高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

11月29日 スタイリスト電話相談室

2005-11-30 | 千駄ヶ谷日記
ある日、私のブログに小学6年生からコメントが入った。
それが、とっても本質的な質問。
短く即答しましたが、足りないのでここに書かせていただく。
おとなの皆さまもお付き合いください。

「私は青森県の小学6年生です。
 私は今「総合学習」で将来の夢のことについて勉強しています。
 私の将来の夢はスタイリストです。人に合った物を合わせたりすることに興味あるからです。そこで、スタイリストとして活躍している高橋さんに質問したいのす。どうかよろしくお願いいたします。
 1、なぜスタイリストになろうとしたのですか?
 2、仕事で大変なことはありますか?
 おいそがしいと思いますが、よろしくお願いします。」


私が小学6年生の時、将来の夢という作文で「道端に咲く野の花になりたい。平凡な結婚をして、良き妻、良き母になりたい」と書きました。ずいぶんマセたこと書いたみたいだけど、その気持ちの半分は本当。それとうらはらに、「ものを創る世界で、きらきらとした人生を送りたい」という気持ちも、つねに持っていました。

遠くのきらきらした世界に近づきたくて、東京の大学に、そしてその頃新しかった広告界へ入り、まず、コピーライターのたまごになりました。そのたまごは孵化の途中で、いつのまにかスタイリストになってたのです。
なぜなら、たのまれたり、自分で見つけたりする仕事は、お使いとか、ものを手配することとか、雑用と呼ばれるようなことが多かった。
街を歩いて、何かを探す、、、そんなことが大好きで、それが次第に職業と結びついていったわけでした。
35歳ぐらいになって、ようやくスタイリストが私の仕事なのだ、と納得したけれど、この仕事は楽しさと、不安が隣り合わせです。
世の中の、自由業と呼ばれるものは、大体そういうものがつきまといます。

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その時、その時代によって、大変なことはいっぱいあります。
明日から、私は建物関係の撮影にはいるはずでした。
ところが、今、世の中を揺るがす大変な事件が起きました。それで、数時間前にこの仕事はキャンセルとなってしまいました。
そんなふうに時代の波や出来事に左右されるのことも多いのです。

でも、基本は、好きなことをコツコツと続けること、好奇心と情熱をもち続けること、でしょうか。大変でも、なにか喜びがあったら、苦労は飛び散ってしまいます。
ではまたね。

写真 (とらばーゆ編集長の河野純子さんに撮っていただく)  神宮外苑にファッションウィークのテントがあったとき、さまざまなデザインのブースが出現した。そこで働いていた友人が、「ヤッコさんらしいよ、、、」として購入してくれた。ジョークっぽいものだけど、電磁波よけに、真面目に使う日もある。特に長電話の時は。