意外と長かった連休シーズンが終了。 昨日は久々にクラス・・一回休んだだけなのになんだかとても久しぶりの感じ。 相変わらずのRちゃん。 綿あめかマシュマロで包まれたような応答にチョット慌てる。 「オイオイ! スピードアップ!」 3級無理かなぁ・・?
連休後半の土曜日、部活同期のH君のお線香をあげに行った。H君は同期ながらオッキナ棒を振り回すグループの親分。 官憲家庭に育った私とは敵対関係・・と言っても私は何も意見を持っていなかったけど。 学校からの丁重な退学依頼を受けたそうでいつの間にか学校から、部室から消えた。 噂ではパリにいてビオラを教えている・・と。 エッ? 聴講生になって10年ほどパリに在留していたのに何の紙きれ(Certificate・・・もゲットせずに帰国・・とお母さまは笑ってらしたとか。 は、ともかく、そのうちに彼が私の住む市に住んでいると聞いて、地元オケに誘って2~3年、一緒に楽しんだ。 なぜ、ココに? 基地があるからナンゾ危険なコトを計画?・・・には、笑われたっけ。 やがてお母様の介護のために自宅・・広尾の自宅に戻ったが、時折、彼の実家の薬局の片隅でアンサンブルを楽しんだ。アンサンブル終了後は凝り性のチェロ氏自作のデザート、バジルソースが登場。 料理上手のMさんがソレを調理。H君は駅前の神戸屋の焼き立てのパンを買って来て‥・私はなにをしていたのかしら? ドヨーンとしたから田舎から出向く私にとって特別な場所だった。 学生運動家だったH君は相変わらずの風袋ながら、広尾はハイソで、ファッション雑誌から出てきたような人がいっぱいだった。
久々の広尾は相変わらずのファッショナブルな街ながら、神戸屋は別のパン屋さんの名に変わっていたが、行列が出来ているのにはビックリ。 早めに着いたので有栖川公園を散策してから、彼の部屋へ。 彼の遺影・・サッパリしたシャツ姿。 ソレナリの写真があるのかしら?・・と心配したのは私だけでなく、Mさんも。 散らかり放題だったお部屋だったそうだが整理され、たくさんの本が積み上げられ、譜面台にはナニカの楽譜が開いたままだった。 で、彼のバイオリンとビオラは母校に寄贈・・というわけでまるで身内のように彼を世話したS君が持ち帰った。
H君は誰からも愛されたが、心配もされた。 呆れられた! 病院へ行かない、抜け出す、ドクターの意見を無視・・「僕の体は歪んでいる」バカリ。 そんな連絡をS君から受ける受ける度に「マッタクゥ!」 透析も行っていたのか否か・・体調が悪く「明日、行くので・・」というので翌朝、お姉さまが迎えに行ったところ・・・だったそう。 彼らしい逝き方かも? 放置されなくてヨカッタ!
現役時代は彼との接点はホボゼロで「困ったヤツ」の印象。 が、近衛さんを顧問にお願いした時はもう一人のA君と同席したっけ。 タマタマ我が町に住んだ経緯もあって地元オケに誘い、彼が実家に戻った後は上記のアンサンブルに呼んでくれたり、OBオケに誘ってくれたワケで彼に感謝。 OBオケに参加できるのは彼のお陰・・と今さらながら感じた。 ありがとう。
今回は私を含めて5人がお焼香に伺ったが、現役時代も卒業後も他の4人は彼と頻繁な交流があったようで、私は場違いな感もあった。 ココでも私は人付き合いの疎らさを痛感。 私はヨソのお宅を訪問することがホボ皆無。 我が成育過程によるのサ。
連休後半の土曜日、部活同期のH君のお線香をあげに行った。H君は同期ながらオッキナ棒を振り回すグループの親分。 官憲家庭に育った私とは敵対関係・・と言っても私は何も意見を持っていなかったけど。 学校からの丁重な退学依頼を受けたそうでいつの間にか学校から、部室から消えた。 噂ではパリにいてビオラを教えている・・と。 エッ? 聴講生になって10年ほどパリに在留していたのに何の紙きれ(Certificate・・・もゲットせずに帰国・・とお母さまは笑ってらしたとか。 は、ともかく、そのうちに彼が私の住む市に住んでいると聞いて、地元オケに誘って2~3年、一緒に楽しんだ。 なぜ、ココに? 基地があるからナンゾ危険なコトを計画?・・・には、笑われたっけ。 やがてお母様の介護のために自宅・・広尾の自宅に戻ったが、時折、彼の実家の薬局の片隅でアンサンブルを楽しんだ。アンサンブル終了後は凝り性のチェロ氏自作のデザート、バジルソースが登場。 料理上手のMさんがソレを調理。H君は駅前の神戸屋の焼き立てのパンを買って来て‥・私はなにをしていたのかしら? ドヨーンとしたから田舎から出向く私にとって特別な場所だった。 学生運動家だったH君は相変わらずの風袋ながら、広尾はハイソで、ファッション雑誌から出てきたような人がいっぱいだった。
久々の広尾は相変わらずのファッショナブルな街ながら、神戸屋は別のパン屋さんの名に変わっていたが、行列が出来ているのにはビックリ。 早めに着いたので有栖川公園を散策してから、彼の部屋へ。 彼の遺影・・サッパリしたシャツ姿。 ソレナリの写真があるのかしら?・・と心配したのは私だけでなく、Mさんも。 散らかり放題だったお部屋だったそうだが整理され、たくさんの本が積み上げられ、譜面台にはナニカの楽譜が開いたままだった。 で、彼のバイオリンとビオラは母校に寄贈・・というわけでまるで身内のように彼を世話したS君が持ち帰った。
H君は誰からも愛されたが、心配もされた。 呆れられた! 病院へ行かない、抜け出す、ドクターの意見を無視・・「僕の体は歪んでいる」バカリ。 そんな連絡をS君から受ける受ける度に「マッタクゥ!」 透析も行っていたのか否か・・体調が悪く「明日、行くので・・」というので翌朝、お姉さまが迎えに行ったところ・・・だったそう。 彼らしい逝き方かも? 放置されなくてヨカッタ!
現役時代は彼との接点はホボゼロで「困ったヤツ」の印象。 が、近衛さんを顧問にお願いした時はもう一人のA君と同席したっけ。 タマタマ我が町に住んだ経緯もあって地元オケに誘い、彼が実家に戻った後は上記のアンサンブルに呼んでくれたり、OBオケに誘ってくれたワケで彼に感謝。 OBオケに参加できるのは彼のお陰・・と今さらながら感じた。 ありがとう。
今回は私を含めて5人がお焼香に伺ったが、現役時代も卒業後も他の4人は彼と頻繁な交流があったようで、私は場違いな感もあった。 ココでも私は人付き合いの疎らさを痛感。 私はヨソのお宅を訪問することがホボ皆無。 我が成育過程によるのサ。