雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

赤城おろしの冷たいからっ風にも、日本一暑い夏の日にもめげず
頑張る上州かあちゃんの日記です

中山道  美江寺宿

2022-02-28 20:39:31 | 中山道
瑞光寺  
 
江戸時代には、幕府の庇護を受け
「三つ葉葵の紋所」の許された
格式ある寺・・・
 
なんか今は、近代的な建物だった
 


美江寺一里塚  江戸から107里目

 
美江寺宿
 
本陣 1
脇本陣 0
旅籠 11
 
長良川 河渡の渡し
揖斐川 呂久の渡し
の間にあることから栄えた宿場
 
 
美江神社の境内に
高札場が復元されて

 
富有柿の木がたくさんあって
お世話をしているご夫婦としばし
お話しました
美味しい柿を実らせるには
肥料や虫退治をしないと
ダメなのね
 
ここら辺
秋に歩くと
無人の販売所に
柿がたくさん並んでるって
講師の先生が言ってました
 
秋に歩く人はたくさん買って行くとの事
秋に歩く人いいなぁ~~
 
 
本陣跡は石碑が立つのみ
 
 
宿場のはずれにある千手観音

 


昔もにぎやかな宿場でなかったようですが
今も、どことなく
ひっそりとした町でした
 
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中山道 河渡宿

2022-02-26 14:47:15 | 中山道
小紅の渡し
 
加納宿~河渡宿に向かうには
河渡の渡しと
小紅の渡しの2つがありました
 
表街道だった河渡の渡しは
明治14年に河渡橋がかけられ終了
 
裏街道だった小紅の渡しは
今も現役・・・
 
って、すごくない
今も現役なのよ
 
加納宿に乙津寺があるのですが
毎月弘法大師様の命日には
お参りに行く方がたくさん利用
するそうです
 
そんで、小紅の渡しという
ネーミングはなに・・・
 
諸説あるようです
〇小紅という女船頭がいたから
〇紅を採る草が生えていたから
〇対岸から嫁入りに来た時に、
 川面に顔を映し、紅を刺したから等々
 
いずれにしても、可愛らしい渡しです
 
 

私達、総勢14名
2班に分かれて乗船しますとの事
 
船が2そう来るのかと思ったら
1そうが2往復してくれました
 


船頭さん
カメラを向けたら
マスク外して満面の笑顔
お顔出ししてよかったかしら・・・
 
船からも岐阜城が見えます
なんだか、信長様に見張られている感じよ
 
たぶん、昔の人も
信長さんに見下ろされ
下手な動きはできなかったと思います
 
河渡の渡し
 
こちらは、今、船での渡しはなく
河渡橋がかけられています
 
河川の改修で両岸とも
はっきりとした渡しの場所は
特定できないそうです
 
渡し賃は
荷物が18文 1文50円として900円
人が6文   1文50円として300円
武士は無料
 
武士も金払いないね・・・
 



河渡宿 ごうど宿
 
長良川の渡しによって栄えた宿場
河渡って漢字読めないわ
 
河を渡る宿って
字のまんまの宿場なのね
 
本陣 1
脇本陣 0
旅籠 24
 
美濃16の宿場のなかでは
規模の小さい宿場ですが、川止めの度に
多くの旅人が滞留して賑やかだったようです
 
馬頭観音
 
堤防下にあった馬頭観音
道中家内安全・五穀豊穣
 
 
 
河渡宿は第2次世界大戦による焼失や
長良川河川改修により
宿場の名残はなんもないです
 
たぶんここら辺が
宿場の入り口だったようです
 
 

 
河渡一里塚 江戸から106里
 

 
松下神社
 
河渡宿って
長良川・糸貫川・根尾川が流れ
土地も低かったために、少しの雨で川は増水し
宿場は水浸しになってたみたい
 
そんで
1815年の美濃代官松下さんが
幕府に掛け合う事4年

 
 
河渡宿全域を1・5メートルほど
土盛りしてくれたんだって
そのあとは、水害の心配がなくなったようです
 
そんで、村人が松下代官様の功績に
感謝して松下神社を建立したそうです
 
小さな赤い屋根2つの
可愛らしい神社でした
 

 
神社の裏も土盛りがしてあるのが
わかりましたが
近くの道路を見ても
 
宿場の方が高くなっているのがわかります
 
なんかね、時代劇見てると
お代官様って、悪人ばっかじゃない
 
美濃代官松下さんみたいに、
村人のために働いて
村人に神社を作ってもらえるような
御代官様もいたのね
 
今の時代もさぁ~~
賄賂なっかばっかもらっている
政治家さんもいれば
国民のために
働いてくれてる政治家もいるのよねきっと・・・
 
国民に感謝の神社たてて貰うほどの
働きをしろってゆうのさ・・・
 
 
本田代官所跡
 
 
江戸時代、ここに幕府直轄地があり
代官役所が設置されていたそうです
 
講師の先生
 
このツアー毎回
講師の先生と添乗員さんがついてくれます
 
講師の先生が先頭を歩き
ガイデイングレシーバーで色々説明をしながら
歩いてくれます
 
ここだけの話・・・
って
グログでここだけの話ができるのか
どうかわからんけど
 
ここだけの話
 
この講師先生の良し悪しによって
ツアーの内容が
変わってくるんだなぁ~~
 
 

 
ご自分の世界に入ってしまい
歩いてる間
ず~~っと
ず~~っと
 
小難しい歴史の話なんぞする先生も
いるわけで
 
私なんぞ、頭悪いんだから
どこが、重要で
その宿場のどこが見どころなのか
わからくなるんよね
 
この女の先生は
とても良いです
この先生と京都三条大橋まで
ゴールしたいものですが
 
私は信濃路・美濃路前半が
まだ、歩き終わっていませんので
無理です
 
まあ、いろいろな先生にお会いするのも
楽しみに
 
集合場所で
今日の先生はあたり~~
今日ははずれ~~って
ジャッジするのもまた楽し・・・
ってことで
 
あらあら
街道話から脱線しました
 
河渡宿を出て
美江寺宿向かいます
 
 



樽見鉄道・・・
見えているのはたぶん美江寺駅
 
 
 
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中山道 加納宿

2022-02-25 17:42:01 | 中山道
手力雄神社(てじからお)
 
手力雄神社は各務原那加地区13社の総社
手筒花火の火祭りが有名みたい
 
 
切通し陣屋跡
 
磐城平(いわき)藩の飛領地の陣屋
福島と岐阜
遠すぎます
新幹線もないし管理するの大変だったろうね

 
細畑一里塚 江戸から104里目
 
明治に壊され昭和27年に復元

 
伊勢道追分の地蔵と道標
 
道が2つに分かれます
右が中山道
左が木曽路
追分に地蔵堂と道標がありました
 
 
 

 
ぶたれ坊と茶所
 
乱暴者だった相撲取りの2代目が
反省し罪を償うために
自分の木像を作って「ぶたれ坊」となずけて
通行人に棒で打たせて
おまけに無料でお茶もふるまったそうです
 
なんか面白い罪の償い方だわ
もぐらたたきみたいね
 



八幡神社
町の中にある小さな神社です
境内には、大きなくすの木があって
こんぴらさんと秋葉さんも祀られてました
 
拝殿かな???
舞殿かな???
 
天井の絵がしぶ~~い感じで
良かったわぁ~~
たぶん古いものだと思うけど・・・
 
 
 
加納宿
 
本陣 1
脇本陣 1
旅籠 35
 
関ケ原の合戦後、
徳川家康自らが縄張りをした加納城を中心
とする美濃16宿ただ一つの城下町
 
加納城
 
家康さんが関ケ原合戦直後に加納に築いた城が
加納城です
 
初代城主は家康長女亀姫の婿です
明治に入り城は取り壊され
堀も埋め立てられてしまったため
今は石垣が残っている程度でした
 
二の丸の石垣の1部は
小学校の校庭にありました
 
 

 
美濃傘(加納傘)
年貢米の不足を補うために藩主が
サイドビジネス的に始めたんだって
 
まちづくり交流センターに
傘が飾られてました
 
 
 
二文字茶屋
 
1620年から旅籠を開業していたって
今はウナギやさん
この日の昼ごはんはここで食べました
 
欄間のウサギは左甚五郎作と言われて
いますが
本物は紛失してしまい
店に飾られていたのはレプリカでした

 
街道沿いに
加納城大手門跡の碑がたってます
 


本陣跡



脇本陣跡

 
加納一里塚跡 江戸から105里 

 
本陣も脇本陣も建物は残っておらず
碑が残るだけ
西の番屋跡にたどりつきました
 
 



乙津寺(おっしんじ)
 
別名梅寺
開山は弘法大使
 
梅寺の名前は、空海が庭に刺した杖から
芽を吹き梅の花をつける梅樹になったことに
よるそうです
 

国指定重要文化財の仏像がたくさん
祀られていました
 
重要文化財の仏像3体は
見せていただきました
 
私はよくわかりませんが
仏像好きの方には
たまらないんでしょうね



 
この日はここまで・・・
 
次は河渡宿に向かいます
 
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中山道 鵜沼宿

2022-02-24 18:33:54 | 中山道
鵜沼宿
 
鵜沼宿は明治24年の濃尾大震災で江戸時代の
建物は消失してしまっているとの事
 
脇本陣の前、菊川酒造の黒塗りの酒蔵の先に
江戸時代の旅籠など4件が並んでいます
 
関東大震災は知っていますが
濃尾大震災ってよく知りませんでした
今回の旅ではよく耳にしました
 

石亀神社
 
鵜沼石を切り出していた跡
ご神体は石亀様(鵜沼石)だって
 
なんとなぁ~~く
亀に見える石がありました
 
かつて鵜沼石が切り出されていた
跡がかすかにうかがうことができました
 
 
 
衣装塚古墳
 
美濃地域最大の前方後円墳
 
津島神社
 
境内に皆楽座の回り舞台があり
村芝居を上演していたそうです
 
雨戸みたいなのが閉まっていて
舞台を見ることはできなかった

 
各務原(かかみがはら)国道21号線を西に
向かいます
 
各務原って昔はなぁ~~んにもない原野だったそうで
人は住んでいなかったそうです
 
なぁ~~んもなかったおかげで
その後の開発で
国道21号線のような
広い道路をつくることができたんだった
 
この日の街道歩きの難所は
この交通量の多い
国道21号線を無事に歩くことって・・・
 
 
道路の右側には川崎重工岐阜工場が

 
右側には
航空自衛隊岐阜があります
 
川崎重工では飛行機を作っているとの事で
道路を挟んで左右で持ちつ持たれつの関係なんでしょうか

 
ここは、飛行機が頻回に離着陸しており
ガイデイングレシーバーで
講師の先生のお話を聞いておりますが
聞き取れないことがしばしばでした
 
 
 
播隆(ばんりゅう)上人碑
 
独修独行の念仏行者といわれ、槍ヶ岳などを
開山した人の碑
 
濃尾地震で2つに割れてしまったそうです



神明神社
 
 
 
神明神社の境内に
なぜか、ねずみ小僧次郎吉の墓が・・・
 
江戸の泥棒さんがなぜに岐阜のこの地に・・・
昔、若い娘がここ各務原で泊まった家に
金品を奪う悪人が泊まっていたそうですが
その悪人を治郎吉が懲らしめて
娘さんを助けたそうです
 
ねずみ小僧が江戸で処刑されたのを聞いた
各務原の人が治郎吉の善行を
伝えるために
ここに碑を建てたようです
 
 


六軒一里塚跡 
江戸から102里

 
日吉神社
 
 
 

 
新加納一里塚
 
 


旧御殿医今尾家


江戸時代末期に旗本の御殿医より始まり
以後180年にわたり新加納町で医院を開業していた
 
 
 
鵜沼宿~加納宿まで4里10町と遠かったため
途中、旅人が休憩できる茶屋などが必要だったため
立場茶屋や高札場が設けられたそうです



 
次回
岐阜市 加納宿に向かいます
 
 




 
 
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素敵な出逢い

2022-02-22 18:22:00 | 中山道
先日の中山道歩きで
とっても素敵な出会いがあったんです
 
私のブログをフォローしてくれていた方です
私がここ2~3か月
月1ペースで
 
岐阜や滋賀あたりをふらふらと歩いているのを
ブログで読んでくれていたらしく
 
自分は鵜沼宿に住み
旧中山道沿いとの事で
会いましょうとコメント欄に書き込みがありました
 
そりゃ~~
私も会いたいのは山々でござんすが
どうやって会うん
 
連絡先も知りませんし
ここで会いましょうの「各務原かかみがはら公園」って
どこ・・・
 
でもブロ友さんの会えるなんって
すごいなぁ~~
実現できないものかと
しばし考えて
私のコメント欄を事前承認として
彼女の連絡先を教えていただきました
 
私達2人の連絡先の交換ができたのが
街道歩きに行く前日です
 
すごくない・・・
 
地図をみると各務原公園って
たしかに旧中山道沿いにあります
 
で・・・
待ち合わせは
どうしよう
 
当日、添乗員さんに何時ころ
各務原公園あたりを通過するのかを
聞いて連絡することにしました
 
これ・・・
実現するのかい・・・
 
街道歩き当日の早朝
東京駅に向かう電車内にラインが・・・
 
「岐阜はただいま気温9度晴天です
来県をお待ちしています」って
 
岐阜県の大雪の天気を心配していたので
お天気を知らせてくれました
 
うぅぅ~~
会えるんかい・・・
またまた不安になります
 
東京駅に集合してから
添乗員さんに、各務原公園で友達に会いたいと
言うと
なんとその公園
トイレ休憩を予定しているとの事
 
通過時間を聞いて
早速、彼女に連絡しました
 
そこからは
あと15分で名古屋に着きます
ここで、昼ご飯食べてます
と、こまめに連絡をしました
 
ほんと、ドキドキよ
 
今時の若者は
まじめなマッチングアプリとかあって
見ず知らずの男女が知り合うきっかけに
なったりしているようですが
 
私も、なんだか、初対面の人にあう
ドキドキがマッチングで、出会う
若者の感覚でしたわ
 
お互いに、着ている服装の連絡をしあったりして
私は
 
「エンジのダウンに紺のニット帽
ツアーの中で1番の美人さんを探してください」
って、連絡しておきました笑笑
 
各務原公園に着きました
広い公園です
それらしき方がいない・・・
 
私達の到着が遅くなり
自動車の中で待っていてくれたようです
 
 

 
そんで
ドキドキのご対面です
歩いてくるお姿で
すぐにわかりました
 
うわぁ~~~
始めまして~~
 
なんか感動・・・
グログでお孫さんの様子など
投稿がありましたので
自分より年上の方かと
想像してましたが
私よりすごくお若い・・・
 

 
初対面なんですけどね
お互いの生活の様子は
お互いによく、よ~~く
知っているんですわ
 
話はすぐに弾みましたわぁ・・・
ほんの数分の時間でしたが
良かったわ~~
 
トイレ休憩はあっとゆう間に
終わり
あっとゆう間にサヨナラです泣
 
「一緒に歩いたら」という
街道歩き友が誘ってくれましたが
 
皆さんのお邪魔はできないと
見送ってくれました

 
そんで、驚いたことに
この日の最終行程であった寺に
見送りに来てくれました
 
ほんと
ありがとう
 
 


荷物にならないようにと
たくさんの種類のお土産を持たせて
くれました
お母さんの手作りお人形まで・・・
 



同行の街道歩き友や
添乗員さんに
彼女とは本日初対面だったと
言うと
皆さん、驚いていました
 
まるで、旧知の友人に久しぶりに
会っているようだったと言ってました
 
彼女は絵画を楽しみ
いろいろなことに興味を持って
さらに、興味をもったものを
体験したりもする方です
 
家族関係もよく
仲の良いブログの投稿なども
ありました
 
リアルかかあ天下の生活では
お知り合いになれるような方で
ないのかもしれません
 
多くの
ブログの中でフォローされたりしたりって
やっぱりご縁があるのですよね
 
近くの友達も大切だけど
 
私の北海道から沖縄まで
そうそうアメリカに住んでいらっしゃる方まで
勝手にブロ友さんと思っていますが
 
私の大切なお友達です
 
私にとって
馴染みのない岐阜県各務原市
特別な場所になりました
 
コメント (10)
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