日本の食を守れ コメ編 進む脱減反 ブランド米乱立 巨大朝食市場を狙え 未開市場に食指

2009-10-10 | 政治

【日本の「食」を守れ】コメ編(1)農協、農林族の影響力低下 進む脱「減反」
産経ニュース2009.10.6 08:18
  鳩山由紀夫政権で、減反の見直しが現実のものになってきた。コメの価格維持を目的に国が指導してきた減反政策が選択制になれば、大切な水田を休耕させたり、補助金をもらって加工米や大豆を作っている農家も、主食米を生産できるようになる。ただ、生産調整の枠がはずれれば、コメの価格は値下がりする。差別化や販路開拓で競争力を確保するコメ生産の取り組みや、生産増に何よりも欠かせない、コメの消費拡大の動きを紹介する。
 「新政権になり、農協をバックに農業政策を動かしてきた自民党農林族の力も弱まるだろう」。農水省の改革派や若手官僚は、補助金行政にしばられない、前向きな政策運営への期待を口にする。
 これまで、高齢化で衰退する国内農業の再構築や競争力強化を目指しても、省内で、「コメの減反政策の見直し」を公言するのははばかられる雰囲気があった。それほど、農林族議員の存在は大きかった。新政権下では、支持母体の農協とともに、その影響力は確実に低下するとみられている。
 減反政策はコメの価格を維持し、農家の保護にはつながってきたが、その分、日本の消費者は主食のコメを高い値段で買わされ、税金を負担してきた。最も大きな副作用は、休耕地を急増させ、農業の新たな担い手不足をもたらし、「このままでは日本の農業は10年持たない」(農水省幹部)という危機的状況に陥らせたことだ。
鳩山政権下で、農林水産省は10月1日、赤松広隆農水相を本部長とする農家の戸別所得補償制度の推進本部を立ち上げた。制度は、減反を選択せずにコメを作った場合でも、販売価格が生産コストを下回った差額を政府が直接支払うもので、同政権の主要政策の一つだ。
 この政策導入によって、米価を維持するために約40年もの間行われてきた生産調整、いわゆる減反政策にメスが入る。
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 関東平野のほぼ中心にあり、筑波山を望む茨城県坂東市の農業生産法人「アグリ山崎」は、自前の土地は約4ヘクタールだが、高齢化が進む周辺農家からの委託生産なども含め、約50ヘクタールの水田を持つ。
 農業競争力の強化につながる大規模生産の理想的な形に見えるが、約4割の土地は減反の対象で麦や大豆を作らざるを得ない状況で、「本当はもっと規模のメリットを追求できるはず」と嘆く。減反制度が競争力をそぐ弊害が顕著に表れている。
 「減反面積を毎年20万ヘクタールずつ減らしていけば、5年後にコメの値段は今の5キロ=1167円から750円に下がる。そうなれば輸出競争力がつき、200万トンを中国やアジアに輸出、国内消費もパンとうどんから100万トンがコメにシフトする」
 農水省出身で、減反廃止を訴えている経済産業研究所の山下一仁(かずひと)上席研究員は、専業農家に所得補償し、100万ヘクタールの減反を廃止した場合の日本の農業の再生シナリオをこう描く。減反廃止で大規模生産が進み、価格競争力がつき、海外需要が開拓できるという青写真だ。
 実は、自民党の麻生政権下の石破茂前農水相は、鳩山政権発足を間近に控え、減反見直しの石破プランを公表した。減反廃止は、供給過剰によるコメの暴落を招き、農家の手取りが一時的に約半分まで減るため、減反を緩和にとどめ、既存の補助金と価格下落分の補(ほ)填(てん)を並行させる案だ。
 民主党の所得補償と似た制度で、農業関係者からは、「皮肉だが、民主党政権で石破プランが実現するかもしれない」との声も上がる。
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 減反政策を徹底させる立場の農協にも、保護農政に頼らずに生き残ろうとする動きはある。
 「農家にコメを作ってもらい、所得を上げていくのが自分の仕事なのに、一体何をやっているのか」。稲穂の揺れる景色が消えるたびに、「JA秋田おばこ」(秋田県大仙市)の米穀課課長、加藤孝明さんはため息をついてきた。
 秋田県東部の奥羽山脈のすそ野に、黄金色に輝く田園風景が広がる。昔の風景と違い、減反政策のあおりで、ところどころ大豆畑などが交じっている。農協が行ってきた転作の推奨で、昨年は減反枠が耕作地全体の3分の1を超えた。
 大豆への転作が増えて、新たな設備投資が必要になり、結局、減反のために農家に追加負担を強いるのに疑問を感じた。
 そこで、減反の対象外に指定されている輸出に目をつけた。これなら補助金はもらえないが、減反を守りながら、正々堂々と主食のコメを作れる。加藤さんは、自ら旗振り役を買って出た。
 コメの卸業者「神明」(神戸市)と手を組み、2008年度は、4軒の農家のあきたこまち43トンをオーストラリアと香港、台湾に初めて輸出した。この成功を農家に伝えると、「大豆よりもコメを作りたい」という問い合わせが殺到した。
 市場開拓もまだ途中なので、加工米と同じ、主食米の4割程度の価格でしか販売できないが、それでも今年は、約100軒の農家が、輸出米作りに手を挙げた。大西茂雄さん(63)は「大豆や、冷凍食品などにしか回らない加工米を作るのとは違う。海外で自分の育てた米を食べてくれる人がいるのはうれしい」と話す。
 「主食のコメづくりを続けたい」という気持ちが、農家を輸出に駆り立てる。今年は、日本食ブームのフランスなどからの受注も取り込み、「あきたこまち」の新米など、昨年の約7.2倍の311トンの輸出を計画する。
 日本のコメ輸出量は20年実績で1294トンだった。一つの農協で300トン以上の輸出は快挙に近い。減反の見直しは、攻めの農業の武器になる。同時に、食糧不足などの有事の際に国内向けの食糧として振り向けられる「生産、備蓄、輸出という食糧安全保障の柱になる」。東京大学の生源寺真一農学部長はそう評価する。
 これからは、自分の意思で自由にコメを作れる時代が来るのかもしれない。ただ、秋田おばこと同様の取り組みをしながら、採算が取れず、ひっそりとその活動を終えた地域もある。制度設計はまだだが、戸別補償制度にも限度がある。日本の生産者は、ブランドや価格といった競争原理の中で、生き残れるコメづくりを模索しなければいけなくなる。
【日本の「食」を守れ】コメ編(2)「ブランド米」乱立、価格維持困難に
2009.10.7 14:44
 温暖化に強いコメ-。福岡県有数のコメどころ朝倉市で今年、品種改良した新しいブランド米「元気つくし」が、初めて作付けされた。
 九州地方では、コシヒカリに負けないコメとして1989年からヒノヒカリが生産されてきた。しかし、温暖化の影響で品質が落ちたといわれ、産地は「北上」して中国、四国産ヒノヒカリの人気が上がっているという。
 稲は光合成で作り出したデンプンを夜、もみに蓄えるが、夜間の気温が高いと稲が夏バテし、吸収しづらくなる。
 「白米の中に変なもんが混じっているぞ」。朝倉市のコメ農家、手嶋元介さん(61)によると、白未熟粒と呼ばれるコメが混じり、地元産ヒノヒカリの品質が落ち始めたのは数年前だ。
 コメの買い取り価格を決める等級は1等級から2等級に落ち、手嶋さんは「これ以上値段が下がれば米作りをやめる」と悲鳴を上げた。
 元気つくしは、こうした事態に、県を挙げて生み出した新ブランドだ。県の農業総合試験場が高温に強い稲を開発し、1等級の水準に作り上げた。県内の消費需要を取り込むビジネスモデルで、まずは、3割強を占める他県産米のシェアを取り戻す考えだ。
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 全国のコメどころでは、自力で価格を支えようと、ブランド米が相次ぎ登場し、戦国時代の様相を表している。
 利根川に接する茨城県坂東市の農業生産法人「アグリ山崎」は、個人で高級ブランド米の販路を開拓している。代表の山崎正志さん(59)は「安全を売り物にしたい」といち早く有機米に取り組み、2000年には県内で初めて、JAS(日本農林規格法)有機米の認定を取得した。
 「巨大ブランドに安住していては生き残れない」と、コシヒカリ一辺倒をやめ、地元で開発された「ミルキークィーン」も商品化した。もちもちした食感と、味の濃さが特徴だ。
 化学肥料や農薬は極力使わず、除草も、多目的田植え機と手取りを組み合わせた手法を考え出した。生産だけでなく、デザイナーを起用したコメ袋を作るなど、売り方にもこだわる。
 この結果、コシヒカリの有機栽培米「将門ひかり舞」は都内の百貨店で5キロ4200円、ミルキークィーンがベースの「美穂郷の米」は同3300円で販売される高級ブランド米になった。一般のコメの2倍以上の値段だ。
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 「農協の購入価格では農家の手元に利益が残らない」。千葉県柏市の農業生産法人「柏みらい農場」代表の染谷茂さん(60)は、農協に委託しない独自の販路拡大に取り組んできた。
 約100ヘクタールの水田で、有機肥料や減農薬のコシヒカリ、モチ米などを作ってきたが、今年から「みつひかり」の作付けを始めた。
 みつひかりは、大手化学メーカーの三井化学が開発し、コシヒカリと同様の品質ながら比較的価格が安いことから、外食産業で人気がある。染谷さんは、販路の拡大に期待をかけた。
 みつひかりには、水分を吸収しやすい性質がある。それが、卸業者を通じて大手牛丼チェーンの目にとまり、牛丼のつゆに良く合うということで、30数トンの全量買い取りが決まった。「コシヒカリと収穫時期がずれるため、生産効率も向上」し、染谷さんは「来年はさらに生産量を増やしたい」と意気込む。
 国や農協に頼らずに自由にコメを作り、販売する自立型経営の取り組みは広がっている。ただ、首都圏の百貨店に高級ブランド米を納入し、成功を収めている山崎さんですら、「減反緩和で米価が下がれば、農家は想像以上の打撃を受ける」と気を引き締める。
 ブランド米は、万能ではない。北海道では、高級志向で売り出しながら、販売量を求めてスーパーに卸したのをきっかけに安売りイメージが定着し、ブランドが崩壊した例もある。減反緩和に舵を切れば、コメの価格下落は避けられない。従来型の地域ブランドだけでは通用しないのはもちろん、農業生産法人や農家でも、企業経営と同じく、販売戦略が欠かせなくなる。産地のブランド米戦略は、時間との戦いだ。
【日本の「食」を守れ】コメ編(3) 巨大朝食市場を狙え
2009.10.8 14:48
 午前7時のJR東京駅。駅ナカでおなじみの回転ずしチェーン「うず潮」の回転台で回っているのは、すしではなく、皿に載った焼き魚や目玉焼などの朝定食の単品メニューだ。
 朝の時間を活用したこの「回転朝食」は、駅構内という好立地を生かし、通勤途中のサラリーマンや女性会社員で満席になる。「家でごはんを炊くのは大変だけど、五百円玉1枚で朝食が食べられる看板に引かれ、初めて来た」という30代の女性客もいた。
 回転ずしは、セルフサービスが基本だけに、お盆に載せた定食を出すのは難しい。そこで、客が座るとご飯とみそ汁のセットだけを出し、回転台からおかずと小鉢を選ぶ方法にした。すしネタ用の魚を調理した「あら煮」は人気メニューだ。
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 コメが食べられる朝の定食は、大手牛丼チェーンや定食チェーンも展開している。吉野家は、この時間帯を「朝食市場」ととらえ、魚定食などのメニューに力を入れている。
 うず潮を運営するジェイアール東日本フードビジネスの営業戦略本部の西田直紀次長は「ここ数年で回転朝食の固定客が増えた。景気に左右されない安定収入として業績に貢献している」と、今年4月からは一部店舗で、朝食の営業時間を9時半まで延長した。
 ジェイアール東日本フードビジネスが運営する「ほんのり屋」や、メトロフードサービスが運営する「うおぬまくらぶ」など、産地のコメにこだわり、ファストフードの代わりに食べられるおにぎり店も、コメの消費拡大に一役買っている。
 全日本空輸(ANA)は今年6月から、ビジネス客の多い羽田-伊丹、羽田-福岡便などで、朝のサービスとしておにぎりとみそ汁の販売を始めた。それが、予想外の売れ行きで、3カ月の限定期間を延長して対象路線を拡充するなど、朝食パワーはこんなところにも表れた。
 自炊しない単身の会社員や学生が外で食べる朝食といえば、パンとコーヒー、立ち食いそばやうどんが定番だった。90%近くを輸入に頼る小麦で作られるパン、そば、うどんではなく、95%が国産のコメが中心の朝食が見直されれば、食料自給率の向上に大きく貢献する。
 食育などで、コメをかむ力や栄養バランスの良さが見直されているが、景気低迷による節約志向もコメ消費の追い風だ。
 雑貨専門店の東急ハンズやロフトでは、お父さんや女性会社員の弁当だけでなく、独身で料理好きの「弁当男子」の登場もあり、カラフルでおしゃれな弁当箱や保温機能付きの高級タイプなど、商品の品ぞろえも爆発的に増えた。かばんの中でつぶれないように工夫したおにぎりケースもある。
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 2008年度のコメの消費量は、1人当たり年間60キロを割り込み、ピークだった1962年の約半分に落ち込んだ。和食や米食以外の食事が増えたことや、肉の消費量が増えた反動で、主食のコメを食べる量が減ったのが大きな要因だ。07年から08年にかけては、消費不況の影響で、数字上はコメの消費量がさらに落ち込んだが、手持ち弁当が増え、内食回帰でコメ需要が増えるとの期待もある。
 東京都目黒区の東急東横線の都立大学駅の商店街に、店頭に常時50種類のブランド米が並ぶ、一風変わった米穀店「スズノブ」がある。
 「北海道のきらら397はチャーハンや丼ものにするとおいしい」「佐賀県の天使の詩は冷めてもおいしいお弁当向き」-店主の西島豊造さん(48)は、客の好みに応じてコメを選んでくれるため、「コメのソムリエ」の愛称で呼ばれている。
 漠然と「おいしいコメを食べたい」という消費者は多いが、「これだけのブランドがあり、消費者と生産者、小売りが手をを組めば、コメの需要を掘り起こせるはず」と自信をみせる。
 実際、コメ離れの影響もあって町から米穀店が消える中で、スズノブの年商は10年前の倍以上と右肩上がりだ。西島さんは「販売の神様」として、全国の産地からの講演依頼のほか、レストランや飲食店から、すしや洋食など、メニューにあったコメのアドバイスも求められる。 高い朝食の欠食率が健康や生活に与える問題や内食回帰によって、コメは自然体で見直されつつある。
【日本の「食」を守れ】コメ編(4)ご飯+α 未開市場に食指
2009.10.9 16:50
 「減反緩和でコメの価格が下がれば、大きなビジネスチャンスが到来する」。コメを使った商品や関連市場は、価格の安い小麦がもとになる麺などと違い、商品化があまり進んでいない。このため、未開拓の「最後の市場」と、食品各社の期待は大きい。
 コメを食卓の「主役」にするユニークな商品もお目見えした。キユーピーが2008年2月に発売した和風と洋風の「サラダごはんドレッシング」は、ご飯にドレッシングという不似合いな組み合わせだが、野菜をたっぷり敷き、刺身や焼き肉を載せてドレッシングをかければ、手軽に丼風ご飯ができる。
 ご飯がドレッシングの水分でべたつかず、野菜とも絡まるよう、タマネギなどで粘り気を調節したのが特徴だ。
 野菜を食べようとドレッシングを普及させたキユーピーが、国産ドレッシング発売50年を機に開発した。「コメと組み合わせることでサラダの新境地を拓きたい。丼風の手軽なメニューで、朝ご飯などを食べない欠食の解消につながれば」(販促企画部長の前田祐基さん)との思いが込められている。
 さらに、「コメの価格が下がれば、パンから米食に切り替える人も増える」(前田さん)と、スープシリーズの販売拡大を狙い、「スープごはん」のレシピを作るなど、コメ関連の商品市場に照準を合わせる。
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 食品メーカーの創意工夫が、コメ市場の開拓につながる。
 永谷園は08年2月から、朝食にお茶漬けを食べる「朝茶漬け」のCM放映など、大型キャンペーンを展開した。年度内ではわずか2カ月のキャンペーンだが、07年度のお茶漬けの売上高は、前年度比7%増と驚異的に伸びた。
 「朝食を食べないのは時間がないことが最大の理由で、手軽なお茶漬けが、欠食率の改善につながった」と販売戦略部の山尾英和さんは言う。今月からは、発売21年目を迎えた「おとなのふりかけ」を買った人が、料理研究家の平野レミさんのお弁当レシピを携帯サイトで閲覧できるサービスを始め、需要の取り込みを狙う。 
 家庭の食卓を見続けているアサツーディ・ケイ200Xファミリーデザイン室長の岩村暢子(のぶこ)さんは「家族が好きな物を別々に食べる個食化が、一汁三菜の食卓を変えた」と、コメの消費が落ち込んだ背景を分析する。
 おにぎりやラーメン、パスタなど、「1品だけで食べられ、副菜がいらない加工食品」が最近の食卓のトレンドだ。おかずがなくてもコメが食べられ、「手軽に調理できる丼やお茶漬けに代わるメニューや商品開発が、コメ消費を増やすカギになる」と岩村さんは指摘する。
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 ハウス食品は今年1月、カレーライス専用の「華麗舞(カレー米)」の試験販売を始めた。「カレーの新しさを提案するのが狙い」で、11月には新米も出荷される。
 カレー米は、新潟県中央農業総合研究センターが、収穫量の多い品種として、1979年に開発に着手したコメだ。コメ余りで開発そのものが中断されたが、カレーをかけてみたところ、コメ同士がくっつきにくいのにルーがコメの中まで染みこみやすい性質が分かり、ハウス食品との共同開発が実現した。
 長年埋もれていたコメの品種が、カレーという新市場を得て日の目を見た格好だ。ふだん、何気なく食べているコメだが、その種類は実に230種にのぼる。同センターでコメの研究をしている三浦清之さんは「現在、カレーに続く違うジャンルで、数社の企業とコメの共同開発を進めている」と明かす。企業の力がそれぞれの産地の特性を生かし、コメの消費拡大につながる可能性を秘める。

【日本の「食」を守れ】コメ編(5)生源寺真一・東京大学農学部長「農業の将来ビジョンを」
2009.10.10 09:30
生源寺眞一・東京大学農学部長 40年近く続いた減反政策の見直しと、予想されるコメ価格の下落に対する新たな戸別所得補償制度の導入、農業政策のあり方などについて、東京大学の生源寺真一農学部長に聞いた。
 --鳩山政権が2011年度の導入を目指す戸別所得補償制度をどう評価するか
 「戸別所得補償の導入は、生産調整、つまり減反の緩和を意味している。減反は耕作放棄地を増やし、深刻な担い手不足を招いた。農家の多くは、自由にコメを作りたいと言ってきたが、約40年間も放置されてきた。ただ、一部でも減反をやめれば、米があまり、価格が下がり、農家の経営は苦しくなる。減反に参加する農家に、生産費(コスト)を下回った場合の差額を支払い、所得を補償するのは合理的な政策だ」
 --消費者にはどう影響する
 「これまでは、政策的に米価が維持され、消費者が高いコメを買わされてきた。これに対し、所得補償は、納税者がコメの価格を負担する形に転換する。減反にも補助金は使われてきたが、コメを作るための所得補償を納税者が直接負うことで、チェック機能が働き、政策の透明性も高まる」
 --税負担は別だが、コメの市場価格は下がる
 「比較的所得の低い家庭や育ち盛りの子供がたくさんいる家庭は、家計が楽になるだろう。また、小麦との価格差が小さくなり、パンやうどんの一部は米食に置き換わると期待される。ただ、食生活は多様化しており、需要が大きく伸びるという過大な期待はしない方がいい。むしろ、価格競争力が強まることから、輸出拡大に道を開き、生産、備蓄と合わせて食糧安全保障に貢献できる」
--適正な価格水準は
 「所得補償が低ければ、減反をやめる農家が続出し、生産が増え、米価は大きく下落する。ただ、減反を一気に緩和すると価格が急落するおそれもあり、注意が必要だ。新政権は、補償の算定基準になる販売価格や生産費を全国一律にするとしているが、制度設計の仕方次第で価格水準も財源も大きく変わる」
 --生産現場はどうか
 「今は、減反に参加しない農家は、地域で居心地が悪い。これからは減反に参加する人、しない人がお互いに認め合う、風通しのいい農業の世界にするべきだ。そうしないと若い人が農業をやってみたいという気持ちがわかないと思う」
 --所得補償で小規模な兼業農家を支援すると、農地の集約化が進まないという見方もある
 「大規模生産は効率的だから、小規模農家には撤退してもらい、農地の集約化を進めるべきだという意見もあるが、そうは思わない。農家の高齢化が進んでいるが、どこの地域や組織にも、最低1人は農業機械の故障を直せたり、イネの病気の発生を判別できる専門家が必要だ。既存政策もうまく使い、次の担い手をどう育てるかだ」
 --民主党は圧力団体とどう向き合うべきか
 「選挙の集票マシンである農協、見返りに農業を保護する自民党という両者の相互依存関係はよく知られている。自民党農林族、農水省、全国農協中央会の関係は、鉄のトライアングルともいわれる。民主党は農協組織と一定の距離を保っており、政治と圧力団体の関係は変わる可能性があるし、そう期待したい。ただ、民主党が農協に対し、毅然とした対応ができるどうかは心配もある。日米自由貿易協定(FTA)の「締結」を目指す選挙公約が、農協の圧力で「推進」に弱められた経緯があるからだ」
--鳩山政権への期待は
「国内政策も大事だが、貿易立国として、FTAやWTO(世界貿易機関)の貿易自由化と農業の整合性をどうとるのか、立ち位置を決めて欲しい。これまでの自民党の農業政策は、こうしたビジョンを置き去りにして、外圧や農業団体から追い込まれて政策の手を打つ、場当たり的なものだった。対外政策を無視して農業を保護してもだめだ。鳩山政権は、日本の農業の将来を描くビジョンをきちんと示し、国民に説明して欲しい」
しょうげんじ・しんいち=東大農学部農業経済学科卒。農林水産省農事試験場研究員などを経て1996年から東大農学部教授。現在は農学部長、大学院農学生命科学研究科長。農学博士。食料・農業・農村政策審議会会長代理、日本フードシステム学会会長などを歴任。愛知県出身。57歳。 =おわり


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