正義のかたち:重い選択・日米の現場から/4 目撃者一転「証言はウソ」
◇執行前には戻れない
「あなたが死刑を求刑した殺人事件の目撃者が『証言はうそだった』と言ってます」
米テキサス州サンアントニオのサミュエル・ミルサップ弁護士(62)は05年秋に地元紙記者からかかった電話が忘れられない。死刑は既に執行されていた。
ミルサップさんが同州ベクサー郡地検検事だった85年、強盗殺人事件で、17歳だったルーベン・カントゥ容疑者が逮捕された。物証はない。だが、目撃者が「ルーベンがやったのを見た」と断言した。「求刑にためらいはなかった」と、ミルサップさんは振り返る。
陪審の評議を経て判決は死刑。無実を主張するカントゥ死刑囚は93年8月、薬物注射で26年の生涯を終えた。その11年後、目撃者は人権団体の聞き取りに突然、証言を覆す。地元紙記者の取材に「私が犯人と疑われるのが怖く(うその)証言をした」と語った。
ミルサップさんは、1人の証言で起訴したことを悔やんだ。検事時代、死刑を支持した。だが、90年代にDNA鑑定技術が進んで死刑囚の再審無罪が相次ぎ、執行の一時停止も必要と考え始めていた。
妻の言葉が心に響いた。「無実の人の命を奪う可能性がある制度は廃止すべきです」。ミルサップさんは今、さまざまな集会で「取り返しのつかない体験」を語り、死刑廃止を訴えている。
■
<直接証拠がないままに、ひとりの人間に「死」を宣告してはばからないこの国の司法に対して、私は「否」を貫き通します>
「飯塚事件」で殺人罪などに問われ、一貫して否認してきた久間三千年(くまみちとし)死刑囚(当時70歳)は昨年8月、市民団体「死刑廃止フォーラム90」のアンケートに答えている。2カ月後の昨年10月、死刑は執行された。
証拠の一つが、被害者周辺から採取された血痕と久間元死刑囚のDNA型が一致した鑑定結果だった。当時の鑑定手法は「足利事件」でも用いられた。だが足利事件では、今年行われた再鑑定でDNA型が一致せず、無期懲役が確定していた菅家利和さん(63)の再審開始が決定。当時の鑑定手法の信用性が揺らいでいる。
飯塚事件の審理を担当した元最高裁判事の滝井繁男弁護士(72)は「そんなに精度が高いものではないと思い、DNA抜きにどこまでいける(有罪と判断できる)か相当なエネルギーを使った。間違いないと思っている」と振り返る。状況証拠を慎重に吟味し、06年9月、裁判長として上告を棄却した。
その滝井さんが「なぜあんなに早く執行したのか。気になってるんですよ」と漏らした。法律上は確定から6カ月以内の執行が規定されるが、再審請求などを踏まえ、実際には7~8年を要するケースが以前は多かった。確定から約2年後の執行。司法の頂点にいた一人が、戸惑いを隠せないでいる。【松本光央、サンアントニオ(米テキサス州)で小倉孝保】=つづく
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■ことば
飯塚事件
福岡県飯塚市で92年2月、小学1年の女児2人を殺害したとして、久間三千年・元死刑囚(08年10月執行)が殺人罪などに問われた。元死刑囚は無罪を訴えたが▽元死刑囚のワゴン車と似た車を現場付近で見たとの証言▽車内から被害者と同じ血液型の血痕と人間の尿が検出--などの状況証拠の積み重ねで、裁判所は有罪と判断。DNA鑑定の信用性も認めた。弁護団は再審請求の準備を進めている。
毎日新聞 2009年10月15日 東京朝刊
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◇ The Death Penalty