雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

赤城おろしの冷たいからっ風にも、日本一暑い夏の日にもめげず
頑張る上州かあちゃんの日記です

甲州街道 最終回 金沢〜下諏訪 2日目

2024-04-23 22:10:20 | 甲州街道

 

 

甲州街道 第16回 (最終回)

前夜に完歩式は終えたのですが
街道はまだ完歩していません

甲州街道の終点、中山道との合流地点

目指して歩きます

金沢から下諏訪 2日目
4月14日 晴れ
 
8:20 手長神社
 
 
すごく長い階段だった。
甲州街道も2つの大きな峠を越えてきましたが
ゴールまじかのこの階段がきつく感じます
ゴール目前で気持ちが緩んでいますかね

 
前日に足長神社というの神社を
お参りしてきました
 
この足長神社・手長神社は
櫛名田姫の親であると言われ
足長神社がお父さん
手長神社がお母さんだそうで
 
足の長い足長神が
手の長い手長神を背負い
諏訪湖で共同の漁をしていたといわれているそうですよ
 
諏訪湖の東に足長神社
諏訪湖の西に手長神社が
位置しており昔は石段の足元まで
諏訪湖の波が打ち寄せていたそうです
 
なるほど、なるほど
昨日の足長神社もこの手長神社も
長くて急な階段が続いていたのは
そのせいなんですね
 
 
神社の境内には小さな社がたくさんあるのですが
その小さな社のひとつ、ひとつの四隅に
御柱が建てられてます
諏訪大社の大きな御柱とは違いますが
こちらは、こちらで
可愛い御柱で諏訪の方々の
思いが伝わる景色だなぁ~~って
思ってしまいました

 
下桑原の一里塚
江戸から52里目

 
9:00 温泉寺
諏訪2代藩主から8代藩主までの墓がある

 
多宝塔
この多宝塔の4隅にも
御柱が見られました



和泉式部の墓
和泉式部は下諏訪宿の出身と言われています

 
9:35 児玉石神社
旅行社のレジュメにもガイドブックにも載っていない神社です
昔からここにある鎮守のようですが
大きな石がたくさんありました
画像があるってことは
説明を受けているんだろうけど
忘れたんだね笑笑



9:45 先宮神社
諏訪に諏訪大社の神がやって来た時
もともと諏訪にいた大和族と
戦いになって、大和族が負けたらしいよ
そんで、この大和の地から出ませんって
約束して
境内前の小川に橋を架けなかったんだって
今でも小さな小川が流れていますが
橋が架かっていませんでした
境内には、この小川をまたいで出入りを
しました
なんだか、不思議な気分でしたよ
 
 
 
茶屋 橋本屋

 
かつてはユースホステルだったようだが
今は営業していない

 
おひねりの松
茶屋橋本屋さんの裏にある松です
諏訪藩主がここからの景色を大変気に行って
高島城内にあった松を
こちらの茶屋に送ったそうです
枝の先まで美しいひねりが見られます

 
かつてはここから諏訪めがけて石などを
投げたようです
 
今は中央線と国道20号が走っています
かつては、この下まで湖水が迫っていたようです
 
 
冨部の一里塚
江戸から53里目
甲州街道最後の一里塚
残りあと11丁(1100m)で
中山道と合流します

 
甲州街道の終点
 
中山道との合流地点
 
ゴ~~ル ばんざぁ~~い
 
甲州街道 全長約219キロ・44宿
2022年9月25日スタート
2024年4月14日ゴール
およそ1年7か月

 
甲州道中 江戸へ53里11丁
中山道中 江戸へ55里7丁って書いてあります
 


お茶目な講師の先生と・・・
 
 
歩く中毒 「ある中」の街道友達は
これからも、日本中のどこかの街道を
歩くと思います
 
とりあえず、わたいは
奥州街道があと2回残って
おります
 
6月には奥州街道も完歩予定
五街道制覇を目指します
 
 
 

中山道を歩いていた時の甲州街道合流点の
ブログ貼り付けます

木落とし坂・諏訪大社・下諏訪宿 - 雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

木落とし坂・諏訪大社・下諏訪宿 - 雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

6月4.5日一泊二日で和田峠を越えて10・11・12日も街道歩きをしてましたコロナも終息しつつ移動制限も緩和されてきたのでツアーの予約もサクサクとれるようになり...

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甲州街道 最終回 金沢〜下諏訪 1日目

2024-04-22 07:44:29 | 甲州街道

甲州街道 第16回 (最終回) 

金沢〜下諏訪 1日目
4月13日 晴れ 桜満開
 
7:30 新宿駅集合
天気良し・桜満開
絶好の行楽日和
中央自動車道、渋滞です
3時間走って
10:40 境川パーキング
 
 
結局、この日は午前中は街道歩きができずに
お昼ご飯会場からの
スタートです
 
11:50 おぎのや
釜めしで有名なおぎのや
前回の街道歩きの昼ごはんもここでした
 
いくら釜めしが有名でも
2回、同じ会場で
2回、同じメニューでは
私達参加者がうるさいのは
旅行会社も承知しているようで
今回は牛めしでした
 
 


昼ご飯を食べてから、この日の
街道歩きがスタートです
 
13:00 小松三郎左衛門はりつけ場所
諏訪郡金沢宿の本陣当主の小松三郎左衛門が自分の村と
隣村の線引きに対して、藩の不当な
決め方に強く抗議
直訴したが、当主は、はりつけ、妻子は村を追い出されたそうです
村人が供養のために作ったお地蔵様です
明治13年200年もたってから金沢宿が勝訴判決が出されたそうです
 
昔はこんな風に力ずくで
物事を決めたり
異議を申し立てる人を殺してしまったことが
多々あったんだろうね
合掌
 


権現神社
金山権現を祀る神社
大小の石碑が並んでいました

 
権現神社の摩利支天
仏教の守護神で陽炎・太陽・月を意味するらしい
大きな石に彫られていましたよ



軽い坂道を上ります
 
 
土手の上に道祖神などいくつかの石碑がありました

 
のどかな旧道を進みます



茅野村の一里塚 
江戸から50里目
 


木落とし公園
7年に1回、あの山の上から
御柱を落として
諏訪神社まで運びます
 


丸井伊藤商店 味噌屋
味噌蔵の中を見学させてもらいました
みそソフトクリームを食べてきました
甘いソフトクリームに味噌の粉末のトッピング・・・
美味しかったです
 
 
達屋酒蔵神社


 
酒を造る知恵の神様

 
上原八幡
かまくらの鶴岡八幡宮を分霊を移していただいたと
伝わっています
藩主諏訪家の信仰が厚かったそうで、参勤交代の時は
必ず、ここに立ち寄ったそうです
 

頼岳寺(らいがくじ)
諏訪家の菩提寺

 
神戸の一里塚
江戸から51番目

 
足長神社
諏訪大社上社の末社

 
貞松院
家康6男、松平忠輝の墓所



桜が見事な寺で夜はライトアップされるようです

17:30分を過ぎており。日もだいぶ傾いていましたが
街道友と写真を撮りました
 
もともとは、まったく知り合いでなかった方々ですが
何度も街道歩きでご一緒しているうちに
すっかり仲良しに・・・
還暦過ぎてからお友達が増えるって
すごくない???
 
皆さん、歩く中毒
「ある中」の方々なので
街道歩きのほかにも
奥の細道やら低山やら
郵便局の風景印を集めている方もいます。
皆さんガツガツ歩いており
会うたびにお互いを刺激しあっております
 
 
完歩式
中山道との合流点の完歩は
翌日なので、まだ完歩はお預けなのですが
この日の夜は、完歩式でした

 
東海道・中山道・日光街道に続き
4街道を完歩することができました
 
完歩証をいただきました
 


この講師の先生・・・
かなりユニークな方だったわ
 
講師なのに、集合場所に遅刻してくるんですわ
全然違う石碑の前で違った説明したり
説明ポイント飛ばしてしまったり
 
峠越えでは、先頭を歩くはずの講師なんですが
「皆さん、私はゆっくり登りますから、先に行って
先に行って・・・」っていうんですわ
 
見学場所にご自分のリュックサックを忘れて
きたり・・・
いつも何かを忘れたり、探したりしていました
 
なので、この先生のツアーは参加人数が
少なかったりします
 
私は全然、平気だった
なんだか、自分と似ているようだったし
そんなに、がっつりの説明を期待していたわけでもないし・・・
 
ありがとうございました
楽しかったです



この先生、街道を歩きながらよく歌を歌ってくれました
なんだか、バス旅行のようで面白かった
 
武田節をよく口ずさんでいたので、リクエストしてみた・・・
そしたら
歌ってくれましたよ
 
 
この日の参加者14名
参加人数も少なくて丁度良かった
 
参加者も皆さん良い方だった
30名もの参加者がいると
いろいろ変な人もいて
楽しめなかったりするときもあったけど
この完歩式は、本当に楽しかった
今まで4回の完歩式の中で1番楽しかった
 

 
完歩式が終わってから
ホテルのオープンデッキで
2次会(*´艸`*)
 
諏訪湖を眺めながら、街道歩きの思い出話に花が咲き
超~~
楽しい時間だった
 
 
 




 
 
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下諏訪の塩羊羹

2024-04-21 11:03:26 | 甲州街道
諏訪大社下社秋宮の隣に
『新鶴本店』という和菓子屋さんがあります
 
創業明治6年の老舗
創業当時から作られている塩羊羹が有名です
中山道を歩いた時も
添乗員さんに紹介されて購入しました
確か、中山道のときは添乗員さんが
まとめて、予約していてくれました
 


かつて信州では大変貴重だった塩を羊羹に加えてみようと
考えた初代によって生み出された羊羹だそうです
 
厳選された北海道十勝産の小豆と茅野名産の寒天を原材料にし
楢の薪を焚いて手作りで練り上げるという、創業時から変わらない製法を守り続けて
いるそうで、激ウマです

 
小分けの物がありましたので
父ちゃんと2人分
小分けの塩羊羹を買いました
 
この塩羊羹は、この店舗でしか
購入することができません
 
こだわりの製法で今も
こちらで作っているからだと思います
 



この塩羊羹は
諏訪大社本宮、門前のお土産屋さんで購入した
松本市製造の塩羊羹
職場のばらまき土産に購入しました
 
元祖、新鶴屋さんの塩羊羹には
及びませんが
パートお仲間の皆さん
とても、美味しいと喜んで
くれました
 
甘ぁ~~い
羊羹にほんのり塩の効いた
信州の塩羊羹・・・
美味し・・・です
 
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諏訪大社

2024-04-19 21:26:09 | 甲州街道
4月14日
甲州街道を完歩してから
諏訪大社に寄ってきました
 
諏訪大社
 
諏訪大社は、長野県の諏訪湖周辺に四社に分かれて鎮座する神社です。
 
全国に1万社あるといわれるお諏訪様を祀っている神社の
総本社で国内にある最も古い神社
 
10年前に子供達と諏訪湖の周辺を観光しましたが
諏訪大社本宮にしか行きませんでした
4社もあるって知らなかったから・・・
 
4年前、中山道を歩いていた時
下諏訪を通過しましたが
その時は諏訪大社四社をお参りしました
 
諏訪大社って諏訪湖を挟んでに上社、に下社があります。
さらに上社は前宮と本宮下社は春宮と秋宮の4社があるそうです
 
今回は4社全部回ってきました
 
 
 
諏訪大神様は 古くから雨風・水の守護神、五穀豊穣を祈り生命の根源を司る神として、
また武勇の神として代々朝廷をはじめ、武門武将、多くの方々に信仰されていました
 
秋宮
 
旧中山道と甲州道中(現在の甲州街道)の分岐点という交通の要所に鎮座
 
 
幣拝殿の見事な彫刻は江戸中期の名匠、立川和四郎富棟によるもので、
安永十年(1781)落成しております。
幣拝殿、神楽殿ともに国の重要文化財に指定されています。

 
秋宮
一の御柱



秋宮 御朱印
 


春宮
秋宮からバス移動、10分足らずでした
森と静寂に包まれ、民を見守る里のお社
旧中山道沿に鎮座します。
上社へは諏訪湖を隔てて約13kmです。
入口の御影石の大鳥居は万治2年(1659年)建立と推定され、
境外にある万治の石仏と同じ作者といわれます。
 

 
春宮と秋宮は
左右片拝殿及御宝殿と続く建物の配置は同じで、
春秋両社の建築には彫刻の技が競われています。


 
万治の石仏
春宮の境内から朱塗りの浮島橋をわたり、歩くこと3分。
 


田んぼに囲まれ、どんっと鎮座しているのが万治の石仏です。
巨大な自然石の胴体に対してアンバランスな頭がちょこんと乗るユーモラスな風貌
下諏訪を訪れた芸術家、岡本太郎氏(1911-1996)がカメラを持つ手をふるわせながら
「世界中歩いているが、こんなに面白いものは見たことがない」と絶賛し、
講演又は雑誌等で全国に紹介されたことから有名になったそうです
 


万治の石仏と伝説
 
明暦3年(1657年)、諏訪高島三代目藩主忠晴が、
諏訪大社下社春宮に大鳥居を奉納しようとした時
石工がこの地にあった大きな石を使おうとノミを打ち入れたところ、
血が流れ出た。
 
驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止め、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、
霊を納めながら建立したのがこの石仏だと伝えられています。
建立した願主が、万治3年(西暦1660年)と刻まれていることから、
万治の石仏と称されることになりました。

 
春宮 御朱印
 



諏訪本宮
 
神体山を拝する山麓の社
 
本宮は中央線上諏訪駅から東南へ約6km、守屋山の山麓で
中部地方唯一と言われる原生林、約500種の植物が群生する10万坪の社叢に抱かれるが如くに
鎮座しております。
また2km東方にある前宮と合わせて上社と称します。

 
入口御門 布橋
長さ70m
明治維新までは
諏訪大社の頂点に位置した神職の方のみ
通ったところで
その時、布を敷いたところから
布橋の名称が付いたそうです
 
 
 
拝殿
本殿は持たず拝殿の後ろご神体は「お山」
だそうです



本宮 御朱印
 


 
諏訪大社 前宮
 
諏訪信仰発祥の地といわれる 上社前宮
 

前宮は本宮から約2km東方で、中央線茅野駅から約4km、
旧鎌倉街道に沿った県道岡谷茅野線の途中にあります。

 
他の3社に比べると
こじんまりとした感じで、一番ちいさな
諏訪大社ですが
ここが諏訪信仰の発祥の地なようです

 
豊かなご神水を湛えています

 
御神木



前宮 御朱印
 


諏訪大社四社御朱印
四社の御朱印を集めると
記念品がいただけます
 
実は中山道を歩いていた時も
この諏訪大社四社巡りをしました
御朱印も
四社ともいただいたのですが
記念品をいただけることを知りませんでした
 
後日、記念品の存在を知り
とても残念に思い
今回はしっかり4社の御朱印を集めて
最後にお参りした前宮で
記念品をいただきました
 


うぅ~~ん
可愛い小銭入れ・・・
お賽銭入れに使ってくださいって
メモが入ってました
 
はいはぁ~~い
使いまぁ~~す
 
紺色は私のラッキーカラーでも
あるんだよね
嬉し~~い
 
諏訪大社のいろいろ説明文はWikipediaとか諏訪大社ホームページ
のコピペでぇ~~す
 
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桜の高島城

2024-04-15 22:27:11 | 甲州街道
4月13・14日
甲州街道最終回を歩いてきました
宿泊したホテル近くの高島城に行ってきました
 
13日、
1日目の街道歩きを終えて
ホテルに向かうバスの車中から
桜がすごく綺麗な城を見ました
これはゆっくり花見をしなくては・・・と思い
14日早起きをして
桜の満開に咲く高島城を
朝食前に一人で見に行きました
 
 
諏訪氏の居城



諏訪湖の端の小島に築かれた水城で
「諏訪の浮城」と呼ばれていました
 
明治以降は城跡周囲を埋め立ててしまったため
昔の浮城の面影は全くなくなっています

 
本丸内公園の桜が見事でした

 
小さな公園なので20分くらいで
お花見は終えることができました
 
この日の昼間は25度気温が上がり
暑いほどでしたが
早朝の諏訪は気温が低く少々
寒かったので、ホテルに戻ろうと
思ったのですが
お散歩中の地元の方が
 
「あと10分で城に朝日が当たって綺麗だよ」と
教えてくれました
 
なので10分ほど
日が昇るのを待ちました
そんで撮れた写真がこれよ
 
 
城に朝日が当たり
お濠に城の影が映りこみました
 
昔の城周囲は埋め立てられ浮き城の面影は
なくなっていますが
 
この写真
昔の浮城をなんとなく想像できる感じゃない
 
上手に撮れました
 
バンザイ・・・(*´艸`*)
 
 
高島城は今回のツアーの予定にも組み込まれて
いました
 
午後には再びツアーの皆さんと
行きましたよ
 
早朝とは違い
花見の人々でにぎわっていました
 
早朝には入場できなかった
天守閣に登りました
天守閣からは公園内の桜や諏訪湖を上から眺めることが
できました



この高島城・・・
子供達と10年前に来ていました
10年前は秋に訪れており
紅葉の綺麗な時期でした

10年前のブログ貼り付けます
ほんの数年前だと思ったけど
もう10年も前だったんだぁ~~

花子まだ高校生だったんだわぁ~~

諏訪湖・高島城 - 雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

諏訪湖・高島城 - 雷とからっ風 義理人情!上州かあちゃんの毎日

諏訪湖に行きました諏訪盆地の真ん中、信州一大きな湖です。湖畔には、公園や遊覧船の船着き場などがあります雄大な山々に囲まれてステキな景色ですこんな風に三郎が、水鳥...

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