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子どもは放置した方が育つのか

2012-07-22 21:00:00 | 思い出
 少子化で親が子どもに手をかける世の中になった。

 子どもの性格もあるから、全てのことは言えない。



 うちって不思議で両親の両祖父がともになんらかの関係で学校教育に関わっていたらしい。


 そういうと、いかにも子育てにも一家言あるように聞こえるでしょう?


 これが、これが。


 適当です。


 母親は1年産休をとってすぐに仕事に復帰した。そのあとは母親側の祖父母が面倒を見ていた。
 けれど私の頃の祖父母というのは年齢的に60歳くらいなら、60歳のおじいさん、おばあさんなのだ。

 それをやっと歩くかどうかの孫の面倒をまともに見ていたら疲れる。


 そして何が起きるかというと、放置、なのだ。


 お陰で私は2歳までおむつをしていた。



 さすがに母親は心配するわけよ。そんな年までおむつをしてる子がいないから。
 そして自分の父親に相談すると、
 「自分で恥ずかしくなったら言うようになる」
 と一括される。

 とりあえず先生の言葉だから、説得力があるように聞こえる。

 しかし、その実は、自分がトイレ教育をするのが億劫だったというのが真相らしい。

 母親も心配しながらそう言われて放置する。



 そして放置された私はどうしたかというと、やはり恥を感じる年齢になったら、自分で言うようになったそうだ。


 ある種、可哀想な私。

 教育と言うより放置の末の結果ではあるまいか。


 そして、次に出てくるのがおしゃぶり問題なのだ。

 5歳、小学校に上がる頃までしていた。

 これも母は心配するわけ。


 けれど自分の父親から
 「恥ずかしくなったら自分でとる」
 と言われ、また放置するのだ。仕事で忙しいから、祖父母にまかせっきりなのだ。

 この母親も凄いよな~。

 とりあえず、祖父は

 人と自分が違うと思えば考えるというのが主張のようだ。


 そしてどうしたかというと、恥ずかしいと思った私は自らとるようになったのだ。



 これは教育ではなく放置の結果だと思う。


 お陰で私は自分で考え自分でしないと気のすまない性格に成長した。

 
 大人はあてにならんと、2歳で悟ったのだろう。うーん、例えようがなくわが身が可哀想だ。


 この間父親はなにをしていたか?

 母親の両親がついている状態で、何が言える?ということだ。


 1番可哀想なのは、お父さんだったかもしれない。

女の子では生きられない いてはいけない

2012-07-17 13:00:00 | 思い出
 昨日タイで産み分けができるという話を書いた。

 でも私なんて産まれた頃。父親の祖母に
 「女の子で可哀想ね」
 と言われた口だぞ。

 母からしたら、跡取りの男を産めと言う意味か?ととれるんだけど、そういう複雑な意味は何もないらしい。

 単に私は両親にとって遅くできた子供なのだ。まさか今更できまいと思っていた所へひょっこりできちゃった子なのだ。

 だから祖父母というのも古い時代の人間ということになる。明治とか大正とか。



 この時代の女性は大変だった。

 子供の頃は父親に従い。嫁しては夫に従い。老いては子に従うのが当たり前だった。

 それからすると女の子に自由なんてないのよね。自由に生きちゃいけないの。

 あっちこっちで差別にあって当たり前なの。


 祖母からするとその時代背景を引きづっているから「女の子で…」という言葉になったわけだ。一生自由に生きられないということだ。

 お陰さまで時代が変わったので、そんなことはなくなりましたけどね。

 そういうことを聴いているせいか、親の他の態度が影響したのか。

 私は女の子の人生を満喫してはいけないという気持ちがあった。


 それは今もある。


 男だの女だの、そんなことどうでもいいんじゃないかという気持ちだ。

 だから私は子どもを持って母親生活を満喫することはないだろうと思っているわけだ。


 とにかく仕事、キャリアを築き上げること、その方が凄い人生のような気がした。


 それもある頃から、世界観が崩れ始めたけどね。親の思い影ない一言から。


 本当に良くも悪くも親の言葉に翻弄されてるよな。

学校を巡るあのニュースについて いじめ、先生の暴力

2012-07-15 23:03:25 | 思い出
 子どもの頃からそういうニュースにはさらされてきた。
 実際
 「これっていじめじゃないよね?」
 と生徒同士で確かめあう様な怖い思いをした。

 止めなきゃいけない。眺めているだけでも加担したのと同じだ。
 でも止めるとなると、怖い。

 自分が標的になる可能性がある。

 それを越えて1歩出て
 「やめなよ」
 これをいうことは、本当に勇気のいることだ。


 でも絶対にしてはいけない。
 止めなくてはいけない。

 生徒(同級生)はそうであらねばならないと、自分の過去を振り返って、あの当時から思っていたことをもう1度思いだす。


 私の時代は少し違ったから、まだ先生が手を上げることができた。

 1人いい先生なのかもしれないけど、ちょっと癖のある人がいた。

 どこかの野球球団のファンでその球団が負けた翌日は機嫌が悪いんだって。

 生徒がそう言っていた。

 担任が違ったしふれあうこともなかった。

 ただ学年主任だったのかな。それで覚えているだけだ。

 私は区立だったけど、区立でも区で成績が何番目って言うのがあるらしい。これが高いと先生も鼻が高い。だから成績があがったほしいわけだ。

 ある時言われた。
 「今回お前たちの成績が下がったから、順位が下がって恥ずかしいぞ」
 そういう趣旨のこと。

 私立じゃないんだからさ。そこまでいわれる必要ある?

 それって先生の都合じゃん。大きな顔ができるかどうか、生徒にはっぱをかけているだけだ。



 ある時、受験に対して意味のない授業で、先生が女だったことだから、授業中に授業を妨害するような真似をした生徒がいたらしい。

 私たちは友だちづてにあとからそう聞いた。


 しかし、実際で回った話は、授業中に騒いでいた生徒がいたから入って行って生徒を止めるために手を上げた。そして暴れていた生徒に怪我をさせた。

 それがどういう形でかわからないが、新聞社の耳に入り、暴力教師として 教師A がということで新聞に載った。


 前の日、どこかの球団が負けて機嫌が悪かったのかもしれない。

 しかし生徒に怪我をさせたことは事実だ。

 どこからどう伝わったのか判らないが、そうやって記事になってくれた。

 あの時学校の名前は出たのかな?

 自分が更に学校の名誉を下げた。


 これは教師側の話なんだけど。そういうこともあった。

 今は先生も手を上げられない。子どもの世界はもっと苛酷なんだろうか。

絶対教えらたらダメですよ

2012-07-13 21:43:17 | 思い出
 ふと思い出した。

 私が中学生の頃だったけど、よくいたずら電話がかかってきた。

 だから、免疫ができているから今騙されることはない。今、振りこめ詐欺(最近は振りこまない詐欺になってるらしい。それはまた明日にでも)からかかってきても絶対引っかからない。

 手口がよーく判ってる。


 中学生の時のいたずら電話の話になりますが、突然知らない男の子から電話がかかってきて○○高校の△△です。というの。なんだろうと思ったら
 「あなたのクラスの□□さんを僕の友だちで好きで、間を取り持ちたいと思ったんだけど、彼女の電話番号が判らないから…」
 と私にかけてきたわけだ。

 なんか一瞬。

 (え、キューピッド?□□チャンスじゃん)って思う所なんだけど、それと同時にどうして□□の電話番号は判らないのにうちの番号は判ったんだ?と思った。あの頃、とにかくいたずらが多かった。

 だから、勝手に教えるわけにはいかないから、本人に聞いていいって言ったら教えます、と答えた。

 そしたら、すんなり相手が引いたんだよね。


 え、いいの?くらい単純に。


 この人は知らなかったんだろうけど、実は□□とは仲が悪かった。だから(なんで□□がモテてるんだよ)ってやっかみもあった。だから、余計協力的じゃなかった。

 それで電話を切ったけど、本当に教えなくてよかった。

 場合によっては嫌いだから怪しいなと思っても教えるというケースもある。

 どちらにしても面倒に巻き込まれるのは嫌だった。


 でも今、ケータイ電話の時代になってから、安易に番号を聞かれると喋る人が多い。
 メールアドレスだけならいいだろうと…。

 それでもやはり後でトラブルになることはある。

 絶対本人の了解をとってからじゃないと教えたらダメですよ。

そう言えばいろんなアルバイトをしてきたなと思う

2012-07-13 15:00:00 | 思い出
 気付いたら、そうかもしれない。

 お芝居したりしてるから、固定のスケジュールの仕事がしずらいのね。それで、わりと不定期の仕事を選ぶんだけど、これが変な所狙いになる。



 夜の9時~朝の8時頃までとか(途中2時間くらい休憩は入ります)
 午前0時とか1時~始発が始まるまでの仕事とか。

 これは苦しい。

 夜家のいて起きてる分にはどうということないのに仕事と言うと、やはり違うのね。

 それに夜の遅い仕事って、人によっては2つ重ねてしてる。昼間働いて夜働いてって信じられないことしてる。自由時間なんて週1日2日くらいしかない。

 それを3年くらいしてるから、なんとなく慣れたとか。


 特に不況になってからは、その手の仕事をする人が増えて倍率上がりましたね。

 夜の方が儲かるし。まともに昼間に挑戦するよりいいってこともあるみたい。


 今はどうなんだろう?

 全く判らん。


 今は朝早い仕事をさせていただくことがあるので、まるで逆だけど、これはこれで、辛い時がありますね。

 毎日してると身体がなれるんだろうけど、不定期だとどうしてもね。


 何をしたって大変。

 でも何をしたって生きていけるもんだ。

家庭に恵まれなくても自分をしっかり持っている

2012-06-08 21:00:00 | 思い出
 昔の友人の話ですが、妹さんがおり、家庭にいる時から何かおかしいなという雰囲気は感じていたが真実は知らなかった。

 免許を取るから戸籍を、取りよせ、やはり自分が、今の母親の子ではなく、前妻の子だったと知ったそうです。

 「こういう状況なら不良になってもおかしくないでしょう」
 彼女はそんなことを言っていました。
 「でもならない子はならないんだよ」
 とも言っていました。

 家で妹と自分の扱いが違うからずっと引っかかるものがあったようです。


 高校の時からどうしても家に居つけず祖父母の所に身を寄せていたが、その時は事実を知らなかったんですよね。


 でも彼女にはやりたい仕事があった。大学で資格を取らないといけない仕事だったから自分で学費を稼いで大学を出て資格を取りました。


 それは評価しています。


 でも彼女は、就職はぜず、大学を卒業するとすぐに結婚してしてしまいました。

 たまたま男性のプロポーズと就職の時期が重なり、2つを両立させるのは無理だと思ったからだそうです。

 資格を取っただけでは夢を叶えたとは言えないと思いますが、彼女の性格を見ていると、視野が広いタイプとは言えず、その方が幸せだろうなと思いました。


 やはり家庭で寂しい思いもしていたから、家庭に対する思いもあったのでしょう。

 どうせなら、きちんと夢を叶えて欲しかったなと思いますが…。

 人それぞれ選ぶ道と言うのは違います。

 そして彼女にとってはそれが幸せへの早道だったのでしょう。


 今は幸せなお母さんになっています。

もう後の面倒はみれんわ

2012-05-29 15:00:00 | 思い出
 家の祖母も長い間、寝ついていた。

 いわゆる足から弱っていく、骨折したらそれまでというよくあるパターンだった。


 その当時、祖母は実家に戻っていたので兄夫婦が面倒を見ていた。
 長い間、伯母も介護を続けてきたと思う。
 今の時代と違うし、田舎のことだ。東京よりなにかもが便利じゃない。


 ある夏、家の母の祖母だったので家族で帰ると連絡をした。

 私は幼かったので、その当時のことは覚えていない。

 でも娘さん達が帰ってくると聞いたら、その当時、祖母の世話を焼きにきているヘルパーさんが
 「娘さんが帰った後の世話はもう見れんわ」
 と言ったらしい。

 やはり甘やかし、以前できたこともできなくなる。我儘になる。手が余計にかかるかららしい。


 有難いことに母も医療知識があったので、むしろ逆にドンドン動かして、それまでできなかったこともできるように…しなきゃいけないんだ…と祖母に思いこませて帰ったらしい。

 あとでヘルパーさんがその様を見て、驚いていたと伯母ずてに聞いた。


 介護をする方は根本的に考え方が違うらしい。

 テレビを見ていて先日こんなエピソードを話していた。
 父が倒れ、その世話をしていた母も倒れ、娘が父親から母の手助けをしているんだけど、母も倒れた。両親の世話をすることになる。
 そしてその内、父が逝き、母の世話をしていた娘がある日、もう限界になって倒れて意識が戻らない間に母が旅立った。

 それでも自分でここまでしたんだという意識より、もっとできたんじゃないかという意識が残っているようだ。

 遺伝子なのか。育ちなのか。何人か子どもがいたらそういう子が1人は生まれるものなのか。



 私には特に医療知識はないし、そこまで冷静に対応できないだろうと思う。

日本の城へ行きたい?

2012-05-20 21:00:00 | 思い出
 そう言えば、今年松江城のそばまで行った。

 ツアーだったんで、松江城に上るか、そばのお堀を船で散策するかの2つに別れた。

 お堀を回った。



 私は基本的に日本の城に興味がない。

 外国の城の方が俄然ある。シャトーホテルとか泊まりたいもん。(大体日本の城は泊まれない)


 でも日本の城は興味がない。
 何故こう極端にでるのでしょう。


 中にエレベーターがあるのは大阪城くらいで、あとはない、というようなことを聞きました。自力で上がってください、の世界です。

 かと言って甲冑とか見ものとしても展示物はあまりない。松江城についてはそんなことを聞きました。
 かつての城主のように街を一望して、君主の気持ちを味わう。これが醍醐味でしょう。



 しかし、お堀を回ると言ってもね。皇居の周りを回る感じでいたんだけど、昔って攻め込まれないために、城の周りに部下を住まわせたりするから、実は堀と城の間が以上に広いのね。

 だからお堀から見上げることはできるだろうと思ったら、ほどんど、無理。

 昔人が住んで守っていた辺りは普通の街になってるから、普通の街並みをお堀から見学しただけ。

 銀行とか、橋とか、普通のビルとか。
 何してんだか判らない。


 でも、まだ松江の城下には昔の風景が残っているので、時代劇を撮る時は普通にくるそうです。それくらい違和感がない場所がとても残っている。

 そういう意味では松江城はいい所です。

 って、城の中は知らない(笑)

あれは異例のおっかけだろうけどね

2012-05-20 02:00:00 | 思い出
 あるネットの相談室で、同僚が韓国タレントかなんかの追っかけをしている。土日を遣って韓国行ってるというのが、あった。

 でも相談者が休むと言っていた時にぶつかっても、仕事に迷惑をかからないようにしていたらしい。もちろん、土日を使ってと言っても行く時間等移動時間を考えると、金曜日、月曜日に、親が病気という嘘をついて休んでいる。

 でもツイッターには彼女らしいアカウントで、今韓国~☆と書きこんでいるから、嘘とバレるという話だった。(会社にはバレてないという状態のレベル)

 でもその人の場合はぶち当たると判ってる時は根回ししてフォローしてる。
 有給使って親が病気と嘘をつくというのは確かに正しいやり方とは言えない。

 その嘘をつく人の年齢が判らないが、私の知り合いにもそういう人、いた。

 でも彼女の場合は、日本人のおっかけだし、本人も嘘をつかない代わり、アルバイトの立場でいた。どんなに誘われても契約社員にもならない。休めないし、嘘をつく結果になるのが、判っているからだろう。(契約に誘われてるけど、断ってるの~という話にはカチンと来たけどね)
 
 
 その代わり、1日16時間近く、週6日体制で働くという代償は払っていた。

 ただ愚痴をどうしても勤務時間外の休みなどに聞かされるのが、私と他のもう1人の人。

 いい迷惑だし、正直、その時のアルバイトを止めた半分の理由も彼女のお陰。もう1人の人もかなりそれに近い状態にあった。

 でも、見てたから判るんだけど、そういう人ってそこだけが変なんじゃない。全体的に、変が漂っている。

 だからもしかしてと思う。変を抱えてるから、追っかけをする。今は近いし、流行りだから、韓国まで行くんだろうけど、それも行かざるを得ない事情がある可能性がある。
 国すら出たい、何かが潜んでいる可能性がある。

 知り合いの彼女の場合はおっかけをやらず、誰かにその愛情を捧げていたら、捧げられる方が病になったと思う。

 だから、被害者が出ないで済んだということになる。(私は被害者だけどね)

 社員でなければ近くても韓国にそんなにしょっちゅういけるわけがない。
 知り合いの日本国内おっかけもそれだけ働いても、費用の面で日本国中は無理だそうだ。

 嘘をついて休んでいる人の場合、これは時間の問題で、やがて会社にもバレるし、親が病気だと嘘をついていれば、必ずその報いはくる。

 今の時点で何かが潜んでいる可能性もあるから、そうなれば2重の悲劇だ。社員をしていてもそれだけ国外に出ておっかけをすれば、貯金もないだろう。

 本人が根底にあるものを見つめない限り、それは消えない。今は偽っているだけのような気がする。そうやって、真実をかくしているかもしれない。

 人って本当のことを言わないものだよ。それが本人にとって根深い問題であればある程ね。

納得がいく答えが出たな…

2012-05-07 18:00:00 | 思い出
 去年から何度となくしつこく出てくる。ある人の話。

 仕事相手なんだけど具合が悪かった時に助けて、家族の連絡先を見つけたけど、あちらの思惑と、こちらのどうしていいか判らないままいいと取った行動に相違があって、面倒なんて見なければよかったという気持ちに私がなってしまったという…。

 覚えていらっしゃる方は、ああ、あれか、と。

 判らない方は、そういうことがあったんだ、と。


 でもね、その人を救急車で病院に搬送するのを手伝って。足が悪かったから車椅子を借りて押してたんだけど、その時思ったのよね。

 ああ、親を見てる感覚と同じなんだなって。

 うちの親もたまに車椅子を使った方が楽なので使わせてもらってるけど、私が押すのが下手なのね。ガンガンぶつけながら歩いてる感じなのね。

 乗ってる方は辛いだろうなと思うけど扱い慣れてないってそんなものなのよ。



 一時病人がうちに2人に出た時期があって、年1で救急車を呼んでた時があったんだけど(もう年中行事と化してますよ)ある日、運び込まれた日、祭日だったせいか人が少ないの。そのわりに救急できてる患者は多い。
 
 それで、ストレッチャーを押してくれと言われ、前を看護師が引っ張り後ろを私が押したんだけど、これも後ろの方が振り回されるのね。ストレッチャーの長さのせいもあってその分、大きく回らないといけないから、いきなり押してくださいと言われてもこれもまたなかなか気を使う作業だったりする。


 私の体調が悪いせいなのか、朝、起きた時、ふと思ってね。

 私が、具合が悪い仕事相手に助けを求められた時、私にしてはこれ以上は面倒は見られないし、どうしようという事態だったんだけど、あっちは具合が悪いのも相まって金銭からなにからこっち任せなのよ。

 それで後で、そういう苦労を知らない(本人もどこまで世話になったということをのちに身内に話すことができたとは思わない、そういう状態だったから)あちらの家族は…まあ、病人が出ただけでもパニックと言ったらあっちもパニックだろうしね…。

 こっちはこっちでできることをしたのに、という気持ちと。
 あっちは…なんか、本当の普段の状態を言うと責めてくるし…という中で(ここで病人本人は不在、あの人、元々仕事のことでもなんでも直接私に電話を寄こす人じゃないのね。私が連絡するか、誰かあの人のどこかの出版社の担当編集者が連絡してくるかだった。だからそうすると、いろいろ細かいことを聞きたくても聞けない部分があった。そういうのもとても厄介な人ではあった)

 1,2年ちょっと、前よりは親しい付き合いがあったんだけど、特に倒れる半年くらい前から様子がおかしくて、ちょっと離れた方がいいなという気分になっていて、助けてほしいと連絡が来た時も3か月くらい音信がない状態だった。…というよりは私はもうこれで終わりだなと思って連絡を取らないことにしていたんだけど…。言われちゃったからしょうがない、倒れたという言うし最後のつもりで世話をしたが、結局遺恨を残すこととなった。

 

 でも、それもこれも今思うと、あちらが老いたということなんだなと思う。

 そういうことを言うとあちらの家族はまた気にいらないかもしれないけど、60歳をだからね。やはり色々身体の不調、精神の不調出てくる年ではあると思う。
 親を見ててもそうだもん。

 そういうことなんだな、と思う。
 長い付き合いがある、年上の人ほど、そういうことを見ることもあるんだなと思う。


 年を取るのは仕方のないことだ。

 でも、やはり寂しいことだなとだけ思う。



 私もいつか、いろいろなことが判らなくなって、回りの誰かにそうして迷惑をかける時が来るのかもしれない。

 そういう順番だっただけかもしれない。


 そういう気持ちになったら、もう忘れられる。

 自分の納得のいく答えが出たな、と思った。