新しい1万円札の肖像画になる渋沢栄一は、1908年(明治41年)8月30日に室蘭を訪問しています。
登別から馬車で室蘭入りし、岩本少将、宇野鶴太氏、上村氏等の案内で小型蒸気船に乗って日本製鋼所の起業に係る港内埋め立て、桟橋築造、工場設置等の詳細について視察した際、製鉄所経営のことも説明しています。
その後、岩礦会社(炭)で関係者に講話を行い、31日に森へ移動しています。(森蘭航路?)
また、旧富士製鉄(現日本製鉄)の50年史には、渋沢栄一らによって設立された北海道炭礦鉄道は1906年国有化され、鉄道以外の事業部門は北海道炭礦汽船(株)と社名変更、買収金を元に製鉄業に進出。北海道の豊富な砂鉄を精錬する溶鉱炉を室蘭に建設し1909年操業開始。1917年輪西製鉄場を分離し、三井との共同出資で北海道製鉄(株)発足、その後1931年~輪西製鉄(株)、1934年~日本製鉄(株)を経て1950年富士製鉄(株)設立、傘下の工場となる。と記されています。
室蘭には全く関係ない方だと思っていましたが、室蘭発展の礎を作った一人であることが分かりました。
室蘭も新一万円札にあやかりたい思いです。
登別から馬車で室蘭入りし、岩本少将、宇野鶴太氏、上村氏等の案内で小型蒸気船に乗って日本製鋼所の起業に係る港内埋め立て、桟橋築造、工場設置等の詳細について視察した際、製鉄所経営のことも説明しています。
その後、岩礦会社(炭)で関係者に講話を行い、31日に森へ移動しています。(森蘭航路?)
また、旧富士製鉄(現日本製鉄)の50年史には、渋沢栄一らによって設立された北海道炭礦鉄道は1906年国有化され、鉄道以外の事業部門は北海道炭礦汽船(株)と社名変更、買収金を元に製鉄業に進出。北海道の豊富な砂鉄を精錬する溶鉱炉を室蘭に建設し1909年操業開始。1917年輪西製鉄場を分離し、三井との共同出資で北海道製鉄(株)発足、その後1931年~輪西製鉄(株)、1934年~日本製鉄(株)を経て1950年富士製鉄(株)設立、傘下の工場となる。と記されています。
室蘭には全く関係ない方だと思っていましたが、室蘭発展の礎を作った一人であることが分かりました。
室蘭も新一万円札にあやかりたい思いです。
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