万葉集に出てくる古い言い伝えがありそうな歌。巻第13に多いようだが、今朝はそれを読んで妄想している。
沼名川の 底なる玉 求めて 得し玉かも 拾ひて 得し玉かも あたらしき 君が 老ゆらく惜しも (3247)
訳:沼名川の 底にあったこの玉は 探し求めて得た玉なのだ 拾い求めて得た玉なのだ そのようにすばらしい 君が 老いゆくのが惜しい (日本古典文学全集 万葉集3 小学館 387P)
これは、糸魚川のヒスイを歌いつつ、何か御姫様が年をとらないように祈る(ヒスイの霊力を信じて)・・・そんな歌のようだが、あきらかに縄文時代を彩る翡翠(ヒスイ)にまつわる歌である。
次の歌も、有名な東国・多摩川の歌だが、これもさらさらと布を晒すイメージと美しい女性が重なる。
多摩川に さらす手作り さらさらに なに そこの児の ここだかなしき (3373)
訳: 多摩川に さらす手作りの布の さらさらに どうしてこの娘は こうもいとしいのか (日本古典文学全集 万葉集3 小学館 453P)
五感の中で、昨日の聴覚もそうだが、触覚もより心の底にふれるような感覚かなと思う。へんな話だが、胃カメラを飲む時に看護婦さんに若いころ手を握ってもらったことがあるが(恐怖で混乱したとき)、不思議に落ち着いたものだ。この二つの歌は、8世紀の萬葉集に収められた歌であるが、その起源・伝説は古いように感じる。ひょっとしたら、5000年前とかの、触覚・体感が言葉を通して繋がってきているのかもしれない。
五感・体感と縄文 9/10