(み)生活

ネットで調べてもいまいち自分にフィットしないあんなこと、こんなこと
浅く広く掘っていったらいろいろ出てきました

( ´艸`)☆更新履歴☆(´~`ヾ)

(ガラスの・Fiction)49巻以降の話、想像してみた*INDEX (2019.9.23)・・記事はこちら ※ep第50話更新※
(ガラスの・INDEX)文庫版『ガラスの仮面』あらすじ*INDEX (2015.03.04)・・記事はこちら ※文庫版27巻更新※
(美味しん)美味しんぼ全巻一気読み (2014.10.05)・・記事はこちら ※05巻更新※
(孤独の)孤独のグルメマップ (2019.01.18)・・記事はこちら ※2018年大晦日SP更新完了※

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ep第29話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2015-08-30 22:54:48 | ガラスの・・・Fiction
ep第28話←                  →ep第30話
********************
新年1月、マヤ2年目の『紅天女』興行は連日の大入満員の中
華やかに千秋楽を迎えた。
息つく暇もなく来月は大阪公演が待っている。
そんなわずかな時間を割いて、マヤは黒沼と共に
大都芸能社長室を訪ねていた。
「お待たせしてすみませんでした。」
直前までの会議の後、社長室へと入ってきた真澄の表情は
何処か冴えない。
「とんでもない。今年は去年以上に無理を言ったが、
 お陰様で最高の『紅天女』になったよ。」
世話になったな、といいながら煙草をふかす黒沼に
「いよいよ来月は初の地方公演ですね。」
と話題を振った。
「そうだな。客層も東京とはだいぶ異なるだろうし、
 いろいろ見せ方もかえなきゃならんと思っているよ。」
「マヤはどうだ?地方興行は初めてだろう」
「はい。でも、紅天女の舞台はもともと関西だし、
 大阪で演れるのはすごく光栄です。」
屈託なく笑うマヤに一瞬いやされた真澄だったが、
そろそろ呼び出した本題に入らねばならない。
「実は黒沼さん、一つご相談があるんです。」
「ああ・・・、お前さんがわざわざ呼び出したんだ、しかも
 マヤと二人で。おおかた人に知られたくない話だろうとは
 思っているよ。」
「すみません。いずれ明らかになる話ではあるのですが・・・」
普段の真澄らしくなく、どこか言いよどむ感じが新鮮に感じられた。
「北島、お前は何か知っているのか?」
ぶんぶんと首を横にふるマヤに、
マヤにもまだ、これから話すところなのでと言うと真澄は
大きく一つため息をついた。
「来月の大阪公演なんですが、実は1日だけ、
 ある企業が社員向けの記念行事として公演を貸切りたいという
 申し出がありました。」
真澄の話によると、その企業の周年記念行事の一環で、
幻の舞台『紅天女』観劇をぜひともプログラムに加えたいとの打診が
あったという。
「紅天女をこうしたビジネス利用するのはあまり感心しないとは
 思うのですが・・・」
企業貸切での公演自体はよくあることなので、それだけで
これほど真澄が浮かない顔をするのは珍しい。
理由は他にもありそうだ。
「どこなんだい?その会社ってのは。」
黒沼のその質問がまさに真澄の憂いの理由だともいうように、
一呼吸を置いた後真澄は口を開いた。
「・・・・鷹通です」
「・・・・なるほどな」
「・・・・・・」
「なにか理由はあるのかい?」
一時は婚約までし、蜜月関係とも言われた大都と鷹通、
しかしその後の破談により一転対立関係に陥ったとも目されていた
両企業
今回の『紅天女』の件も、純粋に話題の舞台を社員の福利厚生のためにと
企画されたものでないことは明白だ。
「・・・・・紫織さんが」
真澄の口からきくのは久々のその名前に、マヤは顔を上げた。
「紫織さんが、舞台を是非社員に見てもらいたいと言ったようで。
 孫娘には甘い会社ですから・・・」
皮肉とも取れるその言葉とは裏腹に、真澄の顔は真剣そのものだ。
「その申し出を受け入れるのと断るのでのメリット・デメリットは?」
「そうですね、もし受け入れれば対外的にも大都と鷹通の間の
 しこりはほぼ解消され、友好関係にあるというアピールにはなるでしょう。
 反対に断れば、差し出された和解の手を跳ねのけることにもなる。
 そうすれば今後の事業にも何らかの影響はでるかもしれません。」

「・・・・紫織さんのご希望なんですよね」
それまで黙って二人の会話を聞いていたマヤが口を開いた。
「紫織さんが、紅天女を観たいと言ってくれているんですよね。」
だったら私は構いません。
「しかし、マヤ・・・」
「多分紫織さんは、紅天女を気に入って下さったんです。だから
 社員の皆さんにもぜひ見てほしいって・・・。期待されているのであれば
 おこたえしたいです、私は。」
それに・・・とマヤは言葉をつづけた。
「私の舞台が、速水さんのお仕事の役に立てるのなら、私うれしいです。」
「マヤ・・・」
「私大都芸能に入ってから速水さんをはじめ皆さんに本当にお世話になって、
 したいことだけさせてもらえてます。
 私にできることは、一生懸命演じることだけだけど、もしもっと
 直接的に速水さんのお役に立てることがあるんなら、私やりたいです」
マヤのまっすぐすぎる気持ちに真澄は一瞬ここが自身の職場であることを
忘れてしまいそうになったが、かろうじて視界に入る黒沼の
仏頂面に助けられた。
「しかしこれはあくまで大都としての勝手な希望であって、
 紅天女を私物化するようなことは・・・」
「私にとっては紅天女を演じるということに変わりはありません。
 たとえお客さんがどんな人だろうと、いいえたとえお客さんがいなかったとしても
 私は舞台の上で紅天女になる、それだけです。」
だから、私は大丈夫ですけど・・・とそこで初めてマヤは
隣の黒沼の顔をうかがった。
「・・・・まあ、上演権を持っている天女様がそういうんだから、
 速水の若旦那、ありがたく従えばいいんじゃないか。」
「・・・・ありがとうございます」
真澄は深々と頭をさげた。

最初この申し出が伝わってきた時、真澄は鷹通が何か
罠を仕掛けてきたのかと疑っていた。
舞台を台無しにするように仕向ける、あるいは社員に酷評させ
価値を下げるように仕組むなど・・・・。
真澄と紫織との間で、婚約破棄の要因の一つにマヤの存在があることは
明白だが、それが紫織の父あるいは祖父である鷹宮天皇の
耳に入っているかは定かではない。
もし、破談の原因が一女優にあると知れれば当然その存在を
潰すように動くであろうし、それが出来るだけの力を鷹通グループは持っている。
たとえそこまで知られていないとしても、真澄をはじめ
大都が紅天女に執着していることは公の事実として広く知れ渡っている。
その点だけをとっても舞台になんらかの文句をつける可能性は大いにある。

しかし鷹通の大都への攻撃の矛先を緩める存在が、
皮肉にも紫織であった。
彼女は婚約破棄の条件として、大都とのビジネス関係と自身の婚約破棄とを
切り離して考えるよう強く求めていたのだ。
そのおかげもあって一歩一歩確実に、業務提携解消の穴を
埋めてきた。
そんな折の鷹通からの申し出、しかも今回は紫織たっての希望だという。
真澄はその真意をはかりかねていた。
紫織の希望をかなえること、それは自分にできる数少ない贖罪の一つだ。
しかしそれではマヤに対してあまりに自分本位ではないか・・・
真澄の逡巡はそんな所から湧き出ていた。

「マヤ、君ってやつは。」
一人になった部屋で真澄は、執務机の上に置かれた灰皿をゆっくりと
なぞりながら、先ほどのまっすぐなマヤの顔を思い出していた。
「私は紅天女を演じるだけ、見たいと言ってくれるなら演りたい・・・か。」
凝り固まった自分の脳みその隙間に入り込むように、
マヤの言葉が満たしていく気がした。
しかし真澄はもう一つ、伝えなければいけないことを残していた。


「荷造りはできたか?」
シャワーを浴びた真澄がスーツケースの上の飛び乗っているマヤに声をかけた。
「見ての通りです」
「・・・・がんばりたまえ」
明日から約一ヶ月、マヤは大阪に滞在するため長期不在となる。
「今日、ありがとうございました。」
いつものごとく唐突なマヤの話に、真澄の頭が?となる。
「大阪行く前に、ちゃんと説明してもらえてよかった。」
「ああ、そのことか。」
「嘘じゃありませんから。私うれしいんです。速水さんの仕事のお手伝いが
 できること。」
照れ隠しなのか、目線はずっと荷造りの方に向いたままだったが、
耳がやや赤い。
「俺の方こそ、マヤを巻き込むような形なって申し訳ないと・・・」
「だから!巻き込んでください、もっと。」
必要とされてるって、力になります
マヤは真澄の方に初めて顔を向けた。
「・・マヤ、そのことなんだが・・・」
真澄は今日の昼、社長室で伝えそびれたことを告げた。
「鷹通の貸切公演の日程なんだが・・・」
2月20日なんだ・・・・そういって真澄は、眉間にしわを寄せた。
「2月20日・・・・そうか、そうですよね。その日は休演の予定でしたから、
 その日になったんですね。」
真澄の真意が伝わっていないのか、マヤはあっけらかんとしている。
「マヤ、君分かっているのか?その日は・・・」
「私の誕生日、ですよね。」
やっと閉まったスーツケースに腰をかけてマヤはにっこりと笑った。
「知ってましたよ。速水さんが(公私混同して)20日休演日に
 してくれていたことも。」
ですけど・・・といって立ちあがったマヤはゆっくりと真澄の方に近づき、
「自分の誕生日に紅天女として過ごせるなんて、それはそれで
 すごく幸せです。」
とにっこり笑って見上げた。
「・・・・ありがとう、マヤ」
これ以上どんな言葉もいらない
自分の気持ちは伝わっているし
相手の気持ちも痛いほどわかる
お互いの間に流れる見えないけれど確実に存在する
ひとつの魂のつながりを確信しながら、
二人は言葉で表現できないその感情のありったけを
込めて優しく体を寄せ合った。

**
2月に始まった『紅天女』初の大阪公演
黒沼演出により、基本的な構成はそのままながら、
より緩急のメリハリをつけた躍動感にあふれる演出が
なされた舞台は西日本の観客の心もつかみ、
連日の大入りとなっている。
「セリフはなにも変わらないのに、全然違う舞台みたい・・・」
やっぱり舞台って楽しい!
「ちょっとオーバーかなって気がする演技が、
 お客さんにすごく受けるのなんて新鮮です。」
観る人の気持ちを考えて演技をする、
ドラマや映画と違って舞台は回ごとにそういった変化が
つけられる。
マヤは日々演じる事の奥深さと楽しさをかみしめていた。

「みんな。明日は企業の貸切公演だ。
 今、大阪公演でやっている演技ではなく、
 東京公演のような抑え目で神聖な演出で演るから
 そのつもりで準備しておいてくれ」
昨日公演終了後、黒沼のその言葉に、マヤは明日が
紫織の観劇する日であることを思い出した。
「北島、お前の今演じられるありったけを込めた
 紅天女を演じるんだ」
黒沼からの言葉を思い出しながら、大阪での滞在先と
しているホテルの部屋へと戻ってきた。
ベッドに寝転び、天井を見上げながらマヤは考えるともなく
紅天女の事を思う。
紫織と最後に会ったのは、去年の紅天女公演。
それから約一年、女優として自分がどう成長したのかは
よくわからないが、それでも去年のほうがよかったとは
思われたくない。
紫織は今の自分の演技に何を思うのだろうか。
体調は回復したのだろうか。
答えの出ない思いがぐるぐると堂々巡りでマヤの脳裏を
駆け巡る。
「今の私にできる、最高の紅天女・・・・」
明日の為に早く寝なければと思う気持ちと裏腹に、
目がどんどん冴えてくる。
その時、控えめに部屋のベルが鳴った。
「?」
こんな時間に尋ねてくる人物など限られている。
ゆっくりと扉に向かったマヤが覗き窓を覗くとそこには
「!?」
一面紫の景色に覆われていた。
「速水さん!」
あわててドアを開け、招き入れたマヤは、
その大きな紫のバラの花束をどすっと手渡された。
「誕生日おめでとう、マヤ」
その言葉に、いつの間にか時計の針が12時を過ぎていることに
ようやく気付いた。

**
2月20日
鷹通グループ貸切による公演『紅天女』
客席中央、舞台全体が見渡せる一番いい席に座るのは
鷹通グループ総帥、通称鷹宮天皇
鷹宮紫織を挟んで反対側に紫織の父と並んでいた。
舞台上のマヤはどこまでも美しく神秘的で、
客席にまで梅の香が漂ってくるような妖艶な色気すら
感じさせた。
阿古夜として恥じらう姿や、紅天女として
人間と対峙する姿はおよそ同一人物とは思えないほどで、
覆わず手が汗ばむほどだった。
"たった一年で、これほどまでに変わるなんて・・・"
紫織の頬を濡らすとめどない涙は、マヤの紅天女のすばらしさの
証明であるとともに、それを受け止めることができるだけの
感受性が紫織に戻ってきていることの証でもあった。

「素晴らしかったですわ。マヤさん。」
終演後、特別に舞台衣装のままロビーに現れたマヤたち
主要キャストと共に写真撮影などが行われた後、
紫織はマヤに興奮した面持ちでそう伝えた。
「去年の舞台も素晴らしかったけれど、まるで別物。」
頬をうっすらと染めながらそう語る紫織は
本当に感動したといった様子で、
マヤは心から安堵した。
「今回、鷹通の記念行事にぜひ『紅天女』をと勧めたのは
 わたくしですの。」
鷹通の人間の中にはいまだに大都に対していい印象を持っていない
者も多い。
その遠因の一つとしての象徴である紅天女
しかしきっとそんな人たちもマヤの演技を見ればおのずと
その素晴らしさを認めざるを得ないだろう
紫織はそう信じていた。
「正直予想以上でした。」
1年前の紅天女、マヤの演技は確かに素晴らしく、
病み上がりの紫織の心にも響いてきた。
「去年のあなたの紅天女、その愛の向かう先に、
 私は真澄さまの存在を確かに感じましたわ、ですけど・・・」
今のあなたの紅天女からは、そんな感覚が薄まっているいる
気がするのです・・・
「え・・・?」
浮かべていた笑顔が一気に固まるマヤ、しかし紫織は
穏やかな表情のまま言葉を続ける。
「マヤさん誤解しないで。私は決してあなた方の愛情を
 否定しているわけではないんです。むしろ逆。
 上手く伝えられるかは分からないけれど・・・」
去年のマヤの紅天女は、真澄への愛で満ち溢れていた。
それは言い換えれば、真澄への現実の愛を演技に反映させることで
紅天女を再現していた。
しかし今年のマヤは、マヤ自身が紅天女の愛を表現している。
その根底にはこの一年の真澄との着実な育みがあるのだろうが、
舞台の上でのマヤはあくまで女優として、しっかりと
紅天女の普遍的な愛の輝きを演じているように紫織には
感じられたのだ。
「きっとあなたの無意識の中まで、しっかりと真澄さまの
 愛情は満たされているのですね。」
そういってにっこり笑った紫織は、おもむろにお付きの人間に
声をかけ、白いユリの花束をマヤに渡した。
「今年こそはと思って、大切に育てましたのよ。」
紫織の気高さが反映されたかのように美しく輝く白いユリが
紅梅の衣装を身にまとったマヤによく似合う。
「知らなかったとはいえ、本当に申し訳ありませんでしたわ。」
そういって頭を下げる紫織にマヤは今日何回目だろう、驚かされる。
「今日が誕生日だと知っていれば、こんなワガママを
 申し上げなかったのに・・・。」
「紫織さん・・・」
「本当ならば、お二人でゆっくり過ごされるはずの一日を
 私たちの為に費やしてくださって、感謝の言葉もありません。」
そういって紫織は改めてありがとう・・・とマヤの手をぎゅっと握った。


「なるほど納得したよ。さすが大都が2代にわたって執着するだけの
 ことはある」
マヤと紫織が話している所から数メートル離れた所では、
鷹宮会長が、紫織の父と共に真澄と歓談をしていた。
「そういって頂けると、興行主冥利に尽きます」
深々と頭を下げる真澄の肩を笑いながらぽんぽんと叩く鷹宮は、
「まあそんなにかしこまらなくても・・・。お互いにいろいろあった
 とはいえ、ああして紫織の元気になってくれたことだし、
 わしもすっかりあの紅天女のファンになってしまいそうだ」
これからもビジネスパートナーとしていい関係を築いていけるよう
協力し合おうじゃないかという鷹宮の言葉に、下げた頭を上げられない
真澄だった。
そこへーーー
「真澄さまっ!」
マヤの手を引きながら紫織が駆け寄ってきた。
「紫織さん・・・」
「真澄さま、大変お久しぶりです。大変素晴らしかったですわ。
 今年の紅天女も。」
興奮が隠しきれないと言った様子の紫織、そして
その後ろで恐縮しながら、紫織さんに頂いたんですと控えめに笑顔を見せ
手にした花束を抱きしめるマヤに小さくうなずき返しながら、
「ありがとうございます、紫織さん」
とお礼を告げた。
「もう毎年お正月は紅天女がなければ年が始まりませんわね。」
そういって穏やかに微笑む紫織は、優しくマヤの背中に手をやると
「さ、おじい様お父様、あまりながながと天女様を拘束しては
 いけませんわ。そろそろ式典の方に向かいましょう。」
と促した。
「ほっほっほ、紫織にせかされるとは、わしも年をとったもんじゃわい」
そういいながらも嬉しそうな鷹宮をエントランスまで見送ると、
「・・・・真澄さま。紫織はもう大丈夫ですわ。」
とゆっくり手を差し出し、真澄と握手を交わして劇場を後にした。

送迎の車に乗り込んだ紫織はゆっくりとした所作で
今来た道を振り返る。
そこに真澄の姿はない。
"本当に、これが最後のけじめ・・・・"
紫織は気を緩めると湧いて出てしまいそうな涙をぐっとこらえながら、
自分の初恋に別れを告げた。
"これからは遠くからお二人の幸せを願っておりますわ。"
その時ーーー
「今日はよくがんばったな、紫織」
その多くは語らずともすべてを包み込むような柔らかな父の声に
先ほどは我慢できたものがあふれ出るのを禁じ得なかった。
「無理しなくていいんだよ。」
自分がやや背伸びをして元気な姿を、普通の姿を見せようと
していたことを、分かってくれる人がそばにいる。
それだけで自分は一人ではないという安心感と安堵感で
体のこわばりがふっと軽くなる気がした。
「ありがとうございます、お父様。本当に、ありがとう・・・」

**
しんと静まり返った劇場
誰もいないその観客席は漆黒の闇に包まれている。
バンーーー!
ボールペンひとつを落としただけでも響き渡りそうなその静寂を
打ち破るようにステージ上のスポットライトが点灯されたとき、
その中心には、ラフに打掛を羽織っただけのマヤの姿があった。
「これでいいか、マヤ」
舞台裏から客席に戻ってきたの真澄は、舞台の中心で
真っ直ぐ立ちすくむマヤに声をかけた。
「ありがとうございます速水さん。わがまま言ってすみません・・・」
「いやこれくらい・・」
自分の職権ならなんということはない・・・
ゆっくりと舞台に近づく真澄に、マヤもぎりぎりの所まで寄っていった。
いつもとは反対に、真澄を見おろす形のマヤ
見上げる真澄も、いつもはかがみがちな背筋をすくっと伸ばしている
「なんだか慣れないな。君に上から見られるのは。」
そういってやや照れくさそうに笑う顔は、いつも家で見せるような
普段着の顔に近かった。
「だって速水さん、舞台に上がってきてくれないから・・」
そういって舞台端に腰かけ、真澄との距離をぐっと近づけた。
「舞台は役者たちの神聖な場所だからな。部外者の俺が立ち入るのは
 はばかられる」
そういいながら舞台に寄りかかった。
「今日は本当に素晴らしい舞台をありがとう。」
マヤが全身全霊で紅天女をみせてくれた、自分のかつての婚約者のために。
「大丈夫でしたか?今日の舞台」
すっかりいつものマヤの顔に戻っていながらも、その肩にかかる
打掛のせいか、真澄は紅天女の神秘性を感じるようで少し緊張感が走る。
「ああ・・・・素晴らしかったよ」
改めて君を愛おしいと思った・・・まるであの日のように・・・
「せっかくの誕生日が終わってしまうな・・・」
遅くなったがどこかで食事でも、そう言いかけた真澄の言葉をさえぎるように、
マヤの声が降ってきた。
「ひとつだけ、誕生日プレゼントをもらってもいいですか?」
真澄が見上げた先には、スポットライトの後光で見えないマヤの
顔があった。
「・・・見ていてほしいんです、今から。」
あの日のように・・・
みていてください わたしの阿古夜を
わたしの思いを・・・

"あの日・・・・はじめて谷でおまえをみたとき・・・"
"阿古夜にはすぐにわかったのじゃ"
"おまえがおばばのいう魂のかたわれだと・・・”

"年も姿も身分もなく 出会えばたがいに惹かれあい"
"もう半分の自分を求めてやまぬという・・・"

"おまえさまのことを思うだけで胸がはずむ"
"声をきくだけで心が浮きたつ・・・そして・・・"

"おまえさまにふれているときはどんなにか幸せ・・・"

"おまえさまはもうひとりのわたし"
"わたしはもうひとりのおまえさま"

"捨ててくだされ 名前も過去も・・・"
"阿古夜だけのものになってくだされ・・・!"

"元はひとつの魂 ひとつの生命"
"おまえさまは阿古夜の生命そのもの"
"離れることなどできませぬ"
"永遠の生命あるかぎり・・・・・"


気づくとマヤの体は真澄の大きな胸に閉じ込められていた
しばらくの間、音のない時間が流れる
響くのは互いの鼓動、そして去来するのは
あの日見たバラ色の朝焼け

「伝えられない思いでも、阿古夜のセリフにのせれば
 言える気がして・・・」
あの日のあの言葉は紅天女ではなかった
「あの言葉は全て北島マヤ、私の思いでした」
どうせかなわない思いなら、せめて舞台の上だけでもと。

「君の言葉に打ちのめされて、俺は自分の小ささを思い知った」
どんなに忘れよう、封じ込めようとしても抑えられなかった
マヤへの思い
政略結婚という名の隠れ蓑に逃げ、自ら戦う事を放棄した
「君の姿をみて、もう嘘はつけない、つきたくないと心が叫んだ」

あの日、紅天女の力を借りて精一杯の告白をしたマヤ
婚約者のいる相手に、思いを伝えることなど出来ないマヤの
精一杯ギリギリの勇気
その手探りでまっすぐなパワーが、1%の可能性を切り開いた

「ありがとうございます。誕生日プレゼント」
しばらくのち、やや気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて
マヤがお礼を言った。
「そういえばさっきもそういっていたな。
 いったいなにがプレゼントだったんだ?」
「・・・・紅天女の言葉・・」

あの頃は、自分の気持ちをそのままのせることで
紅天女の心をつかむのが精いっぱいだった。
試演の後、名実ともに紅天女を自らのものにしたマヤは、
その後の演技の仕事、そして真澄との穏やかな幸せを経て
いつしかしっかりと女優として紅天女を演じられるほどに
余裕と実力を身につけてきた。
もちろんマヤ自身にその自覚はないが、今日紫織に
その点を指摘されたマヤは、自分の中に無意識ながら
役者としての芯が出来つつある感覚を抱いていた。
"私が女優としてもう一歩も二歩も成長すること、それが
 速水さんにとっての幸せにつながる、だけど・・・"
役者として大きくなる事への覚悟と不安

もしかしたらこれまでのようにただ楽しいだけでは
演じられなくなる日が来るのかもしれない・・・それでも
自分は女優を辞められない
いや、むしろそうならなければ女優を続けていけないのなら・・・
「私はこれからも女優として舞台に立ちづけたい。
 千の仮面をかぶりたい。そして」
ずっとその姿を速水さん、紫のバラの人に見ていてもらいたい

「だから今日は、今日だけは、阿古夜の言葉を伝えたかった。」
阿古夜としてではなく、北島マヤとして、愛する人に。
「女優なのに、大事なセリフを自分の気持ちを伝える為に使うなんて、
 プロじゃないですよね・・・えへへ。だから、誕生日プレゼント。」
一年に一度のワガママ。
だけどこの言葉で、私はいつでも思い出せる。
自分はやっぱり演じることが何より大好き。
そこにセリフがあれば、どんな人生も経験できる。
この体一つで、どんな世界でも表現できる。
そんな魔法を使える女優という虹の世界。
「速水さんの事だけ考えて、速水さんのこと好きって気持ちだけで
 紅天女の世界観なんて忘れて、純粋に速水さんに私の気持ちを
 伝える為にセリフを言わせていただきました、しかも本当の舞台上で」
これ以上のプレゼントはありません、と頬を紅くするマヤを
「まったく君ってやつは・・・」
再び熱い抱擁に封じ込めた。
しばらく無言で抱き合っていたマヤと真澄は
ゆっくりとその力を緩め、互いの顔を見つめ合い
あの日できなかった優しい口づけを交わした。


ep第28話←                  →ep第30話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
なんだか冗長です。
紫織さん登場シーン書くと、どうしても真澄さんの動きが
鈍くなるのでなかなかルンルン筆が進みません。
でもこれで一応紫織さんとの件は完全決着ということで、
もう登場しなくてもいいかな~~

後半に夜の劇場でマヤにアストリア号再び・・・は
さっさと考えていたのですが、セリフを言わせるのに
読み返す時間がなく、UPするのに大変大変間があいてしまいました。
~~~~~~~~~~~~~~~~

ep第28話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2015-08-08 21:56:52 | ガラスの・・・Fiction
ep第27話←                  →ep第29話
********************
年の瀬12月31日
マヤの姿は意外な所にあった。
「なんだか、不釣り合いな気がするんですけど・・・これ。。」
艶やかな着物に身を包み、ヘアスタイルもシンプルながら
モダンなスタイルにまとめ上げたマヤが、鏡に映る自分の姿を見ながら
つぶやいた。
「ふふ。そんなことないよ、マヤちゃん。よく似合ってる。」
年の瀬のKHNホールは、日本のみならず世界で放送されている
大型音楽番組がこの一年を締めくくるのが恒例になっている。
年末が近づくと音楽関係の話題は同番組の出演予想で
もちきりとなる。
「でもどうして私が・・・・」
『紅天女』は明後日1月2日から上演される
その直前の忙しい時期だが、今年マヤはもっとも活躍が
著しい若手女優のひとりとしてゲスト審査員に選ばれた。
「もうすぐ初日のタイミングで本当に申し訳ないんだけど、
 この番組に呼ばれることはステータスでもあるから。」
『紅天女』のPRのためにも、なんとかマヤにはこの出演を
了承してもらいたかった。
「気にしないで下さい、大原さん。ちょっと楽しみにしていますから。」
心身ともに疲労のピークを迎えているであろう大晦日に、
気を使ってかマヤは笑顔で大原に答えた。
そこへ、
「あ、マヤさん!!!!!お久しぶりです!!!!」
素敵な赤いドレスを身にまとった華やかな人物がマヤのもとに
駆け寄ってきた。
「あいちゃん!!久しぶり―」
夏のドラマで共演した柊あいが、今年のこの番組の司会を務めることに
なっている。
史上最年少での司会抜擢に、大きな注目を浴びている。
4時間超の番組司会で、緊張しているに違いない柊は、
マヤの両手をギュッとにぎって
「マヤさんに会えて、元気もらえました。頑張ります!」
スタッフに促されるまますぐに最終打合せへと去っていった。
「あいちゃん、がんばってるね、すごいな。」
自分より年下の柊の、その華奢な肩にかかる重責、
しかし彼女はしっかりとそれを受け止め、夏に出会ったころより数段
大人っぽく変化を遂げていた。
ちょっぴりしんみりとその後ろ姿を見ている所へ、
「きゃ~~~~~~マヤちゃ~~~~~~ん!」
とびきり騒がしい声を響かせながら、
今年映画『幕を上げる』で共演した現役高校生アイドルグループの
メンバーがマヤに飛びついてきた。
「うぐ。」
そのはちきれんばかりのパワーに圧倒されながらも、
マヤは今年初出場となるそのアイドルグループに
「出場おめでとう!ずっと出たいって言ったもんね。映画のロケ中も。」
といって、ひとしきり大泣きさせてしまった。
「ほんとに、ほんとに、ほんとに夢みたいです!!」
包み隠さず喜怒哀楽を素直に表現する彼女たちに、
マヤは妹のような気持ちを抱くと共に、
先ほどの柊もふくめ、今年一年の自分の活動を改めて振り返り、
こうして年末に再会をすることができたたくさんの仲間たちや
それを支えてくれた周りの関係者への感謝の気持ちが
改めて沸き起こってきた。
「大原さん、私この番組に呼ばれて本当に光栄です。」
紅天女で始まった一年も、もうすぐ終わろうとしている。

**
「よいお年を~~~~~~」
紙ふぶき舞うホールは、番組のフィナーレを迎えていた。
初司会を務めた柊あいは、何とか無事に大役を果たせた安堵からか
美しい涙を流していたし、
映画で共演したアイドルグループは、年齢の関係上最後まで
出演が出来なかったメンバーが控室でモニター鑑賞しているからと
ステージに散らばった紙ふぶきをお土産に集めていた。
他にもこの後すぐに自身のカウントダウンライブへ向かうアーティストや、
別の生放送番組に出演するため他のテレビ局へすぐに移動するゲストなど
かたときもゆっくりする暇のない芸能界ならではの
年の瀬の忙しさに包まれていた。
"あと30分で新年か・・・"
マヤ達が控室に戻る途中で、
スタッフや関係者、出演タレント達と次から次に挨拶を交わしている
真澄の姿を見つけた。
いつものようにパリッとスーツを着こなし、柔和な(作り)笑顔で
長丁場の労をねぎらうその様子は、
やはり周囲と比べても目を引く美しさだ。
「忙しそうですね、速水さん。」
その様子を見ながらぽつりと発したマヤに、
「そうね、この番組には大都のタレントもたくさん出演しているし、
 これきっかけで来年の仕事が大きく左右されるわけだからね、
 毎年毎年大変よ。」
と大原が語った。
「毎年、一年の最後の最後まで本当にお仕事なんですね。」
いつも二言目には、ハードスケジュールを詫びる真澄、
しかしそのおかげでこうして自分は演技の仕事を頂いて、この世界で
生きていける。
「私なんて、ただ座ってみてただけなのにほんとに疲れちゃって・・・・」
初日の直前に入った仕事に、少し疲れを感じていた自分自身を
少し反省するマヤ。
「ねえ大原さん」
控室に戻ったマヤは、衣裳を着替えながら声をかけた。
「速水さんの仕事ってさ、やっぱりその、大変なのよね。」
「え?そりゃそうね、なんといっても社長さんですからね。
 しかも速水社長はどちらかというとなんでもご自身でやられるタイプだから、
 何かとお忙しいと思うわ。どうして?」
「うん・・、なんていうのかな。私、私でなにかお役にたてることというか、
 私、何かできることってあるのかな・・・」
「え?それって」
「なんていうのかな、速水さんあんなに忙しそうなのに、いつも私のことばっかり
 気を使ってくれて、少しの時間でも私にさいてくれたり、でもそれって
 負担にならないかな・・とも思うし。」
もちろん、自分が女優として活躍することが真澄にとってなによりの
喜びであることをマヤも十分認識してる。
わずかの時間でも一緒に過ごせることで数倍ものエネルギーをもらっていることは
マヤがそうであるように真澄もそうであると信じてはいる。
しかしそうはいっても、もっと積極的に自分が真澄のために動けることは
ないのだろうか、
マヤははそう思えてしかたないのだ。
「それに速水さん、一応去年までは・・・その・・・・結婚するはずだったでしょ。
 会社同士の事情はよく分からないけれど、少なくとも奥さんになる人は
 いたかもしれないわけで、そういう人がいたほうが、例えば何か仕事が
 やりやすくなるとかいったことあったりするのかな、とか。。」
「・・・・・マヤちゃんあなた・・・」
速水社長と結婚したいの? と直球で大原に聞かれたマヤは
顔を真っ赤にしながら否定する。
「ちちちちち違いますっ、そんな・・・いやしたくないとかでは・・・・でででも、じゃなくて!」
「冗談よ。要するに、社長に奥様が居れば仕事面でのサポートもしてもらえて
 少しは忙しさも解消できるんじゃないか、でもそれを自分のせいで
 ふいにしてしまったんだったら、なにか代わりに自分がしてあげられることはないか
 そういうことでしょ。」
的確にまとめてくれた大原に、マヤはコクリとうなずき「そうです」と言うしかなかった。
「その辺りは・・・・、ま直接二人で話し合った方がいいんじゃないの?」
そろそろでしょう、という言葉の通り、
それからほどなくしてドアをノックする音共に、真澄が姿を表した。
「間に合ったようだな、マヤ。今年も一年ありがとう。来年も・・・よろしく。」

**
"マヤが若干情緒不安定です(笑)"
との報告を大原経由で聞いた真澄は、何食わぬ顔でマヤを連れ、
さきほどまで生放送が行われていたホールを車で後にした。
時は流れて新年を会場のスタッフたちと迎えたマヤは、
去年お世話になった人々へ真澄と共に挨拶をし、今やっと
二人きりの時間が出来たばかりだ。
「お疲れ様でした。速水さん。」
既に髪もほどいてメイクも落としたマヤはいつものあどけない表情に戻っている。
「マヤこそ、疲れただろう。生放送4時間なんて。」
「はい。でもステージは面白かったし、久しぶりにあいちゃん達とも会えたので
 すごく楽しかったです!」
とつぜんマイク渡されて、感想を聞かれた時はあせっちゃったけど・・・といいながら
マヤは心地よい疲労感に身を任せていた。
「本来なら君と一緒に伊豆でもと思っていたんだが、あいにく明日も仕事でな」
ハンドルを握りながら申し訳ない・・と謝る真澄に、とんでもないと
ブルブル頭を振ってこたえるマヤ。
「私の方こそ、速水さんお忙しいのにわざわざすみません。」
「なんだかずいぶんとよそよそしいな、マヤ。」
確かに先ほど仕事場での真澄の様子を見てから、マヤは少し緊張していた。
普段は何の気なしに「速水さん」などと呼んでいるが、彼は大都芸能社長だ。
「いえ・・。ただ、やっぱり私もう少し気をつかった方がいいのかと思って・・・。」
「気をつかう?」
「はい。速水さんは私の所属事務所の社長さんだし、すごく偉い人でしょう?
 私みたいな子どもっぽい女優が親しくしているのって、なんだか迷惑掛かったりしません?」
なるほどこれがマヤの情緒不安定(笑)の理由か・・・
真澄は表情には分からない程度の笑みを口元に浮かべた。
「君と一緒にいることに関して、迷惑だなどと思ったことは一度もない。
 そう思われていたとは心外だな。」
そんなつもりは・・・・と言いよどみながらマヤはちらりちらりと運転席の方を見る。
「とりあえず・・・俺の事を気遣ってくれるのなら一つお願いしてもいいか?」
「はい?なんですか?」
「俺は今お腹がすいている。どこかで食事をと思っていたのだがあいにくこんな時間では
 ろくな店はあいていない。
 そこでささやかながらホテルの一室に食事を用意してもらっている。
 一人で食べるのも味気ないので、もしよかったらご一緒して頂けますか?
 北島マヤさん」


"はじめてきたかも・・・"
真澄がマヤを連れてきたのは、自身が現在居住地として使用しているホテル。
このホテルは長期滞在に利用されることも多い、
キッチンや洗濯機等も備え付けられている、コンドミニアムタイプのホテルだった。
「白百合荘より・・・広い。」
マヤの感嘆に笑いながら真澄が近づいてくる。
「とりあえず、食事をとろう。」
テーブルの上には、深夜ということもあって軽めのメニューが並べられていた。
「改めまして。新年おめでとう。今年もよろしく、マヤ」
「おめでとうございます。今年も宜しくお願いします。」
シャンパンで乾杯をした後、ひとしきり食事を楽しんだ二人は、
別に用意していたデザートとコーヒーで食後の余韻に浸っていた。
「速水さん・・・・あの、いつまでここに住んでいるんですか?」
細かい事情はよく分からないが、
確か紅天女の試演の頃にはもうホテル住まいを始めていたと聞いている。
「そうだな・・・。」
マヤの質問には答えず、ゆったりとブランデーグラスを揺らす。
「パフェのおじさん・・・いや速水会長寂しくないかしら、速水さんが
いなくて、あんな広いお屋敷・・」
「そうか、マヤはあの家に住んだことがあったな。」
「ええ、あまりに広くてびっくりしました。日本じゃないみたい。」
「俺のパジャマも似合ってたし」
「!?」
マヤの顔を赤くしたり青くしたりして楽しみながらも、真澄は
マヤが決して速水の家を出た理由を問わない優しさを感じていた。
真澄としても、このまま大都芸能の仕事を続けていく、さらに今後
大都グループの業務を引き継ぐとなれば、速水の家に戻ることに
なんら障害はない。
実際それとなく英介からはその話が伝わってきているのだ。
それでも真澄がなお、1年以上もホテル暮らしを続けているのには
今一歩解消しきれない幼い日の心の傷と共に、心の中に秘めた思いがあった。
「・・・・いろいろかかるんじゃないですか?」
物思いにひたっていた頭が、マヤの言葉によって現実に戻る。
「ん?なにが?」
「だから、こんな豪華なホテルにずっと住んでるなんて
 素敵ですけど、お金かかるんじゃないですか?」
ソファーに腰掛ける真澄の長い足に手をかけるように
マヤがぐっと真澄の顔を見つめた。
「ん、まあそれはそれなりに。しかしここはここで何かと便利だよ。
 定期的に掃除はしてくれるし、何より職場が近い。」
「そりゃそうでしょうけど・・・・!」
真澄の答えに納得がいかないというように、マヤが微妙な表情をする。
「そんなことより、マヤ。せっかくだから少し話をしないか。」
そんなマヤの機嫌をとるように、真澄はマヤの髪をなでながら声をかけた。
「マヤ、明日、というか今日の予定は?」
「え・・と、11時から紅天女の稽古です。」
「いよいよだな・・・・」
「はい。」
「どうだ、今年の紅天女は?」
「どうでしょう・・・。舞台自体が久しぶりだから緊張します。でも・・」
しっとりと真澄の肩に頭を預けたマヤの顔は、
迷いのない、まっすぐな光を放っていた。
「楽しみです。また阿古夜になれる、紅天女になれるのが。」
たった1年、しかしその1年でマヤが女優として大きく成長したことが
よく分かる。
女性の20代はこうも劇的に変化するものなのか
今まで数多くの美しい女性を見てきた真澄でさえ
目の前のマヤのその天性の魅力に今更ながら緊張感を覚える。
「今年の目標は?どんな仕事がしたい?」
これは事務所社長としての質問じゃないから気楽に、と言われて
マヤは思案に暮れた。
「ん~、とりあえず今は紅天女を演じきりたいです。それしか考えられない。」
「なるほど・・・。では、今年の冬は紅天女・・・、じゃあその後は?」
「そうですね、去年はドラマとか映画とか経験できたので、
 やっぱり今年は舞台にたくさん立ちたい!」
「ミュージカルとかはどうだ?」
「ええ!!歌は・・・・苦手です・・・」
「ククク、そうか・・・」
苦いお茶を飲んだようなマヤの顔に、真澄の顔から自然に笑みが漏れる
「・・・・来年はないから・・・」
「え?どうしたマヤ」
「来年はきっと、私紅天女のお仕事ないから、だから速水さん、
 来年はドラマでも映画でも、お声がかかるのなら何でも頑張ります。
 だから今年は、今年は出来る限り舞台に立ちたい!」
来年の紅天女・・・・・
「来年の今頃君が何をしているかは、恐らく初日の舞台にかかっている。」
真澄のその言葉の真の意味はマヤにストレートに伝わってくる。
"観にくるんだ・・・亜弓さん・・・・、私の舞台を・・・"
「俺は確信しているよ。だからいつも通りに演じればいい。」
結果は必ずついてくるから・・・そう言ってマヤの肩を優しく抱き寄せた。
「・・・・・ありがとうございます。速水さん。」
しばし甘い雰囲気に身を任せていた二人だったが、
おもむろに真澄が声を発した。
「時にマヤ、さきほどの話だが・・・」
「さきほど?」
「ここのホテル代の件なんだがな、確かに結構かかってるんだよ。」
「でしょ~、やっぱり。」
「でな、俺もやはりそろそろちゃんとした場所に住むべきなんじゃないかと
 考えている。」
「はい。それがいいと思います」
「そうか、マヤもそう思うか」
「はい、やっぱり自宅で生活する方が落ち着きますから」
「よかったよそう言ってくれて。じゃあ、早速引っ越し準備に取り掛かろう。」
「でも引っ越しっていってもこれまで住んでいた所に戻るだけだから
 そんなにかからないですよね、準備。」
「ん?だれが速水の屋敷に戻るといった?」
マヤはようやく真澄がいつもの人をからかういじわるな表情をしていることに
気付いた。
「へ?」
「引っ越すよ、マヤの所に。一緒に暮らそう。」


**
1月2日
大都劇場は色とりどりの花がこれでもかと並べられ、
華やかな正月ムードをさらに盛り上げる。
新生紅天女・初日公演
詰めかけたたくさんの関係者やマスコミの対応も終え、
マヤは一人楽屋で精神統一していた。

脳裏に浮かぶのは、かつて目の当たりにした
一面梅の谷
静謐な空気とわずかの響きがこだまとなって
体の芯を揺らすあの緊張
風火水土
自然に抱かれ、自然を慈しむ乙女
そして、最愛の人

人はなぜ出会い、傷つけあうのか
全ての事象に惜しみない感謝の心を
この世で結ばれぬとも、魂はいつもひとつにーーー

閉じていたまぶたをゆっくりと開いたマヤ
その前の鏡に映るその顔は、既に北島マヤではなかった

**
**

北島マヤの紅天女は、圧倒的な存在感で観客を魅了し、
惜しみない喝采が地鳴りのように響き渡った。
カーテンコールに答えるマヤは堂々としていて、
既に大女優たる風格すら漂わせている。
"成長したな、マヤ 今年も君に恋したようだ"
何度目かのカーテンコールで既に会場はスタンディングオベーションの
渦が熱気をかもしだし、
その中に立つ真澄も熱に浮かされたような興奮を抑えきれない。
劇場に響き渡る感動表現を、入口近くで聞きながら、
真澄はふと先ほどまで自分が座っていた席に目をやる。
その席、そしてその隣の席には先ほどまで・・・


真澄の隣でマヤの紅天女初日舞台を観劇していた
姫川亜弓は、客席に明かりが入る寸前にサングラスをかけ、
総立ちの観客に紛れるように席を離れようとしていた。
「亜弓くん・・」
「速水社長、例の件ですが・・・」
周囲の拍手の渦に紛れるように、真澄の耳元に口をよせた
亜弓は、穏やかな口調で言葉を続けた。
「開演前にお伝えした通り、あの条件がクリアできれば
 私、お受けいたしますわ。」
改めて亜弓の顔に目をやる真澄の瞳には、
サングラスの向こうの自信と覚悟がないまぜになった
亜弓の強い意志が映っていた。
次の瞬間にはもうドア付近にまで移動していた亜弓の後姿を追って、
真澄はロビーへと出た。

「かなり厳しい条件だとは思うが」
真澄の声に振り返った亜弓は、
「ええ。でも彼女もそうして壁を乗り越えて今あの舞台に立っていますわ。」
と言い放った。
その顔はどこか吹っ切れているようでいて、ひとつもあきらめていなかった。
「・・・なるほど、ではほぼ確定ということだな。」
そういう真澄に美しくも気高い微笑を浮かべた亜弓は
「さあ・・・どうでしょう。もう賽は投げられていますから。」
と告げ、マヤに宜しくと言い残して劇場を後にした。
「最高でした。彼女の紅天女。本当にすばらしい・・・・」
私の生涯のライバル、まだそう呼ばせてもらえるのかしら・・・

"亜弓くん、君はどこまでも女優だな"
マヤとはまったく異なる光を放っていながら、しかしだれよりも
マヤと分かりあえる唯一無二の天才女優。
一時は失明の危機に瀕しながらも、紅天女への情熱を捨てなかった
女優魂。
真澄は、悲壮感にも似た覚悟を抱きながらも
女優として輝きを放ち続ける亜弓のその魅力に
改めて打ちのめされた。
ゆっくりと劇場内に戻った真澄は、既に何度目か分からない
カーテンコールの渦の中に再び身を投じた。
舞台の中央には、最上の笑みを浮かべるマヤ。
その視線が自分に気付き、そしてさらに頬を紅潮させながら
極上の笑顔を投げかけ、胸に抱いた大きな紫のバラの花束を
小さく掲げると、そのうちの1輪に小さく口づけした。
そんな舞台上のマヤに、真澄は惜しみない拍手を送り続けた。


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~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
エピローグ2年目は、なななんとマヤ&真澄同棲編なのか!?
2年目も大変お忙しくなりそうなマヤさん。
限られた時間で愛を育んで頂けるよう、
エピローグ妄想は全力でサポート致します(笑)
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