+3Kの牛の如く

前に向かってひたすら歩く。
感動し、希望を胸に、明るく楽しく元気に。
大地を踏みしめて歩く。牛の如く。

自己管理が甘くて・・・

2009年09月11日 | 多良山系
日本勤労者山岳連盟九州ブロック協議会主催の「元気の出る集会パート11」に参加してもう1週間が経とうとしている。
今更ながらのレポートであるが、今日になってしまったのが、所謂「自己管理の甘さ」に起因しているのは間違いない。
この「自己管理の甘さ」は、このレポートに限らず、日頃の行動にもよくあることで、反省もあるが、珠にその甘さに癒されている自分を見つけることもあり、もしかしたら私の長所なのかもしれない。そんなわけないか。

さて、私が集会の会場である大村市の黒木民宿キャンプ場に着いたのは、5日の16時過ぎであった。

<黒木ダム越に経ヶ嶽を望む>

集会は13時から始まっており、ちょうど分科会が開催されていた。

<受付風景>


<色とりどりのテント>


私も受付を済ませて、分科会「トレーニング&ストレッチ」の会場に早速行ってみた。偶然にも「からつ労山」の仲間も同じ会場であった。

<トレーニング&ストレッチ風景>


講師の指導の下、みっちりストレッチをすると日頃の「適当なストレッチ」とは雲泥の差で、見る見る身体が柔らかくなってきた。「適当な」ではなく「手抜きの」が当たっているようだ。
17時に分科会が終わり夕食時間となったが、「からつ労山」は「佐賀労山」と一緒にテーブルを囲んだ。思い思いに持参したアルコールを飲みながら、すき焼き鍋を大勢でつついて食べた。佐賀牛が沢山入っていて美味しかった。大鍋3杯の鍋奉行は「佐賀労山の男性」であった。「お疲れ様でした」「ご馳走様でした」。
会話も弾んで、箸も進んで、肝心のアルコールもビールから焼酎へとエスカレートした。19時からは記念講演があるというのに、まさに「自己管理が甘くて」講演開始ぎりぎりまで飲んでいた。ただまだ酔うほどまで飲んではいなかった。
記念講演は、「坊ガツル讃歌」の原曲を作詞されたという松本征夫山口大学名誉教授による「ヒマラヤの東 カンリガルポ山群」と題して行われた。
(*征夫(ゆきお)の征は旧漢字で行人偏に正が上下にある)
先生は2007年に第9回秩父宮記念山岳賞を受賞された方で、「カンリガルポ山群の踏査と研究」が業績として評価されたとのことであった。
講演は、5000mから6000m級の未踏峰の山群踏査の様子を、地図やスライドを見せながら行われ、講演前のアルコールを忘れるほど、興味深い話が続いた。
先生は、昭和4年生まれだそうだが、今も尚カンリガルポ山群の調査に行かれるというだけあって、青春を謳歌しているような生き生きとした語り口で、先生のように年を重ねたいと思ってしまった。
講演の最後には、全員で「坊ガツル讃歌」を合唱した。
21時まで記念講演があり、その後広場の東屋では交流会が催された。
交流会では、宮崎の「西都山岳会」の方々と隣同士になったことから、「焼酎」まで頂いて楽しい時間を過ごさせてもらった。

<交流会での合唱風景>


<空には満月?>(デジカメではこれが限界か?腕が限界かな)


結局、23時近くまで交流会があり、「自己管理が甘い」私はしっかり焼酎の餌食になってしまった。折角民宿の畳の上に寝れるのを、わざわざ車に行って寝ていた。
先生のようになりたいと思いながら、1時間も経たないうちに「明日の登山」をすっかり忘れて「甘い私」に溺れてしまっていた。

一夜明けての登山は、経ヶ嶽Bコース(舞岳経由)を選択していた。このコースは急坂の連続でハードなコースと聞いていた。
「自己管理の甘い」私は、昨夜の酔いが中々抜けず、お腹も調子が悪く最後尾から必死について登った。

何とか舞岳まで登ったものの最後の経ヶ嶽までの登頂意欲は失せて、中山越分岐で分かれて下山した。

これから秋の登山シーズンになるが、「甘さ」を控えめに、特に登山前夜は「しっかり自己管理」をしていきたいと痛感した。何時まで痛みが持つか・・・。

九州各県から185名が集った「元気の出る集会」に初めて参加し、山を愛する人の多さ、熱意、元気さ等々に触れて、自分の姿勢を問われたような気がした。
「自己管理の甘さ」から卒業しなことには、これから長く山と向き合えないような気がした。色々な意味で勉強させていただいた「元気の出る集会」と仲間達であった。2年後は、熊本だそうだ。その時はしっかり登りたい。

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