チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「風を追う物語」第5章 幸せを願い その18

2011-06-30 23:16:23 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 部屋に戻ると、もう、おやつが届けられていた。
「あら、良かったわね。」
看護師さんだわ。本当にありがたいわ。ユイは濡れた入浴セットの後始末を終わらせると、早速食べ始めた。
「ユイ、美味しい?・・・あのね、さっきお医者さんと話をしてたんだけど、あと三日ぐらいで退院できそうなんだって。・・・ユイ、聞こえてる?」
無視してるみたいだけど、ちゃんと聞こえてるわよね?
 退院・・・おやつのバームクーヘンを咀嚼しながら、ユイはその単語ばかり反芻していた。家に帰れるんだ。ここにいても、もう、退屈だし。宿題も終わらせちゃったから、家に帰ってもやる事はないけど。
 でも、それはそれで辛いか。本当に、これからどうするんだろう?どうしたらいいんだろう?
『退学して、よその中学を探す?』
お母さんの言う事も、一つの方法かもしれないけど、実際そうしたとして、どうなんだろうな。厳しい学校、自由な学校、勉強に熱心な学校、部活動で有名な学校・・・中学受験の前に、お母さんと一緒に幾つか学校説明会に行ったけど、本当に学校って、色々あるんだなぁって思った。
 進学する先の学校は、一つしか選べない。二つの学校に並行して通いながら、良い方を選ぶなんて事も出来ない。入学する前に、少ない情報の中から、何処へ行くのがいいか判断するより仕方がない。今の学校に決めたのも、重々考えた上だったはず。お母さん達だって・・・。
 で、結局のところ、学校って何のために行くのかな?
「お茶、入れておくわね。」
お母さんがついでくれたお茶を飲み込んで、口の中を綺麗にしながら、ユイはさらに思考を深めていった。
 勉強するために、友達を作るために、部活動をするために、働く事を猶予され、若い時代を謳歌するために。今と言う時を充実させるために。
『中学に落ちたら、お前らの人生真っ暗だぞ!』
『いい学校、いい会社!』
小学校時代、進学塾で繰り返し言われた言葉。そう、学校へ行くのは、未来のためでもあるんだ。これからの人生を、良く歩むために。
 良い人生にするために必要なものは、きっと一つには絞れないんだと思うけど、そのために、小学校の時からあれだけ頑張ってきたのは事実。もし、今の学校をやめるとなると、その努力を全て水の泡にする事になる。
 そんな事、本当にできる?私、出来ないと思う。そんな事したら、過去の自分に申し訳が立たないもの。過去の自分に、報いるためにも・・・。
「ユイ、どうしたの?」
お母さんの声かけを無視して、考え込む。私・・・これからの私のために、今の私は何をするべきなのだろう?

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その17

2011-06-28 11:08:00 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 私の中学時代、私の中学生活・・・。キュ!シャンプーを流し終え、ユイはシャワーを止めた。私らしい中学生活って、お母さん、ずいぶん難しい事を降ってきたな。
次の人が待ってるし、あまり長居は出来ない。ユイは手早く後始末を終わらせて、脱衣所で、身支度を始めた。
 そうだな・・・どう言った事が、私らしいのか。一つだけはっきりしている事は、今の学校であっても、よその学校に転校するにしても、いずれの方法にせよ、学校に復帰したところで、部活動に参加する気はない、ということだ。
 ナースステーション奥の小部屋。一通り、大事な話を終えた後に引き続く雑談。
「不登校ってね、結構いらっしゃいますよ。」
そうみたいですね・・・主治医の話に耳を傾ける、ユイの母親。そうしているうちに、少しずつ心が和らいで行く気がしてきた。
「守秘義務がありますから、あまり具体的には言えませんが、ここの小児科の患者さんにも、結構いらっしゃるもんです。ユイちゃんよりも、ずっと大きい子たちにも・・・。」
「で、そう言うお子さんたちは、どんな風にされてるんですか?」
答えを期待できなくても、思わず身を乗り出してしまう。
「まあ、立派に大学に行った子もいますし、そうでなかった子も、色々ですよ。・・・あ、そろそろシャワーが終わるころじゃないでしょうか?」
 そう、あまり長く引っ張ってもいけない。丁寧に礼を述べて、ユイの母親は小部屋を出た。廊下には、まばらに人がいて、「ユイ!シャワー終わったのね!」
ちょうどいいところに、ユイが通りがかってくれた。合流して部屋へと戻る道、
「どうだった?汗を流して、すっきりした?」
返事は期待できなくても、声かけだけはずっと続ける。この子、心を開いてくれないのよ。私達親を、的だと思っているみたいに。いえ、親だけでなく、大人はみんな敵だと思ってるのかもしれないわね。
 心を開いて。そうしないと、何も始められないわよ。
「あ、カートが来てるわね。」
そうだわ、もう、おやつの時間だわ。

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その16

2011-06-26 21:34:00 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 「退学」という言葉は、何回も出てきたけど、お母さんの口調から、今日の話の意図は、全く違うものだというのは
良く理解できる。だけど、学校を辞めたらどうなるの?何処へ行くの?
 「すみません、失礼します。」
看護師さんだ。
「ユイちゃん、シャワーの順番が来ましたよ。・・・お母さん、ちょっといいでしょうか?」
何か話があるのかな?その方が気になるけど、シャワーも今しか浴びられないし。ユイがシャワーに出かけるのと一緒に部屋を出て、お母さんは看護師さんとナースステーションの方に入って行った。
 その奥の小部屋。そこに控えているのはユイの主治医。
「こんにちは、すみません、お呼び出ししまして。」
勧められるままに、丸椅子に腰かけるユイの母親。
「えーと、早速ですが。」
主治医はレントゲンや血液などの、各種検査のデータを提示して
説明を始めた。
「うん、この様子ですと、後三日ほどで退院してもらえると思います。」
「そうですか!良かったです!」
ユイに関する事で、こんなに嬉しい悲鳴を上げたのはかなり久しぶりではないだろうか。でも、良かった。退院のめどが経って、本当に良かった。
「あの、すみません、先生。体の方はいいとして、ユイの精神面ですけど・・・」
「あ、はい。どうですか?院内学級の先生に会ってこられたんですね。」
 今日の謝罪の件は、すでに伝わっているようだった。
「なかなか礼儀をわきまえた、きちんとしたお譲さんだって、おっしゃってましたよ。」
「そうですか・・・本当に恥ずかしい子で。でも、そう思っていただけるなら何より良かったです。あちらの先生も優しそうで・・・実は、ついさっき、ユイに話したんです。」
「どう言った事を?」
「今の学校を退学するかって。」
 この話を聞いて、主治医も驚いた顔をした。
「退学って、そんな・・・ご本人はどう考えられてるんですか?」
「わからないんですけど、まだ中学生ですし、地元の学校に戻る方法もありますし。いえ、これはあくまでも親としての提案なんですけどね。」
しばしの沈黙の後、主治医が口を開いた。
「ユイさん、お手紙を渡されたんですね。」
「はい、そうなんです。あの子、何を書いたのか、中身は全然わからないんですけど。」
「私もね、その内容を一字一句聞いたわけではないですが、反省と謝罪の気持ちをしっかりとつづられた文章で、感心されていましたよ。」
 ユイが?そんな文章を?信じられないという気持ちに、さらに揺さぶりをかけられた。
「お母さん、焦られる気持ちは良くわかります。だけど、僕もこの仕事をしていて感じるんですけど、子供にも子供の気持ち、案外しっかり考えている事があると思うんです。ユイさんの力を、信じてあげてみませんか?」


「風を追う物語」第5章 幸せを願い その15

2011-06-24 20:10:24 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 ユイの手元で完成して行く作品・・・なかなか見事なものだわ。これだって、昔から感心する事の一つ。私達に似ずに、手先が器用なのよね。あら、もう完成?出来あがった作品を、高く持ち上げ、誇らしげな様子のユイ。へぇ、ストラップね。この頃こんなおまけもあるのね。
 これで終わりかと思ったら、またエコバッグに手を突っ込んで、また違う箱を取り出した。あらあら、二つも買ってたんだわ。今度は何かしらね?
 再び、黙々と作業を始めるユイ。こんな時にこんな事、切り出していいのかしら?でも、何時までも話さないでは・・・
「あのね、ユイ。学校・・・」
声をかけた途端、ユイは作業の手を止め、こちらに顔を向けた。穏やかだった表情が、硬くなった。ここは思い切って、大胆な質問を振ってみる。
「ねえ、今の学校、嫌い?」
 突然かけられた言葉に、ユイは驚かざるを得なかった。今の学校が嫌い?そりゃ、好きじゃないと思う。だって、現に不登校している位だもん。でも、嫌いかと言うと・・・。それは違う気がする。そう言うのなら、今の中学だけでなく、幼稚園も、小学校も、ずっとずっと嫌いだった!
 答えかねているところに、お母さんは丸椅子を、私の近い所に置き、そこに移動してきた。
「お母さんもね、色々思ったのよ・・・お母さん達ね、結局ユイに、しんどい思いをさせただけなんじゃないかって。」
しんどい思いって、またどう言う意味なんだろう?中学受験の事?確かに大変だったけど、受験はいつかしないといけない事だし、それとも、中学に入ってからの話なんだろうか?
「ユイ、あなた今、何がしたい?今の学校にもう一度行くとか、そう言う事は抜きにして、純粋に今、何がしたい?」
そう、私、何がしたいのかな・・・。
 さっきみたいに、お菓子のおまけを組み立てたりとか、お母さんが言っているのはそう言う話ではないのはわかる。中学生である、今のこの時代を、どのように生きたいのかというのが、質問の本質だ。私はきっと、人並みな事しか望んでいないと思う。普通に学校に行って、勉強して。願わくば、一人か二人の友人を。
「ユイ、今の学校、辞める?」
学校を、辞める・・・!あまりにも衝撃的な言葉に、息が出来なくなった。
「今のままじゃ、あなたの中学時代が台無しじゃない!あなたらしい中学時代を過ごせる、そんな学校を。一緒に探してもいいと思うのよ。」
 凍りついたままのユイを前に、お母さんは
「これはあくまでも、お母さんの提案だから。ユイにはユイの考えがあるでしょうし、
まとまったら教えてちょうだい。」
と、締めくくった。

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その14

2011-06-22 21:45:45 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
だけど、物凄い食欲ね。
さっきまであれだけ、おやつを食べてたのに。
「ユイ、もう食べたの?」

頷いて返すのを確認し、
食器を見ると、見事に空っぽになっている。
本当に凄いわ・・・
でも、これが十代なんでしょうね。

「あら?何処へ行くの?」
急に立ち上がるからびっくりしたけれど、
そうか、トレーを返しに行くのか。

昨日の事があるから、私がいる限り、
ユイが部屋を出る時は必ず、
同伴するようにしている。

カートにトレーを返却したところに、
看護師さんが
「あら?ユイちゃんにお母さん。お疲れ様!
ご飯は美味しかった?お昼からシャワーだけど、
入るわよね?また順番が来たら
声かけに行きますね!」

シャワーも、早くて三時ごろからだし、
それまでどうして過ごすのかしらね?

部屋に戻り、ベッドに上がったとたん、
ユイはエコバッグから小さな箱を取り出し、
開封し始めた。

「ユイ、宿題は?」
ついつい聞いてしまった事に、
ケータイの画面を突きつけて返される。
『もう終わった。』

へぇ!早いわね!
疑うわけじゃないけれど、
ベンチに置いてある紙袋から
宿題の冊子を取り出して
パラパラとチェックする。

・・・本当だわ。
しっかりした字で、
解答欄を全て埋め尽くしている。

やっぱりこの子、馬鹿じゃないのよ。

一人で黙々と、お菓子のおまけを組み立てていく。
ふぅ。細かい部品が多いから、
点滴があったらちょっと難しかったな。

昔から、こういうの好きなんだ。
一人でコツコツと、築き上げていく事が。
周りの人は、「暗い」って言うけれど。
私はこのほうがずっと幸せ。

ユイ・・・本当に楽しそう。
子供みたいと言えばそれまでだけど、
本当に純粋に、楽しんでいるのがよくわかるわ。

何を楽しいと感じるか、
幸せと感じるか。
人それぞれだもんね。

私達大人は、勝手にその定義を作って、
子供達に押し付けてるだけなのかもしれない。

「それ、下の購買部で買ったの?」
穏やかなやり取りに、人間らしい温かさを感じる。

そう、この子にはこの子の幸せがある。
この子らしい中学時代がある。

それを実現させる道を、
一緒に探して行きましょう。




「風を追う物語」第5章 幸せを願い その13

2011-06-21 12:47:24 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
やっぱり、ちゃんと顔を見て謝って
良かった。

一応、許してもらえたけど、
ユイ、どう思ってる?

ベッドに横になり、
壁側に寝返っている。
・・・罪の意識は
あるという事なのかしら?

そうだ、受け取ってもらえなかったこのお菓子。
どうしたものかしら?
看護師さん達も受け取ってくださらなかったし。
あ、そうだ。

「ユイ、起きてる?」
声をかけると、ゆっくり寝返って
こちらに体を向けた。

「持ってきたお菓子、食べる?ご飯が近いけど、
大丈夫かな?」

大丈夫。食欲はあるし、
病院のご飯は少ないもん。
ユイは、お母さんの声かけを聞いて
体を起こした。

焼き菓子を二つ手に取ると
ポットから入れたお茶を飲みながら、
美味しそうに食べ始める。

「ユイ、おいしい?」
嬉しそうにうなづいてくれて。
その顔が、何とも幸せそうで・・・

そう、この顔こそ、
親としてみたかった顔。
私達夫婦にとって、
やっと授かった唯一の子供。

ただ一つ願ってきた事は、
この子の幸せ。

この子が幸せになるのなら・・・

親として、どうしてやればいいのかしら?
学校も、やっぱり、もっとこの子に
ふさわしいところを探して、
転校させるべき?

さっきの院内学級の先生も、
なかなか優しそうな人じゃない。

母親はブルブルっと顔を横に振った。
その様子を察したのか、ユイは
「?」
という顔でこちらを見ている。

「あ、ユイ。ごめんね、何でもないわよ。
そろそろ、ご飯じゃない?
ポットのお茶も汲んでこないといけないし、
一緒に行きましょうか。」

ポットを持って、一緒に廊下に出る。
給湯スペースには、
電子レンジやお湯用の電気ポットが置いてあって。

お母さんのお弁当を
温めるのを手伝ったりしながら、
「ありがとう。二人いると早いわね。」

早々に用事を終え、引きあげて行くと、
廊下には、食事のカートが来ていた。


「風を追う物語」第5章 幸せを願い その12

2011-06-19 20:52:36 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
「あら、ユイちゃん、お勉強?」
看護師さんの言葉を無視して、
整理したテーブルの上で黙々と
書き物をしている。
悩んでいてもしかたないから・・・。

午前十時四十五分。
お母さん来室。
「ユイ、おはよう。体調はどうかしら?」

当り前だと思うけど、
いつもの何倍も、固い顔をしている。
「で、お医者さんからも
伝えてもらってると思うけど。
・・・わかってるわね?」

静かにうなづくユイ。
「じゃ、十一時頃に向こうの先生と
お約束しているから。」

ユイはベッドから降り、
お母さんに従って病室を出た。

大きな菓子折を持って歩くお母さんの後ろを、
ゆっくりと付いて行く廊下。
数少なくても、すれ違う人たちの、
チラチラした視線が突き刺さる。

私が壊した壁飾り・・・
すでに、完全に修復されいる。
ドアをノックして
「すみません、こんにちは。」

すると、部屋の奥から
返事が聴こえて、
「はい、あ、こんにちは。」

優しそうな、若い女の先生が出てきた。
この人がこの、院内学級の担任らしい。

「この度は娘が大変な事をしてしまいまして、
本当に申し訳ありませんでした。」
平身低頭の親子に、この教師は

「いえいえ、大丈夫ですよ。
本当に気にならさないでください。」
お母さんが差し出した菓子折も、
結局受け取らず、

「ユイさんって言うの?」
今度は私に話を振ってきた。
びくびくしながら、首だけを縦に振る。

その様子を見てお母さんが、
「すみません、この子、ちょっとしゃべれなくて・・・」
横からフォローしてくれた。

「そうですか・・・ユイさん、
入院生活って色々辛いと思うけど、
辛抱できない時はちゃんと打ち明けて、ね。」

ユイは力強くうなづき、
手に持っていた封筒を、
この教諭に手渡した。

「あら?・・・お手紙ね。ありがとう、
読ませていただくわね。」

最後にもう一度、親子でお辞儀をして、
病室に引き返していった。

許してもらえてよかったけど・・・
お母さんは苦言しながらも、
「あのお手紙、何を書いたの?」
と、気になったようだった。

中身は言わないけれど、
私なりの精いっぱいのお詫びがつづったものだ。

悪いことしたんだから、直接謝らないと・・・
ユイはこうして、
きちんと謝りに行けた事で
ホッとした。







「風を追う物語」第5章 幸せを願い その11

2011-06-18 23:29:49 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
部屋に帰ると、
枕元に置いているケータイのランプが
光っている。

多分、お母さんだろうと思って
開いたら、その通り。
『ユイ、おはよう。どうしてる?
今日はお昼までに、なるべく早く
そちらに行きます。確か、シャワーもあったわよね?』

あえて文章には書いていないけど、
早く来るって言うのは、
さっき、お医者さんから聞いた、
あの理由で、という事だ。

午前八時半。保護者面談の準備で、
教員達が忙しく動き回る職員室。

「ハヅキ先生、学年の成績資料の
コピーお願いできますか?」
「はい、今すぐ!」

コピー機コーナーにはすでに、
カワシマ先生が書類のコピーをしている。
どうしたのかな?何だか深刻そうな顔をしてる。

気になって、そっと寄り添うように立ち、
声をかけてみた。
「おはよう。どうしたの?」

「あ、ハヅキ先生!おはよう。」
驚かせちゃったかな?
カワシマ先生は一瞬びくっとした。

「ご、ごめんね。」
「ううん、いいよ。コピー?」
「そう。・・・で、どうしたのよ?」

あのね・・・
カワシマ先生は、周りに聞こえないよう
そっと話してくれた。

「ほら私、去年、中学三年の担任だったじゃない・・・」
その時受け持ってた子で、

『私、上の高校へは上がりません。
よその公立高校を受験して、そちらに進学します。』
なんて事言い出して。

当然、会議にも掛けられて、
ご両親も随分説得されたみたいけど、
彼女の意思は変わらず、

その言葉通り、
地元の公立高校を受験、
そちらへ進学して行った。

「あ、そうそう。そう言う子いたわね。
で、その子がどうしたの?」

今朝、職員室に来たら、
デスクに手紙が届いていたらしい。
「彼女のお母さんからだったのよ。
どうしてるかなって思ってたんだけど・・・」

「え!そんな!」
「ちょっと、声が大きいわよ!」

でも、その内容からすると、
誰が聞いても驚いておかしくないと思う。

彼女、高校を辞めたって・・・。

実は、その子の事も、
私は少しだけ知っていた。
真面目だけど、大人しくて。

規則の厳しさに馴染めないと
いうのが理由だって聞いていた。
もっと自由な学校に進学して、
彼女はうまくいっているものだと思ってたのに。

「で、高校辞めて、今、どうしてるの?」
「そこまでは書いていなかったわ。」

はぁ・・・。
と、言う事は、そのまま家に
引きこもってる状態なのかしら?
やっぱり、こういう脱線って
なかなか難しいのね。

ユイさん・・・あの子だって、
良く似てるもの。
子供達は、どうしたら
無事に生きて行ってくれるのか。

本当に、わからなくなってきたわ。







「風を追う物語」第5章 幸せを願い その10

2011-06-16 22:44:24 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
朝食のトレーを返しに行った時、
「ユイちゃん、朝ごはん終わった?
・・・完食みたいね。素晴らしいわ。
出てきたついでだし、朝の吸入、いいかしら?」

看護師さんに言われるまま、
そのまま処置室に赴くユイ。

珍しいな、今日はお医者さんが
この部屋に来ている。
キョトンとしているユイに、
お医者さんは穏やかに話しかけてきた。

「ユイちゃん、おはよう。
・・・まあ、こちらに座って。」
診察用の丸椅子に掛けると、
お医者さんとちょうど向かい合わせになった。

悪いことしたから当然だと思うけど、
やっぱり、怒られるのかな?
小刻みに震えているのを、
見抜かれたのか。

「緊張してる?
別に怒るとかじゃないから。これから言う事に、
ちょっと、答えてもらえるかな?」

お医者さんは、私の目をじっと見ながら、
静かに話し始めた。

「昨日の件だけどね、
今朝、院内学級の先生が来てくださってね。
ユイちゃんは賢いから、言うまでもないと思うけど、
・・・自分がした事は、悪い事だって言うのは、
わかってるね?」

冷や汗をかきながら、ユイはゆっくりとうなづいた。

「わかった、それなら結構。
お母さんから連絡あったかもしれないけど、
今日はお昼前に来られるんだって。

その時、一緒に謝りに行こうっておっしゃってたよ。
それは、できるね?」

お母さんが?ケータイには何も連絡なかったけど?
びっくりしながらも、やはり、
悪い事をしたら謝るのが当り前なわけで、
ユイは強く、深くうなづいた。

お話はこれでお終い。
この後、診察、採血、吸入と、
朝の行事を終えて、
ユイは部屋に戻る事を許された。

一人歩く、誰もいない廊下。
結局、たったあれだけの話でお終いか。
・・・私、あんなに悪い事をしたのに。

大人って変だよね。
何も悪い事をしていない時は、
『非行の始まり!』
って、些細な事でも物凄い
暴力をふるうのに。

いざ、悪い事をしたら、
ロクに説教も殴ったりもせずに、
一言、だけなんだね。

常識的に考えたら、悪い事をした時の方が、
もっときつく言われて当たり前なのに。

子供の自分が言うのも何だけど、
随分おかしな話だと思う。

大人って一体、何を考えてるんだろう?
何だかもう、信用できなくなってきた。

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その9

2011-06-15 21:12:17 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
午前七時三十分。
配膳のカートまで、
自分でトレーを取りに行って、朝食。

カーテンの中で、一人黙々と
パンをかじる。

午前七時四十五分。
ユイの自宅。
「あなた、気をつけて。」
「ああ・・・今日、ユイの所へは
何時頃行くんだ?」

靴を履きながら、質問を振る父親。
「まあ、お昼前には。」
「そうか。・・・よろしく頼む。
おい、もう引きずるなよ。」

・・・昨日の事件・・・
ごめんで済まされることかもしれないけど、
やっぱり、親としては、
きれいさっぱり忘れてしまうという事は出来ない。

今日、ユイと一緒に謝りには行くのだけど・・・。

「僕も今夜、仕事の帰りに病院に寄るから。
では、行ってくる!」
バタン!
玄関のドアが閉まると、
この家に一人ぼっち。

情けないと思うけど、
こういう状況になると、
また、どうしようもなく不安になってしまう。

ユイ・・・私達はあなたを、
どうしてあげたらいいの?
何を負担だと思ってるの?

お願い、教えて・・・

午前八時、小児病棟ナースステーション。
「おはようございます!いつもお世話になっています。」
院内学級担当教諭の、はつらつとした声。
一人の看護師が出てきて対応していた。

「先生、おはようございます。昨日の件で、
本当に申し訳ありません。」
「いいえ、本当によくあることですから。
どうぞ気にされないでください。今日はこちらに
用事がありましたし、良かったです。」

看護師は、昨日ユイが破壊した
飾りものを保管しておいた段ボールを
この教諭に手渡した。

「わー、すみません!こんなに丁寧にしていただいて。
大丈夫です。すぐ直せますよ。」
教諭は笑顔で、
すぐさま院内学級に向かっていった。

あれも、これも、よかった!
少し補修するだけで、元通りに出来そうだな。
作業のついでに、何が壊されたかを調査する。

あれ?これ全部、中学生の作品じゃない!

あまり詳しく聞いてないけど、
昨日の事件の子は、この病棟に入院中の
中学生の女の子だって。

何でも、私学に行っているのに
不登校しているとか。

こんな凶行に及ぶって、よっぽど中学を
恨んでるのかしら?

私が昔、普通学級の担任をしていた時に、
私立をやめさせられて、公立に帰ってきたって子がいた。
でも、結局馴染めなくて・・・。

かわいそうだったわ。
その後、どうなったかもわからないし。

そう思うと、その子。
不登校でも籍を置いているだけ
いいのかしら?
辞めてしまっても地獄だし。

あーあ、難しいな。
作業しながら、教諭は深くため息をついた。