街道歩きの先生が個人で企画した街歩き
[大河ドラマ、吉原旧跡を歩く」第2回
3月25日 9時30分
三ノ輪駅(集合)
この日の参加者18名
ドラマ人気でたくさん集まりました

樋口一葉記念館
父親と兄がなくなり
母と妹の生活を支えるため
吉原近くここに転居し、荒物の雑貨を売る店を行っていたそうです

樋口一葉住居跡
この地には14ヶ月ほどしか住んでおらず、
この地での生活体験を取材した
「たけくらべ」や「にごりえ」、「別れ道」などの傑作を
短期間に発表したそうです

飛地神社
神社の名前から、航空関係の方が
お参りに来るそうです。
また落ちないと言う願いから、受験者の参拝も
多いそうです

土手通りの老舗
3軒並んでいる明治から営業しているお店、
とんかつ・馬刺し・・天ぷら屋さんが残っています
建物は、関東大震災以後に建てられたもの

吉原遊廓
江戸時代、幕府公認遊郭として、
日本橋人形町に開かれましたが、
その後幕府から移転を命じられ、浅草裏日本堤に移っています
人形町にあった遊廓と区別をつけるため、
新吉原と呼ばれていました

敷地は約20,000坪あったそうです
吉原交差点にある見返り柳
吉原を去るお客が後ろ髪を引かれて、
何度も振り返ったことから名付けられたそうです
吉原交差点角にありますが、この柳は何代目なのかは不明とのこと

吉原という地名は残っていませんが
交差点の名前は吉原でした
今は、見返り柳とスカイツリーのコラボです
五十間道
見返り柳を曲がり大手門までは、S字状にカーブしており
50間(90m)土手通りから吉原の中が直接見えないように
工夫されていたそうです
現在も土手通りからは、吉原のほうは見えず、当時の名残があります

大手門の手前には、引き手茶屋が並んでいたそうで、
蔦屋重三郎の店は大手門に向かって左側にあったそうです
吉原大門跡
吉原交番付近にありました
私達おじさん、おばさんたちがパラパラと道路を渡るもんだから
交番からお巡りさん出てきました
「横断歩道を渡ってください」と注意を受けました
ごめんなさぁ~~い
大河ドラマが始まってから、
私たちのようなおじさん、おばさんのツアーが多いらしく
お巡りさんもびっくりでしょうね

お歯黒ドブ跡
吉原は、高い黒壁と水路で囲まれ、
正規のルートの大門のみで入りしていました
この水路は当初幅約9メートルあったようですが
明治頃には徐々に狭くなり、3メートル未満になっていたそうです
生活用水を流していた上に、水流が悪く黒く濁っていたため
お歯黒どぶと呼ばれていたそうです
関東大震災前には埋め立てられていたようです

水路お歯黒ドブが埋め立てられた側の道路から吉原を見ると、
少し高くなっており、高いところが吉原の地域であると伺うことができる

吉原仲之町通り
茶屋が並んでいた仲之町
今も仲之町メイン通りは、
この様なお店がずらりと並んどりましたわ
昼間ですが、店の入り口には、
黒いスーツ着たお兄さんが立ってましたよ
お客さんいるのかなぁ〜
大河ドラマのお陰で
吉原がにわかに有名となり
吉原にはおよそ縁のなさそうな
ジジババたちがツアーをくんで
歩いているのですから
黒いスーツのお兄さんも
何事かと歩く私達を見てましたわ
この町は
個人で来るのはちょっと抵抗があるな
ツアーだからこそ歩けたかも
お店の中、チラッと見えましたよ
120分33,000円・・・
どのお店もこの値段だった?
組合もあるのか???
帰宅してから父ちゃんに聞いてみた
2時間33,000円て相場なぁ~~んって???
父ちゃん
「そんなのしらねぇー」って言ってた!
知らねえ~~んかい!
知ってると思ったわ
彼女いない三郎に33000円
お小遣いあげよっかなぁ〜
わたいが、吉原大門まで
送ってたるわ!
吉原に母ちゃんの付き添いって
ありかねぇ~~笑笑
コンパニオン募集の看板も
あちこちに!あったわ
年齢制限書いてなかったわ
私も履歴書置いてくればよかったなぁ~~

よくドラマとか映画に出てくる
格子の中の遊女たちが待機しているところは
この様な路地の左右だったそうです

戦後GHQが、公娼廃止令を発します。
遊郭は特殊飲食店
貸座敷は、カフぇー
娼妓は女給として
新たな吉原が始まったそうです
1階がカフェで2階が貸座敷の建物
今でも残ってました
今でも人が住んでる気配がしました

吉原の喫茶店
吉原にあるこのような喫茶店
お茶を飲むところと言う私たちの思いとは少し違うそうです
男性のお客さんにお店を紹介してくれるそうです。
女性のお客様はお断りされちゃうそうです。
現在の引き手茶屋みたいなところかなぁ。
吉原歩いてて、喉が渇いても吉原エリアから出て、
喫茶店に入ったほうがいいと講師の先生言ってました
そう説明されて、喫茶店を見てみると
通常の喫茶店とは、違うような気もする
窓、ないし 閉鎖的な気がした

重三郎の耕書堂がありした。
お土産屋さんです

吉原細見買って来ました。
500円!
吉原のガイドブック、
商店街の宣伝などです。
花魁のブロマイドでは、
ありませんでした。
ブログ書きの参考にさせていただきました

吉原神社
遊郭の4隅にあったお稲荷さん
と五十間道にあった
お稲荷さんを合わせて
お祀りされています


5つのお稲荷さんの中でも
九郎助稲荷は縁結びの神様として
人気があったそうです

重三郎と瀬川がよくこの神社で
会ってたよね
狐の可愛い尻尾をつけた
綾瀬はるかが出てこないかなぁ~~と思ったけど
いませんでした

吉原弁天
吉原遊郭が造成された際に
残った池に楼主たちが弁天様を祀ったそうです


関東大震災時
この池に多くの遊女たちや避難した方が
池に飛び込みなくなっているため
供養の観音立像が建てられています

鷲神社(おおとりじんじゃ)
浅草のお酉さまで知られています
酉の市は江戸時代に始まった
開運招福や商売繁盛を願うお祭りです
日ごろの吉原は大門しか出入りができませんでしたが
酉の市の時はすべての木戸がひらかれ
女性や子供達も吉原を通り抜けられたそうです

熊手は福をかっ込む・取り込むと縁起物がです

台東病院は今は一般の方の診療もしているようですが
昔は吉原の遊女の方の吉原病院だったそうです


この日のゴール浅草寺の二天門を
目指し歩きました
途中
気合いだ気合いだの浜口親子のジムがありましたよ
気合いだ気合いだの浜口親子のジムがありましたよ

二天門
浅草寺の東に立つ朱門
江戸時代初期の古建築
国の重要文化財

13時
この日はここで解散でした
浅草仲見世で食べ歩きでもして
帰ろうかと思いましたが
平日なのにすごい人出です
外国の方ばかり・・・
景色は浅草仲見世通りなんですが
ここは外国か・・・と思うほど
外国人ばかりだった
外国の方の少々、きついコロンの香りも
気持ち悪くなり
早々に帰ってきました
帰りの電車内で仲見世で買ったメロンパン食べました
来週からの大河ドラマがまた
より一層
楽しみになりました