チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その21

2010-06-30 12:54:35 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
先日、ダウンした件については、
「大丈夫だった?」
と、軽く尋ねられたぐらいで、
皆、あまり気にしていないようだ。

「いらっしゃいませ!」
会期終盤。お客さんはますます増えてきていて、
「そちらお持ちでしたら、直接会場へどうぞ。」
前売り券や招待券持ってるお客さんも
沢山やってくる。

仕事に来た頃は、
大汗をかくほどだったのに、
気がつけば、涼しい秋風に、
長袖で身を包む季節になり。

お客さんにも、職員さんにもいろんな人がいるけど、
ここまで、仕事が苦痛と感じる事は
一度もなかった。

後一時間、後、四十五分。
最終日の閉館時刻も一刻一刻と迫り、
「閉めます!」

職員全員が、ロビーに集まり、
「お疲れさまでした!」
警備員さんの挨拶と同時に、
大きな拍手が沸き起こった。

これで一つ、会期が終わった。
次の会期が始まるまで、
アルバイトの人は来ない。だから、オオタさんにも会えない。
寂しくなるなぁ。

まあ、とりあえず、無事に一つの会期を終えられた事を
喜ぼうか。

帰り道、ヒカルはいつもより一つ手前の停留所で
バスを降りて、スーパーマーケットに立ち寄った。

「お帰り。あら、何かいいもの買って来たの?」
その通り!
袋の中は、缶チューハイにカクテル。

「うん、会期が終わったし。
ここまで無事に仕事をやり遂げたって事で。」

夕食の席に、お母さんは少し上等のグラスを出してくれた。
「ではでは、ここまでお疲れ様。」
カンパーイ!

翌日から、一週間ほどは常設展示のみ。
この期間はお客さんもまばら。
常勤職員しか勤務しないし、休憩時間も
二人だけ。

ある意味、じっくりコミュニケーションをとるチャンスなのだけど、
苦手な人と二人っきりになると、
ちょっと辛くなる。

コンコン!
休憩室のドアをノックする音。
「失礼します。」
入ってきたのは、経理係の事務職員さんだ。

「お給料の明細が出ています。」
「ありがとうございます!」

今日はここに来て、始めての給料日。
ヒカルは明細書を開いてチェックした。
十二万円ほどで、前の事務職と金額的には
ほとんど変わらないんだけど、

何だか、始めて給料をもらった時以上の
深い感動。

タダ同然で働いていた、ここ半年の自分が
如何にみじめだったか。
それも同時に思い知った気がした。


「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その20

2010-06-28 21:22:56 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
奥の部屋に運び込まれたヒカルは、
他の職員さんが、
畳に布団を敷いてくれた布団に
横になった。

「どうしよう、仕事・・・」
やっと声が出たヒカルに、
介抱してくれた職員さんは

「ヒカルさん、心配しないで。
皆でフォローするわ。ここに来たての若い子はね、
一回ぐらいダウンするのよ。
これ、案外ハードな仕事だからね。・・・あ、時間だ。
私達は仕事に行くけど、ゆっくりしていてね。」

和室を出て行く職員さん。
閉まった扉越しに、皆の足音が聞こえた。
こんな状況で、凄く罪悪感を感じるのだけど、

「このまま死んでしまうのかも!」
治まりそうにない動悸に、ヒカルは
そんな恐怖感を覚えた。

一年も前の薬が、これ程強烈に効いてしまうなんて。
私の体がおかしいのか、
薬がおかしいのか・・・。

コンコン!
扉をノックする音。誰かな?
「はい。」

入ってきたのは、事務の係長。
「大丈夫ですか?」
ヒカルを覗き込みながら、心配そうに言ってくれて、
「今日はね、無理しないで家で休んでおいで。」

「そんな、仕事は!」
皆に迷惑がかかるよ。
もう少し良くなったら、持ち場に戻ると訴えたけど、
「お客さんの目もあるから、ね。」
の一言に説得されて、ヒカルは早退する事になった。

タクシーで帰っても良かったかもしれないけど、
交通費がもったいない。
でも、無事に帰れるんだろうか?
激しい動悸と、手足の震えが
ヒカルを不安にさせる。

家には、係長が連絡を入れてくれていたので、
いつもより早い帰宅も、お母さんは
「まあ!大変だったわね!」
と、驚きながらも冷静に受け止めてくれた。

「で、どうなったの?」
「今朝、前の病院でもらった薬を飲んだんだけど、
物凄い動悸がして。」
「そう・・・効きすぎたのね。仕方ないわね。
あなたも新しい仕事始まって、疲れたのもあるかもしれないわよ。
さあさあ、ゆっくりお休み。」

ヒカルは、荷物を置くと、着替えもそこそこに
リビングのソファに横たわった。

良かった。無事に家にたどり着けて。

こんな目に遭ったのは・・・あのアレルギー専門医。
あの人がちゃんと診察して、適切な薬をくれていたら
こんな目に遭わなかったんじゃない!

ヒカルの心に、深い怒りが満ち始めた。


「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その19

2010-06-26 20:17:09 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
「ヒカル、大丈夫か?夜は眠れているのか?」

お父さんの心配は、
精神的な方面じゃなくて、
酷い咳き込みに対するものだった。

あの男性医師からもらった薬は
きちんと飲んでるんだけど、
やっぱり効いてないよ。

どうしよう・・・。
ヒカルは、我が家の常備薬入れになっている
引き出しを開けた。

えーと、これだ。咳が止まらない時の頓服薬。
一年ほど前にもらった薬だけど、
あの時のお医者さん
「腐るものじゃないから常備しておいて。」
確か、そう言ってたし。

ヒカルは早速、一錠飲んだ。

正直、体力なくなってるし、
家でゆっくりしていたいんだけど、
今日も仕事。そうはいかない。

体を引きずりながら、バスに乗り込む。
揺られているうちに薬が効いてきたんだろうか?
心臓がドキドキしてきた。

おかしいな・・・何度も飲んだ事がある
薬だけど、こんなに酷い事になったのは始めてだ。
「おはようございます。」
博物館では、いつも通りに振る舞ってみるけれど、
異常な程の動悸で、ヒカルはフラフラだった。

この会期もあと一週間。
今まで以上の賑わいで、
息つく暇もないぐらい、お客さんが来る。

「お疲れ様です。」
今日に限っては、交替の人が来るのを、
待ちかねてしまった。

フラフラと売り場を出て行くヒカルに、
アルバイトスタッフさんが
「昼ごはんでしょ?ゆっくり休んできて。」
と、優しく言ってくれた。

休憩室。
コンビニで買ってきたお弁当を
無理やり口に押し込むのだけど、
酷くなる動悸は、それも許さなくなり。

「ヒカルさん、どうしたの?」
同僚の心配に、答える余裕もなく。
立ちあがろうとしたその時、
ヒカルはその場に崩れるようにしゃがみこんだ。

「どうしたの!」
声も出ないなんて、
こんなひどい状態。驚かれて当り前だろう。
「奥の和室で休んでおいで。立てる?」

駄目。体に力が入らない。
結局、ヒカルはスタッフ二人に両脇を抱えられ、
奥の部屋へ運ばれていった。






「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その18

2010-06-25 10:55:00 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
「いらっしゃいませ。」

お客さんが途切れると、
とたんに咳き込み始めるヒカル。

その状態は、同じチケット売り場にいる
アルバイトスタッフさんに
「大丈夫?病院行ったら?」
と、心配されるぐらいになっている。

一体何なのかな?
良く考えたらもう、九月だ。
秋が近づくと、よくあることなのだけど、
肌が綺麗になってきたのと
引き換えに、咳が出てきたような気がする。

ヒカルは、例のアレルギー専門医のところに来ていた。
先日、精神科への通院を辞めて、
医者通いはここだけになった。

「どうぞお入りください。」
看護師さんの声かけで
診察室に入るのだけど、

ここ何回か前の診察から、
「ずっと咳が止まらないんです。」
というのが、一番の訴えになり、

そのとたんに、この男性医師は、ヒカルが席に着くなり、
耳をふさぎ、椅子の背もたれに体重を預けて、
見るからに、ふてくされた態度をとるようになったのだ。

夜も昼も、仕事中も咳に悩まされている。
何とかしてほしい。必死に訴える間中、
「聞きたくありません。診ません。」
見るからにそんな感じ。

一応、カルテの上でボールペンを動かしてはいるけれど、
それも恰好だけだというのは見てわかる。

しかし、そんな気分の悪い態度も
ヒカルが話を終えた途端に一変し、
「ちょっと!」
慌てた様子で、ヒカルに後ろを向かせて、
看護師さんに手伝わせて、背中の服をめくり上げる。

いくら調べてもらったって、
背中には傷一つないんだけどね。
それなのに、いや、それだからか、
男性医師は必死な様子でヒカルの背中の皮膚を
調べまくっている。

「はい、背中は綺麗ですね。アトピーは治りませんから。
また二週間後に来てください。」

今回も、咳に対しては、
何も診てもらえずに終わった。

受付で精算して、薬を受け取る。
一応、咳止めらしき薬はくれているけど、
これ、いくら飲んでも効かないって言ってた薬だよ。

聴診器一つ当てないどころか、
患者の訴えも聞き入れないなんて。
あんなの、診察と言えないのではないだろうか。

それなのに、お金だけはきちんとむしり取るなんて。

効かない薬を飲み続ける?
やはり、それは危険だろう。
でも、よその病院も知らないし・・・。

あ、そうだ。前行ってた病院でもらった
薬が、まだあったっけ?
それを使うのも手かな?

ヒカルは、憤りを感じながら、思考を巡らせていた。


「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その17

2010-06-23 22:38:55 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
展覧会も、一日、また一日と過ぎて行き
次第に秋の気配も強く感じられるようになってきた。

「一人や二人、嫌な人がいても、
そのほか大勢の人がヒカルにとって良い人なら、
それで合格じゃない?」
と、言うのはお母さんの言葉だけど。

私も、全くその通りだと思う。
皮膚も、日に日に普通の状態に戻ってきてるし。
この間なんか、
「ヒカルさん、綺麗になったわね。
彼氏でもできたの?」
なんて言われたぐらい。

体が健康になると、心も健康になり、
心が健康になると、体が健康になる。
良い軌道に乗ってきたという事か。

もう、これはいいや。
ヒカルは、自分の引き出しを整理して、
精神科でもらった、安定剤をごみ箱に捨てた。

「ヒカル、これ大事な薬じゃ・・・」
「うん、もういいの。夜も眠れるし、元気になったし。」
「本当にいいの?無理しなくていいのよ。」

大丈夫。毎日が楽しいし、
物凄く幸せだし。
あの女性医師のところへ行く事なんてない。

乗り越えた。これで一つ乗り越えたんだ。
瞬間、心いっぱいにすがすがしさが広がった。

「お疲れさまでした!」
五時。会期の終わりも近付き、沢山の
お客さんを迎えた今日も無事に終了。

「オオタさん!」
帰り道、先を行く先輩に、
走って追いつくヒカル。

「あら、ヒカルさん。今日もお疲れ様。」
仕事場を離れ、夕暮れの街を歩くこの時間、
職場では話せないような、人間関係の話がどうしても
多くなってしまう。

悪口みたいな事は言わないけれど、
たとえば、誰と誰が仲がいいとか、
知っておきたい事が沢山ある。

特に、今知りたいのはBさんの事だろうか。
「オオタさん、Bさんってどんな人ですか?」
ヒカルはそれとなく尋ねてみた。

「彼女はね、学生時代から働きに来てるのよ。
私がアルバイトに入った時は、もう、ベテランだったわ。」

にこやかに答えてくれるオオタさんは、
ヒカルが何故、こんな質問をするのか、
疑問にも思っていないみたい。

「なんか、仕事の教え方もきついし・・・」
だんだん、質問の中核に迫ってきた。

「どんな言われ方するの?」
そう聞かれても、どう表現したらいいのか。
返答しかねているうちに、別れ道に辿りついてしまった。

「あ、ごめん、ここで。」
「はい、お疲れさまでした。」
そして別れ際に、オオタさんは
「ヒカルさん、何か困った事あったら、何時でも言って。」
と、言ってくれた。

オオタさん・・・
ヒカルは思わず、嬉し涙を流してしまった。

大丈夫だ。ここには私の味方がいる。
ヒカルは、何よりも心強く思った。




















「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その16

2010-06-22 22:30:49 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
お盆も近く、風邪に秋を感じる中、
真新しい服を着て出勤するのは、
何とも気分がいい。

休憩室のロッカーに荷物を入れていると、
若い子たちが三人、ヒカルの後ろを
通り過ぎて行く。

Bさん達だ。
狭い部屋の、しかも、近いところにいるから、
彼女たちの会話は容易に聞き取れてしまい。

「卵が一番ダメみたいで・・・最新の薬ももらったけど・・・」
へえ、いわゆる食物アレルギーなのかな?
会話の内容からすると、Bさんはかなり大量の薬を
使っているようだけど・・・。

見た目はわからなくても、
具合が悪いってことか。

この職場で働いている若い人達には、
健康上の問題を抱えている人も多いらしい。
今日は、その事実を教えてくれた
張本人と一緒に仕事をしているのだけど。

お母さんより少し年上のアルバイトスタッフさん。
小柄ではつらつとした人だけど、
余計な事をズケズケと言い放つところがあり、
どちらかと言えば、気が合わない方に入るだろうか。

今日だって。
あそこの病院、○○という薬、
××という治療法・・・。

いい加減にしてくれ!と、
言いたくなるけれど、仕事中に
大きな声で怒鳴り散らすわけにもいかず。

ヒカルは、
黙って、特に相槌を打つ事もせず、
早く休憩時間が来るのを願いながら、
聞き流すことに徹していた。

ここに来た当初から比べると、随分良くなったと思うけど?
今、どの程度の状態なのかな?
休憩時間、気になって、休憩室の鏡を見る。
うん、随分普通の肌になってきてるじゃない。

化粧品の使い方が良かったのか、
頻繁にクリームをつけているのが良かったのか。
いや、それ以上に、
ボランティアを離れた事が良かったのだろう。

あーあ。全く不愉快だよ。
他人に意図的に傷つけられた人間の悔しさ、
それは、誰にも計り知れない。

不運な事に、この日の休憩はBさんが一緒だ。
だけど、Bさんは他の仲良し仲間との会話に夢中で、
こちらに話を振ってくる気配はなかった。

面倒な事にはなりたくない。
なるべく、嫌な人とは距離を取ろう。
ヒカルはBさんから、なるべく視線をそらすように
振る舞った。



「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その15

2010-06-21 21:51:39 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
一歩、外の世界に出れば、
合わない人と出会うというのも
重々承知しているけれど。

どうして私は、不愉快な人の
ターゲットになるのかしらね?

今、私の目の前に座っている、
精神科の女性医師。
あのカウンセラーも酷かったけど、

カウンセリングを辞めて半年、
ずっと食い下がってきたけれど、
もう、その件について追及するのは無理なのかな?

じゃあ、泣き寝入りする?
ううん、それだけは絶対にしたくない。
クリニックを後にするヒカルは、
また思考を巡らせていた。

ここと穏便にお別れするためには、
やはり、博物館の仕事を一生懸命することだろうか?
だって、始めて楽しいと思えた仕事だもの。
打ち込めば、もっともっと気持ちが明るくなっていくだろうし。

そうして笑顔で生きられるようになれば、
それは、自分の努力の結果。
誰のおかげでもない。
この女性医師の手柄でもない。

そう、自分が幸せになる事、それが、
最大の報復なのだ。

今、何時かな?気になってケータイを見ると、
十一時半だ!
まだ早いんだ。どうしようかな?

そうだ、デパートへ行こう。
博物館はの仕事に行ってから、
服が必要になったのだ。

基本的に、厳しい規則はなく、
上品な格好をしていれば
オッケーで、芸術家も多いせいか、
皆、結構おしゃれな服を着ている。

私は、手持ちの服で回してきたけど、
これからの事を考えたら、
二、三枚は新調したい。

いいものがあるといいな。
なんだかワクワクしてきた。

売り場に行くと、夏物の服で、
何割引かになっているのもあって。
・・・でも

これは、材質が駄目。
あれも、洗剤でしか洗えないから駄目。
そう、腫れた肌に着られる服は、物凄く限られているのだ。

悲しいけれど、仕方がない。
少ない選択肢から、あ、これ、
かわいい!気にいった!

精算を済ませて、商品を受け取るヒカルは、
凄く満足していた。
たった一着でも、仕事のための服を買えたなんて。
明日からまた頑張ろう。

心を弾ませるヒカルの足取りは
物凄く軽かった。

「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その14

2010-06-20 14:16:53 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
「お疲れ様です。」
退室するオオタさんに代わって、
席に着くのは、さっき話題になっていた職員さん。

この瞬間、今まで明るかったヒカルの心が、
薄く曇った。

年齢は、私に少し上かな?
中肉中背、そこそこ器量も良い彼女を、
仮にBさんと呼ぶ事にしよう。

おおむね、いい人揃いのこの職場だけど、
Bさんの事だけは、
始めから虫が好かないのだ。

始めてこの、チケット売り場で
一緒になった時、
「博物館の仕事って言うのは・・・」
何やら、説教臭くヒカルに言い始めて。

その時の物の言い方が、
いかにも、私は仕事が良くできるのよ、みたいな
偉そうな口調で。

こんな言い方されたら誰だって、神経を逆なでされて当り前だよ。

彼女の説教を聞いていると、
まるで、重箱の隅をつつくような話だ。
そりゃ、どんな仕事も、自分の最大限の力を発揮して、
一生懸命やるべきものだけど、
所詮、ここでやっている仕事の内容なんて、
少し教われば誰にでもできるようなもの。

そんなマニアックな所まで、
掘り下げていく必要はない。

一体何が言いたいのかな?
ヒカルは計りかねていた。

で、先ほどの話だけど、
Bさん・・・見た目は綺麗な肌だし、
全然わからないなぁ。
アトピーって、本当なんだろうか?

尋ねてみる気はしないし、
第一、病気に関する事は触れてはいけない。

まあ、今はそんな事より、
オオタさんが休憩から帰ってくるまで
Bさんと何も話さないで済みますように。

ヒカルが祈るまでもなく、
「すみません、大人一枚。」
一人、お客さんがやってくると、
それに続いて団体客まで来て、
忙しく時間は過ぎて行き、

「お疲れ様です。」
良かった!オオタさんが帰ってきた!
ヒカルに口出しする暇もなく、
さっと引き揚げて行くBさん。

後ろの扉が閉まると、
「団体入ったの?チケットとかわかった?」
オオタさんの投げかけに、
「はい、一人でできました!」
満面の笑みで答えるヒカル。

沈黙の部屋に、再び話の花が咲く
瞬間だった。








「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その13

2010-06-18 11:02:03 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
もうすぐバスが来る。急がなくっちゃ。
身支度をしているヒカルを見て、
新聞を読んでいるお父さんが
「あれ?ああ、そうか。お前は仕事か。」

そう。日曜日なのに、
朝からバタバタしているのは、
勤務があるから。

そうだ、バスの時刻表。
休日ダイヤだから、確認していかないと。

空いたバスに揺られ、職場に向かう道。
人が休んでいる時に働く事にも、
ある種の喜びを感じ始めている。

「おはようございます!」
休憩室に入った瞬間から、
もう、嬉しくて。

今日は一日、あのオオタさんと、
一緒にお仕事。

チケット売り場は、お金の計算があるため、
他のポジションより早く仕事を始める。
「そろそろ行こうか。」
ヒカルは、オオタさんと二人で、
事務室へ向かい、金庫を受け取った。

売り場に入って、チケットを並べて、
書類を確認して・・・オッケー!
「開けます!」
自動ドアが開き、チケット売り場の前も
人の列。
それも、五分もしないうちに、
チケットを売り切るが出来た。

その様子を見ていたオオタさんは、
「へぇ、凄い!早いわねぇ!」
と、感激してくれていて、
「ありがとうございます。だいぶ慣れました。」
笑顔で返すヒカルを、

「そんなに早く覚えられるなんて、凄いわ!
あなた、頭良いのよ。」
と、褒めちぎってくれた。

褒められただけでも嬉しいのに、
頭がいい、なんて!
それこそ、そんなこと言われるのは、
生まれて始めてだ。

全然悪い気はしないかな?
お客さんが引いても、自然に笑顔が残るヒカル。

「ヒカルさん、肌がきれいになってきていない?」
これも嬉しい言葉だ。
「ありがとうございます。実は、ボランティア活動で・・・」
腫れた経緯について、説明をしてみるのだけど、
彼女はどう思っているのか。

ボランティアから手を引いて三週間ほど。
確かにその間、新たに腫れている様子はない。
でも、皮膚表面の、魚の鱗のようなカサつきは
相変わらずで、

腕を伸ばしたり、
首をひねったり、笑顔を作ったりすると、
変にひきつれた感じがするし、

皮膚の表面から、いつも水分が蒸発しているような
感じがして、一刻も早く水で洗い流したくなってしまう。

「アトピーの人って、結構多いのよね。」
オオタさんまで、そちらに持っていくのか。
しかし、ヒカルは少しむっとしながらも、引き続き、
話に耳を傾けた。

「ここの職場にも何人かいるのよ。ほら、今日私の交替で入ってくる・・・」
へぇ!あの人そうなの?!
ヒカルは少し驚いた。

十時三十分。アルバイトさんの交替の時間。
「お疲れ様です。」
話題の張本人が、ドアを開けて入ってきた。











「ロストジェネレーション」第5章 それでも希望を その12

2010-06-17 22:54:18 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
「でね、今日はアルバイトの人と・・・」
夕食の席で、楽しそうに職場の様子を語るヒカル。
お母さんは、にこやかに耳を傾けていた。

「ヒカル、仕事も楽しくて、人間関係もいいなんて、
本当に良かったわね。」

私もそう思う。
何か、気分も明るくなって、
毎日が生き生きとしている感じ。

引き続き、精神安定剤は飲んでいるのだけど、
なくてもいい感じだな。
でも、この手の薬は、急に辞めてはいけないって
聞いてるし。

いずれにせよ、当面、精神科への通院も続けるつもり。
あのカウンセラーについて、
ちゃんと責任を取ってもらうまでは。

そう、前の世界の後始末をきちんと
つけなければいけない。

今日、ヒカルは、あのボランティアの事業所に来ていた。
昼下がりの客室は、ほどほどに繁盛していて、
暑い時期なのに、テラスの席までほぼ埋まっている。
カウンターでコーヒーを注文して、
座席を探すのも、少し苦労した。

「あ、ヒカルさん!こんにちは!」
アオさんだ!
ヒカルは、とりあえず、軽くお辞儀をして返した。

正直に言うと、彼女とも、あまり顔を合わせたくないのだ。
明るく、さっぱりした人かもしれないけど、
反面、凄く無神経な気がして。

まあ、それを言い出したら、この事業所の人全員
そうなのかもしれないけど・・・。

何よりも憤りを感じるのは、
ここの責任者である、あの元教師。
私の顔が腫れている事を認識しながらも、
体調が悪いという訴えは平然と無視し、

危険な作業を続けさせながら、
さらに悪化していく様子を嘲笑い、
暴力まで振るう。

とんでもない。

こうして、時々遊びにだけ来て、
作業を手伝わなければ、
皮膚の状態はどうなっていくか。

ヒカルには、勝算があった。
ここへきてから、こんな顔になったのだから、
作業さえ辞めれば絶対良くなるはず。
時間はかかるかもしれないけど、
ここの作業が原因だったと断定できる。

その日までの辛抱だ。

結局、責任者の先生は現れなかった。
夕方も遅くなるので、今日は帰る事にした。

責任は、絶対に取ってもらうから!
ヒカルは、怒りを胸に、
古びた建物を後にした。