散日拾遺

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聖者の行進

2018-10-23 15:56:15 | 日記

2018年10月23日(火)

 しばらく勤めた精神病院を辞めて、よそに移る時の話である。いずれこの日が来るのはお互い承知だが、何ともいえない寂しさがあり、そして罪悪感を禁じ得ない。

 ある患者さんに異動のことを告げたら、相手がゆっくり頷いて、用意してあったかのように言った。

 「さびしいけどね、きりもかぎりもないからね」

 しばし陶然となった。それを口にしたのは高齢に入りつつある女性で、カルテには「感情鈍麻」とか「無為自閉」という評価が記され、事実そのように日を送ると見えた閉鎖病棟の住人だった。饐えた臭いの染みついた20世紀の閉鎖病棟の片隅で、ふとこの言葉が口から出たのである。

 きりもかぎりもない ~ 彼女の魂に、この言葉がいつ、どのように宿ったのだろう。生涯に何度、どんな場面でこの言葉を口にしたのだろうか。

 賢者、さもなければ聖者の語彙、小さなともし火のように揺らめいてそこにある。

Ω


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