謀略の昭和裏面史(黒井史太郎編著 宝島社新書)
どうやら何かの雑誌の記事を一冊にした新書のようで、かなり膨大な本である。登場人物も沢山なので、とても覚えきれない。通して出演する光源氏みたいな主役が居ないから全体として何を書いてあるのかの理解が行き届かない。雑誌の細切れの記事を集大成したのであろう。部分を一話完結で電車の中で読むのにちょうどいいと思い面白がって読み始めたが、昭和史すらろくに知らないのにその裏面を読んでも理解が全く行き届かなかった。面白そうだけど大変読みにくい本である。
一貫した主張はあるとは思うが雑誌記事だから、その場その場での事実の羅列に終始するのは已むを得ないことである。ちょうど今なら週刊文春の○○に対する批判記事ばかりを集大成したような本である。昭和の歴史を全く知らないわけではないが、知らない事件の裏話の羅列はその事件を辞書を引きながらやっと読み終わった。しかし読了感がない。どうも理解できないことがあるからである。例えば、ゾルゲ事件には初めて聞く名前の人物が二重スパイなのであろう、二転三転した複雑な動きをする。三転するところからこちらはもう理解できなくなる。他国の中枢の立場に潜り込んで、一見その国に良さげな政策をとると見せかけてその国を滅亡に追い込むような政策をとるようなややこしい話は、電車の中で読むと分からなくなる。
アメリカの映画は、勧善懲悪が基本でたまにややこしいのがあるがまあ理解できる。ところがヨーロッパの映画になると敵味方入り乱れてもう何が何やら分からなくなるのがある。単純な頭ではヨーロッパは生きていけないようである。この本の登場人物は(日本でありながら)そのヨーロッパの映画みたいなところがある。
ところが読者であるこちらは、筋が難解である上に登場人物がなぜそんな危険なことに乗り出すかの理解ができない。生活のためではない、生活のためなら他に仕事は一杯あるだろう。(自分の主義主張のためというのはありだけど、主義主張にここまで殉じるものなのか。)そんなことを考えるからますます訳が分からなくなる。
昔読んだ陳舜臣の「小説十八史略」を思い出した。ここには英雄も出てくるが、陰謀家も次々にあらわれる。小説なら面白がって読むことができるが、昭和史の裏面でこんなことがあるとは本当かというのと、桑原桑原この世界にはお近づきになりたくない、というのが感想である。
陰謀家は人類最古の職業で、決して廃れることがないだろう。フグを喰ってみたいという心的傾向のヒトにはこたえられない仕事なんだろう。しかし世の中には、案外フグを喰いたい人は沢山いそうである。絶対フグを喰いたくない人間が、フグ喰うヒトを観察するのもたまにはいいかなと考えた。