冒頭からいきなり余談で恐縮ですが、先日、このブログで何度かご紹介したこともある美容師のW君と、一年ほど前から親しくさせていただいている銀座天神山さんのお仲間T君、それから私と男三人連れ立って、これまた以前このブログでご紹介した西麻布にある私のお気に入りのバーで楽しいひと時を過ごす機会がありました。有難いことでお二人にはこのブログをいつもご覧いただいており、“白井さん流”に憧れる私はそれにふさわしい新たな髪形に挑戦すべくW君と打ち合わせをしたり、その横で“白井さんが所有しているようなお宝コート(T君命名)が欲しい!”と鼻息荒いT君をなだめたり、とここでも話題の中心は“白井さん”について。我々の会話を聞いていたオーナーバーテンダーのSさんも『機会があれば是非お会いしてみたいですね。』と白井さんに興味津々といった様子で、いつしかT君が、職業柄多くの紳士を見てきているSさんから『やはり帽子を被られた方が良いですよ。折角素敵な服をお召しになられているのですから。』と白井さんばりに強く勧められて困惑するという場面もありました(笑)。因みに私がT君と知り合ったのは一昨年の冬、このブログでご紹介したローデンコートの記事をネット上で発見してくれたT君が銀座天神山さんを訪れるようになったことでいただいた御縁でした。そんな行動力溢れるT君は『僕もミラノのA・カラチェニに行って服を作った方が良いかなぁ』と半ば本気の(でも些か無謀な)悩みを抱く若き大望溢れる紳士です。
また、その日の夕方、3人で東京メトロ恵比寿駅のホームで電車を待っていた時、件のローデンコートにボルサリーノを被り、白井さんに見立てていただいたシルクマフラーを巻いていた私に通りすがりの外国の方が『スゴイオシャレネ~』と声を掛けてくれました。そんな経験は人生初だったので本当にびっくり!でも、外国の方にとっては日常的な振る舞い(白井さん談)ですし、もしかしたら単に普段から100m歩く毎に出会った通りすがりの人に『スゴイオシャレネ~』と声を掛けるという奇癖をお持ちの方だったのかもしれませんが、真相はどうであれやはり褒められれば嬉しくなるのが人情というもの。慣れないことに戸惑いながらもいつもよりちょっぴり美味くお酒をいただきつつ、善き友人達と時の経つのも忘れて服飾談義に花を咲かせた夜でした。それもこれもここ数週間こうして白井さんを追っかけ続けてきたことへのちょっとした“ご褒美”なのかもしれません。
今日の白井さんの着こなしは、ライトグレーのチョークストライプ、“白井さん流”にベストを加えたダブルブレストのスリーピース。そしてこのブログ初登場、チェスターフィールドコートは濃紺のダブルブレストという装いです。
明るめのグレーに幅広のチョークストライプのフランネルスーツはルチアーノ・バルベラ(伊)で前々回のネイビーから少し後の頃のもの。初登場のタブカラーシャツとポケットチーフは白、ネクタイは写真ではネイビーにも見えますがブルー。
この日は白井さんから『靴の写真が少ないね。服なんてどうでもいいんだから。』とお叱りを受けてしまいましたので、今回は靴の写真を多めに(笑)。因みに“服なんてどうでもいいんだから”というのは白井さんが日頃よく仰る言葉で、これは字面通りに受けとると“エエ~!!どうでもいいんですか??”と驚いてしまう台詞ですが、私が思うに恐らく“服は勿論着こなしの重要な部分を占めているけれども、如何せん時代ごとの流行や体型の変化の影響が大きいのが難点。服より一見目立たない靴や小物の類はつい忘れがちだが息の長いアイテムだからもっと刮目して見なさい”という意味だと理解しています。本当はもっと深~い意味があるのだと思うのですが、私のレベルではこれ位の解釈が精一杯で、今はひたすら行間を読み、ニュアンスを掴み取るしかありません(でも単に“靴の写真が少ない!”と強調して仰りたかっただけなのかも・・・汗)。
いつものようにピッカピカに磨きこまれた中茶のパンチドキャップトウはシルヴァーノ・ラッタンツィ(伊)。セブンアイレッツ、アッパーの革の切り返し部分は手間の掛かるリボルターテ(革の切り目を薄く梳いて内側に織り込んで縫う)仕様。『リボルターテなんてどうでもいいんだよ。ここ、ここ、この角度がポイント。わからないだろうな~。』と仰って指差していらっしゃったのが、コバ内側の土踏まずに向けて角度が切り替わる部分。どうやら余程重要なディティールのようでしたのでなんとか接写を試みたのですが、残念ながらピンボケになってしまってお見せできる写真が残せず忸怩たる思いです。毎回お馴染みラッタンツィ氏直筆の文字は、以前ご紹介したときと若干異なり“Shiray”です(汗)。
この日の私はポカが多く、“今日の着こなしのポイント”もうっかり伺い忘れてしまいました。ただ、これはあくまで私見ですが、白井さんが教えてくださる“ポイント”と私が白井さんにお会いした瞬間に受ける第一印象は、表現する言葉に違いはあれど、実は毎回かなりの確立で重なります。因みにこの日の第一印象は“今日の白井さんは軽やかな着こなしだなぁ”というものでした。そういえば、昨年発売された紳士服飾雑誌の巻頭でルチアーノ・バルベラ氏が今日の白井さんのスーツと色が近いグレーフランネル・チョークストライプのダブルブレストスーツを着ていて、『ダブルはスリムに見える』という言葉を残していましたね。白井さんは『今日のは渡りがちょっと狭いんだよね。』とパンツについてちょっと気にされていましたが、そんなこんなを思い合わせて今日の写真をじっくり拝見すると、ライトグレーという色やストライプという柄、ブルーのネクタイや明るく輝く靴から受けるイメージも重なり、“清々しさ”や“若々しさ”も表現されているような気がして、この日受けた第一印象についても成る程あながち間違ってはいなかったのかなと思います。私如きがこんなことを言うのは生意気ながら、もしかしたら白井さんの着こなしのポイントの“ポイント”は“第一印象”と深い関係があるのかもしれません。
さて、普段は手ぶら主義の白井さんですが、この日はわざわざこのブログのために私蔵の古い名品をご自宅からお持ちくださって、『今日はいっぱい持ってきたよ~。』とご愛用の鞄の中から取り出して披露してくださいました。
まず上掲1枚目の写真は古いバンチサンプル。上から『Fox & Bros Co』、中央は『John Cooper & Son Ltd』、下『HUNT & WINTERBOTHAM』、いづれも英国製の、白井さん曰く“これが本当のフランネル” という分厚くしっかりとした織りの生地。素人の私でもはっきりと判るほど現代のフランネルとは明らかに違う極上品で、昔の生地職人はいったいどれほどの手間と時間を掛けていたのか、写真と私の拙い文章ではその違いっぷりは到底お伝えできず大変残念でなりません。
2~3枚目の写真は予てお約束いただいていた『コックスムーア』のアーガイルソックス。左から約40年前、20年前、15年前と並んでいますが、時代を遡るごとにどんどん分厚く織り目の詰まったしっかりとした生地になっていきます。こちらも先のフランネル同様写真と文字では表現しきれませんが、40年前と20年前では織り目の隙間の大きさが違うのが拡大写真でなんとかご確認いただけたら幸いです。それから足裏部分には“HAND EMBROIDERED”と表記されていました。これは“アーガイル模様の点線部分は手仕事で仕上げていますよ”という意味だそうで、今ではちょっとあまり聞かれないディティールだそうです。またこちらも古くなるほどステッチのピッチが細かくなっていて、まさに“これが本当のアーガイルソックス”という逸品でした。他にも同じコックスムーアでかつてルチアーノ・バルベラ氏が“俺も同じもの持ってる”と白井さんと張り合ったという懐かしのミッドカーフレングス(ソックスとロングホーズの中間で、ふくらはぎまでの長さ)や、ヘンリーのホワイトソックス、ニナ・リッチのソックスなども見せていただきました。いづれの品も現代では何処へ行って探しても絶対に見つからない逸品ばかりで、眼福に与るとは斯くの如しという貴重な経験でした。
お帰りのコートはこのブログでは初登場となるチェスターフィールドコート。『ゼニアでね、珍しくちゃんと注文したやつ。』と白井さんはさらっと仰っていましたが、あまり意味が良く分からず、後で牧島さんとYさんに確認したところ『ス・ミズーラだよ。』と説明していただきました。こっそり触らせていただいた濃紺のカシミア生地は滑らかでしっとりとしていて、控えめで上品な艶感には“正装”という言葉がぴったり当てはまります。帽子はボルサリーノの毛足の長いグレーのファーフェルト、以前登場した白井さんお気に入りの黄色いカシミアマフラーはメイドインジャパンの逸品、銀の握りのステッキ、マフラーの色に合わせたイエローの手袋はデンツ(英)のディアスキン(鹿革)、でしたがお帰りは、3つの手袋が写っている写真の一番右にある、今ではあり得ないほど極厚のペッカリー革を使ったガンペラン(仏)で気分を変えて。因みにディアスキンは一般的には正装用にグレーが使われるのだそうで、白井さんから『今度見せてあげるよ。』と言っていただきました。銀座天神山Iさんのブログで教えていただいていたグレーのディアスキン、今から楽しみです(笑)。
それから、デンツのディアスキンの写真でちらっと写っている黒い小冊子は、信濃屋さんの120周年記念の際に発行された『CORRECT FORMAL ATTIRE』。こちらも以前天神山さんにてIさんに見せていただいたことがあって、内容は白井さん直筆の文字とイラストや、解り易い一覧表で正装時の着こなしについてのアドヴァイスてんこ盛りといったもの。私は密かに“フォーマルの着こなし虎の巻”と名付けていましたが、今回白井さんにお願いして一部譲っていただきました。この虎の巻が活躍することはあまり無いかもしれませんが、もしもの場合に備えてこれほど心強い一冊もありますまい(笑)。因みに以下白井さんからの余談・・・『120周年はニューグランド(ホテル)でやったんだけど、あれ何で“ニュー”って付くか知ってる?今は無いけど昔はちゃんと“グランドホテル”もあったんだよ、だからニューって付いてるんだ。確か16番地だったかなぁ。昔の住所は英何番とか米何番っていう呼び方で通ってて、英一番は今のシルクセンターがある場所でかつて“ジャーデン・マセソン”があった所。今の人はそういうこと全然知らないからな~ちゃんと教えていかないと。』・・・服飾のみならず歴史の勉強までできるとは・・・奥が深すぎます信濃屋さん&白井さん(汗)。
今日は最後になりましたが恒例の前回訂正です。
1.『アルパカのアルスターコート』と表記していましたが、これは『アルパカのポロコート』の誤りでした。
2. 帽子のハーバート・ジョンソンについて『白井さんのロンドンのお土産か?』と書きましたが、こちらも誤りで、ハーバート・ジョンソンは暦とした信濃屋さん取り扱いの品でした。
3. 手袋についての記述で『恐らくディアスキンでチェスター・ジェフリーズ(英)のもの』と書きましたが、ディアスキンではなくスウェードでした。
4. アイケルバーガー中将との思い出の件で、当時の本牧の描写で誤りがありました。『海側は“エリア1”と言って兵卒の住まいがあったところ。“エリア2”と呼ばれていた山側は将校の住まいがあったところ。それから朝鮮戦争でなくなったもう一人の中将の名は“ウォーカー中将”です。』と白井さんから改めてご説明いただきました。
そして更にもう1点。白井さんが『これは強調してくれて構わないよ。』と仰っていた重大な誤りがありました。それはシャツについて。前回のブログ作成中に私は画像から何となく判断して白井さんがお召しになられていたシャツを“ダイヤゴナル柄”などと書いてしまったのですが、これを白井さんは強く否定されて『白いシャツで変な織り柄が入ったものなんて“生理的に”嫌い。白いシャツはオックスフォードかブロード以外は絶対に着ません。だから前回のシャツはオックスフォードのBDが正解。』とたいへん丁寧に詳しくご説明いただきました。瓢箪から駒とはこのことか、有難いことに白井流鉄の掟をまた一つ新たに知ることができましたが、ご自分の着こなしやそのこだわりについて多くの言葉数を白井さんに費やさせてしまい慙愧に耐えません。不確実な情報や思い込みで下手なことを書いてはいけないぞ、私の不注意で白井さんのお名前に傷が付きかねないんだぞ、と今回は深く反省しています。また、こう訂正が多すぎてはせっかく読んでくださる方々にも負担になってしまいますね。白井さん、皆様、たいへん申し訳ありませんでした。