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心で感じる生物多様性 農学博士 小池伸介さん

2011-01-07 11:32:09 | WWFマガジンより
 生きもの同士のかかわりを明らかにしない限り、生物多様性は守れない。農学博士 小池伸介

 生物多様性を理解する上で重要なキーワードのひとつが「生き物同士のつながり」です。
ただ、その例として挙げられるのは、たいていの場合が植物連鎖の話。
生き物の世界には、もっと多様で複雑なつながりがあるはずなのですが、なかなか見えにくいものでもあります。
そこで今回は、森の再生をめぐる植物とクマとネズミと糞虫のつながりを調査した小池伸介さんにご登場いただきました。
自然の絶妙なバランスと生態系の複雑さが見えてくるお話です。

 木の実を食べる動物が、森の木々の種まきにかかわっている、という話は耳にしたことがありますが、
そこにもう一歩踏み込んだ、小池さんの研究について教えてください。

植物というのは自分では動けませんが、種子を風で飛ばしたり、川の流れの中に落としたり、
いろいろな方法で分布を広げようとします。動物たちに食べてもらって遠くへ運んでもらう、というのもその一つなんですね。
動物が木の実を食べて、その種子を糞と一緒に排泄したり、貯食のために運んで埋めたりすることを「種子散布」と呼ぶんですが、
その中でも長距離の種子散布をする生きものの代表が、日本ではクマなんです。
クマがドングリをたべるというのはよく知られていますが、ウワミズザクラやヤマブドウなど「液果(えきか)」と呼ばれる、
果肉のある実もよく食べます。ドングリは噛み砕いてしまいますから、クマはドングリにとっての種子散布者ではないんですが、
液果については、種子の部分はほとんど噛み砕かず、果肉の部分だけ消化して、種子は糞と一緒に「散布」するのです。
ただ、実際にその先どうなるか、ということはわかってなかったので、クマの糞を観察して、糞の中の種子がどうなっていくかを
実際にみてみようと考えたんですね。


 糞の中から発芽して育っていく、という単純な話ではないのですね?

クマは確かに種子を遠くまで運びますし、キツネやタヌキなど、他の哺乳類と比べて利用している液果の種類も多いのです。
でも、一つの糞の中に数千粒もの種子が含まれていて、そうなると種子同士の競争が激しくなってしまい、発芽や成長がうまくいかない
可能性も高いんです。そこで、ウマミズザクラの種子がたくさん含まれているクマの糞を置いて、自動撮影カメラで観察してみました。
すると、ネズミが糞の中から種子をいっぱい持って行くというのがわかったんですね。
ネズミは、あちこちに散らばって落ちている種子を探して歩いていますけど、それがクマの糞の中に固まっていてくれると、
効率よく食料を手に入れられますからね。さらに観察してみると、糞虫(ふんちゅう)、つまり哺乳類の糞を食べる昆虫も来ていることがわかったんです。
糞虫にとっては、糞が大事な食べ物ですから、他の糞虫にとられないように、ちょっと遠くに運んで地面の中に埋めるんですね。
そのとき、種子は糞虫にとっては不要なんですが、そんな器用ではないので種子も一緒に運んでしまう。
それで穴を掘って埋めたときに、種子も一緒に埋められます。種子にとっては、発芽に適した場所に運んでもらったようなものですから、
そこで芽生えることができるんです。

 
 ネズミは、種子を食べてしまうんですよね?
だとすると、ネズミのはたしている役割は?

ネズミが糞の中の種子をある程度、持って行ってくれると、糞の中に残った種子は適当な密度になって発芽できるようになるんです。
つまり、ネズミは種子を適度に間引く役割を果たしているといえるんです。
実際、発芽率について、ネズミと糞虫の両方がいる場合と、糞虫だけがいる場合と、ネズミも糞虫もいない場合を比較してみたら、
いちばん発芽率が高いのは、ネズミと糞虫の両方がいる場合だったんですよ。
つまり、ネズミと糞虫という2つの生物がいることによって、クマの運んだ種子の芽生える率は高まるということなんです。
これは、ウワミズザクラの他、ヤマザクラやカスミザクラ、ヤマブドウなどについて調べてもだいたい同じ結果になるので、
液果については、種子散布の第1ステージはクマ、第2ステージではネズミや糞虫などが、大事な役割を果たしているという関係にあると
いえると思いますよ。クマだけじゃなく、他の動物もかかわることによって、より確実に森が更新されていっている。
ということなんですね。また、ネズミは食べきれない種子は貯食といって、どこかにとっておくんです。
冬用の食べ物として運んだ中の、ネズミが食べなかったものから発芽してりもします。
ただ、これについては追跡調査がなかなか難しいのですが、それでも何例かは観察されています。


                                WWFマガジンより