今日も明日も元気

おやじの本音を綴ります。

2020/03/20 ウォーキング

2020-03-20 10:42:20 | 日記
リハビリ編
初めての入院日記
2020/03/20 ウォーキング


はじめに
本来なら大所高所で会社の進路を見極めながら舵取りを託す後継を育てておかなければいけない事はもちろんよくわかっている。しかし現場での深刻な人手不足、人材不足が原因で廃業となる事は避けたい。この二年近く現場復帰する事で業績悪化は防ぐことができた。このペースで今期は経営安定化ランディングを見据えて5年計画をスタートさせようと思っていた矢先…なぜこのタイミングなのか?自分が撒いた種なので痛い思いをするのは構わない。しかしこの事によって家族、社員に少なからず負担が増す事が辛い。「人間万事塞翁が馬」と言うが今回の入院によって何がもたらされるのか…反省と自戒からふたたび立ち上がるまでを記録していく。
2020/03/20 ウォーキング
 主治医から骨盤骨折部のレントゲン写真を見せられヒビ割れが薄くなっていると説明を受けた。正直言って素人目ではどこにヒビがあるのか判りにくいが経過は良好という事だ。退院日をいつにするか打ち合わせしようという話も出てきて何より良かった。
 リハビリでも松葉杖からノルディックスティックに進化した。初めて使うスティックは骨折部の痛みを軽減するというよりウォーキングを安定させる目的とのこと。胸を張り手を振る様に堂々と歩くのがコツと言われて廊下を歩いてみた。なるほどただポトポト歩くよりも健康的で気分も爽快になる。勢い付いてこのまま春の畦道を歩いてみたくなる。
 左脚を通じて関節部に若干の痛みを伴いながら久々に自分の体重を感じる。歩みをすすめる時に右脚から解放された体重が左脚に全て掛かってくる。今までは当たり前の様に繰り返されてきたこの体重移動をしっかりと感じながら一歩一歩を丁寧に歩く。これから日常生活に戻った時にはおそらく忘れてしまうこの感覚を今は感謝とともにリハビリに専念する。
 もうすぐ桜の季節。近くの公園を散歩する日を待ち遠しく思う。
 ところで
 世界的な株暴落が連日報道されている。あのリーマンショックによって苦しめられた日々を思い出してしまう。自分たちが何か特別な事をした訳でも無いのに突然訪れる不況に嘆いたところで救世主が現れるわけではなかった。懸命に立て直してきた事業もやっと安定してきたと思っていたところにこのケガさらにコロナ不況…退院後の課題は山積みだ。

2020/03/12 筋力トレーニング

2020-03-12 08:18:51 | 日記
リハビリ編
初めての入院日記
2020/03/12 筋力トレーニング


はじめに
本来なら大所高所で会社の進路を見極めながら舵取りを託す後継を育てておかなければいけない事はもちろんよくわかっている。しかし現場での深刻な人手不足、人材不足が原因で廃業となる事は避けたい。この二年近く現場復帰する事で業績悪化は防ぐことができた。このペースで今期は経営安定化ランディングを見据えて5年計画をスタートさせようと思っていた矢先…なぜこのタイミングなのか?自分が撒いた種なので痛い思いをするのは構わない。しかしこの事によって家族、社員に少なからず負担が増す事が辛い。「人間万事塞翁が馬」と言うが今回の入院によって何がもたらされるのか…反省と自戒からふたたび立ち上がるまでを記録していく。
2020/03/12 筋力トレーニング
 リハビリのインストラクターはグループで患者を担当する。わたしを担当してくれるのは少し思い込みの強いところはあるが親身になって世話をしようという思いが溢れている男性リーダーと可愛い女子4人と男子1名の6人が交代で世話をしてくれる。とくに女子たちは3人が高校の後輩ということで可愛くて仕方がない。長女と同年代の娘たちがまだ硬直している脚の筋肉を揉みほぐしてくれる…もっと年老いたときにはあるかもしれない感動を前倒しで感じている。いやその時はこんなに優しさに溢れたものではないかもしれない…
 今日は転院してこれまで一週間のリハビリ成果をチェックされる。左脚への荷重負荷が20kgに制限されていたが経過が良さそうですあれば40kgに倍増される。どのような判断基準によるものになるのかは不明だが自己申告であるならば全く問題ない。
 これまでは車いすによる移動しか認められなかったが許可されれば補助として松葉杖を使用しながら歩行訓練が始まる。そこで上半身の筋力も鍛えておこうとトレーニングする。もともと痩せっぽっちを克服したい願望があり何度かジムに通うか迷ったが今さら感と時間が取れない事もあり諦めていた。まさかここで体験できるとは思わなかったがストレス解消にもつながり夜もよく眠れるようになった。もちろんプロテインも再開して筋肉増強に励む…目的が違うか(笑)
 ところで
 お騒がせの感染症はなぜかジムで拡散されたという事例が多い様な?ジムに通う人たちとはどの様に分類されるのだろうか?まず自身の動機からすれば健康志向である事。何らかの目的があるからお金と時間を使ってジムで鍛えようという人たちだ。逆にいえばお金と時間のある人たちという事になる。しかも海外で感染してくる訳だから相当余裕がある人たちだろう。初期段階でここにセグメントできれば拡散も抑えることができたかもしれないが…事ここにいたっては仕方のないこと。もう揚げ足取りの話しはそろそろにして前向きな議論を始めてほしいな。

2020/03/09 何もない幸せ

2020-03-09 17:56:31 | 日記
リハビリ編
初めての入院日記
2020/03/09 何もない幸せ


はじめに
本来なら大所高所で会社の進路を見極めながら舵取りを託す後継を育てておかなければいけない事はもちろんよくわかっている。しかし現場での深刻な人手不足、人材不足が原因で廃業となる事は避けたい。この二年近く現場復帰する事で業績悪化は防ぐことができた。このペースで今期は経営安定化ランディングを見据えて5年計画をスタートさせようと思っていた矢先…なぜこのタイミングなのか?自分が撒いた種なので痛い思いをするのは構わない。しかしこの事によって家族、社員に少なからず負担が増す事が辛い。「人間万事塞翁が馬」と言うが今回の入院によって何がもたらされるのか…反省と自戒からふたたび立ち上がるまでを記録していく。
2020/03/09 何もない幸せ
 午前中に1クール、午後2クールのリハビリで1日のスケジュールも少し忙しくなりどうしようも無いほど落ち込む事も無くなったような気がしてきた。しかし今まさしくそうである様にこんな事を思いブログにしている瞬間は落ち込んでいる…何やってんだろう。
 インストラクターは患者の症状回復メニューに従ってリハビリする。骨盤骨折だが外科手術は行わず自然回復力で繋がるのを待つ。事故当初は少しでも脚を動かすと激痛で身体が痙攣し大袈裟に声が漏れたりしたが、この頃では骨折した事を忘れてしまうほど痛みも無くリハビリのマッサージに心地良さを感じている…何やってんだろう。
 個室という事もあり看護師が三度の食事を運んでくれるほか不便は無いかと尋ねてくる。食後はドリップ式のコーヒーを飲み、就寝前にシャワーを浴び、保湿クリームを塗りながら爪や踵の手入れをしたりリゾート気分…何やってんだろう。
 夜になるとこのまったりとした虚無感が「そろそろ緊張感を持たないと復帰後のギャップに耐えられ無いのではという不安」を増幅させる…大丈夫か俺?
 入院患者の多くは高齢者で、失礼かもしれないけど中には認知症も発症しているお年寄りもいる。煩悩を捨て去り自然に生きる幸せ…まだ俺には早すぎる。
 ところで
 どこかの有名大学の学長がAI時代を生き残るためには数学知識の向上をはかるべきだと仰せだ。確かにAIは数値上のデータを分析する能力は高い。しかしただそれだけだ。問題はそれをどのように活かすかという発想が必要なのであって別にAIの仕組みそのものを理解する必要があるのだろうか?まあ多くの人が学歴こそが人の能力を測る物差しと思っている現実があるのは確かだけど。

2020/03/06 リハビリテーション

2020-03-06 07:17:06 | 日記
リハビリ編
初めての入院日記
2020/03/06 リハビリテーション


はじめに
本来なら大所高所で会社の進路を見極めながら舵取りを託す後継を育てておかなければいけない事はもちろんよくわかっている。しかし現場での深刻な人手不足、人材不足が原因で廃業となる事は避けたい。この二年近く現場復帰する事で業績悪化は防ぐことができた。このペースで今期は経営安定化ランディングを見据えて5年計画をスタートさせようと思っていた矢先…なぜこのタイミングなのか?自分が撒いた種なので痛い思いをするのは構わない。しかしこの事によって家族、社員に少なからず負担が増す事が辛い。「人間万事塞翁が馬」と言うが今回の入院によって何がもたらされるのか…反省と自戒からふたたび立ち上がるまでを記録していく。
2020/03/06 リハビリテーション
 治療(ただ安静にしていただけだが…)から回復の段階に移った。本来なら融通が効くであろう同級生の外科病院も視野にあったが、この先何かと後遺症が残っても困るので地元でも評判の良い回復病院に転院することにした。
 まずは左脚へ徐々に荷重を掛けて行くということ。「どのレベルまでいけば納得できるのか?」なかなか聞きにくい事を聞いてくる主治医だ。「元どおりにします」なんて事は絶対に言わないタイプだ。患者の自覚症状で「まだ治っていない」と言われたらエンドレスな治療となる可能性があるわけで、具体的に本人から目標を言わせて「はい。予定通り当初の目的は達成できたので治療は終了です」ということかな?早く退院して仕事にも復帰したいし、だからといって中途半端で退院しても結局自宅療養なんて事になったところで面倒くさいし…「経過見ながら考えます」差し障り無さそうな答えで濁した。
 面会規制は予想通りで県病よりも厳しい。私立病院で院内感染なんて起こそうものなら死活問題になるわけで当然だ。高齢者も多そうだし…ただ通所リハビリも行っているようなので大変だろうなぁと察する。何かと電話連絡もあるしできる範囲の仕事もしたいのでここでも個室を希望したがさすがに特室とは思っていなかった。確かに専用の浴室まで備えているのはありがたいが家族すら病室に入れない状況での10m×10mの広さは勿体無い。せめて特室のプライオリティぐらい認めて欲しいので交渉はしてみよう。
 ところで
 新型肺炎感染者の情報がメディアをはじめネット上で溢れているが、もういいではないかと思う。何かの虫(苦手な人が多い)が1匹出たらその家には100匹はいると言われる。全く根拠のない引き合いだが今回は虫の卵ではなくウィルスだ。いつ自分が感染したなど知る由もなければ勿論自覚などあり得ない。もうかなりの潜在感染者がいると思った方がいい。その上で発症しないために何をすべきかを講じる方が早期収束させるのには効果的だと思うけど…

2020/03/05 転院

2020-03-05 05:25:19 | 日記
県病編
初めての入院日記
2020/03/05 転院


はじめに
本来なら大所高所で会社の進路を見極めながら舵取りを託す後継を育てておかなければいけない事はもちろんよくわかっている。しかし現場での深刻な人手不足、人材不足が原因で廃業となる事は避けたい。この二年近く現場復帰する事で業績悪化は防ぐことができた。このペースで今期は経営安定化ランディングを見据えて5年計画をスタートさせようと思っていた矢先…なぜこのタイミングなのか?自分が撒いた種なので痛い思いをするのは構わない。しかしこの事によって家族、社員に少なからず負担が増す事が辛い。「人間万事塞翁が馬」と言うが今回の入院によって何がもたらされるのか…反省と自戒からふたたび立ち上がるまでを記録していく。
2020/03/05 転院
 ついにこの日がやって来た。およそ1ヶ月をここで過ごしたいまにして思えば随分と恵まれた環境だったと思う。
 朝はほぼ毎日5時前に目が覚め、数歩で届くトイレで用を足し、6時きっかりに点灯。夜勤担当の看護師が温かい顔拭き用おしぼりと共に検温と血圧測定。お世話係のオバさん(この階は2名のパートさん担当)がお茶とお湯を持ってくる。7時過ぎに朝食が配膳される。朝食後はルーチンとして車イスで地下のローソンに行き街カフェ飲みながら日経新聞を読む。部屋に戻って昼まではPCに向かったり本を読んだり見舞い客(このところは感染症対策で面会禁止となったが…)と面会したり…昼食後も午前中と同じような時間を過ごすが週に一度だけシャワー浴ができる。温かいシャワーを浴びる…生き返る瞬間を感じ意味のない定番の悦びの声が漏れる。また同じく週に一度おそらく外科部長ご一行の回診がある。「いかがですか?」「大丈夫です」の二言でご一行は退出し次なる病室へ移動する。途中、部屋の掃除やベッド回りのアルコール除菌などのメンテナンスがあり夕方5時過ぎ(昼前にも)には再びオバさんがお茶とお湯を持ってくる。6時過ぎに夕食を取って微睡むうちに夕方の検温と血圧測定。消灯までローソンで購入した缶コーヒーとチョコレートを摘みながら再び微睡む。消灯後もおそらく2時間おきに夜勤看護師が様子見に部屋を覗きに来ていた…
 この毎日を刻むようにここで過ごし腰の痛みも随分と和らいだ。入院当時、ままならぬ身体に情けなさと後悔を感じていた記憶が薄れつつある。身体と精神両面で回復している事を実感し今日この病院を退院する。ありがとう県病スタッフの皆さん。
 ところで
 期待と希望を持っての転院となるのだが、どうも描いたイメージが随分と違っているのではないかという不安が大きくなってきた。これは義務教育からの解放に夢を膨らませた少年が進学校の3年間に失望した記憶が呼び戻されているから…「何だよ、話しが違うじゃねえか」少しドキドキの転院の朝を迎えている。