〈来栖の独白 2018.6.16 Sat 〉
本日も、中日新聞連載小説、桐野夏生作「とめどなく囁く」を読む。
父親とほぼ同年齢の克典と再婚した早樹。克典と先妻との娘真矢は、父親克典と早樹に反感を抱き、ブログに二人についての中傷を綴る。資産家克典と結婚したのは「財産目当て」という記事もあった。耐えきれない早樹。
以前も書いたが、ネットはすばらしい反面、人間の倫理観を問う側面を持つ。
泡沫のようにネットの海に浮き、溢れているブログ。表沙汰にならないはずの極めてプライベートなこと、家庭内のことを綴るブロガー(?)さんもいる。善いことならいいが、表沙汰にされ傷つく人もいるのではないか。また、過去のものといいながら写真を載せる人もいる。ネット上の人物を特定するのは、意外と簡単だとか。ネットとリアルの分け目は、厳然とはしていないとか。
すばらしいツールに、人の倫理、良識は、ついて行けているだろうか。
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桐野夏生作「とめどなく囁く」
2018/6/14 朝刊
「とめどなく囁く」<309> 内澤旬子 画
とめどなく囁く <309>
「あなたと暮らすのは楽しいけど、二人のお嬢さんは私に冷たいし、こんな中傷が待っているなんて思ってもいなかった」
話しているうちに激して、涙が溢れてきた。
「早樹、大袈裟だよ」
克典が不快そうに窘めた。
「大袈裟じゃないわ。あなたが私の気持を知ろうとしないだけよ」
「そんなことはない。たかがネットじゃないか。フェイクばかりだ」
克典が冷静な口調で言うので、ますます腹が立った。克典とこれほどまでに口論したのは、初めてだった。
「ネットが一番怖いじゃない。あなたは知らないだけよ」
「知ってるよ」
「あなたが知ってるのは、古き良き時代でしょう。今は違う。ネットの噂は誹謗と中傷ばかり。匿名で書くから質が悪いの。卑怯者の巣窟よ」(略)
「じゃ、どうすればいいんだ」
「真矢さんを止めて」
克典はしばらく返事をしなかった。
「早樹、どこの家だって問題があるんだよ。早樹の実家は幸いにして何もないね。それは極めてハッピーなことだ。でも、早樹の最初の結婚は、辛いものに終わったじゃないか。そして今だって、庸介さんのお母さんに付き纏われている。他人からは窺い知れない、とんでもない問題をみんな抱えているんだよ」(略)
早樹が言おうとすると、克典に遮られた。
「いや、申し訳ないなんて思う必要はないよ。早樹は僕の妻なんだから、引き受けるよ。だから、真矢のことも同じだと言いたいんだ。僕と結婚した以上は、真矢のことも引き受けてくれないか」
◇ 日々、感謝 食事と共に新聞小説『とめどなく囁く』2018.5.1 ネットというツールに人類の倫理は・・・
〈来栖の独白2018.5.1 Tue〉
いつの頃からか、朝食と昼食兼用となった。朝早くは、どうも、食欲がわかない。ゆっくり、したいことをして、12時前から食事をとる。パンと珈琲(或いは、紅茶)とサラダ。食事をしながら新聞を読む。有り難い日々。
朝刊小説も、早いもので267回となった。主人公・早樹の心の有り様を、細々描く。なかなか達者な筆致。
早樹の再婚相手である克典の娘(真矢)のブログ。父親(克典)や早樹のことを誹謗中傷する記事に、早樹は苦しめられる。
ネットの時代となり、どんな人も、自己表現の場を持てるようになった。ブログはその好例。私生活を書く人も多い。しかし、忘れてはならないだろう。その記事を、早樹のように恐れ、苦しむ人が居るかも知れないことを。ネット上に一度出たものは、完全に取り消すことは出来ない。写真などは、とんでもない。
大袈裟なことを云うようだが、ネットというツール(文化)に人類の倫理はついて行けているだろうか。
以下、2018/5/1 朝刊「とめどなく囁く」(月初めなので、〈あらすじ〉から)
2018/5/1<267>の挿絵
とめどなく囁く<267>
<あらすじ> 塩崎早樹は前夫・庸介が海難事故で死亡認定された後、年の離れた克典と再婚。庸介の姿を見たという義母の話から彼の釣り仲間を訪ねた。庸介が自殺したのではという憶測に苦しむ早樹は、克典に心情を吐露する。そして克典も同様に前妻の死が自殺だったのではと悩んでいたことを知った。
第7章 釣り部
1
(前段略)
互いに配偶者の自殺が事実だったとしたら、自分たち夫婦は、孤独な、置いていかれた者同士の結びつきなのだ。それを踏みにじって貶めようとする真矢には、改めて怒りを覚えるのだった。
月曜日の今日、憂鬱な気分で開いた真矢のブログは更新が止っていた。安堵するとともに、これから何が出てくるのだろうと警戒する思いもある。
克典も、書斎でネットを見たに違いなく、庭で見せる晴れやかな笑顔の裏には、今朝はブログの更新を読まずに済んだ、という安らかな気持があるのだろう。まったく人騒がせな娘だ。
克典と長谷川は、藤棚の下に移動して、二人で石組みを見つめている。
石組みに潜むという蛇は、真矢のようでもある。捕まえようとすれば、するすると冷たい石の暗がりに逃げ込んで、姿を現さない。
いっそ冬眠してしまえ、と早樹は心の中で叫んだ。老いてからダメージを喰らった克典を、さらに傷付けようとする「蛇」をいっそう憎いと思う自分がいる。(以下略)
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