夢に自分の父親を殺した自分に復讐しろと銃を持たせたシャンインに周囲の人間は慌て、戸惑っていた。
夢も、シャンインさん…本気なの?
と、半信半疑だ。
シャンインは戸惑って動けずにいる夢の銃を自分の心臓に充てさせた。
じっと眼を閉じ…さあ。
夢の中では死んだ父を見つけた時の記憶が甦っていた。
夢ちゃん、ダメ!遥が叫ぶ。夢は銃口を引こうとしていた。
荒い息を吐きながら決断しきれない夢に遼が声をかけた。
撃つ相手が違うよ。夢ちゃん。そして驚くことを言う。夢ちゃん、君が撃つべき相手は、俺だよ。自分が辛かったことを相手にも与える。それが本当の仇打ちだとは思わないかい?だから君が撃つべき相手はシャンインの父親、俺さ。
遼パパ、関係ない。これ、私の問題。シャンインが溜まり兼ねて叫んだ。
シャンイン、親より先に死ぬのは1番の親不幸、そう言ったのは、誰だったかな。
遼は静かに銃をシャンインの心臓に向けたままの夢とシャンインを見降ろしていた。
夢は思った。ことの音、銃を使っても伝わってくる心臓の音。あのときと同じ、包まれるような…。
いつも怖かった時シャンインに抱きしめられ聞いた心臓の音だ。
夢の目にはシャンインを包み込む女性の姿が見えた。…シャンインさんのママ。
夢の目から涙が落ち、銃を落とした。
そこへ風間は、おのれ、グラスハート、全員粉々にしてやる。じりじりと近づいて来ていた。
伸ばした手を信宏(しんほん)が踏みつけた。
陳は自分の部隊に風間を囲ませ、言った。ずい分探したよ。ドックウォーカー。青龍(ちんだおへん)の玄、案内するよ。マッドが待っているあの世へ。
夢は自分の身体を抱きしめ、もうトリガ―がじゃない。シャンインさん、違う。ピストルなんかじゃない。夢はシャンインに抱きついた。今は私の友だち。シャンインさんは。
信宏が呟いた。
マッドは実に優秀な私のトリガ―だった。夢さんに見せたPCの画像でそう言っていたと言った。
陳はシャンイン様も人に操られていた。自分の意志じゃない。トリガ―だった。
夢ちゃんもそう思ったのかな。信宏の問いに陳は、さあな、大人の理屈だがな。
そして陳は、理屈ではなく感情で理解したのだろう、あの子はと言った。
夢はウィーンにバイオリンで留学することになった。今日が出発の日だ。
シャンインと夢はあれ以来会っていない。
どーしても行っちゃうの?遥ちゃん~~。空港で遼が泣いていた。行かないで、行かないで、置いてかないで。
その背後で、夢が静かに言った。
シャンインさんは来ないの?
遼はことさら明るく、ああちょっと気分が悪いって。でもひょっとしたら後から来るかも。
そう…。
2人から離れる夢に遼は言った。でも遥さんよく決心したな。夢ちゃんを引き取るって。
冴羽さんだって、シャンインさんを引き取って…。
こうなると照れる遼は、いやー俺の場合はノリっつうか。
笑い誤魔化す遼に、遥は言った。私も1人になりたくなかったから。それが本音かも。あんなひどいことがあって、私1人で生きていく自信がなくて…。
恋人と思っていた風間が殺し屋で、利用されていたのだ。遥の心の傷も深いだろう。
遥は言った。私が夢ちゃんに救いを求めたのかも。
遼は1人で生きられない者同士、寄り添って生きる。それもありさと答えた。
そうですね。冴羽さん。ずっとシャンインを探している夢を見て遥は言った。夢ちゃん、あれから何度かシャンインさんに連絡を取ろうとしたみたいです。
でも…。
シャンインも同じだったようだ。お互い頭では納得していても心では簡単に整理がつかないんじゃない。しばらく時間と距離を置くべきだろう。
はい、この留学はいい機会だと思います。
シャンインは空港の片隅にずっと立ちつくしていた。夢の様子を見ても、会いに行けない。
遥が、夢ちゃん、そろそろ気ましょう。声をかけた。
出発の入り口を入ってしまえば、もうシャンインには会えない。夢はもう1度立ち止まった。
夢は突然、私、お別れ言いたい、と言い、バイオリンを出した。そして彼女がバイオリンを引きだした。
遼は柱の陰でシャンインがそれを聞いているのは承知だ。
他の乗客も聞き惚れるバイオリンの音の中、2人の別れは行われていた。
夢は呟いた。
シャンインさん、来てるなら聞いて。私の気持ちを。
いつの間にかシャンインの脇に遼が立ていた。そしてこれはお前への別れの挨拶だと言った。いいのか、これに応えなくて。シャンイン、俺はよく思うことがあるんだ。人の記憶はビデオテープのように重ね撮りができればいいのになって。
それができれば、悪い記憶の上に言い記憶が残せるのになって。
夢のバイオリンが終わると自然に空港の乗客から拍手が起きた。
シャンインはそれを目をつぶり、じっと聞いていた。
そして遼が魔術師のような変なポーズをとり、シャンイン、今から俺がお前の身体の録画ボタンを押すぞ。パタ。
とシャンインの鼻をつまんだ。
夢は出発口をくぐろうとしていた。
遼は、さあ、行って嫌な記憶の上に言い記憶を録画して来い。
遼パパ…。遼は手を振ると去って行った。
進んでいく夢に、シャンインは声をかけた。夢さん。
夢が振り向く。
夢はどういうべきか躊躇したあと、大きな声で手を振り、行ってきます。シャンインさん!と叫んだ。
行ってらっしゃい、夢さん。シャンインも大きく手を振り返した。
2人の顔は輝いていた。
そして飛行機は飛び立った。
飛び立って行く飛行機を見ながらシャンインは言った。遼が聞いている。
夢さん、羨ましい。夢さんにはバイオリンがある。
そうだな、追いかける夢が彼女の心を手助けしてくれる。
私、私には…ない。
これから探せばいいじゃないか。焦ることはない。ゆっくりとな。その手助けをするために俺がいるんだぜ。
パパ、パパ、私のパパ。シャンインは遼に抱きついて泣いた。
よく1人で解決したな、シャンイン。遼はシャンインの頭似優しく手を置いた。本当によかったよ、お前は。
パパ。
遼とシャンイン、信宏は山手線に乗っている。そして窓から見えるものを子どものようにあれは何?と聞いている。信宏はそれを座ったまま見ている。
山手線一周?キャッツアイに訪れた冴子は海坊主から聞いていた。
シャンインが山手線は東京を一周するって聞いてな。
また何故?
自分が蒸す街をもっと知りたいとさ。
そう、最近変わったわね、あの子。
ああ、自分の周りのものに対してどんどん積極的になっている。いつも遼べったりでな。どこへ行っても質問攻めらしい。
そんなんじゃ、ナンパできないーって、愚痴ってない?あいつ。
結構なことだ。これを機にあいつは真の男、親の変わるべきなのだ。何故か海坊主は災を背負い宣言した。
シャンインは疲れ、遼に持たれ眠り込んでいた。
なんだ、さっきまであんなにはしゃいでいたのにもう飽きたのか?おーいと信宏が声をかける。
そしてシャンインの顔を見て驚いたように叫んだ。
冴羽さん、シャンインが寝てる。
遼は大きな欠伸をして起きた。こちらも眠っていたらしい。
そして遼は、電車って言うのは妙に眠気を誘うからな。
そうじゃなくて。信宏は急いでシャンインを起こそうとした。おい、まじかよ、シャンイン、寝たふりしたりしてないか。
彼らは無謀に眠ることはない。常に敵を警戒していて当たり前だ。
本当に眠っているシャンインを確かめると、信宏は茫然と言った。
あり得ない。シャンインがこんな所で俺たちに無防備になるなんて。俺たちは厳しい訓練で叩きこまれた。人前で眠るなんて…。
…ああそうか、冴羽さんと一緒だからか。シャンイン、本当に冴羽さんの子どもになったんだな。
信宏は言った。シャンイン、嬉しそうに話していましたよ。夢ちゃんの所で、夢は本当に撃つべき相手は自分だと言ったことをだ。
変わったな、シャンイン。
ああ、変わってきたな。だがいいことだ。
しかし信宏は心の中で思っていた。せめて俺の肩に持たれてくれよ。
あー、事件まだ解決してない。
キャッツアイに戻り、シャンインは自分の顔を見るとそう言った。
顔にいたずら書きがしてあったのだ。
落書きの犯人は信宏だよと責任をなすりつける遼に、冴羽さんじゃないですかと信宏はむきになっていった。
本当に眠ってるか確かめようと言ったのは。
しかしそんなことじゃないとシャンインはいう。
夢さんがここで最初に言った、死んだマッドドックが安らかにほほ笑んでいたことだ。
ああ、事件が大きくなり過ぎて忘れてた。信宏も言う。
遼はシャンインに聞いた。シャンインはどう思う?答えは判ってるはずだ。
私とマットドック、同じ。人から命令され人を殺す。嫌だから死を受け入れたと思う。解放されるための死。でも私は嬉しいとは思わなかった。笑えなかった。ただ寂しかった。
マッドドックは本当に夢ちゃんの父親だったのさ。
法等の父親。
彼には夢ちゃんとの幸せな時間があった。だが彼女との幸せな時間を過ごす限りいつかは彼女を不幸にしてしまう。そのことは自覚していたはずだ。事実を知る前に彼女の眼の前から消えたかったんだろう。
信宏は、でもちょっと身勝手すぎやしません?そのために夢ちゃんの気持ちを考えない。
遼は煙草に火をつけると、親の知って言うのは誰もが迎えることだ。乗り越えるものだ。親の知って言うのは最期に教えてる人生観なのかもな。
彼には消えるには今が1番いい時と思えたんだろう。殺人からの解放。愛する娘の未来を確信し、笑っていったんだよ。
ま、これは夢ちゃんに知らせるまでもないことさ。
海坊主が、ふん、新米親父のくせに言うことは一人前だなという。
なにーー、どういう意味だよ。
シャンインが言った。遼パパ。もしあの時私をかばって撃たれたら笑ったか?
しまったー、損したーと思っただろうな、お前にはまだまだ教えないと行けないことがあるからな。
パパ、それ私が夢さんより幼いということか?
海坊主が豪快に笑いだした。逆だろ、お前がシャンインから父親とはなんだと教えられるもんだろう。
なんだとーー。
父親はナンパできないってことを学習したろ。つい最近。楽しみだぜ、シャンインのお陰で間人間になっていくお前を見物できてな。
うるせ―。ナンパは俺の生きがいだ。誰が止めるかっ。
やれやれ、遼の背にシャンインは背負われ眠っていた。本当にどこででも眠るようになったな、こいつ。
しかしそれがちっともいやそうじゃない。
そして香の声がする。
ねえ、遼。あのときシャンインの代わりに自分を撃てって言ったの、本気だった。
ああ。もう2度と愛する者を失いたくない。
シャンインの姿はいつの間にか香に変わり、私も、よ、と言っていた。
香とシャンインを背負って歩く遼。
パパ。大好き。心の中でシャンインは呟いた。
それが聞こえたのか、遼は答えた。俺もだよ。ずっとずっと、一緒だ…。