2018年11月29日(木)
・コメントが届いた記事:学恩の方角
・コメントを書いた人:被爆2世
・タイトル:長崎大学医学部、そして医師教育への疑問
・コメント:(字句を少しだけ変えさせていただきました:石丸)
長崎大学医学部といえば、私の実家は医学部生の下宿でした。
長崎大学医学部にまつわる映画として、さだまさし原作「風に立つライオン」と山田洋次監督作「母と暮せば」を思い出します。
どちらの映画も印象的で、「母と暮らせば」は、1945年の原爆投下時の長崎大学医学部生(映画封切り当時、現学長)が主役の映画で山田洋次監督が学長の青春について取材し、喜びも悲しみもリアルに描かれていて、医師を目指す人だけでなく老若男女に見てもらいたいものです。
終戦から3年後の長崎に暮らす母・伸子(吉永小百合)の前に、原爆で亡くしたはずの息子・浩二(二宮和也)の亡霊が現れたことから始まる、2人の奇妙で特別な時間を描かれています。
吉永小百合さんは「おじが長崎大学の医学部を1938年に卒業して、長崎でドクターをしていた」そうです。吉永小百合さんの原爆体験の朗読ボランティアの活動もこうしたところから来ているのかもしれません。
ポンぺ先生の遺訓を守る患者さん思いの先生がおられる一方で、正直なところ、自己愛的な医者も結構な割合おられるのではないかと思っています。
医師の人格の問題は、医学部の教育以前の問題の様にも感じます。
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コメントをありがとうございました。映画はどちらも見ておらず、今後の楽しみです。
私が入局した時、東京医科歯科大学の精神科を主宰していらしたのは故・高橋良(たかはし・りょう)先生で、長崎大学の教授から医科歯科に移っていらしたのでした。お人柄の高邁と学識の広さ深さで皆から慕われていましたが、残念なことに在任中に病没なさいました。直接御指導いただく機会がほとんどありませんでしたが、カルテの誤字を笑顔で指摘してくださったことは懐かしく思い出します。(どんな誤字であったかも、よく覚えています。)確かクリスチャンでいらしたはず、長崎の印象などぜひ伺ってみたかったことでした。
長崎に特別の関りと思いをもった人として、作家の吉村昭を挙げることができそうです。被爆二世さんは何か愛読書がおありですか?
医師と医師教育に対する疑問については、また具体的に聞かせてください。私自身も思うところが多々ありますので。
Ω