日本一周川下り

カヌーで全国一級河川を中心に川下りをした旅日記。
日本一周の楽しいやり方等、カヌーとは無関係に楽しめるでしょう。

 同 《2003年 8月 8日》

2006-10-31 03:32:18 | Weblog
《皆楽公園》

 夜中、本格的に雨が降り出した。風が少ないからまだ何とかしのげる。○○鉄道少年団のグループがテント張っていたけど、大丈夫かな?外を見ると、彼らの乗って来ていた車がほとんど無い。『あれ~?子供達は帰ったのかな?アウトドアーの勉強に来ていて、雨だから帰ったではしゃれにもならないのにな~!』
 また、バイクで来て、テント張ってた人が数人いたけど、彼等はどうしているかな~?彼らはテントだけだから、雨がしみ込んでいるのじゃないだろうか?私のテントは床が大分痛んだ性か、水が湧き上がってくる部分がある。だからここには荷物を置くことが出来ない。まあ、角に近い部分だから、何とかしのげてはいる。
 まだ、起き出すには大分早いので、また、一眠り。

 外が少し明るくなったので、ボツボツ起きようかと、テントのジッパーを開けた。小雨が降っている。私の方は何ら問題も無く、結構風も吹いていたけど、自転車は風下に置いた性だろう、倒れなかった。
 ランドリーは終日空いている。電源もある。食事以外、特別やることも無いので、休憩室が開くまでの間、ランドリーでPCを使わせていただく。机はあるが、椅子が無いので、一寸難しく、膝をついての打ち込みとなる。
 食事にしようと、出てみると、何と子供達、いるいる。元気でやっている。良かった!さすが、鉄道少年団だ。これから彼らの時代、キット立派にやってくれる。
 バイクの人たち、小さな小さな、本当に体が入っているだけの可愛いテントだけで、寝ている。さすがだ、すごい!彼らならば、近い将来の日本を任せても大丈夫だ。頑張って下さいね!

 朝食後、9時に管理人さん来られるので、再度、今日の許可を戴こうと出向く、今日は若い女性『あぁ、どうぞ、どうぞ!』と、簡単だ。大体、どこでもそうだけど、中高年者に何かを頼むと必ず、即答でなく中々うんと言わない。断る理由を必ず考えている。ところが、若い人は即刻良い返事が返ってくる。行動も早い。私も中高年?老年にはまだまだ早いよな~だが、若い人のようにならねばならない。
 早速、昨日と同じ、テーブルへ着き、昨日まだ出来ていなかったことをどんどん片付けた。昼には終わる予定がやはり終えられなくて、4時近くまでかかった。
 概ね、終了したので、次へ向って出発することにした。次は、石狩川の上流だ。
 同級生の滝川君にちなんで、滝川市へ行って見よう。月形から、東へ10kmほど、12号線を北へ向う。

 美唄(びばい)市を通過。美唄と言えば、昔は炭鉱の町、閉山してもう相当な年月になるだろうなぁ。春日部で合った津村君は美唄にいたのじゃなかったかな?
 砂川市を通過。砂川と言えば、確か炭鉱労働者の労働闘争が激しかった所じゃなかったかな?どちらも今、車で走れば、広々とした、正に北海道の風景を感じさせる緑の広大な大地、炭鉱はどの当たりにあったのだろうか?面影はここからは全く見えない。

 滝川市に入ったのは、もう少し暗くなりかけていた。いつも目標は橋の下、石狩川だと思い、橋に上がると、川原にわだち、OK車が入れる。Uターンして、入れる道を探していると、ぐるーっと回っている。よし、あれを行けば、降りれる。と、狙い定めて右折・右折で土手道へ。川原はしっかりしていて、車はどこでも走れそう、橋脚は広く高いのが難、でも芝が乾いた部分があり、テントにはうってつけ。但し、今日は台風の影響が出ていて、風が強い、テントは風に弱いので、暫く考えた。川下から、結構強烈な風が吹いてくる。車を盾にしてテントにしようか、宿を探すか、24時間風呂屋を探すか?などなど考えたが、大丈夫!いける。と判断、夜中に風が強くなり過ぎたら、その時はその時! 
 先ず、車を風上に置き、陰でテント設営、その際も飛ばされないように、重いものを入れておく。テントを建てて、中へ荷物を置けば安定する。

 あぁ、またも、もったいないことしてしまった。今日は昨日の鮭の残り半分と冷奴と納豆なのだが、豆腐用の小丼、夕べの汚れたまま、水の容器をさっと取ってどぼどぼどぼと入れ、指で中を洗うと感触が違う、『しも~た、こりゃー酒じゃ!』勿体無いから、底を残し飲んじゃった。これで、酒を水と間違えたのは3回目。もう、間違わないぞ!
 一番初めは、6月だったけど、長く風呂に入っていない、親父は少々風呂入らなくても良いけど、息子はやはり清潔にしないといけないから、久しぶりに行水させてやろうと、水のつもりでジャブジャブ行水させたら、やはり手の感触が滑らか、あれと思い匂うと酒だった。地球へ飲ませてしまった。これは取り戻しがきかない。残念、無念!
 二度目は、ご飯炊く時、水だと思ってどぼどぼと入れてしまった。酒で炊いたご飯うまかったぞ!と、言いたいが、食べるときにはころっと忘れていた。ご飯は土鍋で炊くから、いつも非常に美味しく炊けているので、差は分らなかった。
《滝川市空知川新空知橋下泊》

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 同 【2003年 8月 7日】

2006-10-29 18:03:08 | Weblog
《皆楽公園》

 いつものように、朝の目覚めは早い。自転車で辺りを散策。
 『おっ、「ランドリー、24時間OK!」、「無料休憩所、ご自由にどうぞ!」これは、これは!どちらも非常にありがたい。大歓迎だ!』
 昨日、小樽でランドリーを探したけれど、見つからなかったので、もう半月以上洗濯していないので、汚れっぱなしの、ど~ろどろ、なのだから、どうしても必要だったのだ、うれしい~!助かった。
 温泉は9時から入れる、価格は書いていないが、高くは無いだろう。近所には、ラーメンや果物店などもある。一回りして、今日の行動を決めた。
 先ずは、ランドリー。皆さん、まだ寝ておられるようだから、空いている。洗濯機を回しながら、PCでチョッピリ整理。
 9時、休憩所が開いた。コンセントは、有った。管理人さんにお願いして、電源お借りできた。やれやれ、これでしっかり整理できるぞ!
 休憩所で終日、打ち込んだ。3日も経てば、細かいこと忘れるから、早いうちに、記録を整理しておかなければいけない。メールの返事も書いておかないと時間が無いのだから、忙しい。書いていても電波が届かない場所に、ほとんどがいるのだから、送信も出来ない。首を長くして、返事待ってくれている人もいるだろうに…。記録を打ち込んだり、写真との整合をしたり、HP作成をしたり、と中々忙しかった。でも、お陰で沢山の整理ができ、先ずはやれやれと言った所。

 夕方、近くのスーパーでニシンの糠漬けを買った。やはり福山で普段お目にかかれないものが毎日のメインディッシュにしたい!だから、いつも珍しいものを探している。
 管理事務所のおばちゃんから、『今夜は雨になるそうですよ。』と、教えていただいたので、雨対策を十分に…。
《皆楽公園泊》

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 同 【2003年 8月 6日】

2006-10-28 06:35:43 | Weblog
《月形温泉》

 実は、今日は、余市でもう一泊したかった。と、言うのが、余市川温泉、二階の休憩室でゆっくり出来そうなので、PC整理させていただいたり、メールの返事も書きたい。夕方には、本物ウイスキーのニッカ、国産で正しく作っている味。香りの良い「ニッカウイスキー」の試飲コーナーへ行って、しっかり飲ませていただこうと、目論んでいたのだが、余市川温泉が定休日、がっくり。
 仕方なく、石狩川方面・浦臼町へナビをセット。

 途中、小樽の魚市場で昼食に、うに丼でも、と、心ウキウキと勇んで走る。10時半頃、小樽のにぎやかな運河の通りへ到着、水曜日だと言うに大勢の人、観光客がいっぱいだ、さすが!
大勢の観光客
 駐車場は有料ばかり、少し離れれば、スーパーもあろうと2kmほどの所に、あった。自転車で街へ戻る。

 「オタルビール500円」はちと高いけど、まあ良いか!と注文、何とカップが小さい思わず『高いな~!』と、又も本音を言ってしまった、売り子のお嬢ちゃん『一口飲んだら、継ぎ足しします。』 『えっ、でも一口で全部飲んじゃうよ!』と、言うと、一寸だけ困ったような顔色、本当は全部一気に飲み干したいけど、返って出来なくなったけど、半分ほど一気に飲んで、渡したら、約束通り入れてくれた。『儲かっちゃった!』
オタルビール販売所
 ここは店の名前が面白い「ルタオ」小樽の逆さだ。これ中々おしゃれ!この洋菓子店の上には、時間が来ると綺麗なベルの音を奏でる回り時計があり、観光客は皆見上げ、綺麗な音色を聞いている!テーブルで飲みながら、休んでいると、隣の男性、カメラを出し、『写して欲しい!』と、言う。あれ、言葉がおかしいぞ!”ニイハオ”かな?”カムサハンムニダ”かな?私も同じくシャッターを押して貰った。
”ルタオ”の店先で
 聞くと、コリアだと言う。日本へは観光に来てるの?通じない、Sight Seeing?でも通じない。今度は私に、『韓国へは行ったことありますか?』 『4 TIMES』 『どこへ行きましたか?』 『プサン、&シオウル!』 『何で行きましたか?』 『for sight seeing!』もっと、英語がしゃべれれば楽しいのに、また、彼がもう少し日本語ができれば、楽しく出来たのに…と残念だ。

 小樽の情報を聞こうと、店の彼女に聞くと、地図を出して、丁寧に教えてくれた。『市場は昼までだから、食堂はもう終わった。』とのこと。『残念!』
 自転車でぷらぷらあちこちし、昼を「うに」は高いので、イクラ丼にしようと、店を渡り歩く、一番安い店で¥950があった。普通、1500円以上。うには2000円以上だ。店前の写真を見ると丼いっぱいにうにやイクラが敷き詰められている。市場の食堂では安い、と聞いていたが、やはり街へ出ると高くなる、当たり前の話。950円でも、量は判らない、イクラの厚みも判らない。『止~めた!』自分で作れば、500円で十分出来るだろう。
 昼はマックスバリューで充分だ。580円の寿司、車の中で食った。以上で、チョン、チョン!

 小樽の図書館で電源借りようと、話すとパソコンは使わせないことになっているとの事、何でだろうか?他所では簡単に貸してくれたのに…。そうだ、余市の役所でも、断られた。何と北海道は人間はすごく良いけど、お役所は根性がまだ江戸時代なのかな?国交省もここでは開発局だ。例のS議員が絡んだのも多分開発局だったよなぁ?違ったかな?まあ、良い、次へ行こう。

 札幌市内は渋滞で、中々前へ進まないけど、5号線から275号線へ入ると、びゅんびゅんに走る。見渡す限りと言うと一寸大げさだが、ずっと先まで畑、田んぼ、はるか先に山が見える。右も左も前も後ろもまっ平らな畑と言った感じ。
雄大な北海道の風景:ポプラ
 広大な、遥かなる大地の北海道らしい風景の中を真っ直ぐに走る。
 道路の案内板に「皆楽公園」とある。色々な絵文字が書いてある。目的地の浦臼まであとわずかだが、何となく引かれる思いで右折、すぐだった。月形温泉と言う文字があちこちうにあり、「皆楽公園」と屋根に大きく書かれた建物の横で、車から降りて、土手を上がると、何とテントがいっぱい並んでいる。「何と、好い所が有るじゃんか~!」聞いてみると、一人50円との事、即、ここに決めた。
 管理室へ行くと今日は終わった。明日の朝で良いと言う。お役所だなと、即判る対応。注意事項だけ聞かせて戴いて、OK!
 他の人達はもう食べている。こちらはこれからテント張りだ。まあ、毎日のこと、でも今日はまだ少し早いので、作るのに時間のかかる、ポテイトサラダをメインにしよう。
《皆楽公園泊》

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 同 【2003年 8月 5日】

2006-10-26 09:12:36 | Weblog
《尻別川》

番号 河川名 全長(km) スタート地 ゴール地 難易度
備  考
8 尻別川 126(内約16) 豊国橋 目名川合流地近く 中易 ここも清流日本一の川、強風で中断

 朝、準備していると、開発局の車、2人がこちらに向って来られる。『おはようございます。』 『日本一周ですか?良いですね!』 『私は金は無いけど時間だけはた~っぷりと有るので、これを何とか活用しようと、思い切って、出てきました。』 『私なんか金も時間も無いわー!』 『金は無駄金使わなければ、大分違いますからね。日本人金持ちになって、見栄っ張りをして、無駄金を使い、食いたいもの食いたいだけ食って、飲んで、吸って、病気になっています。馬鹿なことですよ!』 『そう言われてみると、そうかもしれませんね~!』 『日本人は金ばかり求めてるけど、私が貧乏してて、よく判るのですけど、金は人を決して幸せにはしない。むしろ、不幸にしますからね!』 『そうですね~、事件は皆金がまつわっていますね。わずかな金で、平気で人殺しやってますよね~。』と、言ったことから、やがて川の話、彼らは仕事で川を見て、回っているから、詳しい。で、昨日、後志利別川でヤマセミを見たという話から、舟林さんが、『この尻別川は今年で4年連続、「清流日本一」ですよ、ここでは、支流の「逆川」の手前で、ヤマセミのつがいを2組見ました。一羽だけのも居ました。最近も見たから、ここには住み家があり、いつも居ますよ。キット、今日、見つかりますよ。』と、話して下さった。

 心浮きうきで、945:出発。300mほど、下ると人が大勢いる、良く見るとカナディアンが並んでいる。1・2・3、ワオ-、9ハイだ。すごい!近づいて行くと、ツアーのダウンリバーのようだ。挨拶だけして、一歩先へゆっくりと下った。2つの瀬を下った所で、先行組みは後から来る人達を待っている。近くの人に、聞く、と『東京から来た』と、言う。驚いた。東京にはカヌーはいくらでもチャンスがありそうなものなのに…。でも、当然だが、こんな綺麗な川で、ひょとしてヤマセミに会えたなら、と、言う素晴らしい夢があるからだろう。
 向こうが聞き返す『カヌー、長いんですか?』 『16年くらい、今は、川下りしながら、日本一周してるんです。』と、言うとやはり、驚いていた。皆さんの到着を待っている訳にはいかない。
こんな状態の木があちこちにある
 ヤマセミ・ヤマセミ・ヤマセミは?と姿を追う。が見当たらない。見つからない。見えない。
 ヤマセミやカワセミが給餌しそうな枯れ木はたくさんある。

 大分下って来ると、トロ場になった。それだけなら、まだ良いけど、向かい風が出てきた。きつくなる。どんどんきつくなる。波も大きくなり、波高は30cm位ありそうだ。所々波頭が飛ばされ白くなっている。これを「ウサギが飛ぶ」と言うのだが、ウサギが飛び出すと、風力4以上、まだ、全面で無いので、4程度。カヌーのコントロールは効きにくい。もう大分来てるので、ゴールは近いがあと3km位だろう。見ると、川原に車が下りてきた。それなら大丈夫、舟も上げれる。『よし、ここまでにしよう。これ以上はきついだけだ!』と、岸へつけた。1153:着だった。期待の大きかったヤマセミにはついに会えなかった。
 後は自転車の所まで歩きだ。ここは川がぐるーっと回っているところだから、道へ出た方が直線で近道だ。土手に上がり、道路へ出て、少し歩くと目名川の橋を越えた。20分程で自転車の所へ到着。自転車では、追手の風で楽チンに車の所へ戻れた。

蘭越町からの山並み この蘭越町からは、羊蹄山が北東に見え、北にはニセコ連山の姿が堂々として見える。その間に、頂上付近の山崩れらしきくぼみが、茶色ぽく光って見える、○○ヌプリ『あれっ!教えていただいてたのに忘れた!』(後で地図を調べると「イワオヌプリ」だった)が、すごく美しく見える。昨日から晴天が続き、だからこの美い山々をはっきりと見ることが出来ました、ありがたい限りなり。
イワオヌプリ
 私がついてる天気の話、川では雨が多く、カヌーには喜びの雨、移動の時は晴天が多く、遠望が利き、北海道の雄大さや遠くの海岸線を遥か見渡せることが多く、不思議なほど絶対に、私はついている。太子さんのおかげかな?「人、天に順(したが)えば、天、人に和す」正にその通りだ。

 さて、次なるは石狩川だが、どこまで近づけるかは、出たとこ勝負で出発。
 夕べの「暮六つ」のご主人、『ぜひ積丹半島は回ってお行なさい!』と、言うお言葉。『最近はトンネルばかりで、綺麗な景色は見れないのじゃないですか?』と、お聞きすると、『いや、大丈夫!』と、保証・折り紙付きだ。私は若い時に2回の北海道訪問があるけれど、積丹は行っていないので、と、海岸線を回ることにした。ナビは近道選択だから、遠回りの場合は、中間地を入れてやらねばならない。
 先ずは、神恵内村へ。

 最初にぶつかった道の駅は岩内町の街中・ど真ん中にある。道の駅「いわない」、これは、『いわないでおこう、と、思ったけれど、いわないと判らないし、いわない訳にもいかないので、仕方なくいわせて貰うけれど、残念だが、お粗末な道の駅でした。お通りになった時はぜひお寄り下さい。トイレは良かったけど・・・。』
こんな風景がすっと続く積丹半島
 いよいよ、積丹半島巡り、トンネルは確かに多いし、工事があちらこちら、でも車が少ないので、移動は結構早い。道の駅「オスコイ!かもえない」にも寄るが、これも今一、魚の宝庫、積丹、サザエやあわびなどいっぱい並んでいる、と期待したけど、ここも期待はずれ。やはり、積丹は余り観光客が多くないので、所詮、こうならざるを得ない様だ。お上が作れと言ったから、仕方なく作っているだけ、と言う感じがしないでもない。
 途中、海水浴客が多いところの駐車場で、カヌー降ろそうかと迷っていたとき、道路工事のナビゲーターさんが、『私は若いとき、バイクで下関まで行きました。福山も通りましたよ。』と、話された。やはり、多くの方が、日本一周などにチャレンジしておられるんだ!『さぁ、私も目的達成に頑張ろう!』
 素通りではあったが、積丹の奇岩・奇勝をあちこちに見せていただき、そちらは十分に満足できた。50年余りの思いがやっと実現できた。大きく遠回りはしたが、やはり来て良かった。

 ニッカウイスキーで有名な余市町、へ到着。
 370円の余市川温泉があり、道の駅「スペース・アップルよいち」へ寄る。何と、宇宙飛行士の毛利衛さんが故郷、この道の駅には宇宙関係がいっぱい。体験ルームや宇宙食等など。一通り見せてもらい、奥側の第二駐車場へ行くと、いっぱいのキャンピングカー。今まで、道の駅へ泊まった事は無かったけれど、西野さんからは聞いていたけれど、こんなに沢山のキャンパーが利用しているとは…。びっくり!私も丁度良いところが空いていたので、今夜はここにしよう。風呂も久しぶりに入れる。
 群馬の人が声を掛けてこられた。『うらやましいですね。私もカヌー乗りたかった。今は脳梗塞やったので出来なくなった。』 『出来ますよ、車、運転なさるんでしょう!だったら、出来ますよ。カヤックは無理としても、カナディアンは出来ますよ。チャレンジしてください。』でも、気分はマイナスのようだ。なお、彼は昔トラックで全国を回っており、バスを改造し、6,7人が生活できるキャンピングカーを手作りしていた。すごい人がいるもんだ。

 誰でもやろうと思えば、何でも出来るものなのだ。初めから、出来ないと言う思いをしている人には、絶対に出来ないけれど…、ここの毛利さんも子供の時から、宇宙飛行士になりたいと思っていたから、なれたのであって、降って沸いた様に、名指しされるものでは絶対にない。まあ、買っていない宝くじ、絶対に当たることは無いようなものだ。
 今の子供達には夢が無いと言われているけど、夢が無くて、楽しい人生ある筈が無い、勉強にも身が入る筈がない。だから、今の子供達は暗い、下を向いて歩いている。悪いことをする。気持ちの持って行き場所に困っているのだろう。先生、親御さん、政治家さん、子供に夢を持たせてあげて下さ~い!
 キット、政治家にも、親にも夢が無いんだろうな~。金ばかり追い、幾ら追っても金は逃げるばかり。逆に、金は幾らあっても、キリが無い。有れば、無駄に使うだけ!

 金は人を幸せにはしてくれないよ。幸せだと一瞬思わせるだけ、後に残るはゴミと無駄とむなしさだけ。と、言うことが判るのは貧乏すれば判ります。私なんかは、ひしひしと感じている。貧乏でも、人一倍、幸せだぞ~!
 日本はもう一度、戦後のような苦しい時代を迎え、苦を知らないと、大変な国になるだろう。もう目の前まで来ているようには思えるけど…。
 ここ、余市のスーパーで珍しいものを見つけた。始めて見た。早速、買った。値も高くなかった。
 それは、ハマグリを薄くしたような大きさで、厚みが余り無い。貝殻はご覧の様に真白い。
白貝
 網焼きにした。パックリ殻を開いた。そのまま食べた。『うっ、うっ、うま~い!美味~!』残りは、味噌汁にした。これも当然うまい。今度また、買うぞ!夢と楽しみができた。たわいない夢だ。
《道の駅「スペース・アップルよいち」泊》

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 同 【2003年 8月 4日】

2006-10-25 07:34:31 | Weblog
《後志利別川》

番号 河川名 全長(km) スタート地 ゴール地 難易度
備  考
9 後志利別川 80(内約6.2) 今金大橋 豊田橋 超易 清流日本一の名誉を何度も受けている川

後志利別川
 朝、922:スタート。少し瀬があるだけで、ほとんどトロ場、パドリングばかりだ。
 キセキレイが飛ぶ。セグロも飛んでいる。まあ、いつもの風景。15分過ぎた頃、えっ、白っぽい鳩?珍しい、こんな所で?あれ?でも鳩と飛び方が違う。あっ、鳩じゃない、もしかしたら?目を凝らす。50mほど先の高い所に止まった。静かに流れていく、30m程の時、鳥が横を向いた。「ギャァ、ヤマセミだ」見事な冠が見えた。何と、ヤマセミに出会えた。やったー。初めて見た。カメラを出し、一応撮っておく。遠くて、小さいから、絶対に見えないけれど…。でも、やったー、水辺の貴公子、ヤマセミを見れた。今日最大、いやこの旅で最大の喜びの一つだ。すごい!良かった!
この緑の中にヤマセミが・・・
 それから、5分もしない頃、目の前で50cmほどの魚が飛び跳ねた。名前は判らない。
 その後は、げんきんなもので、他の鳥には目もくれず、一羽いた事はきっとまだ居るはずだ、とヤマセミばかり探している。川がどんなか、瀬がどうかなど、眼中に無くなってしまっている。いや、困ったものだ。が、探すときは見つからないもの。結局、その一羽だけだった。

 無事、豊田橋へ1043:到着、6、2km、81分の後志利別川(シリベシトシベツガワ)の強烈は印象を受けた川旅を終えた。カヌーを車が入れる所まで、草の上をひこじって行き、荷物を入れ、MTBの所へ行く。
土手からの津田さんのお家
見ると、津田さんちで、草刈している人がいる。手を振ったら、お辞儀された。『あっ、奥さんだ。』陰で見えなくなるまで手を振って、車の所へと急ぐ。
 土手道は砂利で良くないので、と下へ降りたのが間違いで、大きく迂回することになり、44分もかかってしまった。 昼前、車へたどり着いたので、昼ごはんにし、それから、カヌーを積み込みに行くことにした。

 食後、すぐ、豊田橋へ向かう。カヌーの所へ着き、ライジャケを取り上げると、白い袋、中を見ると、ミニトマトが沢山入れてあり、「お体に気を付けて 頑張って下さい。 私も影ながら応援しています。私も無農薬の野菜作りに頑張っています。トマト少しですが体に良いので食べて下さい 津田」とあった。
お手紙はこれ!
 何とも、うれしい限り、私を応援してくださるお方がいらっしゃた。動けなくなった車を助けて戴き、無農薬トマトを下さり、応援してくださるなんて、何とすばらしい話。うれしいですね!感謝!感謝!

 積み込み終了、津田さん家へ行き、再度、お礼をと玄関へ入ったが、どなたもいらっしゃらないご様子、置手紙しようかと、車へ戻りかけたら、奥様出てこられて、『わざわざ来られたの?』 『いやー、トマトありがとうございました。丁度、夕べで切らした所でした。ありがとうございます。応援してくださるなんて、うれしいです。楽しく頑張って、素敵な旅にいたします。奥様も、無農薬で頑張っていらっしゃるんですね。私は、COOPは完璧ではないけど、普通のスーパーよりは安心だからと出来るだけ、COOPを利用しています。無農薬、大変でしょうけど、ぜひとも頑張ってください。無人販売でも、無農薬なんて書いてあったら、絶対に喜んで買って行かれますよ。』等などお話し、『私のHPの「へいせい徒然草」には無農薬の事や健康の事書いてますので、是非ご覧になってください。』とも、お願いし、お別れした。車が見えなくなるまで、ずっと、見送ってくださった。心が美しい人はお姿も美しいものだ。ご主人がうらやましいくらい、素敵な女性だった。『津田さん!本当に、色々とありがとうございました。』
 今日もこんな素敵なお方とお会いでき、一期一会の素晴らしい日々を感謝しながら、次の尻別川へ向かう。

 瀬棚町へ入ると、海岸線の様相が変わった。
 積丹半島へ近づくと、奇岩が段々増えてきた。小学校の時、日本の地理の勉強、先生があこがれておられたのかも知れないけれど、岩手の三陸海岸と、北海道全体、中でも積丹半島の美しさを強調され、私もそれらにあこがれていたものだ。
 進んで行くと、道の真ん前に大きな丸い山、それにトンネルが掘ってある。
丸いお山に彫られたトンネル
 右側にも丸い山が連なり、すごい風景だ、トンネルの横の駐車場へ車を入れ、見れば、海側は海水浴場、結構沢山の人がテントを張って短い夏を楽しいんでいる様子。

海の左手には、三本杉と呼ばれている、丸い岩山が3本立ち並んでいる様子は、中々の奇景だ。岩は結構やわらかく、崩れやすいので、ネットが張ってはあるけれど、余り近づくのはよそう。中国の桂林を彷彿とさせる珍しい風景だ。
三本杉の岩山
 ここから、寿都へ行こうと走り始めた。道の駅「よってけ!島牧」へ寄ってった。この海の幸の豊富な海岸線だから、魚や貝類が並んでいると思いきやキーホールダーやパンフレットわずかなどこにでもあるメーカー品のお菓子類程度、何とお粗末。東北の道の駅はどこもすばらしいので、それを期待していたこちらが間違いか?が、海岸線は中々に美しい、昔ながらと言えば叱られるかも知れないが、古い軒並みも残っており、手入れの出来ていない家もあるけど、風情はしっかり残っている。新品の華美さで無く、古さや重厚さが素敵だ。新しい建物必ずしも美しいものではないからなぁ。
 曇り空だが、ずうっと見渡せ、向こうに島影が無い。瀬戸内だと島が必ず見えているのだけれど…。

 途中、寿都まで行かないで、黒松内町から蘭越町へ行こうとナビを変更。山越えに走りはじめた。空は晴れ渡り、暑ささえ感じるようになった。海抜が高くなるほどに、雄大な風景が広がり始め、風力発電の風車が回っている手前では、ついに『ウワー、すんげ~、これだ、これが北海道だ!』と、思わず声が出た。濃淡の緑のじゅうたんが敷かれ、乳牛が座ってて、その向こうには、枯れ草の巻いたのが、いくつもごろごろと置いてあり、ズーット向こうに山が控え、正に一服の名画を見るような、いや、名画よりも、はるかに雄大で、美しいと感じる、お見事!

 黒松内の町へ入り、道の駅「くろまつない」へ寄る。ここもあまりぱっとしない駅。レストランと少しのこの地域で作られる肉製品と乳製品、後は都会と同じものばかり、と、言った感じ。でも、虫食い穴のあるチンゲンサイが100円で沢山入っており、パンとソーセージと共に買う。今夜はこのソーセージで、安全な野菜炒めだぞ!絶対美味いのが出来るぞ!楽しみだ。と、車へ近づくと、後ろから声、『やぁ、また、会いましたね~!恐山であったものです。』えっ、えーとどの人だっけかな?『あぁ、こんにちは!』2、3言話していて、『そうだ、裸で無いので、判らなかった。お風呂であった西野さんだ!』と、ようやく思い出した。それからは話がスムーズに終始し、熊石町に無料の野天風呂があり、あそこの道の駅は良かったとか、良くなかった、道の駅で多くの車が寝ている、等など。出来れば、またお会いしましょう、と、お別れした。
 この大きな北海道で、数日前に別れた人とまためぐり合うなんて、まるで、奇跡。すごいものだ。

 こんな奇遇の体験、過去には、私は何度もあるのだけど、21歳のときやはり北海道、苫小牧で、街を歩いていたら、後ろから聞き覚えのある声、振り返ると、同じ高校、柔道部の一年下の木村君が数人でしゃべりながら歩いていた。共にびっくり仰天!
 また、24歳の時、四国の霊峰、石鎚山から、面河峡へ下山している時、前からやはり聞き覚えのある声、カーブを曲がった所で、ばったり、何と小学校から高校までずっと同じだった、神谷君が登って来ていた。一言、声を交わしただけのすれ違いだが、これも驚き。
 もう一つは、徳島の阿波踊りの真最中、23歳の時、徳島の街を友と歩いていたら、前から両腕に女性と腕を組んで来る「一人のおのこありけり、そのおのこ」何と同じく同級生の竹津君、彼は高松在籍、出張で徳島入りしてたとのこと、その内のお一人が今の奥様だそうだ。確かめていないけど…。
 まだある、40才代の時、台湾の台北の空港でやはり同級生の穂垣君と会った。地球は狭いものだ。
 が、北海道は大きい!広い!一寸、次の川へと言っても、すぐに、50km、100kmと走らなければ行かれないほど広いのだ。

 蘭越町の中心部へ到着。先ずは寝所の確認、目指した豊国橋の下が抜群に良い寝所。カヌーも降ろせる、グー! 次は情報集め。街へ行き、酒屋さんで尋ねる。『私は川は判らないけど、この先の「居酒屋、暮六つ」さんが鮎釣りやっておられるから、よく知っておられるでしょう。』と、お聞きし、尋ねるがまだ開いていない。隣のCOOPでゆっくり買い物し、出てくると行灯に灯が入っていた。
 もう、お客様が3人も座って楽しそうにやっておられた。ご主人は電話で話中、内容はやはり鮎のことのようだ。長引きそうなので、『また来ます。』と、出た。
 実は、久しぶりに巷の空気を吸ったので、もっと吸いたくなって、MTBで出なおそうとしただけなので、豊国橋の下へテントを設営、安心し、そして、夜の街へ出た。
 久しぶりに、黒光のしているカウンターに向い、ご主人が作ってくれた、焼き鳥や野菜炒めを食べ、うま酒をのみ、尻別川の話をいっぱいお聞きし、ほろ酔い気分で店を後にした。
 あぁ、今日も素晴らしい・素敵な一日だった。 『幸せだなぁ!』と鼻をこすった。


《豊国橋泊》

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