今日の一枚

 小さな幸せを
見つける名人になりたい

「身の丈」で豊かに暮らす⑩ 辰巳 渚

2009-05-31 19:39:18 | 愛媛新聞より
 「身の丈」で豊かに暮らす⑩ 辰巳 渚

 現在、わたしたちにとって最大のリスクは「老後、生活できなくなる恐れ」
かもしれません。先日、わたしのところにも「年金特別便」が来て、
記憶漏れがあることが分かりました。さすが一瞬、怒りが込み上げたものです。

 株式など金融資産もリスクマネジメントとして当てにならない昨今です。
食料自給率もエネルギー自給率も低い。どうしたら老後の安心を得られるのか、
打つ手は見つからない状態と言えそうです。

 だからこそ、「老後」についてこう考えてみてはどうでしょうか。

  まずは「老後」という見方をやめてみます。老後とは、現役を
退いて残った老人の時期のこと。一生働きたいかどうかは別としても、
一生精いっぱい生きる方が幸せではないでしょうか。
そして、「最期」という見方を取り入れること。死は誰にでも必ず
訪れます。その時に「いい人生だった」と思えるような生き方が
できる人は尊敬に値すると思います。

 どうしたらそんな生き方ができるのか、わたしは、「いい人生だった」
という感覚は「自分はすべき事をしてきた」という満足感に基づいてると
思えてなりません。「お金もあって、心配事もなくて、ああ楽しかった」
ではないように思います。

 その満足感は、ごく身近な事の日々の実践から得られるのではない
でしょうか。その時々で「打つべき手」がある、と考えてみてください。
例えば、わたしの八十歳代の知人は、壊れかけた炊飯器を「まだ使えるから」
と使い続けまていました。ある日とうとう壊れて買い替えたのですが、
「ご飯が本当においしいの。もっと早く買えばよかった」と嘆いていました。

 八十歳代といえば、何があっても不思議ではない年齢です。
でも、彼女は「今」炊飯器に数万円払うのを先延ばししていたんですね。
数年間、おいしくないご飯を食べ続けていた彼女の時間は、もう取り戻せません。
「今すべき事をする」とは、「後では取り戻せない時間を得ること」なのだと
思います。


 「老後」・・いつからなのでしょうね。
昔、「金さん」「銀さん」って双子で100歳のめでたいご姉妹がいました。
皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか?
この方達、めでたい双子さんでしたから、テレビ出演やCMへの出演が
相次ぎました。ある日「ご出演のギャラは何に使いますか」って、
レポーターの質問に「老後に備えて貯金します」って言われてました。
お金は使うものではなく、貯めるもの。
私も子供頃から、お金は貯めるもの・・的教育を受けました。
勤勉で質素な日本人は偉かった

 最近、同年代の人の死、自分の体調の悪さ等を考えると、
あまり先に事の心配より、やりたいと思ったことには、
思い切ってやってみようって思います。
いつ来るか分からない死、20年後かも、10年後かも・・明日かも。
精いっぱい生きたいと思います。

フラのため

2009-05-26 19:40:51 | 写真日記
 フラダンスをしています。
運動をしなくちゃいけないのですけど、
鍛えるというほどの運動はできないので、
何かないかと思っていたところ、仕事仲間がフラダンスを
していると聞いて早速参加。
曲にのって、ゆっくり動く動作はそれなりに負荷もあり、
私に合っていたようです。
楽しく踊っています。
今、『カ ノホナ ピリ カイ』という曲を練習しています。
原曲は「涙(なだ)そうそう」です。
この曲を練習しだして、沖縄の曲に興味が湧いて、
三線の練習をしたいと思いました。

 これは、まだ始めたばかりでフラに関するアクセサリーは皆無。
どんなものがいいかもわからないのですけど
とりあえずカラフルに作ってみました。
結構、気に入っています。

生物学者 本川達雄④ (心で感じる生物多様性)

2009-05-20 18:35:32 | WWFマガジンより
 生物多様性という考え方には、人間は自然のことを全部、
知っているわけではなくて、でも、その未知の部分にも配慮する
必要があるんだという部分が含まれていると思うんです。
ただ、知らないものや、自分に直接かかわってこないもの、
地理的に遠く離れているものを守りましょう、って言われても
ピンとこないという声もあります。

----人間は知的な生きもので、それゆえに他の生きものにこれだけ影響を
与えていて、いろんな利益を得ている。ならば、自分と直接かかわりない
生きものにも思いを馳せるという知的活動も、税金みたいなもので、
払わなきゃいけないんじゃないでしょうか。昔は人間の活動が小さかったから
免税されてた。でも、もう地球の方から、そろそろちゃんと消費税払えよ、
といわれてると私は思いますけどね。と言ったって、人間みんな利己的なんです。
でもその利己の「己」って何なのか。
生物っていうのは、環境の中で生きている。その環境がなくなったら死に
絶えちゃうわけ。とすると、環境を含めて「己」つまり「私」なんです。
環境がなかったら「私」はいないわけだから。だったら、環境のことを
もっと考えないと。さらに言うと、いくら私、私と言っても、寿命がくれば
死んじゃうわけで、でも「私」は子供に遺伝子が引き継がれるという形で
生き残っているわけです。半分、パートナーの分も入っていますけど、
でも、やっぱり「私」。ということは、子供の代が困るようなことをしたら
「私」が困る。子供の代、孫の代のことも考えて、今の「私」は
行動しなくちゃいけないわけですよ。
時間的にも空間的にも、今いるこの「私」だけが私ではないんだと思うんです。
こういう発想は生物学の発想ですよ。
でも、現代人の発想は一番、基礎にあるのは、古典生物学なんです。
それが今の世の中を取り仕切ってるんですね。
その考え方だと、「環境」と「私」はもちろん違うわけ。
そういう発想で、ほんとうに生物としてまともな考え方ができるのか。
私は非常に疑問に思いますね。


 生物多様性について、言葉知っていても内容を理解できてない私
これから『心で感じる生物多様性』の記事で勉強したいと思います。
今回は、全てを数値で価値を評価しているが、
生きものの世界では当てはまらない。
違った世界を大事にして、それを理解しようとする心が肝心。
遠いから、関係ないからと目をつぶらず、想像力と知的活動を発揮
しなければならない。
今、私達は映像で多くの物を見ることが出来る。
実際の現場に行ける人たちはわずかでしょうけど、
その映像で想像することは出来ます。
いろんな環境破壊や絶滅の危機にある動物のこと、
情報はいろんな手段で手に入ります。
目を開け、知的活動を続け、できる事を始めましょう。
私達には、守らなければならない「己」、子や孫がいます。

生物学者 本川達雄③ (心で感じる生物多様性)

2009-05-19 20:33:22 | WWFマガジンより
 2010年に日本で「生物多様性条約国際会議」が開催されることになり、
にわかに生物多様性という言葉を聞く機会が増えてきました。

----そうですね。でも今の世の中は、多様性ではなく、逆に共通性、
一様性が一番、大切にされています。例えばニュートンは、物を落とせば
落ちるという法則を唱えました。ゾウを落としたって、ネズミを落としたって、
落ちるということでは一緒。違いは質量だけ。だから、同じ一つの式で、
ゾウの落ちる速度も、ネズミの落ちる速度も計算できちゃう。
本当は一つ一つ違うモノなのに、質的にはみんな一緒で、違いは量だけ、
っていう見方をする。そうすると、全部、値札がつけられちゃうですよ。
交換もきく。全部、数式にあてはめられて、定量的になって、
あいまいさもなくなる。人間の能力なら偏差値でカタがつく。
信用のランクは従業員数とか、売り上げで決まっちゃう。
数字に変換できるというのは、見方が一様だってことです。
そういう発想が、今の世の中を取り仕切ってるんですね。

 環境についても、その価値を示すために、
価格に換算したりすることがありますね。

----一様な発想法で見ると、環境はこんなサービスを与えてくれるとか、
生物の多様性や環境を理解するのにも、全部、ドルに換算して考える
ことになる。多様性、多様性といいつつ、全部を一つのモノサシに乗っけて、
これは量が多いですよ、って言わないと、価値あるものと見なすことができない。
そうすると、我々が気持ちいい環境はいいけれど、そうでない環境は
要らないっていう話になっていくわけでしょ。
役に立たない、かわいくない動物は気にかけない。そういう考え方に、
ぼくらはドップリ浸かっているんです。同じモノサシには乗らない、
違った価値観でなければ評価できないものがたくさんある。
それを突きつけてきてくれるのが、生きものの世界だと思うのね。
違った世界を大事にして、それを理解しようとする姿勢を教えてくれるもの。
それが「生物多様性」だと私は言いたいですね。

 

生物学者 本川達雄② (心で感じる生物多様性)

2009-05-18 18:22:43 | WWFマガジンより
ナマコの世界って、どんな世界なんでしょう。
----ナマコを見てると、その辺の砂を食って、少しずつ動いている。
砂を食ってる?なぜ?調べてみると、本当にエネルギー消費量が少ないんです。
だから砂の上のバクテリアをなめてるだけで生きられるんですよ。
ということは、ナマコはお菓子の家にすんでるようなもので、
あくせくしなくって腹が減ったら砂を食えばいい。天国です。
もちろんナマコも敵に襲われますよ。そのときは皮をバリッと固くして
・・というのが私の研究なんですが、そういうシステムを作ると、
敵にも襲われなくなって逃げなくてもよくなって、筋肉もなくなって、
ますます省エネの体になって、砂を食って生きられる。
一方でぼくらは一生懸命エネルギーを使ってこの世を天国にしようとして、
それで自分の首を絞めている。
ナマコを見てると全く違った世界がひらけてきちゃうんですよ。
そうなると、こいつアタマいいねえって、ナマコを尊敬できるようになるね。
今も私はナマコ嫌いですよ。でも尊敬はする(笑)。
ぼくらが理解できない生きものほど、独自の世界を見せてくれる。
そういう意味でも、生物多様性というのは非常に重要な発想だと思います。

食後のコーヒー

2009-05-18 14:21:11 | 写真日記
今日は愛大受診肝臓検査です。
でも血液検査だけです。数値は高め安定
原因の一つは骨粗しょう症予防の薬と思われるけれど決定ではない。
あとは脂肪肝かはっきりした原因は掴めず
このまま様子をみることに
しかし、愛大受診をするようになって、
一人でお店に入って、食事ができるようになった
食後のコーヒータイムです。

生物学者 本川達雄 (心で感じる生物多様性)

2009-05-16 22:03:25 | WWFマガジンより
 ナマコは好きじゃない。
でも、尊敬はする・・・・生物学者 本川 達雄

 「時間」は常に一定で不変なもの。そんな固定観念を、
著書『ゾウの時間ネズミの時間』で見事に打ち破ったのが本川達雄さんです。
生物学から見れば、ゾウの感じている時間と、ネズミの感じている時間は
違うのだと解説するこの本は、科学書としては異例の売り上げを記録しました。

 「科学は、自然の見方、つまり世界観を与えるもの」と語る本川先生は
「生物の多様性」をどのように捉えていらっしゃるのか、お聞きしました。

 本川先生の研究フィールドは、生物多様性の宝庫といわれるサンゴ礁ですよね。
----私はナマコを研究していますが、ナマコって砂の上にゴロンと寝てるだけ。
きれいでもないし何の芸もない。見てたっておもしろくもないし、好きにも
なれない(笑)。では、なぜナマコを研究したいと思ったかというと、
人間にとっておもしろいとか役に立つとか、そういう価値観で相手を選ぶ
ことに疑問があったからです。生物は、わかっているだけで180万種もいる。
これだけいれば当然、嫌いなものも、かわいくないものもいるに決まっている。そういうものを捨てて顧みなかったら、それだけ世界は狭くなる気がしますよ。
ぜんぜん理解できないし、美しくもないけど、確かに存在している。
そういうものを自分の中に取り込んでいく努力をすることが、ぼくらの世界を
豊かにすることじゃないかと思うんです。沖縄の瀬底島に赴任したとき、
毎日、海に浮かんで生物を見てると、生きものたちもこっちを見る。
生きものが体にしみ込んでくるような気がするんです。
研究室で飼うのとはぜんぜん違う。私はナマコの世界と、自分の世界を
同レベルのものとして捉えるという発想に達したかったです。
人間だけが一人、高いところにいて生物の世界を見下ろしているのではなく、
自分もone of themとして付き合うのが本当の多様性じゃないかと思うんです。

可哀想だけど

2009-05-12 19:36:51 | 写真日記
窓の雨戸シャッターの収納部分に鳥の巣。
外からは全然分からない。
親鳥の出入りで発見。
早く気づいて巣を作る前に追い払っておけば良かったのに(T.T)
可哀想だけど取り外しました。
すでに卵もあり、ほんとに人間って、嫌な奴ですね。
今日は私は嫌な奴です。二ヶ所もありました。
鳥の糞は家を傷めるから…

今月のカレンダー

2009-05-12 19:10:13 | WWFマガジンより
 プロングホーン(Antilocapra americana)
つぶらな瞳が愛らしいプロングホーンは、北米大陸に生息しています。
時速71キロの速度で走ることができる俊足の持ち主。好奇心の強さが
災いし、ハンターが遠くでハンカチを振ると、つい近づいてしまう
性質を持つことから、狩るのがた易く、一時は3,500万頭から2万頭に
まで激減。絶滅寸前の危機に追い込まれました。現在は約70万頭にまで
数は回復し、絶滅の恐れは低いと見られています。

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声を出していました。
ほんとに大きくて、真っ黒の目。人間見たら逃げてね。