静岡県立漁業高等学園は、創立50年。一流の漁師になる近道です。

漁師をめざして、がんばっている生徒たち。
30歳までの若者が全国から漁業の街、焼津に集っています。

学園設置の経緯 「アグリカン海難」

2012年09月18日 09時31分59秒 | 学園紹介
昭和54年11月に発行された漁業高等学園十周年記念「学園のあゆみ」という冊子があります。
当時の後援会長である滝口佐左ヱ門氏が記念誌の発刊に寄せて、次のように述べています。


 想えば、今から14年前になる。
 昭和40年10月7日未明、アグリカン島付近に出漁中の静岡県かつお漁船は、
 折からの台風29号に遭遇し、遠洋かつお船7隻と209名の乗組員が、
 一瞬にして南海に貴い海の犠牲となった。

 「くじけちゃいけない海の子は」の悲痛な歌声が人々の心を抉(えぐ)った。
 この遭難事故を契機に漁業者の資質向上と育成が叫ばれ、
 昭和42年漁民研修所の設立を見るに至ったのである。

 時の県知事 竹山祐太郎 氏は、県内産業の均衡をもった発展を遂げるためには、
 人手不足の解消もさることながら、幅広い視野と高度の技術を身につけた、
 質の高い後継者養成こそ急務と考えれ、昭和44年2月の県議会の承認を得て、
 昭和45年4月業界を挙げての協力の下、ここ焼津市に漁業高等学園の開設を見るに至った のである。


以来、学園は43年が過ぎようとしていますが、竹山知事が述べたように、
幅広い視野と高度の技術を身につけた質の高い後継者養成が、今でも変わらない学園の使命、役割と考えています。
園長室には、竹山知事が「誠実」と揮毫された書が飾られています。


 アグリカン海難は、学園設置の原点になりました!




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする