古代日本国成立の物語

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福井県年縞博物館

2019年02月14日 | 博物館
2019年2月3日、越前海岸へカニ旅行に行った帰り、若狭の三方五湖にある福井県年縞博物館を訪ねました。去年の9月にオープンしたばかりの博物館です。

建物のデザインも周囲の自然にマッチして素晴らしい。




 年縞とは聞きなれない言葉ですが、年縞博物館の公式サイトによると「長い年月の間に湖沼などに堆積した層が描く特徴的な縞模様の湖底堆積物」のことで、春から秋にかけてはプランクトンの死骸などが湖底に積もって黒っぽい層ができ、晩秋から冬にかけては鉄分や黄砂などが積もって白っぽい層ができるので、この黒っぽい層と白い層が交互に重なっていきます。つまり黒と白が1セットで1年分ということになります。

年縞を解説した映像とパネル。



 この博物館には2006年に三方五湖の水月湖の湖底から採取された何と7万年分の年縞が展示されています。水月湖の湖底35mからさらに73mの深さまでボーリングによって掘り進んで直径10cmほどの円筒状に切り出された堆積層です。これをボーリングコアというそうです。73m分を一度に採取できないので1mづつ掘り進めたとのことですが、そうすると1mごとの境い目は綺麗につながりません。それを補うために同時に3カ所で採取して、3本あわせて連続的な年縞として把握できるように工夫しています。年縞は縦に掘り進んで採取したものなので本来であれば立てて展示したいところですが、そんな高い建物を作れないので横向きに展示しているとのこと。

 73m分の堆積層がボーリングコアとして採取され、そのうち45m分で年縞が明確に確認され、それが7万年分に該当するということです。では45mより深いところはどうなっていたかというと、45m~64mまでは粘土堆積物で年縞が確認されず、65mから再び年縞が見られ、最深部の73m部分はおよそ15万年前のものと考えられているとのことです。

 1Fで料金を払って受付を済ませるとまずはシアターでの映像鑑賞。少しの待ち時間にシアター前のパネルを見ていると解説員の方が年稿についてやさしく説明してくれました。

シアター前のパネル。

シアターでは円筒型の壁面や床面いっぱいに立体的な映像が映し出され、年縞のこと、年縞で何がわかるのか、などをわかりやすく解説してくれます。身体が宙に浮くような感覚になる素晴らしい映像でした。

 そして階段を上がって2Fの展示室へ。この階段の踊り場には年縞研究に関するパネルが展示されているのですが、ここでも解説員の方が詳しい説明をしてくれました。とにかく年縞のことがよくわかっていないので、こういう解説は大変ありがたかったです。2Fへ上がると大きな空間に年縞が横たわっていました。

7万年分の年縞を横向きに展示。

見学はこちらからとなるのですが、この手前が一番浅いところ、つまり時代が新しい年縞で向こうの端っこが7万年前の年縞です。これを見るだけも圧巻でした。

 実際に展示される年縞を見た第一印象は「昆布みたい」です。採取したボーリングコアは直径10cmの円筒に詰まった黒っぽい泥で、そのコアを縦に半分に切ると年縞が現れます。細かな工程はおいといて、その切断したコアを乾燥させて樹脂で固めてから超極薄にスライスします。ここまで薄くスライスする技術を持った人は世界でただ一人しかいないそうです。たしかドイツのケーラーさん、だったかな。研究チームは処理を施したコアをドイツへ送ってスライスしてもらったそうです。そして薄くスライスしたものをアクリル板で挟みこんだものがここに展示されているのです。もともと黒っぽかったものが酸化して昆布のような色に変色しており、さらに小さな気泡がいっぱい見えるのですが、これはアクリル板で挟むときにほんのわずかに入った空気のために樹脂の中で気泡を生じてしまうとのことでした。

 年縞が3段に並べられていますが、3ヶ所から採取した3本の年縞で連続性を確保したことがわかります。ところどころに下の写真のような記載があって、これまたスゴイ!と思わず驚きの声が出てしまうのです。

「喜界カルデラの火山灰」と書いてあります。

7253年±23年前とあります。喜界カルデラの爆発は従来は約6300年前と言われていましたが、その後に約7300年前と補正されました。そしてこの水月湖の年縞によると7253年前であったことがわかります。

 ちなみに、この喜界カルデラの爆発は豊かに栄えていた南九州の縄文文化を消滅させました。この爆発で積もった火山灰はアカホヤと呼ばれ、鹿児島ではアカホヤの下の地層から数々の縄文遺跡が見つかっています。その代表が上野原遺跡で、イタリアのポンペイを彷彿とさせます。

下の段、左が「大山の火山灰(29888±36年前)」で右が「姶良カルデラの火山灰(30078年±48年前)」。

姶良カルデラの噴火は南九州にシラス台地を形成した日本最大級の噴火です。

縄文時代と弥生時代の境い目。


一番奥にある最初の年縞は71231±2097年前とあります。


一番奥から見た写真。

この角度がいちばん美しく撮影できるポイントとありました。

 放射性年代測定の較正に利用されて化石や過去の遺物の年代が特定できるのがこの年縞の大きな価値と言えます。この水月湖の年縞は7万年にわたって途切れることなく堆積してきたため、どの層が何年前のものかがわかります。その年縞に含まれる葉の化石の炭素14の量を測定することで、その葉が落ちて湖底に沈んだ年代の炭素14の量が特定できるので、逆に化石や遺物の炭素14の量がわかればそれらの年代が特定できるというものです。

 ただしそれは、この年縞を一年の狂いもなく正確に数えたからこそ可能になったのです。そしてこの水月湖の年縞は世界各地のどこの年縞よりも圧倒的に正確であることから、年代特定の世界のものさしとして認められたのです。「やはり2番じゃダメなんです。1番だからこそ世界標準になれたのです」とは解説員の言葉です。年縞を正確に数えるためにドイツやイギリスなどの複数のチームが顕微鏡やレントゲン撮影など複数の違う方法を用いて丹念に数えて突き合わせをして確定させたそうです。

 年縞はこのように化石や遺物の年代特定に使われるだけでなく、年縞に含まれる葉や花粉の化石から、湖の周辺はどの時代にどんな植生であったのかがわかり、そこから気候の変動もわかります。また先の喜界カルデラの火山灰のように、火山の噴火や地震、洪水などの自然災害の時代や規模などもわかります。火山灰や黄砂の積もった状況から偏西風の風向きの変化もわかるそうです。

研究の変遷。


年縞からわかったことを年表に表した展示。



世界各地の年縞。すべて実物です。





 年縞はどこでも採取できるわけではありません。水月湖の7万年もの年縞は次のような条件が重なったことで形成されたことから、この湖は「奇跡の湖」と呼ばれています。

水月湖で年縞が形成された理由。 
①山々に囲まれていて風が遮られるので、風によって湖水がかき混ぜられない。
②水深が深いので、仮に強い風が吹き付けて湖面が乱されても湖底は穏やか。
③流れ込む大きな河川がないので、大雨による土砂や水の流入で湖底がかき乱されることがない。
④かき乱されない湖底には酸素がなくて生物が生息しないので、生物に乱されれることもない。
⑤周辺の断層の影響で湖が沈降を続けているので、堆積物で湖が埋まってしまうことがない。

 水月湖の隣にある三方湖は水深が2mと浅く、また河川が流れ込むために年縞が形成されません。GoogleEarthで確認すると三方湖には土砂が流入しているので少し茶色に変色しているのがわかります。

 この年縞は上述したようにすでに様々な研究に活用されていますが、今後のあらたな研究にも活用できるように未利用のものが保存されているそうです。過去を解き明かすことは未来を考えることにつながります。歴史学や考古学はより良い未来を築くための学問だと思うので、水月湖の年縞は人類の未来のための貴重な資料であるといえます。

 たっぷり2時間、年縞の魅力にとりつかれた2時間でした。


時を刻む湖-7万枚の地層に挑んだ科学者たち (岩波科学ライブラリー)
中川毅
岩波書店


人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)
中川毅
講談社


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