(み)生活

ネットで調べてもいまいち自分にフィットしないあんなこと、こんなこと
浅く広く掘っていったらいろいろ出てきました

( ´艸`)☆更新履歴☆(´~`ヾ)

(ガラスの・Fiction)49巻以降の話、想像してみた*INDEX (2019.9.23)・・記事はこちら ※ep第50話更新※
(ガラスの・INDEX)文庫版『ガラスの仮面』あらすじ*INDEX (2015.03.04)・・記事はこちら ※文庫版27巻更新※
(美味しん)美味しんぼ全巻一気読み (2014.10.05)・・記事はこちら ※05巻更新※
(孤独の)孤独のグルメマップ (2019.01.18)・・記事はこちら ※2018年大晦日SP更新完了※

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ep第41話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2016-10-28 18:57:56 | ガラスの・・・Fiction
ep第40話←                  →ep第42話
********************
"困ったことになったな・・・"
気持ちばかりの変装であるキャスケットを更に目深に
かぶり直して、マヤは人知れずため息をついた。
ギュウギュウ詰めの人の群れに時折背中を抑える恐怖から
隣にいる柊あいの腕を必死につかんで体勢を整える。

都内中心部にあるとあるライブハウス
オールスタンディングの会場は若い女性の姿が多い。
何故普段とはあまりに対極にあるこんな場所にマヤの姿が
あるのか・・・。

時間は少しさかのぼる。


「ドラマ見てます!!昨日も泣いちゃった~」
そう言って柊あいはにこやかに笑った。
マヤ初主演ドラマ『Letouch of Love』で
マヤは大学生ミナトという幽霊役を演じている。
大学に通ったことがないマヤは、雰囲気だけでも
いまどきの大学生活を味わいたいと、マネージャーに相談した所
とある都内の大学の特別聴講生として
しばらくの間大学に通う手筈を整えてくれたのだが、
その時に"知り合いが一人もいないんじゃ不安でしょ"と、
昨年ドラマで共演した柊あいの通う大学にしてくれたのだ。
ドラマ撮影ののち、たまにテレビ局で会うことはあったが
なかなかゆっくりとは会話することのなかった二人だったが
大学という日常のなかで、まるで本当の
級友のように机を並べて学校生活を送る日々は
マヤにとってとても新鮮なものだった。
「マヤさんと授業受けるの、すごく楽しかったです!」
共演時、朝ドラ女優という期待から初の民放主演ドラマということで
プレッシャーと戦っていた柊あいは、女優としてマヤを慕い
それの信頼関係は今も続いている。

「ドラマの撮影はもう終わったんですか?」
「うん。先週打上げも終わって・・・・なんだか少しさびしいかな~」
「お忙しい所無理いってお時間作ってもらって、ありがとうございます。」
あいが相談したいことがあると言ってきたのは先月末の事だった。
ドラマの撮影が終わったら、というマヤの要望どおり、
12月に入るとすぐにこうして久しぶりの再会となったのだが・・・・。
"速水さんに、ばれないようにしないと・・・"
先日なぜだかあいとの交流に難色を示す真澄に
会うことを禁止されたマヤだったが、あいにくとその時には約束は決まっていた。
"速水さんがあんなこというなんて、きっと理由があるはずだけど、
 でもあいちゃんに会ってなにか問題があるはずがないし・・・"
言うに言えないまま、この日を迎えた。
"とりあえず、大原さんには報告しておいたから大丈夫・・・よね"

「ところであいちゃん、なにか相談があるって言ってたけど」
その言葉に顔を真っ赤にしたあいの様子から
マヤは相談事の種類を察した。
「もしかして・・・・・」
「い、いえ、そんな好きとかそんなことはないんです・・・
 ただ、すごく積極的で、気になってきてるっていうか・・・その・・・」
顔を真っ赤にしながらストローでドリンクの氷をザクザクと刺すあいは
本当にかわいらしい。
どうやらあいは今、とある男性にアプローチされているらしく
その誘いにどう対処するべきか悩んでいるようだ。
「好きかどうかはまだ分からないんです。正直。」
それでも、会うたびに自分の出演した作品の感想を伝えてくれたり
疲れているだろうからと甘い物を差し入れてくれたりと
常に自分を気にかけていてくれる姿勢が
徐々にあいの心の中の存在を広げているようだ。
「分かってるんです。今はお仕事に集中しなきゃいけないし、
 恋愛とか、そんなことにかまけてちゃいけないってのは・・・でも・・・」
目の前でくるくると表情を変えるあいは本当にかわいらしくて、
マヤも思わず目を細める。

「・・・・もしかして相手の方って・・・・」
個室、と分かっていても周囲が気になる二人
「・・・はい。この業界の方なんです。」
「そうなんだ・・・・・」
ふと、マヤの心を遠い記憶の棘が刺す。

"私も昔は、こんな感じだったのかな"
まだ、世の中のことなど何も知らなかったあの頃
シンデレラストーリーで芸能界を駆け上がるマヤをやっかんで
仕込まれた数々のいやがらせ
そんな中孤独に戦っていたマヤに吹いたひと筋のさわやかな風
"元気にしてるかな・・・"
まだ幼くて、愛も恋も分からなかった自分
初恋宣言なんてキャッチフレーズも、マネージャーの目をぬすんだ
束の間のデートの思い出も
その後に訪れる悲劇によってすべてかすんでしまった。

「こんなこと、マヤさんにしか話せなくて・・・」
そう言ってマヤの手を取りギュッと握るあいの真剣なまなざしは
まさに今、葛藤していることを物語っていた。

あいの相手は新進気鋭のバンドでメインボーカルをつとめるミュージシャンだそうだ。
そのバンドの名をマヤは知らなかったが、特に今年出す曲出す曲が
話題となり、CMタイアップなど一気にメジャーシーンで活躍しているバンドらしい。

「もしよかったら、一度見てもらえたらわかるかも。」
ちょうど今日ライブがあるんです、というあいに、さすがにそこまではと
断ろうとするマヤだったが
「マヤさんの目で直接確かめてもらいたい。
 ・・・・今なら、引き返せると思うから。」
と訴えてくるあいに押し切られるように、マヤはそのままライブハウスへと
連れてこられ、そして今に至る。


「顔、分かりますか?」
「う、ううん・・。私背が低いから、よく見えない・・・」
関係者枠で手配してもらったというチケットで入場した二人は
周囲に気付かれると困るためライブが始まる直前に入り、一番後ろに立っている。
"正直いい歌なのかどうか・・・よく分からないんだけど"
ステージ上で歌う樹(あいの相手)はさすがの歌唱力と
なんともいえない独特の声で、会場の女性客の視線を独り占めしていた。
"ITSUKI"と書かれたタオルを振りかざす女性もいる。
真っ暗な会場にズンズンと響く重低音そしてチカチカと点滅する
さまざまなカラーのライティングに、マヤは少し気分が悪くなってきた。
「あいちゃん・・・ごめん、ちょっと気分が悪くなってきたので・・・・」
慣れないライブ会場にすこし酔ってしまったのか、会場の外に出たマヤは
そのままロビーのソファに突っ伏してしまった。

「大丈夫ですか?」
気付くとマヤの背中を優しくさすりながら、お水を差しだす女性がそばにいた。
「あ、すみません・・・・ありがとうございます」
「リルビーのライブに来たのは初めてですか?」
そういって柔らかく笑う女性はシンプルな恰好に黒縁のメガネをかけ
胸にSTAFFと書いている札を下げていた。
「はい、友人に連れられて・・・。私こういう所初めてだからびっくりしちゃって」
「今日は特に照明が激しかったですものね」
落ち着いたら最後の所だけでも見ていってくださいね、と言い残してその女性は
その場を離れていった。
「最後はライブで初めてやる新曲のラブバラードですから」
もらった水を飲みほして、ようやく落ち着いたマヤは
いそいそと会場に戻っていった。
会場は先ほどとは一転、静かで優しい愛の曲がしっとりと歌い上げられている。
そして気のせいだろうか、樹の目線はしっかりとあいの方を向いているように思えた。
「・・・・あいちゃ・・ん?」
暗闇で見えなかったあいの顔に一瞬あたったライトが
その頬に流れる涙をきらりと輝かせていた。



「どうだった?新曲」
きみのために作った曲だよーーー
先ほどまで数千の女性を虜にしたその声が
ささやくように甘い声を発し、関係のないマヤまでも赤面してしまう。

ライブが終わり、客電が入る間際にマヤとあいはリルビーの関係者に
案内され、楽屋へと通された。
「樹がぜひにと・・・」
あれよあれよと通されたステージ裏の楽屋にほどなく現れた
樹は、想像よりずっと背も高く、スリムだが鍛え上げられた体をしていた。
「すごくステキでした。」
「初めてあいに会った時の衝撃を思い出しながら書いたんだ。
 間違いなくこれは、運命に違いないってね・・・」
あいって・・・呼び捨てにしてるのね
まるでマヤの存在など眼中にないといった様子で次々に
樹から放たれる言葉の数々、しかし不思議とマヤには
上滑りするような感覚でしか伝わってこなかった。
「また、ライブに来てよ。
 あいがいると、気持ちがのるんだ」
どこか冷静なマヤの横では、完全に夢見る少女の面持ちのあいが
両手をぎゅっと組みながら樹と話していた。

ちょっとマネージャーからの電話が、といって部屋を出たあい
唐突に樹とふたりきりにされたマヤは、何を離したらいいのかと途方に暮れる。
「君、あいの友達?」
話しかけられて顔を見上げたマヤはそこに
先ほどまであんなに甘い言葉をつむいでいたとは思えない
どこか冷めた男の顔を見つけ、驚いた。
「は、はい・・・」
「ふーん。あい、俺の事なんか言ってた?」
「い、いえ・・・。ただたまたま今日、会う約束があったので・・・」
「あ、そ。じゃあ、きみからも言っておいてよ、俺とつきあったほうがいいってさ!」
あと一息、友達の応援があればきっとね!
そういって片目を閉じておちゃめな顔を見せる樹に
マヤは違和感しか覚えなかった。

「どうでしたか?彼?」
帰りのみちすがら、あいはマヤに感想を尋ねた。
「え・・・・・・と。うん、まあ・・・」
"あの人は、やめた方がいいんじゃない?"
のど元まで出かけた言葉を、しかしマヤは飲み込んだ。
「初めて会ったばかりでまだ、どんな人かよく分からないから・・・」
でも歌は良かったよ!というマヤの言葉に
どこかほっとした様子のあいは
「ですよね!すごくいい歌でしたよね!」
と満足そうに笑顔を見せた。

私の無責任な一言で、彼女の幸せを邪魔することになったら
だめだよね。
でも、
もし私がなにも言わなかったら、彼女は彼を選ぶのだろうか。
それがもし、彼女にとってよくない道だったら・・・。


**
12月中旬、芸能界は年末イベントが盛りだくさんだ。
大きな音楽特番に、マヤは今日ゲストとして参加する。
『Letouch of Love』の主題歌を歌う歌手が出演するため
その応援と、いよいよ放送される最終回の番宣のためだ。
「なかなか似合っているじゃないか」
毎年恒例の大型特番、歌手だけでなく役者やバラエティタレントなど
数多くの有名人が終結するお祭りのようなこの番組は
芸能関係者にとってもかなり重大なものとなる。
真澄もマヤに同行していた。
「本当に素敵なドレス・・・・。いいんでしょうか。」
「いいじゃないか。どんなに華やかにしてもしたりないということはない」
君のためというより俺が見たいんだ、とまではさすがに言わず
真澄は自分が個人的に用立てたドレス姿のマヤを優しく見下ろした。
「・・・・馬子にも衣裳とか・・・思ってるでしょ」
「・・・・いつから人の心が読めるようになった」
ひどい!!やっぱりそうだったんだ!!といってむきになると
一気に幼さが戻るマヤ。
そんな彼女の表情が楽しくて、つい思ってもいないことを言ってしまう。
"おれもまだまだ青いな・・・"
笑いを隠すように口元に手をあててマヤの相手をしているところに
由比隼平とそのマネージャーが近づいてきた。
「北島さん!それに速水社長・・・・。ご無沙汰しています」
「由比さん!ついこの前まで、毎日のように会っていたのに、
 たった数日会わないだけで随分と久しぶりのような気がしますね」
ドラマの打上げパーティー以来再会だが、二人ともなんだか数年来の
知り合いのような雰囲気である。
「俺、こんな大きな番組でるの初めてで緊張してるよ」
北島さんが頼りです・・・と頭を下げる由比に、マヤも緊張がほぐされる。

「そろそろだから、マヤちゃん」
荷物は預かるわ、というマネージャーの言葉にマヤはバッグを
渡しながら自身の携帯をちらりと確認している。
なにかメッセージでも届いたのだろうか、一瞬ちらりとこちらを見ると
いそいそと携帯をバッグに戻してそのまま大原に渡した。

マヤ達出演者は会場に設営された豪華な円卓に、
そして真澄たち関係者は別会場に設けられた大きなモニターのある
部屋で今夜の生放送を見守っていた。
次から次へと現れる歌手による素晴らしいステージ
合間合間に映し出される芸能人客席
豪華なスターの競演は、まさに年末を感じさせる。
真澄もモニターを伺いながら次から次へと関係者たちと
談笑という名目の業務をこなしていた。
何気ない一言や、ちょっとしたつながりが
後のビッグビジネスを生み出す世界だ。
「いやー、今年も大都さんにおおいにしてやられましたな」
古だぬきたちが周囲に集まり、腹の中とは真逆の
胡散臭い礼賛の言葉を真澄にかけてくる。
「国際映画祭は取るわ、ドラマ映画はヒットするわ、
 おまけに舞台では鉄板の『紅天女』をお持ち・・・」
この世界は大都芸能を中心に回っているようですな・・・
そういって高らかとから笑いを響かせる他事務所の重鎮
そのすべてににこやかかつ冷たい微笑で対応する。
「時に速水社長、何歳になられましたか」
「先月34になった所です」
年を聞かれた後の話題は決まっている。
「なるほど・・・・ご結婚は・・・・、されていないのでしたかね」
わざとそうして過去の婚約破棄を持ち出してくる
「速水社長程の方でしたら、よりどりみどりになる気持ちも分からんでもないですなー」
空虚な腹の探り合いを続けているうちに
番組も終盤が近づいていた。

ふと見上げたモニターに一瞬マヤの顔が映る。
「・・・・なんであんな顔してるんだ?」
画面は既に切り替わっていたが、真澄はマヤが
いつになく険しい顔をしていたのを見過ごさなかった。
「大原君、今は誰のステージだ?」
ステージ上では男性バンドの演奏が続いている。
「ええと・・、ああリルビーですね」
昨年末から急速に人気を上げてきたバンドグループだ。
「この曲は確か、今年一番のヒット曲だったな」
「はい、バンド楽曲としてはここ最近で異例のヒットとなっている曲で
 恐らく年末初出場が決まった音楽番組でもこの曲をやると言われています」
巷でよく聞く曲だから、マヤも聞いたことくらいはあるかもしれないが
それでも普段演劇に没頭しすぎて一般のはやりなどに疎くなりがちな
あの子が、それほど詳しく知っているとも思えない。
なぜあんな顔をしたのか、これといった理由が思い当らないまま
番組はフィナーレを迎えた。


「お疲れ様!!」
舞台以外での長丁場はやはり疲れる。
ドレスでは少しはしたないと思いつつ、マヤは大きく肩を回した。
「普段とは違う雰囲気だから、ヘンな筋肉使っちゃった気がするよー」
隣を歩く隼平も同じ気持ちのようだ。
「北島さんは今日はこのままあがり?」
「はい、なんだかもう眠くて・・・」
言いながらマヤの口からあくびが飛び出す。
「やだ、ごめんなさい・・」
「ははは!大丈夫。みんな同じだから」
見回せば確かにそこかしこに背伸びやあくびをしている芸能人がいる。
「よかった、速水さんのいない所で・・・」
見つかったらまたなんて言われるか分かったもんじゃない、と
笑うマヤに、どことなくぎこちなさげに由比が聞いてくる。
「あの・・・・北島さん。もしかして速水社長って・・・」
「え?なんですか?」
周囲の音にかき消されてうまく聞き取れなかったマヤが聞き返すと
隼平は思い直したように
「ううん、なんでもないよ。速水社長もお忙しいだろうね」
と言葉を終えた。
渋滞する芸能人の流れに身を任せ、ゆっくりと控室に戻るマヤと隼平
なんとなくの雑談を続けながらも、マヤは番組開始直前に受けた
あいからのメッセージが気になっていた。

"今日、樹さんに会おうって言われました。私も決心して伝えようと思います!!"

一度しか会ったことのない相手だが、その後どんなに思い返しても
マヤには樹があいのことを本当に思っているのか確信が持てなかった。
"あいちゃんに、ちゃんと言った方がいいのかな・・・"
逡巡していた時に突然当の本人の曲が始まった時は本当にびっくりした。
ライブで聞いたことのある曲は、今年一番のヒット曲だということ
だったが、マヤはあの日に見た、樹とかいうボーカルのどこか冷めた顔が
フラッシュバックして思わず顔をゆがめてしまう。
"それに今日会うって、この生放送が終わってからだと深夜になっちゃうじゃない"
だめだ、夜遅くにあいちゃんを出歩かせては!と
今からでも急いであいに連絡しようと思ったその時、
マヤの目の前にいつかのあの女性が現れた。
「あ・・・この前はお世話になりました」
この前のリルビーのライブで気分を悪くしていたマヤを
介抱してくれたその女性は、最初は誰だか分からない様子だったが
すぐに思い出したらしく
「え、あの時の女の子って、北島マヤさんだったんですか!!」
とひどく驚いていた。
あの後は大丈夫でしたか?と聞いてくる彼女は
以前と同様とても控えめで質素ながら物腰は柔らかい。
「では・・・私はこっちなので」
最後まで丁寧なあいさつで、彼女はマヤの元を離れていった。
「あ、また名前聞きそびれちゃった・・・」
「知り合いだったのか?あの人と」
「ええ、この前ライブ会場で・・・って、あ!!!はやみさん・・・」
「ライブ会場?」
「い、いえ、なんでしょう??なんていうか・・・その・・・
 知り合いというほどでは・・・って、あ、速水さん、あの方ご存じなんですか?」
いつの間にかマヤと隼平の側に来ていた真澄に
うっかり先日のあいとの約束をばらしそうになったマヤは
慌てて話題を変えた。
「なんだか怪しいな・・・・・。まあいい。きみは誰だかわからない人と
 話していたのか?彼女はあれだろう、リルビーのマネージャー・・・・ということに
 表向きなっているが・・・・」
ボーカル、樹の奥さんだーーー

真澄の最後の言葉が、マヤの脳内で鐘のように鈍く響き渡った


**
「一体どういうことなんだ!!」
ちゃんと説明しろ!と怒鳴る真澄に
「だからとにかく今は急いで下さいって!あいちゃんが危ないの!!」
「あいちゃんって・・・柊あいか?って君もしかして柊あいと会ったのか?
 俺があれほど会うなといったのに!」
「だから、小言は後でゆっくり聞きますから、とにかく今は急いで!!」
「人をタクシーの運転手扱いするとはな、まあいい。あとでじっくりと
 聞かせてもらおう。事と次第によっては・・・・・」
ただじゃおかないからな、とすごむ真澄は見たこともないような恐ろしい顔をしていた。

あいに言い寄っていたバンドのボーカル樹が既婚者だと知ったマヤは
着替えもせずに真澄を引っ張って慌ててあいが約束しているという
樹との待ち合わせ場所に急いでいた。
「速水さんはどうして、あいちゃんと会っちゃダメって言ったんですか?」
どちらかというと怒られる側のはずのマヤの口調はむしろ問い詰めるようだ。
「・・・・・ここしばらく、柊くんをマークする雑誌記者がうろうろしていたんだ。」
偶然ゴシップ雑誌の記者が何かを追跡する様子を見かけた真澄は
何となく気になりその様子を聖に追わせていたらしい。
結果、その記者のターゲットが柊あいであることが分かったのだが
特に問題のある行動をあいがするはずもなく、結局目的は何なのか
分からずじまいだったそうだ。
「・・・しかしあの記者がなんの裏もなくただ適当に調査するとも思えない。
 万が一何か問題に巻き込まれてはと、君が近づくのを制しておいたつもりだったんだが・・・」
このじゃじゃ馬娘には全く効果がなかったな、と悪態をつく。
「・・・・で、樹さんの奥さんっていうのは?」
人の話を無視して・・・と怒りが収まらない真澄だったが
マヤがとにかくあいを心配しているのは分かるだけに、今のところはとりあえずと
怒鳴り声を抑えた。
「まだリルビーが鳴かず飛ばずのバンド時代から彼を支えてきた女性だ。
 結婚したのは数年前だったが、結婚直後にメジャーデビューが決まり
 戦略的に妻帯者であることは隠されたようだ。
 ま、いわゆる糟糠の妻というやつだな・・・・と言っても」
君には分からないだろうがな、という真澄の嫌味も、今のマヤには通じない。
「そのことを知っている人は?」
「・・・・業界内でもほとんど知られてないんじゃないか。
 インタビューでも独身をほのめかす発言をしているし、
 彼の女遊びの激しさのほうが、この世界では有名なくらいだ」
「・・・・・・」
自分の勘は正しかった、という思いよりも今はただ
あいの事が心配でたまらなく、余計なお世話でももっと早くに
印象だけでも伝えておけばよかったと後悔していた。
「そこの角をまがった所だな」
ここまでしか車は入れない、という真澄に言葉とほぼ同じタイミングで
マヤは車を飛び出した。
「・・・・あ、待て、マヤ!!」
真澄の声も届かず、マヤは慣れないヒールで夜の繁華街裏路地を走る。
"んもう、この靴走りにくい・・・!!"
深夜の裏道は、都心でも暗くて人影もよく見えない。
ようやく闇に目が慣れてきたところで、マヤは
十数メートル先にあいと、恐らく樹であろう人影を発見した。
「あ!いた!」
二人は連れ立って地下に入るバーへと向かうようだ。
「・・・・あれはマズイな・・・」
いつの間にか追いついた真澄が険しい声を出す。
「え?」
「きっと彼らはあの店に入るつもりだ・・・」
「ですね・・・・」
「柊あいは何歳だ?」
「えと、確か・・・19歳・・・・あ!!」
「そうだ。」
未成年が、深夜の酒場に出入りしている所など
写真誌にでも撮られたら一発で終わりだ。
「あいちゃん!!」
慌てて駆け寄ろうとするマヤを、黒い影が追い抜いて行った。

「え?」
「てめえ、愛実に何してんだよ!!」
その影はマヤの横をすり抜けるとそのまま一直線に樹の方へと向かい
隣のあいの腕をつかむと二人の間に割って入り
勢いそのまま樹に強烈なパンチを浴びせた。


**
「すみません・・・・。私の軽率な行為で皆さんにご迷惑をかけて・・・」
大都芸能社長室で、あいは神妙な顔をしたまま頭を下げた。
これでかれこれ何回目だろう。
うつむきながら何度も何度も謝るあいがかわいそうで、
マヤもずっとその肩をさすっている。
「とりあえず、何もなくて良かった・・・・」

深夜の大乱闘は、騒ぎが大きくなる前に真澄と
どこから来たのか聖によって迅速に収拾され
とりあえず人目を避けて落ち着く場所ということで大都芸能へとやってきた。
「結婚・・・・してたんですね。」
マヤから事情を聴いたあいは、甘い言葉と歌にその気になり
樹の下心に気付かないまま流されそうになっていたことに
意気消沈していた。
「ばかみたい・・・。勝手に浮かれて、勝手にその気になって」
あの人は全然、私の事好きなんかじゃなかったんだ・・・・
そう言って疲れたように微笑む顔が痛々しい。
「そんなこと・・・。少なくとも樹さんはあいちゃんのことかわいいと思って・・・・」
「そんなわけあるか。あいつの女好きはこの業界じゃ有名だろ」
ほいほいとついていった愛実が悪い。
もしかしたらここにいるだれよりも不機嫌かもしれない顔で
あいに対してきつい言葉を浴びせたのは、
氷水で右手を冷やす由比隼平だった。
いてて・・・と右手をかばうしぐさを見せる隼平に
「だからって、芸能人同士の乱闘は褒められたものじゃないがな」
とタバコの煙と共に真澄からの言葉が落ちる。
「ごめんねゆいちゃん、こんなことになって・・・・」
隼平の膝をさすりながら、今度は隼平に対して何度も頭をさげる
あいの様子を見ながら、そもそもの疑問が湧いてくる。
「・・・・・ところで、お二人は知り合いなんですか?」
そういえばさっきからあいちゃんのことあいみって呼んでますけど・・・という
マヤの質問に
「愛実、私の本名なの。」
あいみだと発音しにくいから芸名をあいにしたのだという。
「ゆいちゃんは、私の小さいころからのご近所さんで、幼なじみ・・・っていっても
 私が勝手につきまとっていただけだけど・・・」
その時ようやく今日初めてのあいの笑顔をみることができた。
「また、迷惑かけちゃったね。」
ゆいちゃんに・・・といって隼平を見上げたあいに対して、
隼平は何とも言えない顔でその視線を逸らした。
「・・・たく。もう俺が見てなくても大丈夫だと思ってたのに・・・」
お前はやっぱりまだまだ子どもだな、と頭をくしゃくしゃにした。
「ゆいちゃん、髪がっ・・・」
「うるさい」
あいの長い髪がその表情を隠すようにゆらゆらと揺れる
「・・・・・断るつもりだったの」
あいの声が小さく漏れる。
「私の事好きだっていってくれたり、歌をプレゼントしてくれたり
 確かにドキドキすることがいっぱいで、もしかしたらこれが恋なのかなって
 思ったりもしたんだけど・・・」
でもね、といって隼平の右手をとり、それを氷水の中でギュッと握った。
「ここなら安心って気持ちになれなかった。
 一緒にいて、心地いい気分になれなかったの、私。」
だから断ろうと思った、自分が遊ばれているとも知らずに。
「だから、バカだなって。調子に乗って本当に好きになってもらったと勘違いして・・・」
「バカだよ。バカなんだから・・・・」
今日ぐらいは思い切り泣け
その言葉を合図に、あいから堰を切ったように涙と声があふれてきた。


「本当に、ご迷惑をお掛けしました。」
あいが所属事務所の関係者に引き取られて、部屋はマヤと隼平、そして真澄の
3人になっていた。
「とっさのこととはいえ、やはり軽率な行為でした。それで・・・」
あいつは、大丈夫でしょうか?と苦虫をかみつぶしたように
隼平が真澄に聞いた。
「ああ。まあ・・・・・大丈夫だろう。」
このままで済ますわけにはいかないがな・・・という
真澄の言葉の真意を聞くのがこわくて、隼平はそのまま深くを
問うのをやめた。

番組終了直後にマヤと真澄の会話を聞いていた隼平は
その人物が柊あいーー幼なじみの愛実だと知り、二人の車を後ろから追いかけた。
事情はよく分からないが、とにかくあいの身に危険が迫っていることだけは
間違いない、それがとにかく隼平を駆り立てたのだ。
「でも、由比さんとあいちゃんが知り合いだったなんて知りませんでした。」
「まあね。」
どことなくはにかんだような隼平の表情に、マヤは以前隼平が話していた
幼なじみの事を思い出した。
「もしかして・・・・・由比さんが前に言ってた・・・」
「さ、さて!!!俺もそろそろ失礼しようかな!」
慌てたようにそそくさと立ち上がった隼平は、あらためて真澄の方に向き直ると
「とにかく、愛実を助けてくれて本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた。
改めて見た真澄の様子は、髪は乱れて無造作にかきあげられ
シャツもズボンからはみ出し、靴も随分と汚れている。
先ほどの騒動がうかがい知れる格好、しかしそんなことなんでもないとばかりに
悠然とタバコを吸う姿は、まるでモデルのように様になっていた。
"たとえどんなことがあっても、守りたい物があるとはこういうことを言うのだろうか・・・"
「すごいですね、速水社長は」
「ん?何がだ」
「いえ・・・。俺も、もっと強い人間になりたいと思います。そして・・・」
大切な人を、守れるように・・・・
その言葉に、真澄はうっすらと目を細めた。
「強くなろうとすることはないさ。守りたい物があれば人は必然的に強くなれる」




隼平が去った後の社長室
「・・・・・さてと。」
マヤにとって不穏な気配が漂う。
「どこから説明してもらおうかな・・・・」
背中から聞こえる真澄の声が凍る。
「ええと・・・・・あの・・・・」
なんだか眠くなってきちゃったな~~~~ぁ
ゆっくりと立ち上がろうとするマヤをぐいっと胸中に引き込んで
真澄はどかっとソファに寝転がった。
「ずいぶんと痛めたものだな」
傷だらけのマヤの足を真澄が優しくなでる。
「まったく君は、無茶ばかりをして。」
俺の心臓を止めたいのか、とマヤの髪に顔をうずめる。
「・・・ごめんなさい。」
「本当に分かっていっているか?」
「渡し、速水さんの言うこと聞かずに勝手なことして・・・・
 ちゃんと話せばよかった・・・」
「そんなことじゃない」
真澄がひときわ強くマヤを抱きしめる。
「もしかしたら君自身にもなにかあったんじゃないかと
 俺が心配しなかったとでも思っているのか」
幸い今回はあいも、そしてマヤも事が深刻になる前に対処することができた。
「今後も君の周りには大小さまざまな甘い罠がまちかまえているだろう。
 そのすべてを"大都芸能"という傘で守れるわけではないんだ」
「はい・・・」
「事の次第に関わらず、何かあったら、何もなくても、俺に言え」
「はい・・・」
絞り出すような真澄の声は決して怒っているわけではないのに
マヤの心を締め付ける。
「俺のせいか・・・?」
「え?」
「俺が、いつの間にか君が話しづらい雰囲気を作っていたのか?」
「そんなことっ・・・・」
慌てるマヤを閉じ込めて、真澄が大きく息を吐いた。
「難しいものだな。君も俺も。」
そばにいることに慣れたようでいて
未だにどう接していいのか、分からなくなる時がある。
それでも・・・・
「言葉が全然響いてこなかったんです・・・・」
「・・ん?」
「樹さんの歌や言葉、とても愛情あふれた言葉なのに、
 全然伝わってこなかった・・・・。あれはきっと」
本当の言葉じゃなかったからーーーー
「どんなに愛してるって口に出されても、思ってなかったら意味がない。」
速水さんーーー
「私、速水さんの言葉は分かります。たとえ音として耳に伝わってこなくても」
魂が直接受け止めるから
「わたし、すごくすごく愛されているんですね、速水さんに」
「・・・・マヤ?」
気付けばマヤは真澄の腕の中で深い眠りに落ちていた。
「マヤ・・・・・君は本当にいつか俺の心臓を止めるんじゃないか」
どこかでついた頬の汚れを優しくぬぐい、真澄は起こさないようにと
ゆっくりマヤを抱え上げた。


**
「・・・ったく。なんなんだよ。計画丸つぶれ。」
よりにもよってなんであんな奴が。
殴られた頬をさすりながら、樹が悪態をつく。
「もう少しであの女落とせるところだったのに」
樹があいをターゲットにしたのは、単に今一番注目されている
若手女優だったからに他ならない。
もし表ざたになってもそれはそれで注目を集め
知名度UPにつながるだろうし
つきあってみてつまらなければ適当にあしらえばいい。
もしそれなりの女だったら・・・・ま、その時はその時
「しかしまあ、あの地味な友達がまさか北島マヤだったとはな。」
今日の歌番組でマヤを見つけた時は正直びっくりした。
あの日のあの子がまさか有名な女優だとだれが分かるだろう。
「こんなことなら、北島マヤねらっとけばよかったか」

「少しも懲りていないようですね」
気配を感じさせずいきなり樹の前に現れたその男は
長い前髪が顔のほとんどを覆い、表情が見えない。
「ん?お前誰だ?」
「あなたをこの業界から葬り去る事なんてわけないことなんですよーー」
冷徹な声が樹を刺す。
「ふ・・・、お前誰だ」
「・・・ましてやもし、北島マヤに手を出そうとしたら・・・・」
そういうと男は樹の胸倉をつかんで塀に押し付けた。
「この世に存在できると思わない方がいいですよ」
ささやくようなその声は、それが脅しなどという生易しい物ではないことを
いやというほど樹に知らしめる。
「わ、わかった、分かったから・・・」
ようやく解放された樹に、更に冷たい声が落ちる。
「とりあえずこのままでは済まないことは覚悟しておくように」
分かったのなら今すぐこの場を立ち去れという男の声に
樹は従うしかなかった。


「さて・・・次は・・・」
おもむろに振り向いたその男ーーー聖唐人は
ビルとビルのわずかな隙間に光るものをみつけるや
素早い動きでその光源の持ち主を捕まえた。
「とりあえず、そのデータを頂きましょうか」
影に潜んでいたその男・・・・雑誌記者のカメラを奪い取った。
「データは消すから!せめてカメラだけでも返してくれ」
「・・・・私はあまりデジタルに詳しくないものでね。」
言葉とは裏腹にスムーズな動きでデータを消去すると
取り出したメモリーを一気に破壊した。
「念のためこちらは持ち帰って確認させて頂きます」
とカメラを持ち上げた。
「くっ・・・お前誰だ。」
「名乗るほどの物ではありません。ですが・・・ま、確かにカメラを
 奪われては仕事になりませんね」
後日代償はお支払いします、そういうと聖は
表情を崩さないままその男に捨てセリフを残して去っていった。
「言われた通りに動いた方が賢明ですよ、実話プレス編集長 高取修さん」




大晦日の大型音楽番組に初出場し、一気にスターへの道を
駆け上がるかと思われたリルビーだったが
年明け早々ゴシップ雑誌にボーカル樹が結婚しているという記事が
掲載され、ミーハーな女性ファンに冷や水を浴びせることとなった。
記事自体は樹を中傷するものではなく、むしろ好意的に
下積み時代を支えた妻と二人三脚で活動しているという内容で
イメージダウンとなるものではなかったが、
これまでのどこか危なくて女性を惹きつけてやまない魅力を売りにしていた
戦略は、根本的に見直さざるを得なくなり
もし今度女性スキャンダルが発覚すればそれこそ命取りになりかねない状況に
追いやられたのだった。

「最大限の温情だな」
記事のコピーを読むと、真澄はすぐにそれをゴミ箱に突っ込んだ。



ep第40話←                  →ep第42話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
ドタバタしちゃう~♪ドタバタしちゃう~♪
いっつも紅天女の稽古に明け暮れる12月、
今年はそれがないのでね、ここぞとばかりにバッタバタ~~

とりあえず、これまで忘れそうなくらいか細く張っていた
伏線ともいえない謎の線は今回ですべて回収されたと
思われます。

これでまっさらな気持ちで年を越せます。
~~~~~

ep第40話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2016-10-27 17:38:40 | ガラスの・・・Fiction
ep第39話←                  →ep第41話
********************
「おや、邪魔してしまいましたか?」
外の空気を吸うために、店のバルコニーへとつながる扉をあけた隼平は
そこで携帯片手にタバコを吸う大都芸能・速水真澄を見つけた。
「いえ、ちょうど済んだところです」
お気になさらず、と片手を軽く掲げそのままの流れでタバコをふかす。
「無事に撮影終了できてよかったです。」
北島はじめ、うちの所属俳優が大変お世話になりました、と
丁寧にあいさつされた隼平は、かえって恐縮する。
「こちらのほうこそ、主役の北島さんに迷惑ばかりかけて
 年下なのに本当しっかりされていますね。」
隼平の言葉に、この世で初めての物に出会ったかのような
びっくりした顔を見せた速水は、これまたびっくりするほど
大きな声で笑い出した。
「・・・・・、失礼。よもや彼女をさして"しっかりした"という形容詞が
 出てくるなど想定していなかったものでね・・・」
しばらくしてようやく笑いが収まったといった様子の速水は
すでに灰ばかりになったタバコを慌てて灰皿へと落とす。
「そうですか・・・、北島はしっかりしていましたか。」
「今回の作品は、僕にとってはいろいろと演技の事を考える
 いいきっかけになったと思っています。
 北島さんがいなかったら、ここまで真剣にカナデになろうなんて
 考えなかったかもしれない。
 北島さんがあんなに見事にミナトでいてくれたから、
 僕も演技を超えたリアリティを追求できた気がします。」
思いがけず熱く語ってしまった隼平を、しかし速水は
笑い飛ばすこともなく温かなまなざしで軽くうなずきながら聞く。
確かに、こと演技のこととなるとまっすぐ立ち向かって
ちょっとやそっとのことでは動じないかもしれませんね・・・と
やや遠い目を見せたのが隼平には意外だった。
"鬼社長といったイメージとは少し違うな・・・" 
 
10月から放送を開始した北島マヤ初主演ドラマ
『Letouch of Love』は、11月末に撮影を終了した。
視聴者からの反応もよく、高視聴率を維持している。
12月に入り、年末でいろいろと忙しさを増す業界、
今日は最終回を待たずに一足先の撮了打上パーティーが
催されている。
パーティーには北島マヤをはじめとする主要キャストをはじめ
プロデューサーや制作スタッフ、そして
速水のような事務所関係者も参加しているが、いずれの顔も明るい。
特に今日はストーリーの重要な転機となる回がオンエアされたばかり
とあり、巷では放送終了直後からドラマの感想にあふれていることも
皆の達成感を高めている。

「そういえば今日放送のシーン、先日速水社長が
 陣中見舞いに来て下さった時に撮影した所でしたね。」
撮影は時に深夜に及ぶ。ちょうどその日は昼間の撮影が天候待ちで
延び、当初の予定から大幅にずれ込んでいた。
「あのキリキリと冷え切った夜の空気感が
 映像にも、演技にも反映されたような気がします。」
その日最後のシーンはビルの屋上での深夜撮影となり、かなり寒い中
行われた。
特にマヤの役は幽霊、着ているものはかなり薄く
体に負担も大きかっただろう。
"幽霊は温度を感じない・感じさせない"
その一言で、まるで何ともないかのようにのびやかに
動き回っていたマヤの姿が思い出される。
「僕が速水社長から差し入れて頂いたケータリングのスープで
 ぬくぬくとあったまっていた間、北島さんは屋上の寒空の下で
 ずっとミナトになりきっていたんですよ・・・」
正直頭が下がります・・と、その時の事を思い出した隼平は
あらためてマヤの演技への真摯な向き合い方を畏敬した。
「・・・・ま、まあ、あの子は昔からそういう風に役作りをしてきてますから・・・」
なぜか慌てたように言葉を挟む速水の顔は心なしか赤い。

「最初は、あの紅天女と共演するなんてと緊張していたんです」
会場を見ると、なにやらマヤを中心に関係者が楽しそうに
盛り上がっている。
もうすこし、自分は席を外していても大丈夫そうだと
その場での会話を続けることにした。
速水のほうも、喧噪を離れて休憩が出来ると、新しいタバコを
取り出している。
「意外に普通の子で、驚いたでしょう」
「ええ・・・。正直最初は気づきませんでした。あまりに普通で・・って
 すみません。」
「いえ、その通りですから。」
「でも、役作りで山にこもってたって聞いてびっくりしました。
 そんなこと、よくあることだって・・・本当なんですか?」
「ああ・・・あれはね」
都会に置いておくのが危険だったからですよ、とこれまたイメージに
似つかわしくないにこやかな笑みを浮かべクックッと笑う。
「今回は幽霊の役だと、言ったとたんに街中をフラフラと歩いて・・・
 車にひかれそうになっていたものでね。」
とりあえず車のない所に隔離しないと本当の幽霊になってしまうと
まるで当たり前のことを話すように語る速水の言葉に
隼平はふと、記憶の隅を刺激される気がした。
「・・・・・幽霊・・・・フラフラとって・・・あ、え、もしかして、あの時の・・」
そういえば少し前、ちょうど今回のドラマのオーディションを受けた直後に
街で見かけた、ちょっとおかしな動きをする女性の姿が
一気によみがえる。
浮足立ったかのようにフラフラと歩きながら吸い寄せられるように
車道へと寄っていくその姿が危なっかしくて、つかず離れず様子を
伺っていたのだ。
案の定その人は後ろからくるトラックにも気づく様子なく
今にもぶつかるその寸前で隼平が助けたあの女性こそ・・・・
"・・・・あれ、北島さんだったんだ・・・!"
想像もしていなかった偶然に驚くと共に、一所属女優のプライベートの
動向をそこまで管理している大都芸能社長にも驚かされる。
「なに、どうせそんなことだろうと部下に様子を見させていただけですよ」
こちらの心が読めるかのように、聞かれてもいない質問に速水が答える。
こんなに管理されてちゃ、プライベートも何もあったものじゃないな、と
他人事ながらマヤが不憫に思える。
「・・・・そりゃ映画や舞台を観るくらいしかできないな・・・」
「え?」
「い、いえ。。」
もしかしたら既に報告済なのかもしれないが、うかつに隼平の口から
マヤのプライベートの事を話すわけにはいかない。
「・・・・よく、芸の肥やしとかいいますが・・・・速水社長は、その
 所属俳優が恋愛することをどう思っていらっしゃるんですか?」
嫌がられるかもしれないと思いつつ、大都芸能の速水とこうして話す機会は
今後そうないことだと、隼平は少し踏み込んでみた。
「たとえば・・・北島さんとか、今回は少し変則的ですけど
 今後さらに恋愛をテーマにした作品に出ることも多いでしょうし、
 今回ですら、演技と直接関係のない大学生役を身に付けるため
 大学に通われたくらいです。」
極端な話だが、例えば今後人妻の役をやるとなったら試しに結婚してみる
くらいのことは言いかねない・・・、短い中でもマヤの演劇に関しての突拍子もない
思考回路は十分すぎるくらい理解している隼平は
話しながらだんだん本気で不安を感じ始めた。
「・・なるほど、そういう手段もありましたね」
「え?」
「いや・・・・。まあ、さすがに結婚はお試しできないでしょうが」
「僕は、北島さんなら恋愛や結婚のイメージが女優としてのキャリアにさほど
 影響しない、そんな稀有な女優になれると思うのですが・・・」
軽く眉間にしわを寄せた速水に、さすがに踏み込みすぎたかと
この話題は切り上げようとしたが、
「・・・結婚はしなくても生きていけるが、演技ができなくなったら恐らく彼女は
 生きていけないからね・・・。
 私にできることは、彼女が最大限演劇につぎ込める環境を
 作り出すこと、それだけです」
そう言って最後のタバコを吸いながら、夜空を見上げる速水の横顔に
隼平は総毛立つような冷気すら感じた。
"この人は、彼女にとって何が一番必要なのかを分かっている"
北島マヤという女優が演じることが出来る環境を阻害する要因が
あれば、きっとどんな手段を使ってでもそれを排除するのだろう。
たとえそれが、彼女の最愛の人であっても・・・・
この比とが本気になって動いたら、恐らく
たいていの事を覆すことができる、まさに一ひねりだ。
大都芸能の速水真澄という存在の恐ろしさを改めて痛感したその時、
吐くようにかすかな声で、速水が言葉を発した。
「まあ、彼女は結婚しているようなものですよ。」
演劇とね・・・・と言った顔は、少し切なそうにも感じて少し意外な気がした。
"この人の心の中は本当に読めない・・・・"

「これでも今日はよく見えるほうか・・・・」
唐突につぶやいた速水の視線につられて空を見上げた隼平は
そこにチラチラと輝くわずかばかりの星の姿を見つけた。
「星はお好きなんですか?」
「子供の頃はよくプラネタリウムに行っていた。大人になってからは
 そんな機会も・・・・・・一度くらいか」
「そうですか」
「・・・やっぱり都会は明るすぎて見えないな。」
梅の里の星は本当に降るように輝いていてきれいだったが・・・と
独り言のように速水がつぶやく。
「それ!この前きたじま・・・」
以前ロケでマヤも同じことを言っていたと告げようとした隼平は
空を見上げる速水の表情に、言葉を飲んだ。
"本当に星が降ってくるかと思いました!!"
「星を見ていると、嫌な事を忘れられる。月があまり明るくないほうが見やすいが・・・
 夜空に輝く月はすべてを包み込む力を持っているな・・・」
あの月は格別に美しかった・・・・
"空に輝くお月様、とってもきれいだったんですよ"
あの時、そう話したマヤの表情がよみがえる。

"ウソだろ・・・・まさか・・・"

ようやく二人の姿が見えないことに気付いたのか
スタッフたちがバルコニーに向かってしきりに手まねきをしている。
「そろそろ戻った方がよさそうですね」
そう言った速水の表情はうってかわっていつものあの
抜け目のない実業家のそれに戻っていた。
「は、速水社長っ!」
自分のこの予感を確かめたいのか分からないまま
とっさに隼平は前を行く背中に声をかけていた。
「どうして、今回のドラマに僕を選ばれたのですか?」
「・・・・・・・」
ポケットに片手を突っ込み、ゆっくりと隼平の方へ振り返った速水は
「あなたなら、絶対に北島と恋愛関係にならないと思ったからですよ」
「・・・・・え・・・?」
一瞬、射るように速水の本心がむき出しで向かってきた気がした。
「・・・ふ。やっとかえった大切な金の卵ですからね、わが社にとって」
その時にはもう、そつのないいつもの速水に戻っていた。

室内でなにやら速水に文句を言っているようなマヤの顔と
それを軽く受け流す速水の手慣れたあしらいの光景を前に
隼平は自分の脳裏に浮かんだ予感を消しきれずに呆然とたたずんでいた。

**
「慣れというものは恐ろしいものだな」
パーティーが終わり、帰りの車の中で器用に携帯をいじる
マヤの姿に、ついこの前までメールもままならなかったことが信じられない思いがする。
「大学生ならこれくらい朝飯前です!」
バカにされたとプリプリしながら、マヤが答える。
「といってもあいちゃんが教えてくれなかったら絶対できませんでしたけど・・・」
「あいちゃんというのは・・・・もしかして柊あいの事か?」
『Letouch of Love』撮影にあたって大学生体験をさせてもらったマヤが
通っていた大学は、実は以前ドラマで共演した柊あいの大学でもあった。
「あいちゃんがいなかったら、とても大学なんて通えなかった・・・」
そういうと短い期間ながら同級生としてすごしたキャンパスの思い出を
楽しそうに語る。
「彼女とは今もよく連絡を取っているのか?」
「はい!なんといってもコレですから!!」
じゃーん、と得意げに携帯の画面をみせると、そこには
最新のメッセージツールが表示されていた。
「・・・・・マヤ、柊君以外に自分の連絡先を教えたりしていないだろうな・・・・」
今の時代、どこからどんな情報が漏れるか分からない。
ましてやこういうことに疎いマヤが生半可な知識でもし万が一のことがあったら
ゆゆしき問題だ、と真澄は心の中で頭を抱えた。
「はい、交換したいって言われましたけど、あいちゃんが全部断ってくれました。」
「・・・・なるほど。」
危機管理という言葉など辞書に載っていない
(そもそも辞書すら搭載されているかあやしい)この女優とは違い
柊は芸能人としてのまともな感覚を持っているようだと少しホッとする。
"しかしそれはそれで新たな問題か・・・・・"
「マヤ、柊君と連絡を取るのは構わないが、あまりプライベートで
 会うのはしばらくよしたほうがいい」
「え?どうして?」
「連絡を取り合うなと言っているんじゃない、外で会うのはしばらく
 やめておけと言っているんだ」
「・・・・理由も分からず聞けません!そういうなら理由を教えて下さい。」
「これは、所属事務所社長としての命令だ」
「・・・・・・イヤです。」
「なんだ?その様子からすると既に会う約束でもしているのか?」
どこで?誰と?
矢継ぎ早の真澄の問いかけに狭い車中で追い詰められるマヤ
「き、決まってません、な、何も。ただそんな頭ごなしに否定されるのは
 納得がいかないだけです!!」
この真澄の様子だと、もしかしたら柊の事務所に圧力すらかけかねない。
一体柊あいと交流することが何の問題があるのか、と納得がいかないマヤ
だったが、真澄のただならぬ威圧感にとりあえずうなずく事しかできなかった。
「・・・・と、とりあえずそんなことになったら速水さんに報告しますから!」
「連絡が来たらすぐにだぞ。事後報告でごまかすなよ」
「・・・はい!!分かりました!!!」
その瞬間、握りしめていたマヤの携帯にメッセージが届いた。
アプリを立ち上げたままだった携帯は音もなくそのメッセージを表示する。
幸い真澄に画面は見えていない。

"マヤさん!例の話決まりました!
 予定通り、今度の水曜日でお願いします!!楽しみ~~~//"
車内の険悪な雰囲気など知らない柊あいのスタンプがにこやかに手を振っている。


ep第39話←                  →ep第41話
*支線エピ ep第40.01話

~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
おさらい
由比隼平(ゆい・じゅんぺい)27歳
劇団「新KIZOKU」所属の舞台俳優
現在放送中のドラマ『Letouh of Love』で共演

柊あい(ひいらぎ・あい) 19歳
朝ドラ主演でブレイクした若手最有望株
昨年ドラマ『ひと夏のままで』でマヤと共演

現在マヤは22歳です。

マヤとの恋愛も順調で、なんだかおっさんくさく落ち着いてしまっている
真澄さんを、そろそろばたつかせたい衝動です。
「なに!?」って慌ててマヤを追っかけるあの情熱よもう一度。
どうして北島マヤの事となるとそんなに取り乱されるのですか?
そんなあなたに、私は会いたい・・・・。

あと、亜弓さんのことも気になっています。
書けるときに書かなくちゃね。
~~~~~

10月の雑談

2016-10-27 11:09:46 | 雑談

とりとめもないことも書きたいのです・・・。

まずは、新朝ドラ『べっぴんさん』見てます!!
朝ドラ昔は8:15~だったけど、時間が早まって
8:00~になって、私としては見やすい時間帯です。
見始めるきっかけはもちろん、出演している
ももクロの百田夏菜子ちゃんですが、
主演の芳根京子ちゃんも、ももクロ主演映画『幕が上がる』で
あーりん演じる明美ちゃんを慕う後輩袴田ちゃんを演じていたので
私の中では勝手にファミリーです。

明美ちゃんは『べっぴんさん』にも出てくるから
ややこしいね・・・

でドラマについてですが、いや~毎日楽しいです。
まともにみたのは『あまちゃん』以来かな、小学生の頃は
よく見ていました。記憶があるのは『チョッちゃん』くらいからでしょうか
(年バレル・・・)
『あまちゃん』も、リアルタイムで視聴してはいなかったので
頭から追いかけるのは実質初めてかも。
毎日15分ずつみて、土曜日の一気まとめでもう一回見るという日々。
うるおうわ~。
感想を書きだすときりがないので、どうしても書きたくなったら
ブログカテゴリ増やします(笑)


あと、今日一で驚いたのは、あの『先生!』実写映画化ですかね。
『先生!』っつうたら世代ど真ん中ですよ。
『ガラスの仮面』はリバイバル読み返し世代なので、連載中の臨場感は
(幸か不幸か)分からないのですが、『先生!』はもろ。
そもそも別冊マーガレットを読み始めた号で
新連載開始したのが『イタズラなKiss』
好きだったのが『たまねぎなんかこわくない!』
で、『先生!』の作者河原和音さんは、デビュー前の投稿作品から
読んでますよ。
他にも『恋愛カタログ』とかね~。
『まっすぐにいこう。』は移籍組なのよね・・・とか、いや~、読んでたわ別マ。


河原和音(呼び捨て失礼)といえば、『高校デビュー』とかが有名かもしれないけど
私的にはどっぷし『先生!』です。
だからこそ・・・・・・・・・・・・・・・
実写化は正直不安も多いのです。
だって、私がもろ学生の頃に担任教師と×××
(現実は現実でしたが)と妄想していたわけで、
自分より年下の男の子が伊藤先生役で出るのに、はて順応できる柔軟性はあるのか・・・。
(『たまねぎ・・・』でこれやられたらもっと大変そうなんだけど)

『べっぴんさん』で、お嬢様育ちの主人公が戦後を生きるのに
なかなか苦労している姿を今の自分たちが見れば
「働く意思がない!」とか「考えが甘い!」とかいうのは当然かもしれないけど
当時の時代背景や環境を思えば、当たり前のように
「金ない!物ない!ほな働くか!!」と子どものいる女性が考えて
すぐに行動に移せるとも思えないわけで、

『先生!』でも受験が片手間になりかけながら恋愛して、
もし大学落ちたら永久就職するか?(←ネタバレなのか)みたいな発想は
今の時代だったら女なめてるの?みたいなことになりかねないけれど
あの時代だったら十分そんなこと言われてキュンってときめてたかもしれないとか。

『先生!』はもしかしたら(てか恐らく)今の時代に即した価値観に修正されて
作られるかもしれないけど、
『べっぴんさん』は、あの戦後の何とも言えない空気感ごと丁寧に
描いてくれている気がして、私はとても楽しいです。
戦争に本気で勝つと信じていた時代
真実がすべて嘘になった時代
昨日の敵が当たり前のようにそばにいる時代

ホントに生きることに疲れてて、笑えていない主人公たちが
リアルです。(かなちゃんとかホント貧乏で・・・・)


とりとめもなく書きましたが、最後に言いたい事は
こうして心が動かされるニュースがあると、
Fictionがはかどるということです。

現実にはかなわない胸キュンキュンな妄想を反映させるのが
Fictionなのだと改めて感じた10月でした。



ep第39話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2016-10-06 10:42:51 | ガラスの・・・Fiction
ep第38話←                  →ep第40話
********************

自分の中に広がる違和感は徐々に大きくなっていた。
初顔合わせから、彼女は完璧に覚えていたようで
本を見ることもなくセリフをスラスラと言葉にしていた。
のちに撮影がスタートしても、監督や演出家と
話をしながらどんどん役柄の肉付けをしていく。
紅天女のイメージが強かった隼平にも
もう、北島マヤは完全にどこにでもいる女子大生ミナト
にしか思えなくなっていた。
"それにくらべて、俺はどうだ"
準平は、自分の演技が上滑りしているような、そんな
感覚が抜けきれずにいた。
監督も演出も、そして相手役の北島マヤも
自分の演じるカナデに及第点を出しているし
一緒に演じやすいと言ってくれる。

"だけど、これじゃないんだよな・・・"

これまで舞台を中心に活動してきたとはいえ、
ここしばらくはドラマも経験してきている。
舞台と違って、オーバーな表現ができない分、表情や
セリフで感情をよりリアルに見せなければならいことも。
それが出来ていないわけではないのはわかっている、しかし
自分の中で確固たる"カナデ"が存在していない、そんな気がするのだ。

「北島さんが、あんなに本気で"ミナト"としてぶつかってくるってのに」

出番待ちに、マヤが差し入れたケータリングが並ぶロビーに
向かうと、そこにはマヤのマネージャーが新たなお菓子を並べていた。
「あ、大原さん、いつもありがとうございます」
「由比さん、こちらこそいつもうちの北島がご迷惑お掛けしていませんか?」
深々とお辞儀をする大原に恐縮しながら、準平は早速と
並べられた美味しそうなワッフルに手をのばした。
「そういえば・・・北島さんって大学には通われてないんですよね
その割には随分と女子大生の感じが出てるような気がするんですけど」
「・・・ああ。確かに北島は高校を卒業してからずっと演劇一筋で
やってきました。今回は大学生ということだったので、撮影に入る
二週間前、ちょっとの間大学に通っていたんです。」
本人は、授業があまりにちんぷんかんぷんで拷問のようだったと
嘆いていましたけどね、といって思い出したのか笑いを噛み殺す
大原に、準平はさらに
「そうやって、役作りのために実際の現場で慣らしたりとか
北島さんはよくするんですか?」
と尋ねた。
そんなこと・・・と大原は微笑をうかべながら言った。
「しょっちゅうです」
「しょっちゅう?」
「ええ。しょっちゅうというかむしろいつも?
彼女はとにかく役になりきるタイプなので」
「でも・・・正直さすがに女子大生の役作りって・・・」
「そうなんですよね、私も直接ストーリーと関係ない部分じゃないかと
言ったんですけど・・・」
でも、と大原がその時のことを思い出すように話した。

たとえ表立って演じることがなくても
ミナトの中にある"女子大生"としての軸をしっかりと
作っておかないと、細かなところでその違いが
でてきてしまう。
何も考えなくても自然と女子大生のミナトが出てくるくらいでないと
本当のミナトにはなれないから。

「・・・・・」
「・・・てそれでも幽霊の時よりましですけどね」
そういって大原は笑顔を見せた。
なんでも女子大生になる前は山にこもって幽霊の役作りを
していたのだとか。
「・・・・徹底してるな・・・」
まあそれは、街中でフラフラしてほんとの幽霊になられちゃ
かなわないという社長の配慮からでしょうけどね、と
大原はクスリと笑った。

"主役がそんなに真剣にこのドラマに向かいあっているのに
自分はこんな中途半端な演技でいいのだろうか"

演技というものに正直で、手を抜くということを
知らない女優、北島マヤ
自分より年齢は若いが、芸歴はほぼ同じ
そんな小さな大女優に、準平はこの世界に入りたての
何も怖くない、何でもできるとぶつかっていた
熱い情熱を思い出していた。
「・・・大原さん、ちょっとお願いがあるんですけど・・・」

**
「ふわーーー!きっもちーーい!!」
キラキラと輝く川の水を触りながら、マヤが無邪気に笑う。
「こうしてると思い出すなー。梅の里のこと」
そういってマヤは、かつて
紅天女を演じるため、風火水土のエチュードを
おこなったんだと話した。
「亜弓さんの人魚姫、キレイだったなー」
北島さんは何を演じたの?という準平の質問に
顔を赤らめながら龍神です・・・とこたえるマヤが
とてもかわいい。
「わたしなんて、ほんと魅せる演技ができなくて・・・
その点亜弓さんは本当に、手の先まで優雅で美しくて・・・」
亜弓さんの紅天女が見られるなんてほんと楽しみ、と
微笑むその顔は恐らく心の底からそう思っているのだろう
ワクワク感にあふれていた。

ドラマのロケで2人は山間のキャンプ場に来ていた。
ここは主役の2人がまだ恋人同士だったころに
過ごした思い出の地であり、その後事故に遭う
因縁の地でもある。
この数日間の滞在で、2人は幸せな恋人同士として、
生死をさまよう悲劇、そして
記憶喪失と幽霊となっての再訪という
3つの大きな場面を撮らねばならない。
初日の撮影は夕方から、本来なら役者の現地入りは午後からで
良かったのだが、準平がマヤのマネージャーに頼んで
早めに現地で打ち合わせをする時間を
作ってもらったのだ。
打ち合わせ、といっても具体的に何をするというわけではない。
ただ、自分の中にまだ確立しきれていないカナデという存在を
なんとか見つけ出したい、準平はそんな気分だった。
「北島さんはどんなところにデートにいくの?」
きいたあと、売り出し中の女優に聞く質問ではなかったと
激しく後悔したが
「うーーーん、いくとすればやっぱり演劇みたり映画みたりとか」
思いの外さらりと答えられてかえって拍子抜けした。
「ごめんね、なんかプライベートのこと聞いちゃって・・・」
聞かれたから答えただけだ、といった顔だったマヤだが
次の瞬間ゆでだこのように顔を真っ赤にして
「あわわわわ・・・・・!ごごめんなさい、私つい
普通のノリで答えちゃった・・・。ど、どーしよう・・・」
興奮して今にも川に落ちそうになるマヤをなだめながら
ああこれは女子大生になりきっていたんだなと
感心した。
「大丈夫だよ、もちろん誰にも言わないし・・・」
「あの・・、大原さんにも秘密にしてもらえますか・・・」
速水さんにバレたらどうしよう・・・とブツブツつぶやく
マヤ、それほどまでに速水社長の締め付けは厳しいのかと
少し同情すらする。
「もちろん。信用して!」
軽くウインクする準平にホッとした様子のマヤは
ようやく落ち着きを取り戻した。
「せっかくだからさ、北島さんの話もう少し
 聞かせてよ」
なんだかマヤと話すのが楽しくなってきた。
「観劇は僕も好きなんだ」
最近観て良かった映画や演劇の話をすると、マヤのほうも
だんだん止まらなくなってきた。
「やっぱり亜弓さんの映画は良かった」
「俺も観た!やっぱり引き込まれるものがあったよね!」
そういって、しばらくの間お互いがいいと思ったシーンについて
あれやこれやと花を咲かせる。
「俺も、せっかくの休みなんだからゆっくりすればいいのに
 つい映画とか見たくなっちゃう!といっても俺は一人だけどね・・・」
分かりやすくすねたポーズを見せる隼平にマヤの笑いも止まらない。

「男はともかく女の俳優さん、特に北島さんみたいな
 女優さんなんて、恋愛タブーになっている風潮が
 あるけどさ、実際俺達は舞台や映画ドラマの中で
 幾通りもの恋愛を演じなきゃいけない、それらすべてを
 想像力だけでまかなうのってやっぱり難しいと思うんだ。」

だから俺は、役者がプライベートで恋愛をしたり
恋人と過ごしたりすることはとても大切だと思っている。
きらめく川面を何とはなしに見ているような視線で
隼平は淡々と言葉をつなぐ。
それが、若手女優として一番のタブーをうっかり話してしまった
自分への優しいフォローだと気付いたマヤは
改めて隼平の広い心に温かさを感じた。

「でも、さすがに目立っちゃうからデートできるところも限られちゃうよね?」
他にどんな所に行ったの?と優しく尋ねる。
最初は警戒していたマヤだったが、隼平の人当たりのいい
声に次第に心を許していった。

撮影を重ねる中で、マヤ演じるミナトが自分に投げかける視線の中に
確かな恋心が存在することは、隼平にも分かっていた。
それが、現実の自身にではなく役としてのカナデに向けられているものだと
分かっていても、あまりに静かに熱い恋心に我を忘れてしまいそうになる。

"たとえ自分が記憶を失っているとしても、好きだと言われたら
 もっと素直に受け入れられないのだろうか"

隼平の演じるカナデは、決してストレートにミナトの告白を受け入れない。
いつもあいまいにごまかしている。
その辺りでいつも隼平は感情をつかみきれずにいるのだ。

「星にとっても詳しい人なんです!」
そう言って頬を赤らめながらマヤが話す。
「デートって言えるかは分からないんですけど、昔一緒に
 プラネタリウムに行ったことがあるんです。その時に星の事いろいろ
 教えてくれて・・・。いつか本物の星を見れたらって。あ、
 その時はまだ全然好きとかそんな気持ち全然・・・・!!!多分・・・。。。」
聞いてもいないのに一人でどんどん焦っていくマヤは等身大の
若い女性そのものだった。
「で、どうだったの?見れたの?」
隼平の質問にはにかみながら はい・・・と答える。
「梅の里・・・、私が紅天女の演技を勉強していた山里は
 とっても空気がきれいで静かで、本当に星が降ってくるかと思いました!!」
マヤの目にはもはや、隼平の姿など映っていないかのように
思い出の世界にいるようだ。
"こんなにかわいらしい子だったんだ・・・"
これまで自分の中にあった、演技派女優・北島マヤというフィルターが
少しずつ取れていくような気がする。
「夜の客船で見た星もきれいだった~!
 あの時教えてもらった星座は、なんだったかな~~・・・でも
 翌朝に見たあのバラ色の朝焼け・・・・あの時は・・・」
もうこのまま時が止まればいいのにな~って思ってました。
そう言って立てた膝に頬を寄せるマヤの顔があまりに美しくて
隼平は一瞬我を忘れた。
"こんな表情・・・・これじゃまるで・・・・"
阿古夜みたいだ、と唾を飲み込んだ。
「・・・・でも、やっぱり一番の思い出は・・・・」
隣で両手を合わせながら思い出を振り返っているようなしぐさで
マヤが話し始めた。
「・・・・あのお月様・・・」
「え?」
「お月様が輝いていたんです!」
ふいに周囲を気にするようなしぐさを見せた後、おもむろにマヤが
顔を隼平の耳元に近づけ、ささやくように言った。
「私が告白した時、空に輝くお月様、とってもきれいだったんですよ」
これは私だけが知っている秘密・・・!と
照れたように笑うマヤの顔が、これまでになく愛おしく感じた。
"悔しいな・・・・"
マヤにこんな表情をさせるのが、自分じゃないことが悔しい・・・
マヤのこの体全体から出てくる愛情のオーラが自分へのものでないことに
嫉妬心すら覚える。
「・・・・・そうか。そういうことか。」

愛情が、自分に向けられたものでないから戸惑う
目の前の人が愛おしくてたまらないからこそ
その人の心の中にいる自分にさえ嫉妬する

ーーーそれは、隼平がつかみ切れていなかったカナデの本心を
演じる上でのヒントとなる気がした。

「・・・・ありがとう、北島さん。」
とつぜんお礼を言われて、戸惑っているマヤに
「北島さんの紅天女が素晴らしかった理由が分かったよ。」
もう魂の片割れを見つけていたんだね、という言葉に
今日一番に顔を真っ赤に染めた。

「・・・俺もさ、ずっと好きな子がいるんだけどね。」
突然の告白に今度はマヤが驚く番だ。
「未だに告白すら出来ないんだよ~」
北島さんは勇気があるな~とにっこり笑う。
「・・・伝えないんですか?」

「ずっと幼なじみみたいにつきあってたからね。
 向こうは俺のことお兄ちゃんみたいにしか思ってないよ」
「最近はあってないんですか?」
「僕も彼女ももう実家を離れてるからね・・・
 かれこれ10年は会ってない気がするよ」
明るい声とは裏腹にどこか淋しげな表情に
マヤはかける言葉が見つからなかった。
「あ、ごめんね、なんだか湿っぽくしちゃって。
 引きずってるとかそういうことは全然ないんだよ。ただ・・・」
彼女が今頑張ってるって知ってるから、俺もいつか
胸を張って彼女の前に出られるような役者になっていたい
「そのためにも、今はカナデを演りきりたい、そう思ってる」
そういって準平が投げた小石は、今日一番の大きな波紋を広げた。


**
「いつも助かるよ。」
目を合わせることなく受け取った封筒を鞄にしまいながら
いつものように短い労いの言葉を口にすると、
真澄は足早に駐車場の奥へと戻っていった。
その様子を見送った聖も、そばの車に乗り速やかに走らせる。


「・・・・おや、あれは・・・」
後部座席で先ほどの書類に目を通していた真澄は
ふと見た車窓の中に、気になる人物の姿を見つけた。
「・・・確かあの男は、雑誌社の記者」
以前記者会見で怖いもの知らずの不躾な質問をしてきた記者
「確か、高取修とかいったか・・・・気になるな」
特に何かあるわけでもない、しかし真澄の直感が
何かを訴えかけてくる。
"念のためということもある・・・"
胸ポケットから携帯電話を取り出すと、真澄は先ほど
別れたばかりの聖に電話をかけた。
「ちょっと気になる車がある。後を追ってみてくれないか」



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~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
今年の夏がなかなか終わらないうちに、急いで現実時間に
追いつこうと必死です(笑)現在8月下旬設定。

勝手キャラにつき、お前誰だよと思われている方多数かと。
由比隼平(ゆい・じゅんぺい)君は27歳
劇団「新KIZOKU」所属の舞台俳優ですが
最近はテレビにも進出してきている次世代期待の俳優です。
真澄フィルターを通っているだけあって
品行方正・プライベートはとっても真面目な演劇バカです。
もうしばらく彼が出てきますので、かわいがってあげて下さい。

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