ヨーロッパの限りない大地

ヨーロッパの色々な都市を訪問した思い出をつづっていきたいです。

冬のフランドル 鐘楼からの眺め

2005-10-30 00:53:15 | ヨーロッパ旅行記
裏手にある入り口から、鐘楼に登る。
当たり前のことながら、エレベーターなどではなく、階段である。えっちらおっちら登っていく。
途中、カリヨンの音を出すための装置を見る。巨大なオルゴールのような感じだ。
展望台からブルージュの街を眺める。
広場に並ぶ、建物が並ぶさまがユニークだ。例のギザギザ凸形の赤っぽい正面で立ち並んでいる。
街は橙色の建物の合間に、運河、教会、市庁舎などがある。
そして遠く大地が広がる。山はおろか、丘もない。ただただ広がるフランドルの大地だ。
幅の広い運河も見える。
残念ながら、北海までは見えなかった。天気がよければ見えるのだろうか?

鐘楼を降り、市庁舎の広場のところにある観光案内所に行く。
ここで少しフランスフランからベルギーフランに両替する。この時点では、まだユーロは通貨として流通していなかった。あと一ヶ月待たなければならなかった。前回ベルギーに行った時の紙幣が多少あったが、さすがにそれだけでは不十分だ。
市庁舎の中を覗く。

市庁舎から少し離れた、グルーニング美術館に行く。
ここにはフランドル派の絵画が展示されている。
絵画自体は嫌いではないが、ここの収蔵品はあまり好きにはなれなかった。宗教的であり、人間的な温かみに欠けるような気がする。まあ絵画の描かれた時代を考えればしょうがない。あと地理的な要素(ヨーロッパ北部)というのもあるのかもしれない。

美術館を出て、ちいさな庭園を抜けて、聖母教会に行く。

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運河と鐘楼の街 ブルージュ

2005-10-29 00:47:52 | ヨーロッパ旅行記
ブリュッセル南駅でブルージュ行きの電車に乗り換える。
自分が乗った号車には、やたらご老人の姿が目立つ。老人会の団体旅行のようだ。賑やかなのが幸いである。
電車は曇天の中、フランドルの大地をひた走る。途中、ゲントに止まる。車窓から街並みが見える。
結局ブリュッセルから50分くらいかけてブルージュに到着する。
駅から、落ち葉を踏みしめながら、予約していたホテル・ダンテを探す。
少し回り道をしたが、無事たどり着く。運河沿いの小さなホテルだ。
チェックインし、部屋に入る。かなり広く、運河沿いの部屋で眺めも良い。
窓からギザギザ凸形した家が立ち並んでいるのが見える。
ちょっとテレビをつけると、ちょうど2002年ワールドカップの抽選会が行われていた。

ホテルを出て、運河に沿って中心街に向かう。
さすがに古都、落ち着いた街並みで歩いていて気持ちが良い。
鐘楼が街のランドマークであり、あちこちから見える。
古い家並みの間から、また運河の背景として、鐘楼が顔を出す。

マルクト広場に達し、真正面から鐘楼を眺める。
定期的に鐘の音が響く。
広場にあるカフェで休もうかと思ったが、フランドルの眺めを求めて、疲れも忘れ鐘楼を目指す。
鐘楼のうらにまわる。
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死都ブルージュへ(ベルギー・フランドル地方)

2005-10-27 23:23:21 | ヨーロッパ旅行記
12月初旬の土日を利用して、フランスから脱出しようと考えた。
タリスに乗って、アムステルダムかベルギーのブルージュを候補に選んだ。
オランダはまだ行ったことがないので、到達国を増やすことも考えたが、結局ブルージュに行くことにした。
アムステルダムはガラが悪いような気がしたからである。
昔読んだジャズピアニスト山下洋輔さんの演奏旅行記の印象が強い。
もちろん、それは街の一部の地区だけだと思うが。
古都あるいは死都ブルージュへの憧れの気持ちがより強かった。

今回一泊するため、ホテルを予約する。
何軒か連絡してみたが、こんな時期にもかかわらず、すでに一杯だった。
HOTEL DANTEに連絡すると、幸い部屋を取ることができた。
位置が少し中心地から離れているためかもしれない。
タリスのチケットは一週間前にパリ・モンパルナス駅で買っておく。

土曜日の朝、パリ北駅からタリスに乗り込む。
残念ながら、天気はあまりよくない。
まあ12月のフランス北部だからしょうがない。

タリスはブルッセルに向かって、曇天の薄暗い中ひた走る。
以前、ブルッセルに行った時は、途中で故障により1~2時間ほど止まってしまい、往生したものだった。
当たり前に進んでくれることが本当にありがたい。
1時間半ほどでブリュッセル南駅に着く。
ここでブルージュ行きに乗り換える。
時間は17分あったが、レーンの表示がよくわからず、少し手間取り、焦った。
結局一番橋のレーンがブルージュ行きだった。
駅の職員に確認し、無事乗り込む。
方角を変えて、ブルージュを目指した。
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晩秋のサンジェルマン・アン・レー

2005-10-25 22:39:50 | パリの思い出
11月の午後、ふと思い立ち、パリからサンジェルマン・アン・レーに行く。
寒いことは寒いが、天気は良い。
パリの地下鉄1号線の延長線上にあるRERに乗れば、20分ほどで着く。
駅を降りて、シャトーのそばを通り、まずは庭園に行く。
やたら長いテラスに着く。
そこからパリの方向を眺める。ちょっとした森の向こうに、新凱旋門を含むビル群がある。これじゃパリもただの近代都市だ。
つくづく中心地に超高層建築を持ってこない(モンパルナス以外)、パリの都市計画のありがたみを感じる。
ながーいテラスに沿って歩いていたら、なんとぶどう畑があった。そばの解説書によると、昔々はこのあたりでぶどうを作り、ワインを醸造していたのだが、一時中断していたらしい。そして2000年にまた再開した記念すべきものだとのことだった。
さらに向こうには森が広がる。行ってみたかったが、時間もないし、行って戻って来るのもしんどそうなのであきらめる。

シャトーに入る。
ここは国立考古学博物館になっており、ガリア時代の遺跡も多く見られる。当時のよく保存されたモザイク画もあった。日本に帰ってから読んだガリアに関する本で、ここの遺跡も多く写真で紹介されていた。つくづく今の知識を持って、あらためて訪問したいと思う。フランス在住時の思い出にふけっていると、こんな気分になることばっかりだ。
シャトーの窓から庭園を見る。窓の手前にフランス国旗が5本もまとめて飾られているのが見える。何か深い意味があるのだろうか?
見学し終わり、展示物に刺激されたのか、売店でフランス語によるフランスの歴史書を買う。といっても子供向けのかわいいイラストが入っている本なのが情けない。

シャトーを出て、再びテラスからパリ近代都市を眺める。ちょうどいい具合に夕陽が高層建築群を照らしてくれていた。これなら少しはサマになる
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「フランスの庭」を離れて

2005-10-22 23:37:32 | フランス物語
ジュマイユ美術館を出て東に向かう。
まだ霧は晴れない。
ロワール川の近くにある職人の組合博物館に入る。
家具などの展示品を見る。
すぐそばにトゥレーヌ・ワイン博物館がある。ワインに関することなので、チェックしておきたかったのだ。
階段を下りて行く。
入り口を見るが、残念ながら閉まっていた。この時期、一時的に閉鎖していたようだ。

さらに東に行き、城塞の遺跡があるところから、サン・ガシアン大聖堂に行く。
ここで昨日のバスに乗っていたスペイン三人娘にすれ違う。
大聖堂のそばには、必ず物乞いの人がいる。少し避けて、中に入る。
この大聖堂もフランスに多い、ゴシック建築である。
正面から見ると、特に上の方は、装飾が多く、少し落ち着きがないように感じる。
あくまで個人的な好みだが、シャルトルのようにすっくと尖塔が天に伸びているか、パリやアミアンのようにもう少し落ち着きがあるほうがいいように思える。
しかし、そばの美術館のきれいな庭園から見た、サン・ガシアン大聖堂の後姿は、霧の効果も相まって、装飾を抑え、美しく見えた。

トゥール行きに際して、さる女性から引き継いだガイドブックを持っていったのだが、その中の地図の一箇所に手書きで名前が書いてあったので探してみる。
そこは小さなホテルになっていた。
他人のことはあまり気にしないたちなのだが、このときばかりは、どの城に行ったのだろう、誰と行ったのだろうなどと余計な詮索をしてしまった。

昼過ぎ、「フランスの庭」からパリに戻る。
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