かごめかごめの真実とは

空海様が私に教えてくれた秘密の暗号

栗石の由来

2012-06-11 11:43:13 | かごめかごめの真実とは

   かごめ かごめ の古里は神河町でした!

2012年6月10日(日)AM10:00過ぎ、卑弥呼のお墓へ登るゲートを開けてもらい、車2台、計4名で入山しました。そして山を目指したのは私を入れて3名が途中道なき道を登って1時間半歩いて、頂上に着いたのはお昼12:00を丁度まわったころでした。景色の良い場所で昼食を済ませ、倒木の整理にかかりました。地元のMさんが倒木にチェーンソーを入れてカットし、私と神戸から同行したMさんがその木を整理するという具合で、3時間ほどで仕事は終了することができました。

地元のMさん:「これは普通の山ではないです。あまりにも不思議です・・」

神戸からのMさん:「全ての倒木の根が、同じような大きさの石を抱いていますよ」

私  :「そうです、こぶし大の大きさの、建築で言う基礎工事に使う栗石(ぐりいし)です」

?? んん ??

  私は建築に30年ほど携わっていましたが、どうして 栗石と言うんだろうと思っていました。・・が、ひょっとしたら、女王卑弥呼のお墓を造るのに、山の西の麓にある集落「栗」からたくさんの石を栗の人達が運んだので、「栗石」と言うようになったのではと、長年の疑問に答えが出たような気がしました。

現に、山の上に並べている石は、麓にある栗の角ばった石を使っていました。

そして、撮影してきた映像を詳しくじっくり見てみると、まちがいなく墳丘全体は葺石で覆われています。

倒木の整理も終わり、「いち、にぃ、さん、し、ご・・」とゆっくり歩いて見ましたが、歩いて・・・ニンマリ・・と。

卑弥呼はすでに死んだ大いに冢つかをつくった。径(さしわたし)は百余歩

さぁ・・、地下25mまでの最新の探査レーダーを入れる準備も整いました。

長年山にも親しんでいる地元神河町のMさんも、「まちがいないです!」と興奮気味でしたね

・・・

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