りんごをむきながら、久々昔好きだった人のことを思い出した。
彼はりんごの皮むきが上手だった。
丸のままスルスルと円を描くようにむくこともできた。
なんでそんなに上手なのか尋ねてみたことがある。
『自分でむいてたからね』。
両親が共働きだったから、自分でむいて食べていたそうだ。
『りんごだけじゃなく、“なし”も上手にむけるよ』と。
“なし”の方が断然好きだと言っていた。
夕方の台所でひとりで果物をむく少年時代の彼の姿を想像してみた。
次の日私は“りんご”と“なし”を1つずつ買ってきた。
りんごはウサギの耳の形に。
“なし”は冷たく冷やしてむいてあげた。
『ありがとう。おいしい。ありがとう。』
ウサギりんごをしてもらったのは、
彼自身生まれて初めてだったらしい。
私は皮むきが得意じゃない。
でも笑顔溢れる時間だった。
それからいろんな果物をむいてあげた。
時々むいて欲しいとせがまれることもあった。
みかん、八朔、すいか、枇杷、桃、
キウイ、パイナップル、柿、あと何だっけなー。
食卓で口にすることができる果物は、ほとんどむいたと思う。
もう彼に果物をむいてあげることはないだろう。
だけど、たくさんの果物をむいてあげたことは良かったと思う。
たくさんの笑顔とありがとうが聞けたから。
上手にできることも、人にしてもらえるとなんだかうれしい。
こどもの頃の小さな願いや少し淋しい想い出は、
大人になってから埋めてもらえるものもあると思う。
むいたりんごを一口かじる。
『カシャ』っとシャッター音のような音がした。
ふと我に返った。
紐も結べる、蓋も開けれる、重い荷物だって持てる。
落ちたブレーカーも戻せるし、電球交換も椅子を使って朝飯前。
返却口にコーヒーカップを自分で戻すのだって当たり前だ。
でもなんだかしてもらいたくなった。
わがままを言いたい時は言ったがいいと、最近思う。
きっとこれを読んでる人が思うわがままなんて、
他人にとってはただのお願いに過ぎないぐらいちっぽけだよ。