ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

何事も、道具じゃない、キミの腕次第だ!

2012-01-17 21:10:53 | 文化
例えば、スキー。どう滑るか(受験生のいるご家庭には、恐縮です)よりも、ウェアはどのブランド、板はどのメーカー、という方に話題が行ってしまう。ゴルフにしても、どこのクラブが良いか、それもウッドはどこ、アイアンはどこという話題で盛り上がってしまう。ブームに乗る、あるいは周囲に合わせるから、という背景もあるのでしょうが、私たちの周りには、どうも、道具やファッションに先に目が行ってしまうことがよくあります。

事は、なにもスポーツに限らず、音楽でも。楽器はどこのメーカーのものが良いのか、といった話題が先行してしまう場合もありますね。それも、アマチュアだけでなく、プロの演奏家を評する際にも。あのソリストはどこどこの楽器を使っているから、さすがに音色が違うとか、そんな批評を音楽ホールのロビー(foyer)でしているのを耳にすることがあります。

はたして、道具がパフォーマンスにどれほどの影響を及ぼすのでしょうか。こうした疑問に答えるべく、時々、「愛好家」にとってはちょっぴり意地悪な調査が行われたりするわけですが、最近、フランスの音響学者がヴァイオリンについての調査を行いました。そのターゲットになったのは、かの「ストラディヴァリウス」。

ストラディヴァリウスについては、改めてご紹介するまでもないと思いますが、概略だけ。

イタリア北西部、クレモナの弦楽器製作者、アントニオ・ストラディヴァリ(Antonio Stradivari:1644-1737)によって製作された弦楽器。特に名ヴァイオリンの代名詞として知られています。ヴァイオリン(violon)が600挺、チェロ(violoncelle)が50挺、ヴィオラ(alto)が12挺、ギター(guitare)が3挺、計700挺近くが、オリジナルを基に再現されたものも含め、伝わっています(“Dictionnaire Larousse de la Musique 1987”)。

その価格は、オークションに懸けられたヴァイオリンが12億円以上の値を付けたこともあるほど。従って、個人所有のものばかりではなく、団体や企業が所有し、名演奏家に貸与しているケースも多く、例えば、ベルリン・フィルのコンサート・マスター、樫本大進氏のストラディヴァリウスは、多くのストラディヴァリウスを保有する日本音楽財団からの貸与だそうです。

各楽器には、“Antoniusu Stradivarius Cremonensis Faciebat Anno 0000”(クレモナのアントニオ・ストラディヴァリ0000年作)とラテン語で記されており、そこからラテン語で「ストラディヴァリウス」と呼ばれているとか。

さて、では、どのような調査が行われ、その結果は・・・14日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

ついに名器ストラディヴァリウスの謎が明かされたのだろうか。いや、むしろ、ストラディヴァリウス神話が色褪せたと言った方が良いだろう。アメリカのインディアナポリスで、あるフランス人音響学者によって行われたブラインド・テストの結果は、かの有名な楽器に捧げられた称賛を痛烈に批判するものとなった。パリ第6大学の音響学者、クローディア・フリッツ(Claudia Fritz)は、2010年、(4年に一度開催される若手ヴァイオリニストを対象とした)「インディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクール」を利用して、21人の腕の確かな演奏家によるヴァイオリンのブラインド・テストを行った。クレモナの名人の手による楽器は、そのテストで巷間言われている評判ほどの結果を得ることはできなかった。

すべてにわたって慎重な準備が行われた。実査への協力も、バラエティに富んだ演奏家に依頼した。コンクールへの参加者だけでなく、ソリストやベテラン演奏家にも加わってもらった。演奏家たちにはまず、楽器の種類が分からないように、溶接工が使うゴーグルを掛けてもらい、しかも、楽器に使われている古い木特有のにおいを消すため、香水をひと吹き。

なにしろ、ここが肝心な点。年代物の楽器か新しい楽器かを判断してもらうのだから。ホテルの部屋で、演奏家たちには2ステップの調査を行ってもらった。

まずは、現代の名工の手によるヴァイオリン3挺(平均価格25,000ユーロ:約2,450万円)と18世紀イタリア製の3挺(ストラディヴァリウスが2挺、ガルネリウス・デル・ゲズ〈Guarnerius del Gesu〉が1挺、3挺合計の価格はおよそ800万ユーロ:約7億8,400万円)を順不同に弾いてもらった。そして、6艇を演奏後、どのヴァイオリンが家に持ち帰りたくなるほど気に入ったかを尋ねた。

2番目のテストは、2挺のヴァイオリンを手にしてもらい、どちらが年代ものかを判断してもらった。

この2番目のテストでは、ほとんどの演奏家が間違ってしまった。音の深さ、緻密さ、音の反響、ムラのない音域、反応の速さ・・・そうしたすべての評価基準で、特別な存在と言われてきたヴァイオリンも現代の作品と差がないことが分かった。どちらが優れているかという質問では、少し良い結果になったが、それでも21人中8人だけが年代物の名器の方が良いという判断を示した。最も良い評価を得たのは現代に作られたヴァイオリンで、逆に最も悪い評価を得たのは1700年ごろに製作されたストラディヴァリウスだった。

昔の弦楽器製作者の手になる作品への評価を相対化するような研究は今回のテストが初めてではない。しかし、いつもの調査は、聴衆を対象に行われており、この点が今回のテストの新しさだ。演奏家を対象に行った今回の調査結果が聴衆を対象にした今までのテストと同じ結果になったことに、音楽関係者は驚いている。調査に加わった演奏家の一人も、“Artsjournal.com”というサイトで、そのような感想を述べている。

しかし、議論が終わったわけではない。今回の調査結果が1月2日にアメリカ・アカデミー紀要に発表になって以来、多くの名演奏家たちが調査への疑いを表明している。例えば、優れたヴァイオリンはホテルの部屋などで弾かれるものではない。あるいは、ヴァイオリンの傑作を弾きこなすにはもっと時間がかかる、など。クローディア・フリッツにとっては、いずれにせよ、ストラディヴァリウスの名器たるゆえんをイタリアのかつての弦楽器製作者が使った木質、接着剤、ニスに求める必要がなくなった、ということだ。彼女が『ニューヨーク・タイムズ』に語ったように、「傑出した楽器の秘密は演奏家の頭の中にある」ようだ。

・・・ということで、音楽愛好家が聴いても、プロの演奏家が弾いてみても、ストラディヴァリウスと現代の優れたヴァイオリンの間には差がない。差がないどころか、現代の作品の方が良い評価を得てしまう。しかし、それにもかかわらず、ストラディヴァリウスは別格だという声が多く、調査を疑う声まで聞こえてきます・・・ストラディヴァリス信仰。

「信仰」の対象は、なにも楽器だけに留まりません。先月、クリスマスを前に、フランスのテレビ局が、シャンパン好きを自認する3人に、ブラインド・テストをやってもらいました。1本は8ユーロ程度(800円弱)のシャンパン、もう1本は20ユーロ(2,000円弱)ほど、そしてもう1本は約100ユーロ(1万円弱)だったと記憶しています。さて、どのシャンパンが一番おいしいか・・・3人がこぞって選んだのは・・・言うまでもありませんね、8ユーロのシャンパンでした。

お墨付き、評判、思い込み・・・正しい判断をするには、そうした装飾を引き剥がして、自らの目、耳、舌などいわゆる五感で正直に判断すべきなのではないでしょうか。自分で、きれいだな、上手だな、美しいな、おいしいなと思うものが、「いいもの」なのだと思います。もちろん、自らの五感を鍛えることはおろそかにしてはいけないと思います。しかし、他人の判断に従っているだけでは、虎の威を借る狐、勝ち馬に乗っているだけなのではないでしょうか。

虚飾を捨て、「自分」に正直に・・・長い、長い、誤った道を歩いて来て、今、正直に、素直に、そう思っています。まさに、後悔、先に立たず。残念。
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