ep第26話← →ep第28話
********************
11月頭の紅天女成功祈願祭を終え東京に戻ってきたのち、
いよいよ本格的に稽古がスタートされた。
来春の公演は東京・大阪・名古屋の3都市公演
演出黒沼の気合もみなぎる。
「でも、先週梅の里に行けて良かったです。
なんとなく、気持ちがすっきりして、これからまた阿古夜になれるんだ、
紅天女を演れるんだ、って全身に電気が流れた気がします。」
雑誌の取材を受けるマヤ、最近はこういった
女優・北島マヤとして取材を受ける事も多くなってきた。
自分は舞台をおりると平凡な、どこにでもいる女の子だから・・と
最初はかたくなに拒んでいたのだが、
先月からOA開始されているマヤのシャンプーのCMが
大変話題となり、
普段の素朴なマヤが一転大人の女性の色香を見せるそのギャップに
新たなファン層がついてきている。
「髪型は、しばらくは紅天女があるからこのままです。
将来的には、そうですね、バッサリ短くしてみたいなって思う時はあります」
女性向けファッション誌の取材とあって、話題は舞台の事、映画の事、そして
ファッションや美容の事などにも話が及ぶ。
「好きな物はイチゴ!とか、趣味は編み物!とか言わなくて大丈夫ですか??」
普段そう言った取材に慣れないマヤは事前にマネージャーの大原に
そんなことを聞き大笑いされた。
「だって・・・・、以前大都にいた時にはそう言えって・・・」
その当時、現役高校生女優として猛烈な売出しをかけていた頃のトラウマが
こんな所にも・・・
「ぷっ。大丈夫よ、マヤちゃん。思う通りに答えて大丈夫、但し・・・」
恋愛ネタだけは絶対NGだからね。
「今は仕事が恋人です」
この使い古されたセリフを、マヤは微笑とともに口にした。
"ま、確かに仕事の鬼だけどね・・・くふふ"
ふと思い出すしかめっ面の真澄の顔に、思わず笑いが漏れる。
その柔和な笑顔はまさに少女から大人への変換期の女性が放つ
みずみずしさそのもの
インタビュアーもほう・・・とため息をつくほどだ。
"かつてはあの天才女優姫川亜弓と比べられて、地味な子だと思っていたけれど・・・"
今、大都芸能が最も力を入れている女優北島マヤのPR記事の
意味合いも強いこの取材だったが、
気付けばインタビュアーもマヤの不思議な魅力に取り込まれかけていた。
**
「そろそろ気を付けた方がいいかもしれません。」
雑誌取材の後、稽古場へ送り届けたマネージャー、大原は
自身の会社社長であり、マヤの恋人でもある真澄の元を訪ねそう言った。
「具体的には」
「マヤちゃんの女性としての魅力が、本人の自覚していない所で
出てきている事です。」
マヤのマネージャーとして働くようになってもうすぐ8ヶ月
その間、誰よりも間近でマヤの事、そして真澄とマヤの事を見てきた。
実際マヤは裏表のない人物で、大原のことも信用し、言う事も素直に聞き入れる。
基本的に真澄との関係で気持ちを乱すことはないし、
(かつてどうだったかは知らないが)
仕事に影響を与える事もまずない。
対する真澄も、社長という立場にありがちな
権力行使でわがままを通そうとすることもない。
『お気に入り女優』と言われるような無理な仕事は入れないし、
仕事に影響が出るようなプライベートなスケジュールを
指示することもなく、なによりもマヤの仕事を優先に考えているくらいだ。
(たまの伊豆はむしろ真澄の方が無理をしているような
過酷スケジュールだし)
それでいて恋人としてのマヤから特に不満の声が出ないということは、
それなりにプライベートでのフォローも行き届いているのだろう。
芸能界での交際において、これ以上の対応はないというほど
周囲のバックアップと本人の心がけがそろっていることは珍しい。
「当初の予定では、マヤちゃんは出来るだけ素のまま、特に無理に
隠したりさせずにのびのびとさせる方針だったかと思います。」
舞台を下りたマヤに演技をさせることは無理、それは誰より
真澄が知っている。
「恋人はいません」という建前以外はほぼ普段通りに接しているし、
実際マヤと真澄の掛け合いは、昔も今も変わらず公の場でも見られている。
「これまでは、言葉はあれですがマヤちゃんが"子ども"でしたから、
外で見ていても特に違和感は感じませんでしたが」
特にあのCMが放送開始されてから、世の中に広がる、
『北島マヤ、実はきれいなんじゃない』疑惑(?)が
その影に男ありという当らずとも遠からずな興味を買っている。
「あの・・・・こういうと大変失礼かとは思うのですが・・・」
「・・・・大原君、こと今回の件において私に遠慮など無用だ。
思う事があればはっきり言ってもらって構わない。」
大原の逡巡を見通すかのように、真澄がそう告げた。
「・・・ありがとうございます。でははっきりと言わせて頂きますと、
業界内関係者であれば、社長が女優を商品としてしか見ておらず、
女には興味のない仕事人間であることはよく知られたことではありますが」
「確かに遠慮なくとはいったが・・・」
「・・・・続けます。とは言ってもただ見た目だけで言えば、社長は大変
お若いですし、仕事もできる、何よりスタイルも顔も美しい、いわば
大変魅力的な男性です。」
「褒められているのか、けなされているのか・・・」
「これまではマヤちゃん側の子どもっぽさが幸いして、お二人のご様子は
特に問題なかったかと思います、しかし今後ますますマヤちゃんから
大人の女性らしさが出てくるようになるとあるいは・・・」
「つまり二人の関係が疑われる可能性があると。」
「はい、まあさすがに社長との関係にダイレクトにいくとは思いませんが、
少なくとも今後、何らかの形で男性とのスキャンダルが噂されかねないとは思っています。」
何やら思案気な真澄は、手にしていたタバコをそばの灰皿に押し付けて消した。
「とはいっても、あの年代の女優が女性らしさを見せることは
仕事においてとても重要ですし、今後の仕事の幅も広がります。」
「確かに。あのCM放送開始後に入ってきたオファーはいずれも
今までにない女としての演技を求めるものが増えたな。」
紅天女での圧倒的な愛の演技、これまでの北島マヤは実際とのギャップが
魅力の一つでもあった。
自身の恋人が、どんどん美しくなるという評判に嬉しさを感じないはずがない。
その一方、仕事のパートナーとして、頭の痛い問題でもある。
「とにかくなるべくマヤの側にいて、少しでも疑われるような状況を作らないように注意して
くれるか。」
私もなるべく気を配るように心がける、と真澄は短く告げた、その時・・・
真澄の机上の内線が音を鳴らす。
「速水だ。」
「打合せ中に申し訳ございません。急な案件が入ってまいりましたので。」
現在のお打合せ内容に関係するものかと思い、おつなぎ致しました
内線の向こうからは、淡々とした水城の声が響いていた。
すまない、ちょっとそこで待っていてくれ
大原に短くそう告げるとなにやら電話先の相手と短く話をした真澄は、
受話器をおくや、
「早速起こったようだ。今から緊急ミーティングだな」
と淡々と告げた。
**
「これは一体どういうわけだ。」
「えと・・・」
「いつ撮られた写真だ?」
「先週の水曜日・・・、『紅天女』の稽古が休みの日だったから」
「だから?」
「朝から二人で舞台を観に行って、その後一緒に食事をして、
買い物して帰るっていったら、じゃあ荷物持つの手伝ってくれるっていうから・・・」
「だからこうやって深夜に二人でトイレットペーパーやら抱えて歩いていたわけか。」
深夜に二人きりで生活用品を買っているとはな・・・
真澄の射るようなまなざしにとうとうマヤの堪忍袋の緒が切れた。
「んもう!速水さん、いい加減にして下さい!二人っきりでってだってこれ・・・・」
どっからどうみても、麗じゃない!
数時間前、真澄の元に北島マヤのスクープ写真に関する
雑誌掲載の情報が入ってきた。
『紅天女』北島マヤ 深夜のラブラブ半同棲デート
背の高いイケメン男性と親しげに話しながら、日用品を購入し、
二人で自宅マンションに消えていった
概ね記事にはそのような内容がまとめられていたが、
そのマヤの隣にいたというイケメン男性は、帽子をかぶった青木麗だったのだ。
「からかうのもいい加減にして下さい。」
稽古がえりに大原に連れられやってきた大都芸能社長室で、マヤはほっぺたを
ぷくっとふくらませて抗議した。
「ハッハッハ、すまないすまない。ちょっとやりすぎたな。悪い。」
しかしな、と真澄はタバコに火をつけやや表情を戻して話した。
「こうやって青木君の顔にモザイクをかければ、これだけでりっぱな
北島マヤデート現場写真の完成だ。」
「ひどい・・・・麗なのに・・・・」
確かに手元にあるゲラは麗の顔にモザイクがかかっており、
あたかもマヤが長身男性と親しげに歩いているように見える。
「それが週刊誌のやりくちだ。」
「でも本当の写真はこんなに鮮明なのに、わざわざこんな・・・」
確かにもう一方の手元にある元画像は、しっかりと麗の顔まで映っている。
「とにかく、こうやって写真に撮られることもあるってことを肝に銘じて、
これからは更にプライベートでも気を付けてもらわないとこまる」
何となく納得のいかないマヤだったが、確かに半ばねつ造とはいえこういって自分が
実際にスキャンダル雑誌に載るのをみるのは気持ちがいいものではない。
「こういった雑誌の記者なんて、真実なんてどうでもいいやつらばかりだ。
派手な見出しに、見たいと思わせる写真がついていればなんだっていい。
そんな奴らに足元をすくわれることのないように。」
真澄はそう言って、たばこの火を消した。
「・・・・使ってくれてるんですね。それ。」
マヤは先ほど真澄がタバコを押し付けた灰皿を指差した。
「ん?ああ、もちろん。」
その灰皿は依然マヤが映画撮影中に練習を兼ねた焼いていた焼き物のうちの一つ、
真澄にプレゼントしようと作った灰皿だった。
シンプルな薄づくりのお皿のようなものだが、縁にうっすらと、アルファベットのmをかたどった
模様が入っている。
「灰皿だったら、いつも速水さんの側にいて一番使ってもらえると思ったから・・・当たりですね。」
既に灰皿には山盛りのタバコが溜まっていた。
「大事に使っているよ、マヤ。」
ありがとうといつものようにマヤの頭を軽くなでる。
「・・(コホン)・・社長・・・。」
「あ、ああ。ま、とにかくこの記事に関してはこちらでなんとかしておくから、
以後気を付けるように。」
甘いムードになりかける所をかろうじて大原の存在で回避した真澄は、
名残惜しさをかみ殺しながらマヤを引き取らせた。
**
「気を付けたまえとは・・・俺が言えた言葉か。」
「真澄さま?どうされましたか。」
いつもの地下駐車場で、例のごとく極秘報告書を提出した聖は、
真澄の独り言に反応した。
「ふ。いや。マヤにとって俺は一体どんな存在なのかなと思っただけだ。」
相手が麗だったということはさておき、スクープされた写真に写る
マヤは本当に楽しそうに笑っていた。
外で堂々と、二人で歩きながら日常会話を楽しむ、
そんな日は一体いつになったら来るのだろう。
気をゆるめて過ごせるといえばせいぜい伊豆の別荘ぐらい、
あとは密室空間でしか二人きりの時間を楽しめない状態で、
マヤは本当に満足しているのだろうか。
「案外お強い方ですよ、マヤさまは。」
聖はそういって真澄をなぐさめた。
「真澄さまのお気持ちはとてもよく分かっていらっしゃると思います。
むしろ自分の方こそ、演技の事で頭がいっぱいになると何もできなくて
申し訳ないと思っているくらいですから。」
一体聖がいつそんな情報を手にしたのかが若干気になったが、
その言葉に少し安心した真澄は、
「まあ俺も、いつまでもこのような状況でいることを好ましいと思っている
わけではないからな。」
と発した。
鷹宮家との縁談が解消されてから一年、
ようやくビジネス面での問題も落ち着いてきた。
あれほど壁になるかと思われた英介も、千草からの言葉がきいたのか
何も言ってこない。
そしてなにより、鷹宮紫織。
彼女も一時の心神喪失からはほぼ回復し、
以前のように庭で花を育てられるほどまでの穏やかさを見せているようだ。
「元来のお体の弱さがありますので、まだそれほど回数は多くないようですが、
食事に出かけたり、美術館に行けるほどには体調も戻ってきているようです」
会わない方がいい、鷹宮ともそのように決着し、
最後の別れの日以来、真澄は紫織と顔を合わせていない。
定期的に聖が紫織の様子を報告してくる以外は、これまでほとんど
状況を推し量る材料はなかった。
「マヤさまとは、お会いになられたとか。」
「ああ。去年の紅天女公演を一度見に来たらしい。
その時楽屋に挨拶に来たそうだ。」
紫織に対する責任は真澄にある。
しかし今の真澄に直接的に手助けをする術はない。
「マヤが・・・」
「なんでしょう?」
「いや、マヤが気にしているんだ。はっきりと口にするわけではないが、
紫織さんが元気になっているかどうか、まるで自分の責任のように。」
恐らくマヤの心の中には、消せない紫織への贖罪の念がある。
自分の存在が紫織の心を乱し、自分が紫織から婚約者を奪ったと。
しかしそんな風に思う事で、今度は真澄を追い詰めるとでもいうかのように、
マヤは二人の時に一切そのようなことを会話にあげることはない。
かといって真澄からその話題に触れる事もためらわれた。
「大丈夫です。マヤさまは真澄さまの事を心配していらっしゃるのです。」
「ふ・・、そうだな。」
ふかしていたタバコを消すと、真澄はいつもの仕事の顔に戻った。
心身ともに安定した環境を得るためにも、
早くマヤを女優としてもう一回り大きく成長させなければ・・・
そして・・・
寒風の中、決意を新たにする真澄だった。
「聖、ひとつ頼まれてくれないか」
**
「勘弁してくれよ。よりによって初スキャンダルの相手がマヤだなんて・・・」
結局『深夜のラブラブ半同棲デート』記事は、
写真にかかっていたモザイクを外すことと、記事の最後に
相手が青木麗であるということを明記させることを条件に
そのまま雑誌掲載されることとなった。
雑誌が発売されるや、
麗のもとには次から次へと冷やかしのメールや電話がかかってきて、
その対応に追われる麗は悲鳴をあげた。
「急上昇ワードで"青木麗"があがってるわよ。」
この状況を楽しむかのように、劇団つきかげの仲間が声をかけてくる。
「冗談じゃないよ。いつまでここにいなけりゃならないんだ。」
劇団つきかげが稽古に利用している地下劇場には、取材と名乗る記者が
多数押しかけたため、一時的に麗はかつてアルバイトをしていた
喫茶店に避難しているのだ。
「一躍人気者ね、麗。」
「バカいえ。あいつら結局の所マヤのスクープ記事が取りたいだけなんだ。」
最初は馬鹿正直に対応していた麗だったが、
記者が根掘り葉掘りとマヤの恋人の有無を聞き出そうとしていることに
辟易し、身を隠すことにした。
「でも、むしろ麗の方が話題になっているみたい・・・・」
何気なく付けたテレビでは、マヤの女優としての人となりから、
麗自身の人物像まで、どこからひっぱりだしてきたのか過去の舞台写真などを
使って事細かに説明されていた。
「まいったな・・・」
長年麗の追っかけをしているファンがインタビューに答える姿まで
放送されている。
「でもま、まさにスキャンダルを逆手に取った売り込み戦略は当たりね。」
麗の横で涼しげにジュースを飲むさやかが言った。
「今回の記事で、マヤはなにも傷つかないわ。むしろ中学生の頃から
ずっと一緒の女優仲間と休みの日も楽しく過ごしてるなんて
好感度が上がるばかり。
麗にしたって、今までずっと舞台に立ってきたけど、最近はモデル業も
初めて、少しずつ顔が売れ出したところにこの話題性。
さすが大都芸能の社長って感じ。」
そうなのだ。最初マヤのマネージャーから今回の記事のことで
連絡があった時は驚いた麗だったが、そのまま掲載されると聞いて
更に驚いた。
大都芸能の速水真澄なら、そんな記事の差し止めなどいくらでも可能だろうに、
なぜそうしない・・・・。
しかし結果としてさやかの指摘通り、マヤは取材に対しても明るく
麗との関係をアピールしているし、一般には無名の青木麗という存在も
にわかにクローズアップされていることは事実なのだ。
「わたしは大都の人間でもないのに・・・」
「狙ってるのかもよ、麗も!」
そういって意味ありげにウインクするさやか。
「まさか。」
さすがにそこまではないだろうとは分かっているが、それでもこれまでの
接点のなかで、速水という人物が先の事を考えずに物事を判断する
人物でないことはよく理解している。
「ほんと食えないヤツだ。」
悪態をつく言葉とはうらはらに、麗の中での速水真澄という人間の
イメージがまた塗り替えられていく気がした。
ep第26話← →ep第28話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
中長期的な話の流れがようやくできてきまして、
今はその踊り場的な時期なため、
なかなか話が進みませんが辛抱辛抱。
麗とかその他の劇団メンバーの活躍も
少しずつ書いていきたいです。
~~~~~~~~~~~~~~~~
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11月頭の紅天女成功祈願祭を終え東京に戻ってきたのち、
いよいよ本格的に稽古がスタートされた。
来春の公演は東京・大阪・名古屋の3都市公演
演出黒沼の気合もみなぎる。
「でも、先週梅の里に行けて良かったです。
なんとなく、気持ちがすっきりして、これからまた阿古夜になれるんだ、
紅天女を演れるんだ、って全身に電気が流れた気がします。」
雑誌の取材を受けるマヤ、最近はこういった
女優・北島マヤとして取材を受ける事も多くなってきた。
自分は舞台をおりると平凡な、どこにでもいる女の子だから・・と
最初はかたくなに拒んでいたのだが、
先月からOA開始されているマヤのシャンプーのCMが
大変話題となり、
普段の素朴なマヤが一転大人の女性の色香を見せるそのギャップに
新たなファン層がついてきている。
「髪型は、しばらくは紅天女があるからこのままです。
将来的には、そうですね、バッサリ短くしてみたいなって思う時はあります」
女性向けファッション誌の取材とあって、話題は舞台の事、映画の事、そして
ファッションや美容の事などにも話が及ぶ。
「好きな物はイチゴ!とか、趣味は編み物!とか言わなくて大丈夫ですか??」
普段そう言った取材に慣れないマヤは事前にマネージャーの大原に
そんなことを聞き大笑いされた。
「だって・・・・、以前大都にいた時にはそう言えって・・・」
その当時、現役高校生女優として猛烈な売出しをかけていた頃のトラウマが
こんな所にも・・・
「ぷっ。大丈夫よ、マヤちゃん。思う通りに答えて大丈夫、但し・・・」
恋愛ネタだけは絶対NGだからね。
「今は仕事が恋人です」
この使い古されたセリフを、マヤは微笑とともに口にした。
"ま、確かに仕事の鬼だけどね・・・くふふ"
ふと思い出すしかめっ面の真澄の顔に、思わず笑いが漏れる。
その柔和な笑顔はまさに少女から大人への変換期の女性が放つ
みずみずしさそのもの
インタビュアーもほう・・・とため息をつくほどだ。
"かつてはあの天才女優姫川亜弓と比べられて、地味な子だと思っていたけれど・・・"
今、大都芸能が最も力を入れている女優北島マヤのPR記事の
意味合いも強いこの取材だったが、
気付けばインタビュアーもマヤの不思議な魅力に取り込まれかけていた。
**
「そろそろ気を付けた方がいいかもしれません。」
雑誌取材の後、稽古場へ送り届けたマネージャー、大原は
自身の会社社長であり、マヤの恋人でもある真澄の元を訪ねそう言った。
「具体的には」
「マヤちゃんの女性としての魅力が、本人の自覚していない所で
出てきている事です。」
マヤのマネージャーとして働くようになってもうすぐ8ヶ月
その間、誰よりも間近でマヤの事、そして真澄とマヤの事を見てきた。
実際マヤは裏表のない人物で、大原のことも信用し、言う事も素直に聞き入れる。
基本的に真澄との関係で気持ちを乱すことはないし、
(かつてどうだったかは知らないが)
仕事に影響を与える事もまずない。
対する真澄も、社長という立場にありがちな
権力行使でわがままを通そうとすることもない。
『お気に入り女優』と言われるような無理な仕事は入れないし、
仕事に影響が出るようなプライベートなスケジュールを
指示することもなく、なによりもマヤの仕事を優先に考えているくらいだ。
(たまの伊豆はむしろ真澄の方が無理をしているような
過酷スケジュールだし)
それでいて恋人としてのマヤから特に不満の声が出ないということは、
それなりにプライベートでのフォローも行き届いているのだろう。
芸能界での交際において、これ以上の対応はないというほど
周囲のバックアップと本人の心がけがそろっていることは珍しい。
「当初の予定では、マヤちゃんは出来るだけ素のまま、特に無理に
隠したりさせずにのびのびとさせる方針だったかと思います。」
舞台を下りたマヤに演技をさせることは無理、それは誰より
真澄が知っている。
「恋人はいません」という建前以外はほぼ普段通りに接しているし、
実際マヤと真澄の掛け合いは、昔も今も変わらず公の場でも見られている。
「これまでは、言葉はあれですがマヤちゃんが"子ども"でしたから、
外で見ていても特に違和感は感じませんでしたが」
特にあのCMが放送開始されてから、世の中に広がる、
『北島マヤ、実はきれいなんじゃない』疑惑(?)が
その影に男ありという当らずとも遠からずな興味を買っている。
「あの・・・・こういうと大変失礼かとは思うのですが・・・」
「・・・・大原君、こと今回の件において私に遠慮など無用だ。
思う事があればはっきり言ってもらって構わない。」
大原の逡巡を見通すかのように、真澄がそう告げた。
「・・・ありがとうございます。でははっきりと言わせて頂きますと、
業界内関係者であれば、社長が女優を商品としてしか見ておらず、
女には興味のない仕事人間であることはよく知られたことではありますが」
「確かに遠慮なくとはいったが・・・」
「・・・・続けます。とは言ってもただ見た目だけで言えば、社長は大変
お若いですし、仕事もできる、何よりスタイルも顔も美しい、いわば
大変魅力的な男性です。」
「褒められているのか、けなされているのか・・・」
「これまではマヤちゃん側の子どもっぽさが幸いして、お二人のご様子は
特に問題なかったかと思います、しかし今後ますますマヤちゃんから
大人の女性らしさが出てくるようになるとあるいは・・・」
「つまり二人の関係が疑われる可能性があると。」
「はい、まあさすがに社長との関係にダイレクトにいくとは思いませんが、
少なくとも今後、何らかの形で男性とのスキャンダルが噂されかねないとは思っています。」
何やら思案気な真澄は、手にしていたタバコをそばの灰皿に押し付けて消した。
「とはいっても、あの年代の女優が女性らしさを見せることは
仕事においてとても重要ですし、今後の仕事の幅も広がります。」
「確かに。あのCM放送開始後に入ってきたオファーはいずれも
今までにない女としての演技を求めるものが増えたな。」
紅天女での圧倒的な愛の演技、これまでの北島マヤは実際とのギャップが
魅力の一つでもあった。
自身の恋人が、どんどん美しくなるという評判に嬉しさを感じないはずがない。
その一方、仕事のパートナーとして、頭の痛い問題でもある。
「とにかくなるべくマヤの側にいて、少しでも疑われるような状況を作らないように注意して
くれるか。」
私もなるべく気を配るように心がける、と真澄は短く告げた、その時・・・
真澄の机上の内線が音を鳴らす。
「速水だ。」
「打合せ中に申し訳ございません。急な案件が入ってまいりましたので。」
現在のお打合せ内容に関係するものかと思い、おつなぎ致しました
内線の向こうからは、淡々とした水城の声が響いていた。
すまない、ちょっとそこで待っていてくれ
大原に短くそう告げるとなにやら電話先の相手と短く話をした真澄は、
受話器をおくや、
「早速起こったようだ。今から緊急ミーティングだな」
と淡々と告げた。
**
「これは一体どういうわけだ。」
「えと・・・」
「いつ撮られた写真だ?」
「先週の水曜日・・・、『紅天女』の稽古が休みの日だったから」
「だから?」
「朝から二人で舞台を観に行って、その後一緒に食事をして、
買い物して帰るっていったら、じゃあ荷物持つの手伝ってくれるっていうから・・・」
「だからこうやって深夜に二人でトイレットペーパーやら抱えて歩いていたわけか。」
深夜に二人きりで生活用品を買っているとはな・・・
真澄の射るようなまなざしにとうとうマヤの堪忍袋の緒が切れた。
「んもう!速水さん、いい加減にして下さい!二人っきりでってだってこれ・・・・」
どっからどうみても、麗じゃない!
数時間前、真澄の元に北島マヤのスクープ写真に関する
雑誌掲載の情報が入ってきた。
『紅天女』北島マヤ 深夜のラブラブ半同棲デート
背の高いイケメン男性と親しげに話しながら、日用品を購入し、
二人で自宅マンションに消えていった
概ね記事にはそのような内容がまとめられていたが、
そのマヤの隣にいたというイケメン男性は、帽子をかぶった青木麗だったのだ。
「からかうのもいい加減にして下さい。」
稽古がえりに大原に連れられやってきた大都芸能社長室で、マヤはほっぺたを
ぷくっとふくらませて抗議した。
「ハッハッハ、すまないすまない。ちょっとやりすぎたな。悪い。」
しかしな、と真澄はタバコに火をつけやや表情を戻して話した。
「こうやって青木君の顔にモザイクをかければ、これだけでりっぱな
北島マヤデート現場写真の完成だ。」
「ひどい・・・・麗なのに・・・・」
確かに手元にあるゲラは麗の顔にモザイクがかかっており、
あたかもマヤが長身男性と親しげに歩いているように見える。
「それが週刊誌のやりくちだ。」
「でも本当の写真はこんなに鮮明なのに、わざわざこんな・・・」
確かにもう一方の手元にある元画像は、しっかりと麗の顔まで映っている。
「とにかく、こうやって写真に撮られることもあるってことを肝に銘じて、
これからは更にプライベートでも気を付けてもらわないとこまる」
何となく納得のいかないマヤだったが、確かに半ばねつ造とはいえこういって自分が
実際にスキャンダル雑誌に載るのをみるのは気持ちがいいものではない。
「こういった雑誌の記者なんて、真実なんてどうでもいいやつらばかりだ。
派手な見出しに、見たいと思わせる写真がついていればなんだっていい。
そんな奴らに足元をすくわれることのないように。」
真澄はそう言って、たばこの火を消した。
「・・・・使ってくれてるんですね。それ。」
マヤは先ほど真澄がタバコを押し付けた灰皿を指差した。
「ん?ああ、もちろん。」
その灰皿は依然マヤが映画撮影中に練習を兼ねた焼いていた焼き物のうちの一つ、
真澄にプレゼントしようと作った灰皿だった。
シンプルな薄づくりのお皿のようなものだが、縁にうっすらと、アルファベットのmをかたどった
模様が入っている。
「灰皿だったら、いつも速水さんの側にいて一番使ってもらえると思ったから・・・当たりですね。」
既に灰皿には山盛りのタバコが溜まっていた。
「大事に使っているよ、マヤ。」
ありがとうといつものようにマヤの頭を軽くなでる。
「・・(コホン)・・社長・・・。」
「あ、ああ。ま、とにかくこの記事に関してはこちらでなんとかしておくから、
以後気を付けるように。」
甘いムードになりかける所をかろうじて大原の存在で回避した真澄は、
名残惜しさをかみ殺しながらマヤを引き取らせた。
**
「気を付けたまえとは・・・俺が言えた言葉か。」
「真澄さま?どうされましたか。」
いつもの地下駐車場で、例のごとく極秘報告書を提出した聖は、
真澄の独り言に反応した。
「ふ。いや。マヤにとって俺は一体どんな存在なのかなと思っただけだ。」
相手が麗だったということはさておき、スクープされた写真に写る
マヤは本当に楽しそうに笑っていた。
外で堂々と、二人で歩きながら日常会話を楽しむ、
そんな日は一体いつになったら来るのだろう。
気をゆるめて過ごせるといえばせいぜい伊豆の別荘ぐらい、
あとは密室空間でしか二人きりの時間を楽しめない状態で、
マヤは本当に満足しているのだろうか。
「案外お強い方ですよ、マヤさまは。」
聖はそういって真澄をなぐさめた。
「真澄さまのお気持ちはとてもよく分かっていらっしゃると思います。
むしろ自分の方こそ、演技の事で頭がいっぱいになると何もできなくて
申し訳ないと思っているくらいですから。」
一体聖がいつそんな情報を手にしたのかが若干気になったが、
その言葉に少し安心した真澄は、
「まあ俺も、いつまでもこのような状況でいることを好ましいと思っている
わけではないからな。」
と発した。
鷹宮家との縁談が解消されてから一年、
ようやくビジネス面での問題も落ち着いてきた。
あれほど壁になるかと思われた英介も、千草からの言葉がきいたのか
何も言ってこない。
そしてなにより、鷹宮紫織。
彼女も一時の心神喪失からはほぼ回復し、
以前のように庭で花を育てられるほどまでの穏やかさを見せているようだ。
「元来のお体の弱さがありますので、まだそれほど回数は多くないようですが、
食事に出かけたり、美術館に行けるほどには体調も戻ってきているようです」
会わない方がいい、鷹宮ともそのように決着し、
最後の別れの日以来、真澄は紫織と顔を合わせていない。
定期的に聖が紫織の様子を報告してくる以外は、これまでほとんど
状況を推し量る材料はなかった。
「マヤさまとは、お会いになられたとか。」
「ああ。去年の紅天女公演を一度見に来たらしい。
その時楽屋に挨拶に来たそうだ。」
紫織に対する責任は真澄にある。
しかし今の真澄に直接的に手助けをする術はない。
「マヤが・・・」
「なんでしょう?」
「いや、マヤが気にしているんだ。はっきりと口にするわけではないが、
紫織さんが元気になっているかどうか、まるで自分の責任のように。」
恐らくマヤの心の中には、消せない紫織への贖罪の念がある。
自分の存在が紫織の心を乱し、自分が紫織から婚約者を奪ったと。
しかしそんな風に思う事で、今度は真澄を追い詰めるとでもいうかのように、
マヤは二人の時に一切そのようなことを会話にあげることはない。
かといって真澄からその話題に触れる事もためらわれた。
「大丈夫です。マヤさまは真澄さまの事を心配していらっしゃるのです。」
「ふ・・、そうだな。」
ふかしていたタバコを消すと、真澄はいつもの仕事の顔に戻った。
心身ともに安定した環境を得るためにも、
早くマヤを女優としてもう一回り大きく成長させなければ・・・
そして・・・
寒風の中、決意を新たにする真澄だった。
「聖、ひとつ頼まれてくれないか」
**
「勘弁してくれよ。よりによって初スキャンダルの相手がマヤだなんて・・・」
結局『深夜のラブラブ半同棲デート』記事は、
写真にかかっていたモザイクを外すことと、記事の最後に
相手が青木麗であるということを明記させることを条件に
そのまま雑誌掲載されることとなった。
雑誌が発売されるや、
麗のもとには次から次へと冷やかしのメールや電話がかかってきて、
その対応に追われる麗は悲鳴をあげた。
「急上昇ワードで"青木麗"があがってるわよ。」
この状況を楽しむかのように、劇団つきかげの仲間が声をかけてくる。
「冗談じゃないよ。いつまでここにいなけりゃならないんだ。」
劇団つきかげが稽古に利用している地下劇場には、取材と名乗る記者が
多数押しかけたため、一時的に麗はかつてアルバイトをしていた
喫茶店に避難しているのだ。
「一躍人気者ね、麗。」
「バカいえ。あいつら結局の所マヤのスクープ記事が取りたいだけなんだ。」
最初は馬鹿正直に対応していた麗だったが、
記者が根掘り葉掘りとマヤの恋人の有無を聞き出そうとしていることに
辟易し、身を隠すことにした。
「でも、むしろ麗の方が話題になっているみたい・・・・」
何気なく付けたテレビでは、マヤの女優としての人となりから、
麗自身の人物像まで、どこからひっぱりだしてきたのか過去の舞台写真などを
使って事細かに説明されていた。
「まいったな・・・」
長年麗の追っかけをしているファンがインタビューに答える姿まで
放送されている。
「でもま、まさにスキャンダルを逆手に取った売り込み戦略は当たりね。」
麗の横で涼しげにジュースを飲むさやかが言った。
「今回の記事で、マヤはなにも傷つかないわ。むしろ中学生の頃から
ずっと一緒の女優仲間と休みの日も楽しく過ごしてるなんて
好感度が上がるばかり。
麗にしたって、今までずっと舞台に立ってきたけど、最近はモデル業も
初めて、少しずつ顔が売れ出したところにこの話題性。
さすが大都芸能の社長って感じ。」
そうなのだ。最初マヤのマネージャーから今回の記事のことで
連絡があった時は驚いた麗だったが、そのまま掲載されると聞いて
更に驚いた。
大都芸能の速水真澄なら、そんな記事の差し止めなどいくらでも可能だろうに、
なぜそうしない・・・・。
しかし結果としてさやかの指摘通り、マヤは取材に対しても明るく
麗との関係をアピールしているし、一般には無名の青木麗という存在も
にわかにクローズアップされていることは事実なのだ。
「わたしは大都の人間でもないのに・・・」
「狙ってるのかもよ、麗も!」
そういって意味ありげにウインクするさやか。
「まさか。」
さすがにそこまではないだろうとは分かっているが、それでもこれまでの
接点のなかで、速水という人物が先の事を考えずに物事を判断する
人物でないことはよく理解している。
「ほんと食えないヤツだ。」
悪態をつく言葉とはうらはらに、麗の中での速水真澄という人間の
イメージがまた塗り替えられていく気がした。
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~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
中長期的な話の流れがようやくできてきまして、
今はその踊り場的な時期なため、
なかなか話が進みませんが辛抱辛抱。
麗とかその他の劇団メンバーの活躍も
少しずつ書いていきたいです。
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