・・秩父の三峰にある「ひも」も、プロジェクトの時から草野氏に教えてもらい、
ほんの少しだけ挑戦したものの、話にならなかった。だから96年の秋に、
「あの課題、登れたよ」
と、いつもの静かな口調で聞かされたときは、別世界の事のようでお手上げだった。
それでもめげずにコツコツと彼の課題を追い続けるうちに、僕も着実に強くなった。
以前は不可能に感じていた彼の課題も、少しずつ再登することができて、着実に自信がついてきた。
今なら三段だって登れる。いよいよ「ひも」に雪辱する時がきたのだ。
「ひも」は一見すると弱点だらけで、易しく見える。実際、最初の数手はさほど難しくない。
初日から、「お、これはいける!」とすっかりいい気になったが、どうもその先が続かない。
2日目も、一向にムーブは分からず・・・・
・・・ひどく打ちのめされて終わった。
僕はあっさりと負けを認めて、草野氏のもとを訪ねた。
そして、ボルダーよろしく核心だけを取り出した彼の少ない言葉で、「もっと左から取り付く」
という一言だけをもらった。
仕切りなおしの三日目。
一見するととても正解とは思えない左からのスタートを試みる。するとどうだろうか。それまでは
「これは使えるかな?どうかな?」と思っていた窪みやエッジが、まるで道標のように次から次に目の前に現れるのだ。
調整して挑んだ4日目。終に課題を足元にした。
ホールドに導かれて自然に動く体に意識がついていけず、気がついたときには岩の上にいた。
この驚くべき体験に興奮を抑えられず、静かな川原で僕は感嘆の叫び声をあげた。
改めて下から課題を眺めると、バラバラに散らばっていると思っていたホールドのすべてを使っている。
あたかも、登るためにあらかじめ用意されていたかのようだ。
たったひとつの正解ムーブでしか登れない、ひとつの岩に存在する美しき一本の道筋。鍛えた肉体と豊かな想像力を頼りに、自然の中に隠されたその道筋を見出す、というボルダリングの真髄に僕は触れた。
・・・・・・
以来僕は、本当に沢山のボルダー課題を初登してきた。
でも、初登した岩を眺めながら、いうも思う。
「「ひも」にだいぶ近づいたかな、いや、まだまだだな」と。
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