらに危害を加えるメールを送信している。女児の親せきにも電話して反応を楽しんでおり、血も涙もない非情な犯行である。
  被告はマスコミに騒いでほしいと犯行に及んでおり、自己顕示欲を満たすために行われた動機に酌量の余地はない。
 遺族の被害感情
  女児の両親は、わが子の命を理不尽な形で奪われたことに対する怒り、無念さ、悲しみ、虚脱感、絶望感が交錯。極刑以上の刑にしてほしいと心情を吐露するなど、被告に対する処罰感情は峻烈を極める。
 性犯罪の常習性
  本件の多くは、被告の小児性愛的な嗜好に基づくもので、これまでも長期にわたり矯正教育を受けたのに、同様の犯行に及んだもので、常習性、犯行傾向は根深い。
 被告の人格と形成の原因
  鑑定で被告は精神医学的に「反社会性人格障害」「小児性愛」と診断されるとしている。
  被告の成育歴に照らすと、父親の厳しいしつけやいじめにより被告の性格の偏りの素地がつくられ、母親の死という被告にとって衝撃的な出来事が重なって、増幅された面があることは否定できない。
  しかし、家庭環境やいじめが被告の健全な人格形成を困難にするほどの決定的な影響を与えたとまでは考えられない。万引きなどの問題行動は母親の生前から行われており、小児性愛の傾向は、いじめを受けなくなった高校時代にわいせつなビデオテープを借りて見たことが契機となって現れた。
  この性癖により事件を起こし服役したにもかかわらず、被告自身が勤務態度や生活態度を悪化させて周囲の理解も得られなくなって孤立し、人格を形成した。鑑定人らが分析するように、反社会的な生き方をすることを選択した被告の意思によるところがかなりある。
 反省と更生可能性
  被告は、被害者と両親らに対し、謝罪の気持ちがあるのか疑いを抱かざるを得ず、真摯に反省しているということはできず、更生の意欲もない。もはや三十代後半の被告が、人格を矯正し更生することは極めて困難であると言わざるをえない。
 結論
  被告の生育歴に不遇なところもみられ、人格形成に影響を与えたことは否定できないが、有利に斟酌すべき事情を最大限に考慮しても、刑事責任は極めて重大。
  死刑の選択の際、殺害された被害者の数はかなり重視される要素だ。本件は被害者が一人であり、複数の場合と比べると犯情に大きな隔たりがあることは否めないが、被害者には何ら落ち度がなく抵抗することもままならない幼少の女児で、性的被害にも遭っている。
  結果はかなり重大で、被害者の数だけで死刑を回避すべきことが明らかとは言えない。結果以外の情状は極めて悪く、これらを総合すれば、罪刑の均衡や一般予防の見地からも自由刑に処する余地は認め難く、被告自身の生命をもって罪を償わせるほかないと言わざるを得ない。
  2006,9,27,up
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奈良女児誘拐殺人、小林被告の死刑確定へ
  奈良市立富雄北小1年、有山楓(かえで)ちゃん(当時7歳)が2004年11月、誘拐、殺害された事件で、先月26日、奈良地裁で死刑判決を受けた新聞販売所の元従業員小林薫被告(37)が、大阪高裁への控訴取り下げ書を拘置されている奈良少年刑務所に提出していることが10日、わかった。
  弁護人は異議申し立てをしない方針。女児を殺害し、遺体の画像を両親に送りつけるなど社会を震撼(しんかん)させた事件は、遺族への謝罪がないまま発生から1年11か月で、死刑判決が確定する見通しとなった。
  この日朝、小林被告は接見した弁護人に控訴取り下げの意向を示し、取り下げ書を提出した。
  小林被告は判決前、弁護人に「早く死刑にしてほしい」などと控訴に反対の意向を伝えていたが、弁護人が「判決は事件の本質に迫っていない」と控訴していた。
(2006年10月10日13時24分 読売新聞)
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小林被告の死刑確定=「世の中変わらないから」-控訴取り下げ、奈良女児殺害
 2004年11月、奈良市の小学1年有山楓ちゃん=当時(7)=を誘拐し殺害したとして、殺人などの罪に問われ、奈良地裁で死刑判決を受けた元新聞販売店員小林薫被告(37)が10日、控訴を取り下げた。被害者が1人のケースで極刑が選択された事件は、控訴期限が経過した11日午前零時、1審の死刑判決が確定した。
  高野嘉雄弁護士によると、小林被告は10日午前の接見で、自分から取り下げの話を切り出した。
  拘置されている奈良少年刑務所に取り下げ書を提出したのは昼すぎ。取り下げ後と合わせ2度の接見で、同被告が取り乱したり感情的になったりすることはなく、今までで「一番厳しい、真剣な様子」だったという。
  なぜ事件を起こしたかなどを「きちんと書き残せ」と語り掛け、取り下げないよう説得する弁護士に対し、小林被告は「やっても仕方がない。世の中変わらないから」と話した。取り下げは小林被告が5日に決めたといい、同弁護士は「(同被告が)考えて考えて考え抜いた上での結論」と説明した。
  (時事通信)-10月11日1時0分更新
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(来栖のつぶやき 2006,10,11)
 弁護人によれば“今までで「一番厳しい、真剣な様子」だった”という。この伝聞に接し、故宅間守死刑囚の時と同じ思いを私は抱いた。死刑被告人だけが抱える深遠な闇、孤独、絶望、そして人間性を思う。「人間性」などと口にすれば、世間の顰蹙を買うのだろう。
  かつて勝田清孝と知り合って間もない頃、上告しないつもりでいた勝田に、「高裁が棄却した事件の真実、あなたしか知らない被害者との真実を(上訴して)明らかにしてほしい」と私は言った。裁判にも、弁護人にもマスコミにも宗教者にも、つまりすべての人間に対して根強い不信感にとらわれていた人であったから、私自身の言葉にも幾ばくの力もないことは承知していた。せっつけば、接見を拒否するなど旋毛を曲げる挙に出ることも、目に見えていた。半ば諦めていたころ手紙が届き、被告人作成の上告趣意書の控えが同封されていた。趣意書の日付に、私の誕生日が記されていた。
  小林薫死刑囚・・・。「自己の内面を語るに十分な言葉」を知らないのでは、という気がしてならない。彼が言いたかったことは、「世の中変わらないから」といったようなものではない、そんな気がする。法廷での言動も、然りだ。恐らく、故宅間死刑囚も・・・。傷みきった人間性を抱えて、何人も手の届かない暗く深い闇のなかで血と涙を流している、そんな気がしてならない。
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<奈良女児誘拐殺害>命日までに刑執行を 小林死刑囚が手紙
  04年11月に起きた奈良市の小1女児誘拐殺害事件で、奈良地裁の死刑判決が確定した小林薫死刑囚(37)が、女児の命日(11月17日)までに刑を執行するよう求める長勢甚遠法相あての手紙を用意していたことが分かった。面会を続けている長谷川博一・東海女子大教授(臨床心理学)が明らかにした。16日にも投かんするという。
  長谷川教授は11日、接見のため同市の奈良少年刑務所を訪ねた。小林死刑囚は「節目の日までに死刑になることで罪を償うしかない」と語ったという。長谷川教授は「彼は自分から『悪いことをした』と2回言った。パフォーマンスではなく、罪の意識はある」と話した。
  一方、奈良地検は同日、刑の執行に備え、小林死刑囚を今月17日に大阪拘置所に移管することを決めた。【高瀬浩平】 (毎日新聞 - 10月11日 21:51)
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(来栖のつぶやき 2006,10,15)
 勝田が藤原に改姓したときのことを思い出す。94年、面会で「1月17日、母が縁組届けを出しに役所へ行ったよ」と伝えたところ頷いたが、「犯行を累ねた消防士と決別したいので、入籍は節目の1月19日(119)にしてほしかったんや」と冗談のように言った。119でなかったことが少なからず残念そうだったが、改姓は、彼自身予想もしなかったほどの喜びをもたらした。「藤原清孝」と幾度も書いて、喜んだ。悪に塗れた「勝田清孝」から、人生の土壇場で別人になれたような、思いがけない出来事だったのだろう。藤原清孝の名前で、保証人になってくれた人たちに嬉々として礼状をしたためた。
  「節目の日までに死刑になることで罪を償うしかない」との、小林薫死刑囚の言葉。これには、彼の詫びと悔悟の思いが込められている。ワルに徹するしかなかった彼の真実の思いだ。節目の日までに精一杯の侘びをし、悪に塗れた自分と決別する、悪事を累ねないではすまぬ自分を滅ぼし切る。私の感傷だろうか。
  宅間守氏も小林氏も、自己を十分に認識している。死んで詫びるしかない罪責と認識して、自ら命を差し出した。
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<奈良小1女児殺害>小林薫死刑囚が被害両親に謝罪の手紙
  04年11月に奈良市で起きた小学1年女児の誘拐殺害事件で、死刑が確定した元新聞販売所従業員、小林薫死刑囚(37)が、両親への謝罪の思いをつづった手紙を公判の主任弁護人、高野嘉雄弁護士に郵送していたことが4日、分かった。「刑の執行により命をもって償うことしかできない」「後悔しています。すみませんでした」などと書かれており、高野弁護士が奈良県警を通じて両親に伝えたが、受け取りを拒否されたという。
  両親への手紙は便せん2枚で10月30日付。高野弁護士へ「最後のお願い」として、両親に手渡すよう依頼する手紙1枚を同封していた。
  第8回公判(今年5月25日)で、娘を失った悲しみなどを訴えた両親の意見陳述について、小林死刑囚は「私は涙が出ていたのですが、裁判官やマスコミには、涙を見られないように目をつむり、ふてぶてしい態度をしていました」と説明。最後に「もし霊界という所が存在し、お嬢さんに会うことができたなら、心から謝まりたい」と結んでいる。【高瀬浩平】
(毎日新聞) 2006年 11月4日11時44分更新
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女児誘拐殺人・小林死刑囚の手紙、遺族が受け取り拒否
  奈良市立富雄北小1年、有山楓(かえで)ちゃん(当時7歳)が誘拐、殺害された事件で、元新聞販売所従業員小林薫・死刑囚(37)が書いた謝罪の手紙の受け取りを、遺族が拒否していたことがわかった。
  県警などによると、手紙は10月30日付で、大阪拘置所に収監中の小林死刑囚が「刑の執行で罪を償う」などとつづり、奈良地裁の公判で主任弁護人を務めた弁護士に届けられた。連絡を受けた県警が遺族に手紙のことを伝えたところ、受け取りを断ってきたという。
  手紙は直筆で便せん2枚につづられていた。小林死刑囚は公判中の態度について、「(両親の)意見陳述を聞いて涙が出ていたが、マスコミに見られないよう目をつぶり、ふてぶてしい態度を取っていた。公判中に謝罪の気持ちを表したくてもできなかった」と説明。そのうえで「私がこの世からいなくなっても、お嬢さんが生き返るはずもなく、私への怒りは収まらないでしょうが、刑の執行をもって罪を償うしかない」と続け、最後は「もし、霊界というところが存在し、お嬢さんに会えたら、心から謝りたい」としていた。
(読売新聞) - 11月4日13時43分更新
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(来栖のつぶやき 2006.11.7 )
 自ら刑を確定させ、世の利害を離れて後に出した手紙。真実で素直な思いが綴られている。「涙が出ていたのですが、・・・・・目をつむり、ふてぶてしい態度をしていました」。
  彼の柔らかな人間性は悪に徹すること、悪人を演じきることが遂に出来なかった、そういう気がしてならない。もしも一審の判決が別様であったなら、彼に人間らしく生きる時間が僅かでも残されたのではないか。
  2006.11.7 up
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<奈良女児殺人>小林死刑囚の控訴取り下げ有効 確定 最高裁
  奈良市の小1女児誘拐殺人事件の小林薫死刑囚(39)が自分で控訴を取り下げたのは無効だとして、弁護人が控訴審を開始するよう求めた申し立てについて、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は7日付で、訴えを退ける決定を出した。控訴の取り下げが有効であることが確定した。
  1審・奈良地裁の死刑判決(06年9月)に対し、小林死刑囚の弁護人は即日控訴。しかし、公判で「死刑にしてほしい」と述べていた本人が2週間後に自ら控訴を取り下げ、死刑が確定した。
  07年2月に新たに選任された弁護人は「1審の弁護人の効力は控訴で失われており、弁護人不在状態での取り下げは違憲。小林死刑囚は追い詰められた精神状態で、判断に必要な能力を欠いていた」と主張。奈良地裁、大阪高裁とも「精神障害は認められない」と申し立てを退けたため特別抗告したが、小法廷は「判例から違憲主張に理由がないのは明らか」と退け た。 (2008年7月9日19時9分配信 毎日新聞)
  2008/07/10 up
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笑顔、今も脳裏に-奈良女児誘拐殺人きょう4年
 (2008.11.17 奈良新聞)
  平成16年11月17日、下校途中に連れ去られ、殺害された奈良市立富雄北小学校1年、有山楓(かえで)ちゃん=当時(7つ)=の事件からきょう17日で4年目を迎える。
  楓ちゃんの父茂樹さん(34)と母江利さん(32)は県警を通して報道機関に手記を寄せた。両親は、4年を経過してもなお、癒えることのない悲しみや小林薫死刑囚への怒り、今でも後を絶たない子どもを狙った犯罪への思いをつづり、事件を風化させることなく二度と子どもたちが犯罪被害に遭わない安全・安心な社会づくりを切望している。
  手記の全文は次の通り。

  今年でとうとう4年の年月が経(た)ちました。誕生日には欲しかった自転車を買ってもらい、とても嬉(うれ)しそうにしていた楓、ダンスをとても楽しそうに踊っていた楓、あの笑顔は今も変わ らず脳裏に焼きついていますが、楓と再会した時のあの表情も一緒に頭の中に浮かんできます。下の娘も今年1年生になりました。楓は一緒に学校に行くことをとても楽しみにしていました。本当に仲のいい姉妹でした。下の娘は「楓ちゃんとこれで遊んだよ」「楓ちゃんもこうやってたね」「楓ちゃん今何してるのかな」と楓との僅(わず)かな記憶を思い出し語りかけてきます。いつかはこの娘にもちゃんと伝えなければならない…。そう思うと心苦しくてなりません。
  小林死刑囚の弁護団からの控訴取り下げ無効の申し立ては最高裁でも棄却されました。日本の法制度に従い、願いである刑が早く執行され、私達が新たな一歩を踏み出すことができたらと思います。
  今も子ども達が被害に遭う事件が後を絶たないことは、楓の事件を思い出してしまい心苦しいですが、地域ボランティアや防犯活動等も各地で広まっています。子ども達が笑顔で、そして安心して過ごせる安全な世の中になることを心より願っております。 
   有山 茂樹 江利
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<奈良・小1女児殺害>小林死刑囚が再審請求
 (毎日新聞 -2008年 12月19日 )
 奈良市で04年に起きた小1女児(当時7歳)の誘拐殺害事件で、死刑判決が確定した小林薫死刑囚(40)が奈良地裁に再審請求を申し立てたことが分かった。
  関係者によると、小林死刑囚は17日、収監されている大阪拘置所から再審請求を提出。18日に地裁が受理した。
  小林死刑囚は06年9月に奈良地裁で死刑判決を受け、翌月、自ら控訴を取り下げて判決が確定した。その後、弁護人が控訴取り下げは無効だとして控訴審開始を申し立てたが、最高裁は今年7月、訴えを退けた。
 2008/12/19Fri. up
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奈良の楓ちゃん事件5年で両親が取材に答える 「極刑以上の刑を」
 2009年11月17日9時6分配信 産経新聞
  奈良市で平成16年、市立富雄北小学校1年の有山楓(かえで)ちゃん=当時(7)=が誘拐、殺害された事件は17日で発生から5年。楓ちゃんの父、茂樹さんと母、江利さんは一問一答式の取材に対し、楓ちゃんや小林薫死刑囚(40)に対する思いを寄せた。主な質問と回答は次の通り。

--来年3月に、楓さんの同級生が小学校を卒業する。同級生や同年代の子供たちに伝えたいことは
 「思い出はかけがえのない宝物の一つです。命ある限り思い出は作られます。その思い出を糧に夢に向かって歩んでいってほしい。また、家族から授かった大切な宝である命の使命を考え、意識して生きていってもらいたいと思います」
--卒業を迎える楓さんに対して伝えたいことは
 「楓に伝えたいことは言葉で表しきれないぐらいたくさんあります。ただ、最初に出てくるのは「守ってあげられなくてごめんね」という思いです」
--楓さんのもので、何か携えているものは
 「楓が生まれたときからの写真をつづったアルバムをかばんに入れています」
--小林死刑囚の早期の死刑執行を今でも望んでいるのか
 「私たちにとって死刑は一つの判決にすぎません。楓の夢も希望も奪った、そして私たちの幸せな生活を奪った小林死刑囚は決して許せません。『極刑以上の刑』という思いは今もこれからも変わりません。死刑は日本の憲法で定められているものであり、小林死刑囚には下された刑を最低限真摯(しんし)に受けとめてもらいたいです」
--富雄北小の取り組み(見守り活動や命を考える授業など)については
 「大人も子供たちと一緒にかけがえのない命の大切さを考え、そして一人一人が意識できる取り組みであると思います。事件を風化させない取り組みが継続され、これからも命の大切さ、命の重さを伝えていってもらえたらと願っています」
--子供たちの安全を守る防犯活動に望むことは
 「一番大切な防犯活動は、家族の触れ合いであると思います。親子の会話や触れ合いの中から子供たちは学び、行動していきます。親が安全を意識すれば子供たちはそれを見て育っていくのだと思います」
--「なら犯罪被害者支援センター」が「犯罪被害者等早期援助団体」の指定を受けた。被害者の同意があれば県警から被害者の情報提供を受け、すみやかな支援を行えるようになった
 「被害者にとって精神的、身体的負担は想像以上に大きくのしかかってきました。事件直後は現実を受け入れたくない思いから、自ら連絡し支援を受けようとはしませんでした。助けてほしい、話を聞いてほしいと思っても、自ら手を伸ばしてしまうと、今にも気持ちが崩れてしまいそうで怖くてできませんでした。少しでも早い段階での支援が受けることができる制度により、犯罪被害者の二次的被害や精神的負担の軽減につながればよいと思います」
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 死刑100年と裁判員制度『年報・死刑廃止2009』インパクト出版会刊
  先ほどおっしゃった、魂までも殺してしまうというのは、僕なんかは光事件をやってきてすごくよくわかるんです。彼に死刑が宣告されると、そのときに言われたのは、死刑でも物足りない、反省して真っ当な人間になった上で処刑しろというわけですよ。魂までも殺してしまいたいという発想が実は政治犯に対してだけではないんですね。(中略)
  もう一つは、死刑のとらえ方の変化です。今まで死刑は必要悪だとされてきた。死刑はない方がいいが、犯罪がなくならない現状ではやむを得ないとされてきた。しかし、死刑の日常化とともに、これに積極的な意義付けがなされてきて、今では、死刑は犯罪抑止に必要だというだけでなく、むしろ、正しい罪の償い方だとまで言われ始めてきているんです。他人の命を殺めた者は自分の命でもって償うのが当たり前とされているんです。(略)
  ここまでくると、死刑囚に対する思潮が代わったと思うんです。何人の命も奪ってはならないという倫理観が何人の命も絶対ではないという倫理観に、そして命ほど大切なものはないという倫理観が命より大切なものがあるという倫理観にとって代わられたわけですね。
  2009/11/17Tue. up
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小林死刑囚の再審、最高裁認めず 奈良女児殺害
 朝日新聞2009年12月17日(木)19:21
 奈良市で2004年に起きた小1女児誘拐殺害事件で、殺人などの罪で死刑が確定した小林薫死刑囚(41)が、裁判のやり直しを求めた再審請求で、最高裁第二小法廷(竹内行夫裁判長)は、被告側の特別抗告を棄却し、再審を認めない決定をした。15日付。
  小林死刑囚は06年9月に奈良地裁で死刑判決を受けた翌月に自ら控訴を取り下げ、死刑が確定した。07年になって「取り下げは無効」として控訴審の期日指定を求めたが認められず、08年12月に同地裁に再審を請求していた。
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望んだ「極刑」に揺れる心「奈良女児誘拐殺人」小林薫死刑囚 中日新聞 特報 2008/4/16 
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「生き直そうとした小林薫さん(2013/2/21死刑執行)」 中道武美 FORUM90 2013.3.30
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