散日拾遺

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統合失調症の不思議

2019-05-28 07:14:23 | 日記
2019年5月28日(火)
 統合失調症は真につらい病気だが、同時にいろいろな不思議がまつわってもいる。

 患者さんたちを一つの群(ぐん)として見た場合、世の中の動きや先進的なテクノロジーを症状に取り込むのが非常に速いこと、言い換えれば世の中の変化にきわめて敏感に反応することが昔から知られていた。
 臨床に携わる人間なら、誰しも「そういえば」と思い当たることだが、僕は中井久夫の『分裂病と人類』を早くに読み、そこで驚きをもって知ったことを後に現場で確認した。(この本は「精神分裂病」が「統合失調症」と改名される前に上梓され、その後あえて改題せぬまま現在も読み継がれている。名著である。)
 僕らの世代が実際に目撃したのは、インターネットを介しての侵襲行為が被害妄想のテーマとして登場する様相である。これも実に速かった。目撃してふと思ったのは、「電波」はいつ頃から取り込まれたのだろうかということで、少し文献を調べてみて実は同じことを考えた先人がいることを知った。都立松沢病院の患者さんたちのデータを調べ、この点を検証した論文がずいぶん前に精神神経学雑誌に出ているのだが、資料の整理がヘタクソで今は手許に見あたらない。

 そんなことを5月の面接授業で話したところ、当日TAとして出席していた三男が数日前に耳打ちしてくれたのは、「顔認証」である。「顔認証の情報が漏洩拡散して知れわたる」という患者さんの訴えが出現しており、その早さにツイッター上で言及した精神科医があって、これがそこそこリツイートされているらしい。僕はツイッターを全くやらないので初耳だったが、さもありなんと頷かれるのは上述の通りである。
 特に新しい話ではないというわけだが、この呟きがツイッターで拡散していること ~ 「情報が拡散するという恐れが現実に拡散する」というメタ拡散状況が見逃せない。患者さんが妄想の中で恐れることが、今日では現実に生じ得るものとなっており、実際かなりの頻度で起きている。それをこのツイートは追試して見せている。
 「私の秘密が皆に知れわたりメディアで拡散する」という恐れは、一昔前までは妄想という非現実の中に封じ込められていた。今はそれが容易に実現する。ということは、妄想と現実との間に存在していた深い淵が、今では一またぎで超えることのできる「小川」程度になっているということでもある。
 「常に監視されている」という恐れも同様で、人工衛星とGPSは地上から隠れ場というものをきれいさっぱり一掃した。これまた今や準・現実である。

 このことが、昨今指摘される統合失調症の軽症化と関連してはいないだろうか。ここ数年、そんなふうに考え巡らしてきたところだった。

 ツイートはしない。政治家は全世界を相手に軽々と使いこなすが、僕などにはかなり怖いものである。統合失調症の患者さんが感じている恐れなどとは、ケタの違うものではあれ、彼らが身をもって警告していることがあながち他人事とも思われない。その程度のかすかな共鳴を、自分の中に聞いている。

 

Ω

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