チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「ロストジェネレーション」 第1章 二十世紀の終焉 その7

2009-03-31 21:07:26 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
あー、どうしよう!
卒論を書こうと、本を開くものの、
全く読み込めない。

最近、何事もこんな感じで
空回りしている。

家に帰っても、
「ヒカル、こんな求人あるけど?」
新聞の求人欄を差し出すお母さん。
「うん・・・。」
気のない返事をするヒカルに
「あなた、本当にどうするの?最近、履歴書すら書いていないじゃない!」
わかってる!だけど、体が言う事を聞いてくれない。

あ、こんな時間だ。ご飯食べないと。
最近、食事も楽しくない。時間がきたら、
味気のないゴムの塊のようなものを噛んでいるような感じ。

どうしよう、どうしよう・・・。
時間は待ってくれない。過去に巻き戻す事も出来ない。
秋から冬へ、残酷なほどに季節は流れていく。

「就職からも、卒論からも、逃げてはいけない。」
また、ゼミで言われた。
頭の中では、昼もなく夜もなく、
「死にたい」という言葉が対流している。

やらなきゃいけない事は、良く分かっている。
だけど、体が言う事を聞いてくれない。
もう、生きているだけで精いっぱいという感じがしてきた。

講義の空いている時間、ヒカルは
大学を抜け出して、大学の近所のゲームセンターに向かった。
一万円札を両替機に入れて、全て百円玉に両替する。

お金がなくなっていくのは不安だけど、
ゲーム機にコインを投入して、ゲームに向かい合うと
精神的には支えられるような気がする。

何とか気持ちだけでもささえなければ!
そんな気持ちが、ヒカルをゲームセンターに向かわせていた。

時計を見ると、もう、次の講義が始まる時間だ。
しんどいけれど、これだけは行かないと。
単位だけは揃えないと・・・。
鉛のような体を引きずって、ヒカルは大学へと帰って行った。

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「ロストジェネレーション」 第1章 二十世紀の終焉 その6

2009-03-28 15:21:47 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
結局、私を子供だと思ってるの?
大人だと思ってるの?
昨夜の、両親の言葉にムカムカしながら、
ヒカルは暗い自室のベッドに横になっていた。

秋の長い夜、
目覚まし時計を見ると、もう、三時を回っている。
ヒカルは引き続き、ヘッドフォンで音楽に聞き入っていた。
あーあ。またこんな時間になっちゃった。だけど、
昔から寝付きは悪い方だから、あまり気にはならない。

ところで、どうして私は、面接にすら届かないのだろう?
それなりに世間では評価の高い学校を、ちゃんと出てるし、
成績だって、大学ではいい方だと思うし・・。

有力な資格を持っていないのが、いけないのかな?
あーあ。もう、どうしたらいいかわからないよ!

今日もゼミがあって、また一人、男の子が内定をもらったと
話を聞いた。
内定貰っているのは、男の子ばかりか・・・。
そんな中で、つい、うまくいかない自分の境遇をこぼしてしまった。
すると、
「あなた、クラブに入ってないでしょ。やっぱり、無所属だと
まず面接には声がかからないと思うよ。」

この言葉を聞いて、ヒカルはショックを受けた。
一生懸命勉強してきた人間より、部活して遊んでいた人間の方が
いいってわけ?

やっぱり、無理やりにでも、何かサークルに入っておくべきだったのだろうか?
でも、そういうものには、中学生の時に懲りているし、
入ったところで、うまくやっていけたとは思わない。
それに、就職の為にクラブに入るって言うのも・・・。

卒業したら、当然、学生じゃなくなるし、
もし、仕事がなかったら、無色という事になるし・・・。
履歴書は送り続けるとして、
もし、このまま平行線だったら、どうなるんだろう?
本当に、どうしたらいいんだろう?

憂鬱な気持ちで研究室を出て、昼食を取りに、
食堂へ向かった。
あまり食べたくはないのだけど、
混み合う食堂のテーブルで、一人食事を始める。

あれ?結構味の濃いものなのに、味を感じない。
何だか、ゴムを噛んでいるみたい・・・。
この時はじめて、ヒカルは、自分の味覚の異変に気づいた。

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「ロストジェネレーション」第1章 二十世紀の終焉 その5

2009-03-24 22:13:01 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
アスカ、大丈夫かな?
ヒカルにとって
この間の食事の時に言われた言葉以上に
気になるのは、アスカの顔色だった。

いつも強気で、前向きで・・・。
私なんかぐいぐい引っ張って行っちゃうぐらいなのに。
メールだって、こっちが送ったら、いつもきちっと長い文章で
返してくれたのに、最近は、「了解!」ぐらいの
単語で終わっている。

でも、アスカは何回か面接行ってるって言ってたよね。
それに引き替え私は、いくらエントリーしても、面接にすら届かない。
あーあ。どうなるんだろう?
考えたら、卒論の提出期限まで、二ヶ月しかないじゃない。

今日はアスカは大学に来ないので、ヒカルは一人、
食堂で昼食を取っていた。

近隣の学生の話が、否応なしに耳に入ってくる。
「ねえ、何社ぐらい回った?」
「うーん。六十社ぐらいかな?」
「あーあ。厳しいね。あ、そうそう。うちのサークルの子がね、
就職諦めたってさ。」
「えー!どうして?あの子、結構面接行ってたでしょ?」
「どうやら、面接でセクハラにあったらしいのよ。」
「うわー。嫌だね。」
「で、彼女、泣いてた。もう就職活動はしないって。」

話を聞いているうちに、ヒカルは血の気が引いてきた。
面接に呼ばれても、呼ばれなくても地獄。
もう、諦めるしかないのだろうか・・・。

家に帰って、郵便受けを見ると、
また履歴書が返ってきていた。
どうして?いったい何がいけないの?
がっくりと肩を落として、家に入った。

「ただいま。また、履歴書帰ってきた。」
力なく言うヒカルに、お母さんは
「そう・・・残念だったわね。」
と、同情的に、慰めるように言ってくれたけど、
その直後に厳しい口調で話を始めた。

「で、ヒカルみたいな、いい学校の子がどうしてダメなのかしらね?
まさか、あなた、いい加減な事書いているんじゃないでしょうね?」

この言葉に、ヒカルは驚いて反論した。
「そんな事していないわよ!」
「それなら、どうして面接にも行けないの!
ひょっとしたら、あなた、本当は成績悪いんじゃないの?」
「どうして!全部優で通っているわよ!」

こんなやり取りから、今日はとんでもない言い争いに発展してしまった。
夕食の時間を忘れ、お母さんの、まるで人格を否定するような発言に
ヒカルは力任せで反論して行く。

傷つき、疲弊したところに、お父さんが帰ってきた。
「おい、どうしたんだ!」
「あ、お父さん、ヒカルの就職の事よ。履歴書がまた帰ってきたのよ!」

「ふーん。厳しいご時世だとは聞いていたけどね。」
「ちょっとあなた!あなたから何とかアドバイスしてやってよ!
あなたの周りの若い人たちは、どうされているの!」

「理系の子ばかりだからな。俺は文系の就職は知らない。
ヒカルも二十歳を過ぎているのだから。
もう大人なんだから、自分で考えるだろう!」
お父さんはむっとして、自分の部屋に引き揚げていった。

「もう!男の人って肝心なところで役に立たないわね!
ま、いいわ。ヒカル。これから履歴書出すときは、私がチェックするわ。
何としても、仕事にありつかないと。」

この言葉を聞いた瞬間、ヒカルは真っ青になった。










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「ロストジェネレーション」 第1章 二十世紀の終焉 その4

2009-03-21 14:40:44 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
どんな仕事に就きたい?
大人になったら何になりたい?
子どもの時から、何度とな言わされてきたけど、
ヒカルは何一つ、答えを見出す事は出来なかった。

将来の夢を語ったところで
「お前なんか就職できない。」
この一言で切り捨てられ・・・。
いつしか、未来に希望を描く事すらしなくなってしまった。

でも、夢や希望はなくても、
人並みに働きたいという気持ちはある。
今まで通り、真面目に、まっすぐ生きていきたい。
普通に、自立していきたい。

卒論は自分の努力で何とかなるけど、就職に関しては・・・。
思いつく限り、履歴書は送るものの、すべて空振り。
学校を卒業したら、働く。
当り前を実現する事の難しさに、今、直面しているのだ。

ほとんど単位も揃った今、時間はたっぷりある。
ヒカルはとりあえず、そのほとんどを卒論に充てていた。

あ、そうだ。今日もアスカと約束があったっけ?
食堂へ急ぐヒカル。
いつもの約束の場所へ行くと、もう、彼女は来ていた。

「お疲れ。今日何食べる?」
いつもどおり、明るい口調で言うアスカだけど、
何だか、疲れた目をしてる。
無理して出てきているような感じもするけど、大丈夫かな?

二人は精算を済ませると、席を探して食事を始めた。
「ねえ、アスカちゃん、あれからも変わらず?」
「ううん。相変わらず平行線。ヒカルはどうなの?」
「うん・・・。」

飛び出しそうな言葉を抑え込んでいる、ヒカル。
そこへアスカは言った。
「あなた、教師になりたいんじゃなかったの?」
「え!」
アスカまでお母さんと同じ事を言う。
教員免許を取ったのだから、聞かれても仕方がないのかもしれないけど、
やはり突き刺さる。

「うん、まあ、でも、学校へは帰りたくないし・・・。」
まさか、とりあえず取っておこうという気持ちで取ったとは言いだせず、
ここもごまかす以外になかった。

「あ、ごめんね。気に障った?私学がいやなら、公立って手もあるしなって
思っただけ。でも、今、どっちも採用ないか・・・。」
そう。ここ何年か、学校の先生だけでなく、どの業界でも
極端な採用減が続いている。
もう何年も新規採用していないところだってまれではない。

「そうそう、うちのサークルの子、また一人内定決まってね。
やっぱり男の子なんだけどね。あーあ。やっぱり女は損なのかな?」
アスカの言葉に、再びため息をつくヒカル。

「まあ、まだ時間はあるし、諦めずに行くわ。
私はね、大手ばっかり狙っているのよ。」
目に光が戻ってきたアスカ。この強さは本当に尊敬に値する。

「すごいなぁ、アスカは。私、もう、どうしたらいいのか・・。」
「何言ってんの。たたかないと扉は開かないわよ。ヒカルちゃんも強気でね。じゃあ、そろそろ行こうか。」

席を立ち、トレーをもった瞬間、
「あれ?ヒカルちゃん、食べる量減ってない?」
アスカにこう言われたにも関わらず、ヒカルは自分の異変に
気付かなかった。


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「ロストジェネレーション」第1章 二十世紀の終焉 その3

2009-03-16 22:29:34 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
「卒業も、就職も、逃げてはいけない。」
そう、逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ・・・。
家路に向かう途中、ゼミでの先生の言葉を反芻しながら、
ヒカルは自分の気持ちを支えるのに必死だった。

二十世紀も終わりに近付いてきた近年、
この国は、かつてない不況に陥り・・・。
大手企業の倒産に、内定取り消し。
就職氷河期と呼ばれて久しい今日この頃、暗いニュースばかりが
メディアをにぎわせていた。

そんな中、
頼れる先輩もいないし、どんな風に活動していいのかもわからない。
全く手探りで始めたヒカルの就職活動も、夏頃からは休戦状態になっていた。

家に着くと、郵便受けに何通か来ている。
取り出して見ると、その中の一通は、私宛だ。
これ、この間履歴書送ったところだ。この封筒の厚みは・・・。

悪い予感と諦めの気持ちで、ヒカルが家に入ると、
「お帰り。」
お母さんが出迎えてくれた。
「今日も早かったわね。ゼミだけだったっけ?」
「うん。そうだよ。・・・あ、そうだ、郵便物来てるよ。」

ヒカルが手元に残した封筒を見て、お母さんは言った。
「あれ?それ、この間履歴書送ったところよね?」
「うん。たぶん、不採用の通知だと思うよ。」

鋏を取り出して、丁寧に開封すると、やっぱり!
不採用の通知と共に、履歴書が同封されていた。
覚悟していたとはいえ、やっぱりがっくり来てしまう。
そんなヒカルの様子を見たお母さんは、

「だめだったの?」
と、尋ねてきた。
「うん。書類選考でアウト。」
「ふぅ。そんなのばっかりね。なかなか面接にも辿りつかないわね。」

あちらこちら、思いつく限り、履歴書を送ってみたけれど、
全部こうやって帰ってきた。面接になんて、引っかかった事もないから
買ってもらったリクルートスーツも、
今日まで一度も袖を通していない。

「あ、そうだ、ヒカル。あなたの周りの人はどうなの?」
「今日、男の子は一人内定貰ったみたいけど、アスカちゃんも全滅らしいし・・。」
「不景気で厳しいとは聞いていたけど、ヒカルみたいに良い大学でも
面接に引っかからないなんて、何だか信じられないわ。」
ため息をつくお母さん。ヒカルは何とも返事のしようがなかった。

「そうだ、ヒカル。学校の先生になる気はないの?」
「え?」
「ほら、頑張って教職課程とったのに。」
「まあ、一応とっておこうって思って、それだけで・・。」

ヒカルは、教員免許は取得したかったが、、
教師になろうという気持ちなかった。
特に、中学や高校なんて、うっとうしいだけで、
卒業式の日はせいせいした。

いじめにも遭ったりして、
学校生活にあまり良い思い出がなく、
むしろ、二度と学校へ帰りたくないというのが本音だったのだ。

でも、どうしたらいいんだろう?
このままどうなってしまうんだろう?
秋風の優しい十月、ヒカルは焦り始めていた。



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「ロストジェネレーション」 第1章 二十世紀の終焉 その2

2009-03-12 22:32:20 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
『あなたがたは世の光である。』*

両親が私に、ヒカルと名付けたのは、
そんな聖書の言葉からだったらしい。

おばあちゃん曰く、
「生まれた時から、目鼻立ちのはっきりした綺麗な子」
だったらしく。
一人っ子だったことも手伝って、随分かわいがられて
育ってきた。

何と言って、取り柄はない私だけど、真面目な所だけが唯一の長所。
人は私を、大人しいというけれど、
付き合う人によっては、結構芯があるという人もいたりする。

両親の教育方針で、中学受験をして、
大学進学で有名な、中高一貫校に入学した。
いわゆるお嬢様学校というやつで、校則はすごく厳しくて、
頭のてっぺんから足の先までばっちり規則で固められていた。

勉強の厳しさと共に、息がつまりそうな毎日。
でも、反発するような勇気もない私は、
ただひたすら大人しく、卒業の日を待ちわびていた。

だけど、その学校のおかげで、そこそこ偏差値が高いと言われる
この大学へ現役で合格する事ができた。

自由な学生生活を、もっと満喫するのかと思いきや、
結局、クラブにもサークルにも所属せず。
着るものだって、いつまでもジャージか、せいぜいジーパン止まり。
化粧だってロクにしていない。
彼氏どころか、友達もできていない。

講義をサボるような事もせず、真面目に勉強ばかりしてきた
この四年間。
周りの人からは、「もったいない!」って言われるけど、
ヒカルとしてはこれで満足だった。

今日は週に一度のゼミがある。
ヒカルは研究室を目指して、大学の構内を歩いていた。
研究室のドアをノックして、入室すると、
まだ、先生だけだ。

「お、こんにちは。ヒカルさん、教育実習に行ってたね?
単位はもらえそうかね?」
「はい。大丈夫だと思います。
先生、ポットにお水を足してきます。」
ヒカルは台の上のポットを取ると、給湯室に向かった。

集団行動を強要される、高校までの世界と違って、
大学は単独行動の世界。一人で過ごす事が許されるなんて。

唯一、ゼミだけは集団になるけれど、それだって先生を含めても
十人に満たない小さなグループ。
そもそも集団行動が苦手なヒカルは、こんな世界に安心していた。

ポットに水を満たして、研究室に帰ると、
男子学生が二人、女子学生が一人、リクルートスーツで来て、
就職活動について、語り合っている。
そんな中に、ジャージで座っている私は、明らかに浮いている。

「さて、そろそろ始めようか。今日は四人出席かな?
ここ最近の最高記録だな。」
そう、四回生になってから、就職活動で、
ゼミにもほとんど人が集まれない。
そんな中で、毎回真面目に出席している私は、
やはり異質な存在に思えてしまう。

そんなところに、男子学生の一人が、
「先生、内定一つもらえました。」
と言った。
「おめでとう。」
先生は、ニコニコと祝福の言葉を投げかけると、
続いて厳しい表情で、ゼミの学生全員に向かって話を始めた。

「この不景気で、就職活動も厳しくなっているし、
卒論も課される君達は、時間的に余裕のない毎日だと思う。
近年、就職活動の為と言って、留年する学生も増えているが、
留年は、君達はもちろん、大学にとっても不利益だ。

親御さんだって、余計な学費の負担がかかってしまう。
君達は就職と卒業の両方を、勝ち取らなければいけない。
勝手にモラトリアムの時間を延ばしてはいけない。
厳しい状況だろうけど、全力でがんばりなさい。」


*マタイによる福音書第5章14節
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「ロストジェネレーション」第1章 二十世紀の終焉 その1

2009-03-09 22:41:15 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
長い休暇が明けて、今日から後期の講義が始まった。
透き通るような秋風に吹かれながら、
ヒカルは大学のキャンパスを歩いていた。

えーと。今何時だっけ?
ケータイを開けると、メールが来ていた。
『ヒカルちゃん、もう約束の所に来てるよ!』

あれ?アスカ、講義って言ってなかったっけ?
自主休講かな?
まあいいや。とりあえず急ごう。
ヒカルは足を速めた。

「ヒカルちゃん!」
アスカちゃんの声だ。どこにいるんだろう?
ヒカルは広い食堂の中を見渡した。
あ、あそこにいる。

「久し振り!元気にしてた?」
再会を喜ぶ二人。

食べ物を注文して、精算すると、二人は席を探した。
「やっぱりちょっと早く来ると、空いているね。」
席につくなり、アスカは口を開いた。

「ヒカルちゃん、教育実習どうだった?」
「どうって、まあ、まあまあだったよ。」
「まあまあって、それだけ?もっと他の言い方ないの?」

相変わらず、きつい口調で話すアスカ。
不思議な事に、その言葉が人を傷つける事はない。

アスカは、中学時代のクラスメイトで、
特別気が合うわけではなかったのだけど、
何故か今日まで、だらだらと友情が続いているのも、
そんなキャラクターゆえだろう。

「でも、何か尊敬しちゃうな。教職課程取ると、単位も多くなるしさ。
そのうえ、実習であの母校に帰るなんて。」
「だって、一応教員免許は欲しかったしさ。」
「そうか。高校の時から言ってたもんね。それに引き替え、私は・・・。」

返す言葉を見つけられないまま、食事を続けるヒカル。
「それはそうと、大学もあと半年だね。」
「うん、早いよね。四年って。」
「卒業できそう?」
「うん。何とか単位は揃えたけど。ヒカルちゃんは?」
「私はあと、卒論と、教職課程の科目がいくつかあるだけなんだけど・・・。」

そこへアスカが
「それより、就職どう?」
さらに踏み込んできた。
「え?」
「え?って、しっかりしてよ。面接、呼んでくれたところある?」

この言葉にも、ヒカルは返す事が出来なかった。
とりあえず、
「アスカちゃんはどうなの?」
と交わすと、アスカはため息交じりで
「全然。全滅よ。書類は送るんだけどね。やっぱり厳しいよ。
うちのサークルの仲間も、まだ誰も決まってないって。
就職氷河期どころか、超氷河期。」

話を聞いていて、ヒカルはだんだん辛くなってきた。
そんな様子は表情にも出ているらしく、
「あれ?どうしたの?」
と、突っつかれてしまった。

「今日は暗い話になっちゃったね。私はこれで帰るけど、
ヒカルちゃんは?」
「うん、昼から二つ講義。」
「そう、がんばってね。」

席を立とうとした時、
「あーあ。またジャージ?」
アスカに言われた。
「ヒカルちゃん、いつもそんな恰好だね。大学は自由なんだし、
もっとお洒落を楽しんだらいいのに。綺麗な顔してるんだから、
化粧なんかしたら、男の子も振り返ってくれると思うな。
あなた、サークルも入ってないしね。」

「・・・・・。」
「あ、ごめん。気に障った?でも、もうちょっと人生楽しんだ方が
いいと思うよ。それだけ。じゃあ、講義がんばってね。」
こう言い残して、アスカは離れていった。












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「ロストジェネレーション」序章その2 闇に生きて

2009-03-05 22:33:29 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
皮膚のひび割れは容赦なく裂け、
血が、リンパ液が、流れ出し、
敷布団の裏にまで浸透していく。
病を得た者には、夜もなく昼もない。

仕事に恵まれなくても、こんな事にならなければ、
同世代の女の子らしい幸せがあっただろうに。
なぜ自分だけが、こんな目に遭わなきゃいけないのだろう?
真面目に、真面目に生きてきたのに。

噴き出したリンパ液が固まって、開かなくなっている瞼を、
痛みに耐えながら指で無理やりに開けた。

薄暗い部屋の様子が、ぼんやりとでも見えるようになって、
勉強机の上に乱雑に本が積んである。
何となく手を伸ばしてみると、
中学生や高校生の時に、学校で使っていた聖書だ。

もう、片目はつぶれていて、光さえ感じられない。
残った片方も、かすんで良く見えなくなっている。
ヒカルは適当な個所を開いて、何とか文字をたどった。

『サタンは主の前から出ていった。サタンはヨブに手を下し、
頭てっぺんから足の裏まで
ひどい皮膚病にかからせた。
ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった。

彼の妻は
「どこまでも無垢でいるのですか。
神を呪って、死ぬ方がましでしょう。」
と言ったが、ヨブは答えた。

「お前まで愚かな事を言うのか
。私達は、紙から幸福をいただいたのだから、
不幸をもいただこうではないか。」
このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。』*

こういう事って、大昔からあるのだろうか?
だけど、こんな不幸はいただきたくなかったよ。
手から聖書が滑り落ち、挟まれていた写真が出てきた。

これ、高校生の時の写真だ。きめが細かくて、
つやつやした肌。周りの大人達から絶賛されていたっけ?
それなのに今は、この変わり果てた姿。

疲れ切ってしまい、
ヒカルは、力なく壁にもたれかかった。

痛みきった体は、もはや、横になる事すら許してくれない。
こうして苦痛をやり過ごした日は、どのぐらいあっただろう?

人生の転機となる日は、誰にだってあるだろう。
それは、喜ばしい事ばかりではなく、地獄への入口になることだってある。

あの時、あの人にさえ出会わなければ!
ヒカルは、自分の軽率さを呪いながらも、
自分を傷つけた人達に対する、怒りのやり場を探していた。

そうしているうちに、骨の底から突き上げるような
鈍い痒みを頬に感じ始めた。
痒みのままに頬をえぐると、瞬く間に指先が血に染まる。

全神経が頬に集中し、もはや、どうする事も出来ない。
ヒカルは苦痛のままに、床の上を転げ回り、のたうちまわった。

助けて!助けて!
届かない叫び。こうなっては、息をする事すらできない。
残酷な事に、そんな時に限って強烈な咳込みが始まり、
ヒカルは意識を失った。


*旧約聖書「ヨブ記」2章7節から10節



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「ロストジェネレーション」 序章その1 闇に生きて

2009-03-01 18:34:11 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
この部屋だけが、自分の生きる世界になって
もうずいぶん時間が流れた。
最後に雨戸を開けたのも、もう何年前のことだろう?

昼も夜も、薄暗い電球一つ、その下で
ヒカルは声もあげられずに苦痛に耐えていた。

顔、首、腕、そして胸。
赤く腫れ上がった上半身の前面の、
分厚くなった皮膚は、レンガのようにひび割れ、
時々リンパ液のようなものが噴き出してくる。

「痛!」
手を伸ばすと、腫れた皮膚に激痛が走る。
それでも耐えて、ヒカルはティッシュペーパーを取った。
頬を流れる血汁をぬぐうと、分厚い皮膚も
一緒に剥がれる。

ヒカルが座っている、床の上には
剥がれた皮膚や、乾燥した血汁が巻き散らかされ、
あっという間に、小さな山をなすぐらいの量になる。

どうしよう?トイレに行きたくなってきた。
おおよそ、歩く事すら難しい状況でも、これだけは仕方がない。
何とか立ち上がって、
家具や壁を伝って部屋を出て、
激痛で意識を失った時に、階段から落ちないように、
手すりを両手でしっかり握って、一歩ずつトイレを目指した。

ふう。やっとたどり着いた。
何とか自室に戻ったヒカルは、激痛が治まるのを待って、
ケータイを開いた。
電話も、メールも来ていない。
もう、見捨てられたのだろうか。
まあ、こんな体で働くのは無理って事は、良く分かっているけど。

貯金も尽きて、仕事もない。
このまま、どうなってしまうんだろう?
将来を悲観し、絶望する。

この部屋に、足音が近付いてきた。
ああ、たぶんお母さんだ。こんな体になってから、
お父さんお母さんの顔も、ずっと見ていない。
同じ家にいるのに。

カチャン!ドアの向こうで、食器がぶつかる音がして、
足音が遠ざかっていった。すすり泣く声も聞こえる。
ヒカルがこのような状態になってから、
毎回、お母さんがこうして、部屋の前に食事を届けてくれている。

お母さんが下の部屋に降りていったのを耳で確認して、
ヒカルは体を引きずって、ドアを開けた。
ヨーグルトやお粥、お盆にのっているのは、
かまなくても飲み込んでしまえる、そんなものばかり。

ひび割れだらけの顔は、口を開けただけで
傷が開いてしまう。食べ物を噛むなんて、とてもできない。
ヒカルは何とか、ストローを加えて、一気に飲み込んだ。

たったこれだけの事でも、顔に激痛が走る。
この地獄が、いつまで続くのだろう?
今となっては、はるか昔の事になってしまった、
まだ美しかった学生時代を思いながら、
ヒカルは床の上でのたうちまわった。








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