イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

危機かチャンスか?突然出会う時に! (人生の危機を乗り越える 6/10)

2010-11-15 | 第三章「無意識の世界」
 昨日は、孫娘と夕方動物園に行った。背中に孫を背負っていろいろ見物したが、背中に背負った為か、殆どの写真がブレてしまった。その中の一枚。多摩動物園では孔雀が放し飼いされているが、たまたま出会った孔雀である。

 突然孔雀が草むらから出現する。孔雀も見て楽しいが、見ている人々の反応も面白い。立ち止り身を寄せて孔雀を見るカップル。気付かずに通り過ぎる人。よせばいいのに、孔雀をおっかけて怯えさす人。勿論写真を撮る人も大勢である。

 さて、孔雀を見て暗くなる人は少ないのだろうが、人生にはいろいろなことが起こる。平凡かなと思う自分の人生でも、へぇ―ということが2-3はある。時には、何でこんな不運に見舞われるのだろうと思うことも。

 でも、あとで解釈をし直すと、かえってそれが幸いしたと思うことも多い。

 生き甲斐の心理学では、3つのことを時どき考えることが薦められている。①自分は何のために生きているのか?②生き甲斐は何か?③自分(身体、こころ(成育史からなる)と魂からなる)を大切にしているか?

 回答は簡単に出てきそうでないオープンな質問であるが、考えること自体がこころを健康にするようである。孔雀ではないが、何かに出会った時に、思い出すだけで豊かに生きることができる質問だと思う。

 人生の危機を乗り越える 6/10

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≪よゆう≫を意識すること!・・・(人生の危機を乗り越える 5/10)

2010-11-14 | 第三章「無意識の世界」
 人間には様々な限界がある。自分の限界に本当に気付き、意識すること。それは、逆に≪よゆう≫の大切さを切実に意識することに繋がる。しかし、自分のことを振り返ると、限界に本当に気付くのは、結構大変な思いをした後であった。また、意外と≪よゆう≫の大切さを教えてくれる人も少ないので、ちょっと書いて見た。

 自分がどの程度余裕がないかを体感で意識するのは、とても重要だと思う。限界の80%位のストレスとかを意識する。とかく、人のことは気になっても、一番判りやすい自分のことは疎かになってしまう。危ないと感じたら、余裕があるうちに手をうつ。これは、とても重要だ。

 そして、これができるようになれば、他人の余裕や動物やモノの余裕も意識してみることはより、意味深いかもしれない。

 さらに、回り道のようで、大切なことは、伝統宗教や哲学から人間観や世界観を学ぶことだと思う。自分を大事にする。人を大事にする。モノを大事にする意味。人間の限界や余裕を意識することを根付かせてくれるようだ。

 今日は朝から、本の整理とか、家の飾り付けをしている。整理整頓や片付けは、自分がモノとどれほど関われるかの能力の限界の話のようである。沢山持てば、メンテナンスや片付けに多大な労力が必要になる。少なく持って、心地よく暮らす。これも一つの余裕なのだと思う。

 人生の危機を乗り越える 5/10

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天使の声?、自分は邪悪なのかなぁという想い!(人生の危機を乗り越える 4/10)

2010-11-13 | 第三章「無意識の世界」
自分の想いや感情は、自分でしか判らない。他人の想いや感情は想像できても、判るわけではない。そんな中で、生き甲斐の心理学を勉強して10年経つが、感情を表現する言葉は難しいものだと、つくづく感じる。

 自分の59年の歴史を振り返ってみて、人生を左右するような大きな出来事と感情の関係を考えてみる。やはりエクソンの、8つの人格形成理論を読んだりする。人生を左右する感情(例えば罪悪感)とその原型などを考える。

 理論では5歳から7歳は目的志向性の分類に入り。この時に自発性や罪悪感が芽生えるとされている。今は立派なおじさんになってしまったが、可愛い少年少女のころに、罪悪感が育つというものだ。その時の罪悪感の経験が人生に大きな影響を与える。

 自分は邪悪なのかなぁと内向する罪悪感。こころのひだのような、微妙なところに触れる感情でもある。あるいは、重くのしかかるようでもある。幼いころだけでなく、青年期、そして成人となりおじさんになっても日常的に出会う感情かもしれない。

 ある時は、この感情のお陰で、楽しく人生が変わったりもした。抑圧したりして、ちょっと病的になった時もあった。

 感情・情動はすべて、それ自体はセンサーのようで、本来良くも悪くもない。例えば罪悪感を感じることが悪いわけではない。罪悪感は、目的志向性と関係がある重要な感情である。自分の邪悪さを感じるのは、どこかに微妙な理想があるからだ。魂の声が隠れているかもしれない・・・

 罪悪感は本来、軽やかな天使のような存在かもしれない。7歳のころの少年少女のように。

人生の危機を乗り越える 4/10

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自分だけの不安感マップ!(人生の危機を乗り越える 3/10)

2010-11-12 | 第三章「無意識の世界」
人間の本質は不安感か平安感か?どうも、正解は不安感のようである。

 朝起きてから、寝るまでの感情を一度思い出して書いてみると、なんと不安感というか、暗い感情が多いことか。理想と現実の差は問題でもあり、暗い感情でもある。

 さて、こうした不安感、もう60年近く浴びて生きている私であるが、この不安感をちょっと整理してみよう。私は小学校のころから、地図が好きである。不思議な視点から地図は書かれている。地図は何か、見通しを与えてくれるし、何か世界を凝縮したようで、それだけで解放感を持つことができるのだ。

 不安を味わい、よりよい行動に結びつけるために、幾つかの視点があるようだ。

 ①時間的な分類 (過去の不安、今現在の不安、将来の不安)
 ②切迫度からの分類 (ガラス越しに見るような不安 切迫感のある不安 切迫感のない不安 )
 ③自分の役割からくる分類 (責任あるいは重要性、大小)
 ④自分の力量からくる分類 (全く歯が立たない問題、自分が何らかできる問題、自分が解決できそう)
              これは、例えば病気や死といった問題から不安など。
 
 外にもいろいろな視点があるだろうが、こんな風に視点を決めて整理をすると、いろいろなことが見えてくる。

 私の人生で危機と言えるべき不安は、どのような不安であり、どのようにのりきっていったか。・・・不安感を分類して、それがどのような意味があったか。この週末、ちょっと考えてみたい。何故なら、不安感は平安感を得るための最短距離であることが多いからだ。

人生の危機を乗り越える 3/10

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生きのびる智恵・・・好奇心!2/2(人生の危機を乗り越える 2/10)

2010-11-11 | 第三章「無意識の世界」
国立博物館の平成館で、特別展「東大寺大仏」を見学したあと、時間もあったので本館の企画展や日本関係の展示も見た。こちらは特別展とうって変わって、人が少ない。しかも外国人が多かった。

 熱心に江戸時代の浮世絵を見いるフランス人。なにが面白いのだろうと、それを見ている私。

 私には、どこか俗っぽい浮世絵を馬鹿にする構成概念(イメージ)があるので、何か不思議なのだ。

 さて、青春時代、私は何故生き延びることができたか?このテーマをもう一度考えてみている。どうも、好奇心が自分を救ったという気がする。勿論、悩みの唯中にいるときは、好奇心も萎えてしまうのだが、自分の傾向と渇望のリストの中に、好奇心が入っているように思うのだ。そして、長い眼で見てその好奇心が自分を救ったのではないかと。

 新しい人との出会い、新しい知識、新しい解釈、新しい仕事、新しい土地・・・

 ≪生き甲斐の心理学≫には、「体験の解釈が世界を変える」という名言がある。これはカール・ロジャースのプロセス・スケールの5番目で、思い込みが強すぎる時は気おつけなさい。そんな、人の構成概念に対する思索をベースにしている。

 自分の狭い世界(両親や極めて身近な人達の影響大の世界)にとらわれないで、広い多様な人達のいる世界から学ぼう。こんなことだったかもしれない。それは、愛の多様性認識の訓練でもあった。

 クラスの友達、サークルの仲間、従兄弟が集まる広島の家、葡萄畑の雑然とした納屋・・・

 こうした環境は当時は空気のようであったが、今考えると、先人が苦労して育てた、若者の成長の場であったことが判る。私も、何かしたいな。

写真は、上野の公園の噴水。夕方、夕日が噴水の先端にあたり輝いていました。下の写真は失敗作です。

人生の危機を乗り越える 2/10

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