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火山灰吸入による疾患と珪肺症

2009年10月26日 05時20分08秒 | 外因による肺疾患
珪肺症silicosisは珪素(silicon)と酸素が結合した遊離珪酸(silica=SiO2)や、silicaが他の陽イオンと結合した珪酸塩(silicate)などを吸入することにより発症する。珪素は地殻に多量に含まれる元素であるため、鉱山などの採掘やトンネル工事、石の切り出し・加工など様々な職業で暴露され、すでに江戸時代には知られていたようだ(成人病と生活習慣病 2006; 36: 749-754)。そして火山灰にも3~7%のfree crystalline silicatesが含まれているのだが、こちらはあまり認知されていないのではないだろうか。活火山は世界各地に存在するものの、火山灰の成分はそれぞれ大きく異なるものではない。日常的に噴火の影響を被っている地域では呼吸器系への影響が懸念される。

桜島は火山列島日本の中でもとりわけ活動性が高く大正3年の大爆発時には東北地方にまで降灰がみられたという。その火山灰中にはSiO2が約58%含まれ、1980年代のウサギに火山灰を吸入させた研究によれば、胸部X線にて全肺野に粒状影がみられ、病理組織所見で慢性気管支炎、気管支肺炎、線維性増殖を呈したという(産業医学 1984; 26: 130-146)。しかしその後、動物実験において化学物質の暴露が過剰であれば、本来障害性の少ないものでも線維化を起こすなどの理由により、有害性を正しく評価できないことが明らかにされている(エアロゾル研究 2009; 24: 129-134)。また成分や暴露量のみならず、火山灰粒子の大きさ、濃度との関連についても検討が必要であり、たとえばさまざまな化学物質のうち、ミクロンサイズでは障害性が少なく、ナノサイズで障害を引き起こすものもあるようだ(産衛誌 2008; 50: 37-48)。従って基礎研究のみから火山灰の影響を結論するのは困難であり、火山灰の気管内注入により結晶質silicaよりも弱いながら炎症、線維化所見を認めたとする報告がある(Inhal Toxicol 2002; 14: 901-916)一方で、火山灰は高濃度であってもin vitro、in vivoいずれも肺細胞への毒性はほとんどないと主張するものもあり(Am J Public Health 1986; 76(3 suppl): 59-65)、必ずしも一致した見解があるわけではない。

桜島に関しては疫学的に、学童において喘息の頻度が高く、気管支炎や肺気腫での死亡が多いことを示すものもあるようだが、現時点で臨床的に最も研究されているのは、1980年のセント・ヘレナ火山噴火である(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders, 1999)。噴火の影響で死亡した35名のうち、25名で剖検が行われ、粘液と吸入された火山灰による大きな気道の閉塞による窒息が主要な所見であったという。また、その地域では咳、喘鳴、呼吸困難など、おそらく気道刺激に続発したと思われる急性呼吸器症状を訴える患者が軽度増加し、地域の医療施設では喘息や気管支炎患者の救急受診が顕著に増加したと報告されている(JAMA 1981; 246: 2585-2589)。一方、長期の影響についてはセント・ヘレナ山周辺の林業者712人を大噴火後4年間追跡した報告があり、噴火後1年の間に肺機能検査で1秒量が暴露の程度に関連して有意に低下したものの、4年後までにその影響は消失した。胸部X線異常の出現数に差はなかったという(Am Rev Respir Dis 1986; 244: 526-534)。三宅島噴火においては火山灰吸入により細気管支炎・器質化肺炎を発症した症例が報告されている(日呼吸会誌 2006; 44: 192-196)。現時点では火山灰吸入の長期的影響については明らかでないといわざるをえない。

ところで一般に珪肺症所見が画像に現れるには10~20年もの暴露が必要であるとされる。しかしながら少数の患者では5~10年以内の暴露で症状が出現することが知られ、accelerated silicosisと呼ばれている。もっとも、これは早期に発症し進行が早いことを除けば画像所見、臨床所見、病理所見は古典的な珪肺症と同様である(Lancet 1991; 337: 341-344)。

ところが、これらとは様相を異にし、急速に進行するものもある(acute silicosis)。これは珪素の大量暴露によるとされるが数ヶ月~数年以内に発症し、死に致るものである(Dis Chest 1969; 55: 274-278)。胸部CTにて両側性の肺野背側のconsolidationや多発性の小葉中心性結節として認められ、しばしば石灰化を伴う(J Thorac Imaging 2001; 16: 127-129、Am J Roentgenol 2007; 189: 1402-1406)。病理組織では慢性型でみられるようなsilicotic noduleはあまり見られず、間質は炎症細胞により肥厚しており、軽度の肺線維化が見られることが多い。剥離した肺胞上皮細胞、マクロファージ、silica particleが肺胞腔内にみられるが、特徴的なのはPAS陽性の物質が肺胞腔内に充満していることで、肺胞蛋白症に類似した所見を呈することからsilicoproteinosisとも呼ばれている(Interstitial Lung Disease 4th ed. BC Decker Inc, 2003)。臨床的には気胸を合併する例もまれではないとされ(日呼吸会誌 2003; 41: 117-122)、急性腎不全を合併した症例も報告されている(Am J Med 1978; 64; 336-342)。暴露回避やステロイド治療にも抵抗し、進行する予後不良な疾患である。ただし病理学的にsilicoproteinosisを示すものが必ずしもacute silicosisとは限らないことに注意が必要だ。20年のトンネル作業でdiffuse interstitial pneumoniaを発症し、さらにその16年後に進行し死亡した症例でsilicoproteinosisを認めたとする報告がある(Eur Radiol 2005; 15: 2210-2211)。

塵肺は多くの場合、画像所見から診断することも可能である。しかし、上述したように典型的なものばかりとは限らない。しかも歯科技工士など予想外の職種でもみられることがあり(日呼吸会誌 2002; 40: 579-582)、呼吸器専門医でさえ盲点となりうる疾患の一つである。多忙な診療の中で粉塵暴露に関する病歴の聴取がおろそかになりがちなのだが、基本に忠実であるべきことを改めて心にとめておきたい。 (2009.10.26)

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