チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「風を追う物語」第3章 アイのありか その3

2011-03-20 21:40:32 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
荒れた気管支に、
薬剤混じりの水蒸気が染み込む感覚。
点滴していない方の手で、
短い髪をとかしながら。

・・・ユイ!やめなさい!
美術部の画材セットを窓から放り出し、
とうとう制服にも、袖を通せなくなった朝。
パジャマを引きはがそうとするお母さん、
必死で抵抗する私。

もう、無理。
何と言われても、あの学校へ行くのは
もう、無理!

お母さんの手が、少しゆるんだ。
逃れるべく、私はとっさに寝返りを打ち、
立ちあがって、
引き出しからハサミを取りだし、

「何するの!」
お母さんの目の前で、
長かった髪を、バッサリと切り落としたのだ。

去年の、十一月。
学校に行かなくなった、第一日目の朝の出来事。

あの時はもう、
何もかも嫌になっていた。
学校も、家も、自分自身も・・・
中でも、一番嫌になったのは、
自分自身。

自分を変えたい、自分を変えたい、自分を変えたい・・・

自分を変える方法には、
きっと色々あると思うけれど、
ヘアスタイルや服装を替える
というのが一番手っ取り早い方法だと思う。

衝動的というのか、
何の考えもなしに、とっさに走った行動だったけど、
私は全く後悔していない。

私は生まれ変わるのだから。

学校、学校の連中、
そして、両親。全部断ち切って、
私はやり直すんだ。

「ピー!」
ネブライザーのブザーが鳴った。
終わりの合図だ。その音を聞きつけて、
看護師さんが入ってきた。

「はい、終わったわね、お疲れ様。」
ホース付きのマウスピースを受け取ると、
替わりに濡れタオルを手渡してくれて。

それで、手や顔を丁寧に拭く。
やっぱり、大嫌いだ。自分なんて大嫌いだ。
どんなに見た目を変えても・・・

その間に看護師さんが後片付けを終わらせて、
簡単な説明をしてくれた。
これからは朝と夕方、一日二回、
こんな感じで治療するということらしい。

「じゃあ、お部屋へ帰りましょうね。」
廊下へ押し出されると、
ユイの居室への、少し長い一本道を、
車椅子はゆっくり進み始めた。